第26話

 夕食後、たまたま早く帰れたブランスさんを捕まえるのは申し訳なかったけれど、いいんだよ、と優しくいってもらえて言葉に甘えることにした。


「なるほど、オーダーメイドの刺繍ね。

 名前の刺繍くらいなら商会でも行うけれど、もっと複雑なものはこちらの案通りにしか刺繍しないね」


「うん、だからこそ値段設定は難しいね。

 まずは考えられるものを上げて、その難易度に応じて料金表を作ってみたらいいんじゃないかな。

 難易度がピンとこないなら、所要時間でもいいね」


「あ、所要時間で分けるのならやりやすいです。

 文字は複雑なものも同じ料金にして……」


 ひとまず、文字、と書いた段と、1時間を目安に所要時間別にしたものを書いてみる。後は糸も一応書き出しておこうかな。ほとんどが一律だけれど、マリーさんが話していた金糸とかは少し高め。うん、こんな感じかな。


「書けたかな」


「はい!」


「そうしたら、ここに値段を振っていこうか。

 いつも刺繍あり、なしでどれくらい値段が違うの?」


「えーっと……」


 そうして質問に答えながら、何とか料金表が書き終わった。ここに書いていないものは図案を見せてもらって、そこから想定時間を算出してお代をもらうことになった。


「そうだ、刺繍するのはできたら商品を指定してもらってのほうがいいと思うよ」


「え、どうしてですか?

 今回はもう刺繍するものを預かってしまったのですが……」


「人によっては言いがかりをつけてくるかもしれないからね。

 商品に刺繍するなら、気に入らなければ売らなければいいけれど、相手の持ち物にしてしまうと弁償という形になってしまうからね」


「なるほど、そんなことがあるのですね」


「私のお店に来てくれる人は穏やかな人が多いけれど、中にはいるのよ。

 警戒しておくのは大事だわ」


「そう、ですよね」


「『ことりの庭』に置いていないものでも、こっちにはあるかもしれないから聞いてくれればいいよ」


「え、でもそのいらないと言われたものはどうしたらいいのですか?

 商会で扱っているものなら、高いものが多いですよね?」


「それを買ってくれる人に売ればいいよ。

 あ、それか、こっちはこっちで受け付ければいいのかな。

 どうしても客層が違うから、その方がいいかもしれない」


「え、あの、待ってください⁉

 失敗するかもしれませんよ?」


「その時はその時考えればいいよ」


「え……」


 だめだ、聞いてくれない。助けを求めるためにリミーシャさんとブランスさんのほうを向く。うう、これは助ける気なさそうですね。


「嫌ならもちろん断っていい。

 フィーアに強制したいわけではないから」


「い、嫌ではないです……」


「なら、やってみるといいよ」


 にこり、と笑うラシェットさんにこくりとうなずく。でも、頑張ってみたい。これでみんなの役に立てるなら嬉しい。


 何とか料金等が決まったので自分の部屋に戻ると、マリーさんから受け取ったリボンの最後の仕上げをする。いつもなら余裕でお店にいる時間で終わる簡単なものだけれど、今日もお客さんが多かった関係であまり時間が取れなかったのだ。最後まで完成させて、どうやって渡すか悩む。このまま渡してもいいのだろうけれど……。迷って、結局簡易的にラッピングすることにした。うん、こうやって渡すのいいかもしれない。


――――――――――

「本当に一日で完成したんだね」


 翌日、またお店にやってきてくれたルイさんに、さっそく刺繍したリボンを渡す。一応中を取り出してできを確認してもらったけれど、満足してもらえたようでよかった! この仕事の初めてのお客さんだから、どうしても緊張していたんだよね。


「そういえば、次に頼みたいと話していた図案ってどんなものですか?」


「ああ、マリーから預かっているよ」


 はい、と渡された紙を見てみる。その複雑さに紙を持ったまま思わず固まってしまった。


「次はこれ……、ですか」


「難しかったらいいのだけれど……。

 引き受けてくれたら嬉しいな」


「あの、これはなんの図案なのですか?」


 見たことがない図案に問いかけると、あいまいな表情で内緒かな、と答えられてしまった。うーん、花、はわかる。それと蔓と、鳥と……。とにかくいろんなものが複雑に絡んでいて、一種の芸術になっている。こんなに多くの要素が入っているのに、とてもきれいに見える。


「ひとまず頑張ってみますね。

 でも、どれくらいかかるか……」


「完成したら、でいいよ。

 あまり急いでいるわけでもないから」


「わかりました。

 これは何に刺繍しますか?

 あと、色指定とかはありますか?」


「刺繍は……、そうだね、大きめのポーチに。

 色はフィーアさんが思うままで大丈夫。

 あ、でもここの部分は金糸を使ってほしいな」


「わ、分かりました」


 今後の注文はこのお店で取り扱っている新品の商品にしかしないことを伝えたからだろう、ポーチを指定してくれる。この図案がつぶれずに入るポーチ……、それなりに大きくなりそう。図案に書き込む許可をもらって、指定されたところに金糸と書き込む。後はやってみるしかない! 料金は刺繍にかかる大体の時間で設定するけれど、さすがにこれはどれくらいかかるかわからない、ということでまたもや後払いしてもらうことになった。申し訳ない……。


「それじゃあ完成を楽しみにしているね」


 そう言ってお店を出たルイさんとすれ違いに、どこか焦った様子の女性が店内に入ってきた。このお店自体の雰囲気がゆったりとしたものだからか、入ってくるお客さんものんびりと買い物をする方が多い。そんな中でその人は目立っていた。


 どうしたんだろう、と見ているとその人はまっすぐ私のもとへと向かってきた。


「あの、娘を知りませんか?」


 そう、お店の中にいるほかのお客さんにも聞こえるように、その女性は問いかけた。


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