第9話
2日間かけ、馬車は無事に目的地であるミールフィ領都へと到着した。ミールフィ公爵が治める領であり、大都市。騎士団の基地もあるため、治安もいいとか言っていたような気がする。
「今回はありがとうございました。
おかげで無事に帰ることができました。
それに荷物まで運んでいただきまして」
「いえいえ、それくらい!
それに、何も起きなかったのでよかったです。
またよろしくお願いします」
「………」
ここまで護衛をしてくれた『バリエッタ』の方々と別れるとき。護衛だけでなく、休憩時に冒険の話も聞かせてもらってお世話になった。お礼を言わないと、と頭のどこかで思いながらも私は動けないでいた。その原因は目の間の建物だった。
「フィーア?
どうしたの?」
「あ、あの?
ここが、雑貨店ですか?」
あんな、あんな軽く誘われたからきっとご夫婦で経営されているこじんまりとしたお店だと思っていた。たしかにそれにしては馬車に積まれた荷は多かった気がしたけれど! でもここはお屋敷ほどの大きさの建物で、入り口には警備兵が立っている、どう考えても高級店。今は裏口にいるが、先ほど見えた様子からは入り口は一か所ではなく、それぞれの入り口が服飾店、宝石店、など様々なお店につながっていた。
「ああ、ここではないわよ」
……え、違う? ならどうしてここに荷物を運び入れたんだろう?
「……そう、フィーア、あなた本当に知らなかったのね。
あとで教えてあげるわ」
くすくすと笑いながらリミーシャさんはそう言った。本当に知らなかったってどういうこと? 気になりはするけれど、ほら、と背に手を添えられる。そうだ、今は『バリエッタ』の皆さんだよね。
「あの、護衛ありがとうございました」
「いいや、楽しかったよ。
またよろしく」
にこりと笑って手を差し出される。その手を取って握手をすると、『バリエッタ』の方々は去っていった。
「さて、少し顔を出してこようかな。
すぐ戻るから、君たちは馬車で待っていてもらっていいかな」
「ええ、待っていますね」
そういってブランスさんは屋敷のとある一角へと進んでいった。どうやら私たちは馬車で待機していればいいらしい。その間に私はリミーシャさんから説明を受けることとなった。
「フィーアはセンタリア商会を知っているかしら?」
「ええ、もちろんです」
センタリア商会と言えばここ、バニエルタ王国で1、2を争うほど大きな商会だよね。その名は今世だけでなく、前世でも聞いたことがある。質のいい商品を適正価格で販売してくれるということで、貴族からの信頼も厚い商会だと。
「そう。
ブランスはセンタリア商会の商会長なの」
「え……、え⁉
しょ、商会長様ですか⁉
え、どうして自ら買い付けに?」
「ふふ、ブランスのわがままみたいなものよ。
もちろんほかの方に任せることのほうが多いのだけれどね、たまにこうして自分で行くの。
その時は私も一緒に行くのよ」
まさか商会長自ら買い付けることがあるなんて。それに、柔らかな物腰からはとても大商会の会長だと信じられなかった。それにリミーシャさんも。困り切っていた私に声をかけてくださった優しい方が、まさかセンタリア商会長の奥様……。
「あれ、でも私が働くのはセンタリア商会ではないのですよね?」
「うーん、一応センタリア商会の一部ではあるわ。
でも私が趣味として経営している雑貨店なの。
だからこじんまりとしているし、お客様も平民の方ばかりよ」
それを聞いて少し安心した。働いたことがない私がいきなり貴族とかお金持ちの相手は難しいと思うもの。それでもセンタリア商会の一部。予想外の出来事を脳内で反芻しながら、何とか納得することにした。
「お待たせ。
じゃあ家に行こうか」
「おかえりなさい。
早く帰ってゆっくり休みましょう」
馬車にブランスさんが戻ってくるとすぐに出発する。そうか、これから行くのはセンタリア商会長の家……。絶対大きいわよね。私、本当にそんなところでお世話になっていいのかな⁉
「早馬で知らせておいたから、きっとフィーアの部屋は準備されていると思うわ。
でも、後から自分の好きなように変えてちょうだい」
「あの、本当にいいのですか⁉
住むところまで用意していただいて……」
「もちろんよ!
歓迎するわ。
私たちも、もちろん使用人も」
ほ、本当かな……。旅の途中で聞いた話だけれど、リミーシャさんたちには息子さんがいるらしい。本当は娘さんもいるらしいのだけれど、その人は家にはいないと言われた。もう何年も帰っていないそう。はたして息子さんが突然現れた私を受け入れてくれるのだろうか、急にかなり不安になってきてしまった。
心配している間に馬車が止まる。屋敷についてしまったんだ!
「さあ、行きましょう」
ブランスさんが手を順番に手を差し伸べてくれて、馬車から降りる。目の前には先ほどのお店に負けず劣らずの屋敷が広がっていた。そして白交じりの髪を上品に整えた執事が出迎えに出ていた。
「お帰りなさいませ、旦那様、奥様。
無事のご帰宅何よりでございます。
そして、ようこそいらっしゃいました、フィーア様。
当館の筆頭執事、クリスと申します。
よろしくお願いいたします」
「あ、よろしくお願いします。
あの」
「クリス、変わりはないか?」
「ええ、ありません」
待って、私に『様』をつけないで。ただの居候なのに! そう反論したかったけれど、ブランスさんと話始めてしまって口をはさむ隙が無い。どうしよう、と戸惑っている間に扉の前まで来てしまった。
クリスさんが扉を開けると、そこにはメイドと執事などこの屋敷の使用人たちがずらりとそろっていた。
「「「おかえりなさいなさいませ」」」
一斉に下げられた頭が少しだけ怖い。こんな光景、実は初めて見たかもしれない。『神の目』のギフトを持つ私はいつも部屋に閉じ込められていたようなものだったから。外に行くとしたら安全に守られた王宮の庭園か、護衛に固められた状態。関わる人数を最小限にしていた関係で、帰宅しても出迎えてくれる人は限られていた。
「ああ、戻った。
留守の間、ありがとう」
「もったいないお言葉でございます」
「お帰りなさい、父さん。
……その子が?」
「ああ。
フィーアという。
行く場所がなく困っていたところをリミーシャが声をかけたようだ」
リミーシャさんが声をかけた、そういうと使用人の間に少し反応を示す人がいた。どういう意味の反応なのだろう? あ、ブランスさんがこちらを見ている。きっと挨拶を、ということだよね。
「は、初めまして。
フィーアと申します。
こちらでお世話になることになりました。
よろしくお願いいたします」
そういって、頭を下げる。そんな私に温かい拍手を返してくれた。
「よろしくね、フィーア。
僕は2人の息子、ラシェットだ」
「よろしくお願いします、ラシェットさん」
ラシェットさんが手を伸ばしてくる。握手かな? と思ったら、その手は私の頭に向かって伸びてきた。そして優しく頭をなでられた。なでられた⁉
「あ、ごめん、嫌だった?」
「あ、いえ!
なでられたことがあまりなくて、驚いてしまって」
弟をなでることはあっても、なでられることはないから! さすがに驚いちゃった。
挨拶を交わし終えると、部屋へと案内される。本当にここを使ってもいいのか何度も確認してしまうほど、その部屋は広く、素敵だった。
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