第8話

 翌日、借りてもらった部屋で心地よく目を覚ます。朝食は下の食堂でとることになっている。身支度を整えて、さっそく下へ降りることにした。

 実家で暮らしているころにはこうして一人で用意することはなかった。本当は少し不安だった。でも、思っていたよりも自分でいろいろとできるものらしい。


 下へ降りると、すでにブランスさん夫婦は食堂にいた。ほかにも人がたくさんいて、空いている席はほとんどない。食堂にはパンとコーヒーのいい香りが満ちている。


「おはようございます!」


「おはよう、フィーア。

 よく眠れたかい?」


「はい」


「それはよかったわ。

 さあ、こっちに来て一緒に食べましょう」


 店員さんにパンと水を頼んで早速食べてみる。


「おいしい!」


「おいしいよね。

ここの食堂、パンが名物なんだよ。

 パン焼きのギフトを持っている人が務めているらしくてね」


「そうなのですね」


 こういうふうに活躍できるギフトならばうらやましいかもしれない……。ゆっくりとパンを味わっていると、次々に人がやってくる。本当に人気な食堂なのね。


 朝食を堪能し終わると、さっそく出発することとなった。辻馬車で乗り継いでミールフィ領都まで行くことになると思っていたのだけれど、この夫婦、自分の馬車があるみたい。今回は買い付けでここまで来たこともあって荷物が多く、辻馬車では難しいのだそう。


 実際、案内された馬車には荷物がたくさん積んでいて、御者台含めて4人ほどが乗れるくらい。ギルドで護衛を雇って、ミールフィ領都のお店まで戻るんだと説明してくれる。


 ギルドでの護衛はすでに話がついていたみたい。ギルドへ出かけたブランスさんはすぐに戻ってきた。


「さて、忘れ物はもうないかな?

 出発しよう」


「護衛を頼まれた『バリエッタ』だ。

 よろしく頼む」


「はい、よろしくお願いします。

 私たちは中にいますね。

 何かったら声をかけてくださいな」


「はい、分かりました」


 行きましょう、と手を取られて馬車の荷台へと入る。中は整理されていて、人が座れる部分が確保されていた。そこにはふかふかのクッションが付けられている。


「少し座り心地が悪いかもしれないけれど、我慢してね。

 辛かったら横になっても大丈夫だから」


「ありがとうございます」


 確かに貴族が乗る馬車よりも座り心地は悪い。それでも、辻馬車よりはずっと座り心地が良く、この馬車を大切にしていることが伝わってきた。そこに乗り込み、馬車は出発した。


 リミーシャさんと他愛のない会話をしながら、馬車に揺られていく。どんなものを買い付けたとか、常連さんの話とか、面白おかしく話してくれる。その間、リミーシャさんは私のことは一切聞かないでいてくれた。きっと気を使わせているよね……。


 途中で馬車を降り、お昼を食べることとなった。泊まっていた宿で購入したパンにお肉や野菜が挟まれたサンドウィッチだ。それに紅茶も入れて、おいしいお昼が完成した。リミーシャさんはそれを包むと『バリエッタ』の人たちにも声をかけた。


「あの、皆さんもどうぞ?」


「え、でもいいんですか?

 俺たち自分でも食料持ってますけれど」


「ええ、ぜひ。 

 ごはんは皆で食べたほうがおいしいでしょう?」


「それはありがたい。

 そちらのごはんがおいしそうで気になっていたんです」


 笑いながらリーダーがサンドウィッチを受け取る。見張りの人を2人残して、ほかの人たちで広げた敷物の上に座る。そして、はしたないかな、と戸惑いながらも受け取ったサンドウィッチにかぶりつく。


「っ、おいしいです!」


 さすが、パン焼きのギフト! 冷めてもおいしい。大口を開けてかぶりつくのは恥ずかしいけれど、皆こう食べているからきっとこれが正解なんだよね。


「ああ、本当に。

 持ち運び用のパンは宿泊者しか買えませんし、宿泊者も買えるかわからないって聞きましたけど、よく買えましたね」


「ふふ、宿屋の主人が知り合いの方なの。

 だから優先的に買わせてもらえるのよ」


 なるほど、とうなずく。そのあとは見張りを交代して、ゆっくりと食事を楽しんだ。昼休憩を終えると、再び馬車に乗り込む。心地よい揺れと満腹になった影響でうとうととしてしまった。


「あら、眠いのなら寝てしまって大丈夫よ」


「……ありがとう、ございます」


 いいながら横になる。布団をかけられた感覚がしたと思ったら、すぐに意識が沈んでいった。


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『い、嫌、来ないで……!』


『えー、そんなこといってさぁ。

 ほら、きっと楽しいよ』


『嫌です!』


 暗い路地で女性が男性に腕をつかまれている。女性はそれを振り払おうと必死に腕を振っていた。だが、その手が離される様子はない。誰か、助けてあげて!

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「……ーア。

 フィーア!」


「……え?」


「大丈夫?

 うなされていたけれど」


 目を開けると、目の前にいたのは先ほどの女性でも、男性でもない。リミーシャさんだ。私、また、何かを見ていたのね。鈍い頭痛が先ほどの夢がギフトの力で見たものだと教えてくれる。


「だ、大丈夫です。

 ありがとうございます」


「でも、まだ顔色が悪いわ。

 お水でも飲んで」


 はい、と渡された水をありがたく受け取る。先ほどの画。どこでいつ起きるのかはわからない。私にできるのは先ほどの女性が無事に逃げられたことを願うだけ……。


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