第12話

 リミーシャさんのお店での仕事はとても順調だった。生活費を持ってくれているだけでありがたいのに、リミーシャさんはきちんと給料と言ってお金も支給してくれた。おかげで自由に使えるお金が増えていく。世間に疎い私でも、受け取っている額が仕事量と見合わないことはわかっていた。けれど、どれだけ言ってもリミーシャさんも、ブランスさんも私にその額を受け取らせた。


 心配事があるとすれば、ひとつだけだった。


「うっ……」


―――――


『うわぁぁぁ』


『くそっ、くそっ』


『おい、こっちに来るぞ!』


 頭を守るために硬い帽子をかぶった兵士が、血にまみれながら走る。その手には剣を握っていたり、弓を握っていたりと様々だ。その後ろでは雄叫びが聞こえる。帽子や甲冑に所属を現す紋章が刻まれている。


『どうして、どうしてこうなってしまったんだ。

 この戦争は確実に勝てるものなはずだろう⁉』


『すべてあいつが、カルザッタが裏切ったせいだ!

 こっちの情報を敵に伝えるなんて!』


『おい、今はそんなこと言っている場合じゃない。

 急げ』 


『うわっ』 


 一瞬、叫び声が上がったかと思うと、後ろを走っていた男性の体が吹き飛んだ。そのまま地面にたたきつけられる。その男性は―――。


―――――

「はっ、はっ」


 こめかみを汗がつたう。頭がずきずきと痛む。今のは、ギフトが見せたもの……。戦争? あの画はいつものもなの? 過去? 今? 未来? 普段だったら、視たものを侍女に伝えると、侍女が専任の事務官に伝えて記録を探ってくれていた。そしてそれがいつ起こるものなのか推定してくれていた。ただの平民である私には、王宮の記録庫を訪ねる権利も、王宮の事務官を動かす権利もない。何も、できない?

 

 こういう時は『神の目』のギフトが嫌になる。ああ、あれが過去の画ならいいのに。でも、もしかしたら未来のことかもしれない。もしかしたら救える命なのかもしれない。自由な人生を手に入れたかった。私だけを見てくれる人と出会いたかった。それは、私の勝手すぎる想いなの?


 ……、確かこの街には図書館があったわね。そこに行ってみたい。何もわからないかもしれない。それでも、調べよう。


 そのあとは目を閉じても眠気が訪れることはなかった。そのままいつも起きている時間になると、部屋から出た。朝食をとったら図書館へ行ってみよう。場所は……誰かに聞けば教えてくれるかな。


「おはよう、フィーア。

 あまり顔色がよくないけどどうしたの?」


「あ、ラシェットさん……。

 少し夢見が悪くて。

 そうだ、図書館までの行き方を教えてもらえませんか?」


「図書館?

 ああ、今日は休みの日か。

 そうだな……、僕も一緒に行くよ」


「え、一緒に、ですか?

 でも、ラシェットさんお忙しいのに」


「今日は休日だし、ちょうどそろそろ行きたかったからね。

 少し遠いから馬車を出してもらおう」


「ありがとうございます」


 そのまま断ることもできず、結局一緒に行ってもらうこととなってしまった。心配そうにこちらに手を伸ばしたラシェットさんは、そのまま無理はしないように、と言って私の頭を優しくなでてくれた。本当の親に一度もしてもらえなかったそれは少しくすぐったく感じるけれど、好きだった。……この家の人たち、頭なでるの好きなのかな? リミーシャさんもよくなでている気がする。


 朝食を食べ終えると、外出用に身支度を整える。いつもの癖で最後にお店で売っているヘアピンを留める。これは少しでもお店の宣伝になればとつけ始めたものだ。そしてこれまたお店で売っているふわふわのポシェットを身に着けたら準備完了!


準備ができると、いつの間にか用意してくれていた馬車に乗って図書館へと向かうことになった。ラシェットさんと二人きりなのは初めてだから、どう時間を過ごせばいいのかちょっと緊張する。


「フィーアは何が見たいの?」


「えーっと……、貴族の家紋が見てみたくて」


「貴族の家紋?」


 どのみち、どの棚に向かうかはばれるよね、と素直に答えるとある意味予想通り怪訝な顔をされてしまった。今日の夢について調べるのに、まずは甲冑に刻まれていた紋章がどこのものか調べるのが一番早いと思ったのだ。


 それがどこの土地で行われたものかわかれば、次はその貴族の歴史を探せばいい。さすがに詳細なものは一般公開されていないだろうけれど、戦争程大きなものだったら何かしら記載があるはず、そう考えたのだ。


 怪訝な顔をしたままのラシェットさんに、私はあらかじめ用意していたことを話した。


「最近、ことりの庭で売るようにいろいろと刺繍をしているのですが……。

 知らずに貴族の家紋を連想する模様を刺繍してしまったらいけないと思ったんです」


 これも事実だから、決して嘘ではない。私の話にラシェットさんはなるほど、とうなずいてくれたので一応納得はしてくれたみたいだ。


「後は小説の棚も見てみたいです。

 ラシェットさんはいつもどこを見ているのですか?」


「うーん、今の政治とか経済とかの情報が得られるところ、かな?

 でも、あそこの雰囲気自体が好きだから、ついつい長居していろんなところを見てしまうかな」


「そうなんですね」


 こうしてラシェットさんと会話をしていると、馬車はあっという間に図書館へと到着した。


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