第20話


 次の日目が覚めると、まだ体が痛い。まあ当たり前だよね。少しぼーっとした後、ベッドを抜け出す。痛いとはいえ、昨日よりはだいぶ大丈夫そう。


 昨日のクリスさんの様子を思い出すと少し緊張……。でも、今朝食を食べに行ったら皆に会えると思うんだよね。いそいそとクローゼットから服を取り出していると、扉をノックする音が聞こえてきた。まだ服を脱ぐ前だったこともあり、はーいと返事をすると部屋によく見かけるメイドが入ってきた。


「まあ、ベッドから出られていたのですか⁉

 お体は?」


「まだ痛いところはあるけれど、平気です。

 今朝食を食べに行ったら皆に会えますか?」


「ええ、今でしたら。

 それでしたら身支度を整えてしまいましょうか」


「はい」


 私が服を持っていることに気が付いたメイドは、それを着ましょうと言って服に合うリボンを選んでくれる。さっさと服を着替えて髪も整えてもらい終わったころ、侍従が部屋にやってきた。少し前にメイドが呼んでくれた人だよね。まさか……。


「僭越ながら、私が運ばせていただきます」


 にこりと笑みを向けてきた侍従は軽々と私を抱き上げた。は、恥ずかしい……。私もう10歳だし軽くないと思うんだけどな。さすがに私よりも一歩が大きいこともあり、いつもよりも早く目的の場所に到着した。


「おや。

おはよう、フィーア」


「おはよう、目が覚めてよかったわ」


「おはよう、よく眠れたかい?」


「おはようございます、ブランスさん、リミーシャさん、ラシェットさん。

ご心配おかけしました」


 侍従の人に椅子に下ろしてもらうと、朝食を食べる手を止めて3人が挨拶をしてきてくれる。それが嬉しくて挨拶を返していると、目の前に朝食が置かれていく。皆と別メニューで食べやすいものを用意してくれたみたい。


「本当に心配したよ、フィーア。

 もうあのような無茶をしてはだめだ」


「そうよ。 

 一週間は安静にしているのよ」


「でも、お店が……」


「気にしなくていいのよ。

 もともと私一人で回していたのだから」


「そう、ですか」


「そうだ。

 それに、どうしても人手が足りないようだったら、ラシェットでも手伝いに行かせるからね」


「ええ、ええ。

 喜んで手伝わせていただきますよ」


 私が過度に気にしないようにだろう、そう言って気軽な雰囲気を作ってくれる。その優しさが嬉しくて、私も笑顔になる。


「お言葉に甘えてゆっくり休みます」


「……フィーア?

 どうしたんだい」


「え……?」


「フィーア?

 どうして泣いているの?」


 近づいてきたリミーシャさんが私のほほに触れる。そこでようやく私は自分が泣いていることに気が付いた。あれ、私なんで泣いているんだろう。こんなにも皆温かくて、優しくて、幸せなのに。……、ああ、だからかもしれない。皆、私自身のことをこんなにも心配してくれているから。


「フィーア?」


「なんでも、ありません。

 ありがとうございます、心配していただいて」


「そんなこと、当たり前だろう?」


 当たり前、じゃないんだよ。それは。私、フリージアにとって、『神の目』というギフトを持った私たちにとって。ああ、最近この方たちにはこうやって泣かされてばっかり。


「もう、泣きながら笑って変な子。

 さあご飯を食べてしまいましょう」


「はい」


 愛情と気遣いが詰まった食事もとてもおいしかった。そのあと3人を見送って、そのあとは部屋に戻ってきた。私がご飯を食べている間に、退屈しのぎ用にたくさんの本が用意されていて、さすがに驚いた。


 特に何も用事がなかったこともあり、本を手に取る。テーブルには自由に飲めるようにと飲み物も用意してくれている。ぱらり、と本をめくりながらたまに飲み物に口をつける。そうして本に集中していたはずなのに、いつの間にか本をめくる手が止まっていた。


 頭の中をしめるのは、このギフトとどう向き合っていくのか、ということ。ギフトを隠したから、今私はここにいる。そして、幸せを享受している。ここでの生活はずっと、本当にずっと望んでいたことだ。でも、でも。私がギフトから逃げたことで傷ついた人がいる。亡くなった人がいる。この幸せは、その人たちを犠牲にしてまで手に入れていいものなの?


 ギフトは神からの贈り物と言われている。それを受け入れないのは神への冒涜にあたるとも。だから、たとえ代々続いている家業があり、その嫡男に生まれたとしても、それがギフトを生かせないものであるならば難色を示されることはよくある。


アンナのようなギフトであれば、あまり何も言われないようだけれど。特に私のようなギフトは、逃げていることが知られたら問答無用で連れていかれる。何度考えても……それは嫌だ。やっぱり隠し続けるしかない? でも……。


だめ、思考が堂々巡りになっている。


ふぅーとため息をついて、用意してくれていた飲み物を手に取る。うん、おいしい。


少し不安なのは『鑑定』そして、『聖騎士』のギフト。その人たちにギフトを使われたら、私が『神の目』のギフトを持っていることが明らかになってしまう。とはいえ、それを避ける方法はないのだけれど。


今考えてもいい案は出なさそう。もう一度本に目を向ける。今度こそちゃんと読めそうだった。


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