第30話 サンチョ・パッソ
サンチョがティアーモを撃ってから数ヶ月後―――
― グラデーボレ・シティ Bar「Delizioso」 夜 ―
すっかり冬になり、外にいる者は皆、コートに身を包み、身体を丸めて白い息を吐きながら歩いている。
バー「
「…あれ?このピアノ、もしかして中に『魔女』がいるのか?」
「だろうな。『魔女』を酒の肴に一杯グラッパでも引っ掛けていこうぜ」
ピアノの音色に聞き覚えのある男が連れの者に店に入ろうと勧める。
だが、連れは露骨に顔をしかめて首を振った。
「おいおい、あの女がいる時に店に入って良いことがあったかよ?この間はあの女の命を狙ったゴロツキが店に殴り込んできて、危うく蜂の巣にされるところだっただろうが」
「あの
「お前の感覚では鉛玉を身体に打ち込まれるのが『多少のリスク』なのか?」
「ハッハッハ!気にすんなよ、兄弟。さあ入ろうぜ。ここでつっ立ってるより、さっさと中に入ってマスターのトマト煮込みを食ったほうが良い。今日はこれから雪らしいからな」
男は気の進まなそうな顔をする連れの肩に手を回し、バーの扉に手をかける。
カラン、とベルが鳴り、2人の来店に気づいた初老のマスターが顔を上げた。
「いらっしゃい」
「
男は親指と人差し指を立てるとマスターはグラスを磨きながら「そっちの席が空いてるよ」と店の入り口の近くのテーブル席を指差す。
店の中は薪ストーブによって温められている。必然的にストーブの近くの席は人気があり、風の通り道になる入り口は人気がない。
とはいえ、今日はほぼ満席。普段は静かなこのバーは珍しく賑わいを見せていた。
原因はもちろん、店の外から漏れ出ていたこのピアノの彼女だろう。
「♪」
スラリと細く長い白い指が鍵盤を踊るように跳ね、美しい音色を奏でる。
脳に直接響き、身体の全細胞に染み渡るようなメロディーに釣られ、彼女が何者かも知らずに来店した者も多くいるだろう。
プロのジャズ・ピアニスト顔負けの演奏だが、彼女はプロではない。
ただ、時々興が乗った時だけ、練習もしていないピアノを適当に叩く。
それは今回のように知っている曲を真似する時もあるし、彼女がその場で思いついたメロディーを即興で引く時もある。
だが、それらはまるで彼女のためだけに作られた曲であるかのように、自由で、美しく、彼女の曲を聴く全ての者を魅了する。
音楽はもちろん魅力的だが、それを引く奏者もまた人間離れした魅力を持っている。
ピアノの前には色白の20代後半の女が座っていた。緩いウェーブのかかったオレンジブラウンの長い髪をした綺麗な顔立ちの女だ。
大きな灰色の目にはラメの入った緑色のアイシャドウが入っており、まるで宝石のように
自信に満ち
胸の大きく開いた黒いドレス。その大きな胸の間には1
両耳には大きい金色のリングのピアスが揺れ、ふわふわと跳ねる髪の間から輝きを放つ。
「ヒュ~ッ」
男はマスターからグラッパの入ったグラスを受け取りながら口笛を吹く。
「やっぱり良いオンナだな」
もし女神という存在がいるとすればきっとこんな姿をしているに違いない。
いや、女神というには蠱惑的な笑みを浮かべる彼女はあまりにも艶かしく、やはり通り名の通り「魔女」が適切かもしれない。
「付き合いたいか?」
連れがシャンパンを受け取りながら尋ねると男は肩をすくめる。
「一晩ベッドの中なら付き合いたい…と言いたいところだが、命は惜しい。ひと目見れただけで良しとするよ」
「それがいい」
2人は顔を見合わせて笑う。そして…
「「チンチン!」」
男たちはグラスをぶつけて乾杯した。
「ふう…」
演奏を終えた女は拍手と歓声の雨の中、バーカウンターへ向かって悠然たる態度で歩いていく。
圧倒的な演奏とこの世のものとは思えない美貌のせいで、店中の視線は彼女に釘付けだった。
黒いスーツに黒いサングラス、立派な口髭をたくわえた小柄な男の隣の席に腰を下ろすとマスターが「お疲れさん」と声をかけ、「一杯奢るよ。なにがいい?」と尋ねる。
「あら、ありがと………じゃあホットワインで」
女はマスターに微笑むと肘をついて隣の男をじっと見つめる。
「…お待たせ。さっきは話を中断してごめんなさい。今日は弾く約束をしてたから」
「…別にいい」
サングラスの男はナポリタンのソーセージをつつきながら応える。
「あーん…ちょっとぉ、すねないでよ。悪かったわ、ごめんね?」
女は男のジャケットの肘の当たりを人差し指と親指で小さく摘み、上目遣いで謝る。
演奏の先約があったとはいえ、自分で振った会話の途中で席を立ったのは悪かったと思っているのだろう。それに女はヴィオレンザ・ファミリーの話の続きが気になって仕方がないようだ。
「すねてない」
男は帽子を目深にかぶり、ボソリ、と応える。
「はい、ホットワイン、おまちどうさん」
その2人の間に割り込むかのようにマスターがホットワインを置いた。
シナモンの刺さった耐熱グラスに入ったいちじく色のホットワインがバーのオレンジ色の照明を受けてキラキラと輝く。
「ありがと。…いただきます」
女は流れをタイミング良く切ってくれたマスターに「助かった」と無音で口だけ動かし、ウィンクする。
そして、グラスの持ち手に指をかけると、湯気が上がるグラスの縁に艶めく唇をそっとつけ、ふぅふぅ…と小さく息を吹きかけた。
「「「「「…ッ!!!」」」」」
まだ演奏の余韻が残るバーの男客たちは彼女のその動作一つ一つを、息を飲んで見守っていた。
グラスを傾けて、いちじく色のホットワインを少し口に含み、濡れた唇をペロリ、と舐める。
それを見た男客たちが生唾をごくり、と飲み込む音が店の中に響く。カップルで来ていた相方たちは自分の彼氏や夫が鼻の下を伸ばすのを見て舌打ちする。
「…それで?その後はどうなったの?」
女は頬杖をついてシナモンの棒をくるくると回しながらサンチョに尋ねた。
バーカウンターの上に乗せられた見事な双丘が彼女の動きに合わせて揺れ動き、普段あまり動じないマスターも思わず底の見えない双丘の谷間に黙って目を落とす。
「…アッラ=モーダがティアーモの跡を継いでヴィオレンザ・ファミリーのボスになった」
『ありがとう。サンチョ・パッソ。俺はパパの意志を継いでファミリーを守っていく』
それは男がティアーモとの契約を終え、ファミリーを去る時にアッラ=モーダが言ったセリフだ。不安を必死に隠しながら浮かべた彼の笑みが印象に残っていた。
グラスに残っていた乳酸菌飲料水を一気に飲み干し、バーカウンターに置く。
「水をかぶると匂いが薄まるせいか、宝石ニンジンの効果が弱くなるらしく、地下を水浸しにして全員を救出したそうだ。今は全員療養施設で後遺症の治療を受けているらしい」
「後遺症があるの?」
女の問いかけに男は頷く。
「…ああ。アッラ=モーダも時折、猛烈な飢餓感に襲われるらしい。頭の中が宝石ニンジンのことでいっぱいになるそうだ」
「貴方も体験した症状ね」
「ああ」
「貴女はもう大丈夫なの?」
「ああ」
男は頷き、マスターにグラスを見せて「もう一杯頼む」と声をかける。
「それとミートボールのトマト煮込みをお願い」
女がマスターに追加注文をするとマスターは「はいよ」と頷きながら、耐熱グラスに温めた乳酸菌飲料水を入れて男に渡した。
「それでそれで?」
身を乗り出すのに合わせて女の胸が跳ねる。だが、男はそれには目もくれずに、
「農園にいた連中はやはり失踪者だった」
と淡々と伝える。他の男と違い、自分の胸に目が行かない男に女は少し頬を膨らませる。
「全員無事だったの?」
「いや…」とサンチョは首を振り、耐熱グラスに入ったホット乳酸菌飲料水を口にして…
「熱ッ!」と顔をしかめる。そして、フーフー、とグラスの中に息を吹き込みながら話を続ける。
「ほとんどは無事だったが、ティアーモの父親と兄、それから幹部のメンバーは全員見つからなかった。他にも一部、行方がわからない者がいたらしい」
「ふーん…栄養失調とか病気で亡くなったってことかしら?」
女は興味深い様子で声のトーンを下げて問う。灰色の宝石のような瞳がバーの照明で妖しげに輝いた。
「…さあな。俺は農園の救出作業には関わってないからな」
男はナポリタンのソーセージを口の中に放り込みながら答える。
「ねぇ…ところで貴方の依頼主は『
女は『
「…」
男はもぐもぐと口を動かし、ごくり、と飲み込むと「わからない」と応えた。
「ティアーモの体内から出てきた『
キャッペライオ・ファミリーのボス、ベッロ・キャッペライオは男から一部始終の報告を受けると、「そんな大変な植物だったのか。そんな危険な花なら持ってこられても困ったな」と肩をすくめて笑ったらしい。
だが、枯れた植物が本物かどうかの見分けはつかないし、そもそも枯れた花には報酬は支払えないと言われたそうだ。
「それじゃあ、数ヶ月も働いたのにタダ働きってこと?」
女は男を
「ボランティア精神
「…一応、アッラ=モーダから『
「あら、ご馳走様。…マスター、アップルパイもお願い」
「はいよ」
厨房に引っ込んでいたマスターが中から返事をする。
「…」
男はそれに対しては文句も言わず、ホット乳酸菌飲料水をちびちびと飲みながらバーカウンターを見つめていた。
「まあ、でも彼の手元にジョンカートリッヒのお人形があるなら―――」
「ジョカットリ・ボッテガイオ、だ。ちなみに
女の言葉を遮り、男はムッとした様子で訂正する。
「そのなんとかっていうぬいぐるみがあるならまた貴方に仕事が来るんじゃない?」
男は頷く。恐らくはそうだろう。
ジョカットリ・ボッテガイオのぬいぐるみは伝説の殺し屋「サンチョ・パッソ」に「仕事」させるために必要な依頼料なのだから。
きっとその時にわかる筈だ。
ベッロ・キャッペライオがあの悪魔の植物兵器―――「
「…ちなみに、さ、貴方、地下のその『ニンジン農園』ってやつ、見たのよね?」
「ん?あぁ…」
男は女の不意な問いかけに少し戸惑いながらも頷く。
彼女はバッグから一枚の写真を取り出すと、サンチョの前にそれを置く。
「…?」
「この人、いなかった?」
「………………?」
写真に写っていたのは引き締まった身体と野性味あふれる精悍な顔立ちをした30~40代くらいの黒人の男性だった。歳はティアーモよりも少し上だろう。
サンチョは頭の中でニンジン農園の記憶を探る。
黒人の中年の男性…
『クフフフフ…ドーナッツがフラメンコしてて、最ッッッ高に興奮すルんだヨォォぉぉぉぉぉ』
その時、そんなセリフが不意に頭の中に浮かんだ。
「あ…」
男は呟く。
そういえば、土に座り込んでケタケタと笑っていた黒人の男性がいた。無精髭を生やしていて、確証は持てないが、言われて見れば、顔は彼に似ていなくもない。
「見たのね?この男を」
「…確証はないが同じくらいの年齢の黒人の男を地下で見た、と思う」
「そう…」
女の目がスッと細くなる。
「誰なんだ?」
「アッコルド・ヴィオレンザ。…ティアーモの腹違いのお兄さんよ」
「!? …だが、ティアーモの父親と兄、それから幹部のメンバーは全員見つからなかったとアッラ=モーダが言っていたぞ?」
すると女は口の端をゆっくりと釣り上げ、灰色の瞳で男をじっと見つめる。
「おかしいと思わない?なんで
「…別人だったんじゃないのか?」
「そうかもね。…でも貴方の話を聞いているとちょっとその人、『
女はホットワインをこくこく、と飲み、コトン、と耐熱グラスを置いて続ける。
「症状だって変よ。農園のことを知らない人間には農園のことは喋れなかったですって?貴方はこうして話すことができてるし、ちょっと都合が良い症状じゃない?」
「…俺は宝石ニンジンを食べてないから症状が軽かっただけだろう」
「そうかもしれないわね。でも、宝石ニンジンを食べた人の中で、農園で意識を戻すことができたのは彼だけ。記憶を持ったまま農園から出られたのも彼だけ。彼の症状は自己申告でしかない」
「…」
男は彼女の言葉を黙って待つ。
「ファジャーノって人よね?最後の日に連れ去られたのは」
「そうだ」
「彼はもうすっかり元気なの?」
「いや…」と男は首を横に降った。
彼も確かまだ療養施設にいた筈だ。
「宝石ニンジンを食べていた期間は少なくとも当日に連れ去られたファジャーノって人よりは全然長いはずなのに、彼は後遺症で苦しんでいて療養中。
「それはアッラ=モーダが香水をつけていて、匂いの影響を受けなかったから…」
「貴方は香水をつけていないでしょう?…貴方の話だとティアーモはつけていた。…そうよね?」
女は鋭い指摘を返す。確かにそうだった。
「ニンジンの腐臭ですら防ぎきれない宝石ニンジンの匂いを香水程度で防げると、本当にそう思う?」
「…それは…」
男は声を詰まらせる。…確かに変だった。
「まだあるわよ。…『ニンジン農園』の隠しエレベーターはシャワールームだった。…ってことは毎晩シャワーを出しっぱなしにしておけば、ティアーモも
女は次々とアッラ=モーダの行動の不審な点をあげていく。
「確かに1つ1つ取れば特に気にするような内容じゃないわ。でもね、まず、今回の一件で誰が一番得をしたのかから考えれば明らかじゃない?」
ティアーモの父親、腹違いの兄が失踪し、幹部メンバーがいない状態だった。だからこそ、本来はあり得ないはずだったティアーモがヴィオレンザ・ファミリーのボスに就任した。
そのティアーモもいなくなり、農園の失踪者の中に誰もファミリーの後継者になれるものがいなかったから彼の右腕だった唯一の幹部、アッラ=モーダがボスに就任した。
本来であれば、アッラ=モーダがボスになることなど万に一つもなかった筈なのに、だ。
「そもそも貴方が入った経緯もはっきり言ってイカれてる。…いきなりボスの護衛に見ず知らずの人間が登用されるなんて、ボスを暗殺してくださいって言ってるようなものじゃない」
『ありがとう。サンチョ・パッソ。俺はパパの意志を継いでファミリーを守っていく』
ファミリーを去る時にアッラ=モーダが言ったセリフが再度、男の中で思い起こされる。
あの時、浮かべた彼の笑み―――なぜ印象に残っていたのか?
アッラ=モーダの口元をイメージの中で拡大する。
あの笑みは不安を隠そうとした笑みではない。「サンチョ・パッソ」をまんまと利用し、ファミリーのボスの座を勝ち取ったことを誇る笑みだったのだ。
そう考えた瞬間、アッラ=モーダのこれまでの言動が全て別の意味を持ち始め、思わず男は身震いする。
「…っていうのが私の考え。本当かもしれないし、そうじゃないかもしれない」
そう言いながらマスターから熱々のミートボールのトマト煮込みを受け取る。
女は耳に長い前髪をかけて、木製のスプーンでミートボールをすくい、ホクホク、と口から湯気を上げながら食べた。
「俺はベッロに植物兵器の入手を依頼され、それを利用していたアッラ=モーダには出世に邪魔な関係者を一掃する手伝いをさせられていた、ということか?」
女はミートボールのトマト煮込みと一緒に差し出された水をごくごく、と飲んでから「もっというと」と続ける。
「『
「…」
「あ~、やっぱり、ここのトマト煮込みは最高ね。マスター、愛してる♡」
難しい表情を浮かべる男と対極に女は幸せそうな顔で料理を頬張り、マスターにウィンクする。
「当然!…もっと大きな声で褒めてくれたら、あとでアップルパイにバニラアイスをサービスしてやる。今日はお前さんのおかげで売上が良いが、この調子でもう少し稼いでおきたい」
マスターはニヤリと笑った後、少し声を落とし、こっそり女に宣伝を頼む。
「バニラアイス1個で、って…随分、私も安く見られたわね。まあいいわ、ここ、気に入ってるから潰れてもらっちゃ困るしね」
女は微笑むと「マスター、トマト煮込み、ご馳走様♡」と少し大きめの声をあげる。
その瞬間、
「マスター、俺にもトマト煮込み」「あ、俺も」「私も」「おいどんも」「ミーも」「あーしも」「某も」「ずるいぞ、俺が先だ!」…と店中の客が我先に、とトマト煮込みをオーダーする。
暴動が起きかける前に、「はいよ~。順番だ。そこに一列で並んでくれ。売り切れたらごめんね」とマスターは嬉しそうに客たちに秩序を与えて厨房に引っ込んでいく。
そして、厨房から顔を出し、「おい、ストリィーガ」と女の名前を呼ぶ。
「?」
「お前さんは今日、全てサービスでいい」
女はそれを聞くと「ご馳走様」と花のように微笑んだ。
そして隣で未だに難しい顔をして眉間に皺を寄せる男の頬に冷たい水の入ったグラスを押し付ける。
「うわっ!?」
思わず声を上げる男を見て、女はクスクスと笑うと「ねぇ」と口を開く。
「言っておいてなんだけど、『
「…むう」
男は不服そうな声を上げる。それを女は愉快そうに笑った。
「いいじゃない。一応、タダ働きじゃなかったんだし。狭い街なんだから『仕事』をしていればきっと巡り巡ってまた会うことになるわよ。ベッロ・キャッペライオにも
そう言うと女は男の頬に手を当て、「そ・れ・よ・り・も」と甘えた声を出す。
そして男の耳元に形の良い唇を近づけて
「ねぇ、次のお仕事のお話、しないかしら?さっきの話にちょっと関係あるかもしれないんだけど」
彼女はバッグの中からヒョイ、とカメレオンのぬいぐるみを出して微笑む。
「なるほど」と男は納得する。だから熱心に男の話を聞いていた、というわけだ。
男が口を開こうとしたその瞬間、
バーン!!!
…と、大きな音を立ててバーの入り口が蹴破られる。
店の中にいた血の気の多い客たちが「ああん!?」と入り口を睨むとそこには武装した集団がアサルトライフルを構えて立っていた。
外は雪が降っているのか、彼らの頭や肩には白い雪がうっすらと積もっていた。
「夢」と「喜び」の街、グラデーボレ・シティの住人たちにとってはこうしたトラブルは日常茶飯事だ。
フル武装の乱入者を見て、客たちは勝てない戦だと理解する。すると皆、睨んでいた顔をヘラヘラとした敵意のない表情に変え、「どうぞどうぞ」と積極的に中へ招き入れた。
入り口付近にいた最後に入店してきた2人組の男が「…ほら、やっぱりこうなった」「すまんすまん」と小声で会話する。
「おい、ここに
集団のリーダー格と思しき人物がストリィーガという女を出せ、と叫ぶ。
客は一斉にバーカウンターに座る美女に視線を注いだ。
「そこにいる女か!」
「あー…ミートボールのトマト煮込みが大盛況のおかげでひき肉とトマトは大歓迎なんだがな…人肉は流石にバーじゃ出せない。…雪降ってるみたいで悪いんだが外でやってくれるか?あと、蹴破ったドアはちゃんと閉めてくれ。お客さんが凍えちまう」
店内に舞い込んでくる雪を見て、バーのマスターは顔をしかめる。
「マスター、素敵!」
「任せとけ。俺の店にいる限り、お前さんは守るよ」
女に対し、マスターはキリッとした顔で笑いかける。そして、「おい、サンチョ、なんとかしろ」とマスターは小声で男に頼む。
「ふざけんな、ジジィ、ぶっ殺されてぇか」
「…ストリィーガ、これが依頼の内容か?」
男は苦い顔をして女に尋ねる。
久しぶりに「デートしましょう」なんて連絡を寄越してきたので、嫌な予感しかしなかったが、やはり来るべきではなかった、と男はため息をつく。
「…あー…うん。そうかもしれないわ。そうじゃないかもしれないケド…」
「…」
「とりあえず助けてくれる?私はきっと無事でしょうけど、カメレオンちゃんが無事かどうかは定かじゃないわよ?」
「~~~」
男はガクッ、と肩を落とし、そして席からゆっくりと降りる。
「ん?なんだ、お前、ストリィーガの男か?」
リーダー格の男が席から降りた小柄な男に銃口を向けながら叫ぶ。
「…こんな狭い店でアサルトライフルを持って入ってどうするんだ?ターゲットを生け捕りにするにはその武器は向かないだろ」
引き金に指をかけるリーダー格にまるで怯まず、小柄な男は距離を詰める。
「来るな………あ?!」
威嚇するつもりで引き金を弾くが、引き金が途中で止まり、リーダー格が驚きの声を上げる。
右手からポロポロと砕けたピーナッツが落ちる。
いつの間にか引き金の隙間にピーナッツが差し込まれていた。
次の瞬間、足がパッと払われ、リーダー格の視界がぐるり、と180°回転する。
地面に転がされたと気づいたのは首に冷たいフォークが押し当てられた後だった。
「…ちょっと寒いが、店の迷惑になるから外で話を聞こうか」
黒いハットに黒いスーツ、小柄で口髭を生やしたサングラスの男がボソリ、と呟く。
彼の名前は「サンチョ・パッソ」。凄腕の殺し屋だ。
サンチョ・パッソ チョッキリ @Chokkiri182
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