第8話 カジノと魔女


― グラデーボレ・シティ カジノ「コッダルディーア」 深夜 ―


カジノの前に一台の黒塗りの車が止まる。


「送ってくれてありがとう」


「なあ、サン………じゃなかった。ポーロ、本当に1人で大丈夫か?」


「ああ。問題ない」


車の中からおかっぱがサンチョに心配そうに声をかけるが、サンチョはいつもと同じ調子で頷いた。


入り口に立っていた案内係がサンチョに近づいてきて頭を下げる。


「ようこそ、カジノ『コッダルディーア』へ。お客様は1名様でしょうか?」


「ああ」


「中にご案内しますが、その前にボディーチェックをよろしいでしょうか?」


「…」


サンチョは頷いて両手を上げる。


もう1人、機械を持った案内係が後ろから現れ、服の上からポケットの上などを軽く叩いて確認する係と、機械でチェックする係に分かれて念入りにボディーチェックをする。


「ん?…こちらは?」


ジャケットのポケットに入っていた丸いものに気づいた1人が「失礼します」とサンチョのポケットに手を突っ込み、慎重に中身を取り出す。


出てきたのは白い包み紙だ。係員は仲間と共に目配せすると、緊張した面持ちで包み紙を広げる。すると中には、いつのものかわからない湿気ったピーナッツやカシューナッツなどが出てきた。


「…」


「む…すっかり忘れてた。…食べ物の持ち込みはダメか?」


サンチョが包み紙を苦い顔で見ると案内員は慌てて首を振る。


「いえいえ、問題ございません。失礼いたしました。どうぞ、お入りください」


そう言ってカジノの扉を開き、サンチョを中に招いた。




扉を開くと途端ににぎやかな音楽と電飾の様々な光が飛び込んでくる。


客は皆、フォーマルなスーツやドレスを身にまとい、ポーカーやブラックジャック、スロットマシンなどに興じている。


「お飲み物はいかがですか?」


バニーガールの格好をした女性がサンチョに声をかける。


「乳酸菌飲料はあるだろうか?」


「え…あ、はい、もちろんございます。少々お待ち下さい」


バニーガールは丸いトレイを持ったまま奥に下がっていく。


「…」


サンチョは彼女が戻ってくるまでの間、黙ってカジノの中を見回す。




カジノは客から正常な判断力を奪うために様々な工夫をらしている。


例えば、客の見えるところには時計を一切設置しない事が多い。そして常に薄暗く、間接照明にする。これらは客から時間感覚を奪う工夫だ。


トイレは奥まったところに設置することが多いし、カジノの中は入り組んだ作りで、出口がわかりにくく作られている。これは外に出る心理的なハードルを上げる役割がある。


大抵のカジノはドリンクが全て無料だし、それにはアルコールも含まれている。これは酔わせることで脳の抑制機能を奪い、「この辺でおしまい」と理性を効かせにくくするためだ。


現金をチップに変換させるため、金銭感覚を奪うのも定石。自分がいくらそのゲームに注ぎ込んだのかわかりにくくする効果がある。


理屈ではそうわかっているが…。




「レイズ!」


その時、サンチョ立っている近くのポーカーの卓で、蝶ネクタイをしたオールバックの男がチップを叩きつけながら叫んだ。


斜めに座る胸元が大きく開き、スリットの深い赤いドレスを着た美女に対し、挑戦的な笑みを浮かべる。


「ほら、来いよ!破滅させてやる。てめぇの連勝はこれでお終いだ」


「フフフ…破滅するのは貴方の方でしょ?…レイズ」


美女は蠱惑こわく的な笑みを浮かべて彼が置いたチップよりもさらに多くのチップを卓に置く。長い茶色の髪の間から金色のリングのピアスが揺れた。


「…ぐっ」


蝶ネクタイの男は一瞬、顔を引きつらせるが、彼女に「逃げるの?」と微笑まれると、顔を真っ赤にして「やってやるよ!」と叫ぶ。


「絶対に後悔させてやる!コール!」


男が彼女の挑戦を受けたところで、ディーラーが頷き、「ショーダウン」と宣言する。


男はもったいぶって彼女の顔を見た後、バッと勢いよくカードをめくる。


5枚のカードのうち3枚がAエース、あとの2枚はクラブの8とハートの10だ。


「はっはっは!かかったなビッチ!Aエースのスリーカードだ!てめぇの運もここまでだ!!」


蝶ネクタイの男は手を叩いて笑い、美女に向かって中指を突き立てる。


勝利を確信した男に対し、


「…5のフォーカード」


美女はカードをペラリ、とめくってクスクスと笑う。


「ごめんなさい。また私の勝ちね」


「「「「「!?」」」」」


同じ卓でゲームをしていた客たちが全員息を飲む。


「ああ、くそっ!!!また負けた!!!」


サンチョの目の前のポーカーの卓に座っていた蝶ネクタイをしたオールバックの男が苛立ちながら頭を掻きむしる。


「くそ、このビッチ!俺のチップを半分以上も持ってきやがって!」


「おい、5連勝ってどういうことだ?イカサマじゃねぇのか?」


「フォーカードなんてそうそう出ねぇだろうが!」


客たちは口々に美女に向かって罵声を浴びせるが、彼女は涼しい顔をしてディーラーからチップを受け取る。


「貴方達って本当に運がないのね」


近くにいたボーイからグラスに入った赤ワインを受け取り、クスクスと笑いながら美女はワインに口をつける。


「…この…言わせておけばっ!?」


蝶ネクタイの男がチップを美女に投げつけようとした瞬間、サンチョがその腕を掴んで止める。


「てめっ、なにを…」


「悪いことは言わない。あの女はやめておいた方が良い」


サンチョは100%親切心・・・で蝶ネクタイの男に忠告する。


それとほぼ同時に黒い服を着たガードマンたちが集まってくるので、蝶ネクタイの男は舌打ちをして「覚えてろよ」と美女に吐き捨てて卓を去る。


「…あら?サンチョ?」


その時、彼の存在に始めて気づいたのか、美女が長く美しい茶色の髪の間から妖艶ようえんな眼差しを向けた。


「久しぶりね。こんなところでなにをやってるの?」


その時、丁度、「お待たせいたしました」と乳酸菌飲料水を持って戻ってきたバニーガールにサンチョは礼を言ってグラスを受ける。


グラスを片手持ったサンチョは「なにをやってる、って」と呟く。




「仕事だよ。…ストリィーガ」





※名前の由来(なんちゃってイタリア語)

 ・ストリィーガ:魔女

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