第7話 恐ろしい拷問



― グラデーボレ・シティ メインストリート ヴィオ・レ・デ・マーマ 夕方 ―



「やめて!もうやめて!」


「ううう…酷い!あんまりだ!」


「ならば話すか?」


「「それはできない!!!例え殺されるとしても!」」


サンチョが採用面接を受けたヴィオレンザ・ファミリー御用達ごようたしのレストラン「ヴィオ・レ・デ・マーマ」。その店の関係者のみ入れる「レクリエーションルーム」と書かれた部屋の中から男女の悲鳴が上がる。


「あああああ…あのっ、あのっ…当店の『レクリエーションルーム』で一体なにが…?」


本日何度目かの悲鳴だ。客が退店するまで待ってくれたことだけでも感謝すべきだろうと考えながら、店長がおかっぱに恐る恐る尋ねる。


「ああ、すまねぇな。…なに、ちょっとした『レクリエーション』、さ」


おかっぱはそう言いながら口に葉巻をくわえようとして…


手をピタリと止め、「そういえば、ここは喫煙可か?」と尋ねる。


「え…い、一応、その…あああ、いえ、いいです。ヴィオレンザ・ファミリーの皆様なら…」


「あん?」


おかっぱがずいっ、と店長に顔を寄せて睨み、低い声でささやく。


「おめぇ、喫煙不可なら不可ってはっきり言わなきゃダメだろうが。煙が嫌いなお客さんに迷惑がかかるだろうがよ」


「ヒィ…ッ!すすす、すいませぇぇぇん」


店長は顔を真っ青にしながら叫んだ。






― グラデーボレ・シティ メインストリート ヴィオ・レ・デ・マーマ 昼過ぎ ―


遡ること数時間前…


ヴィオレンザ・ファミリー一行は昼過ぎに突如現れた。


昼のピークの時間は過ぎていたが、まだ店内残っていた客たちは震え上がり、揉め事に巻き込まれるのを恐れて食事を残して急いで立ち去ろうとする。


しかし、ティアーモの部下たちがそんな客たちを睨みつけ、


「おい、まだこのパスタ残ってるじゃねぇか!この店のカルボナーラが不味いか?ケンカ売ってんのか?」


「ちゃんと残さず食えよ!シェフに失礼だろうが!ああ!?」


「ここのピッツァは最高だろうがよぅお!?」


「農家の人たちに申し訳ねぇと思わねぇのか、コラァ」


と、離席する客たちの前に立ちふさがり、完食を促す。そして、彼らが食べ終わるまで腕を組み、舌打ちしながら待っていた。


食事をソース一滴残さず綺麗に食べ終えた客たちは、この後一体どんなボッタクリに遭うのか、とビクビク怯えながらレジに進み、自発的に多めに払おうとする。


しかし、


「…おい、それはいくら何でも出しすぎだろうがよぉ!」


「いくらここの料理が美味かろうが、きっちり会計通りに金出せやコラァ!」


「チップは多けりゃいいってもんじゃあねぇぞ!?10%が基本だろうがよぉ!俺たちがいるからって30%以上のチップを置いたら流石に後味がわりぃじゃねぇか!」


「気持ちはわかるけどよぉ、オラァ!!」


と、部下たちに凄まれて、きっちり代金と10%のチップを置き、逃げ出すように店を出ていった。


「毎度ありがとうございました、ボケェ!」


「またのご来店をお待ちしてます、ダラァ!」


「また来いよ。来なきゃてめぇの家にマシンガン持ってカチこむぞ、ゴラァ!」


ティアーモの部下たちは心を込めて・・・・・客たちを見送った後、店の近くに停めてあった黒いバンをノックする。


「…ようやくか」


黒いバンの助手席からティアーモの護衛の熊のような男、オゥルソが降り、トランクから大きな麻袋を担ぎ出した。


その後、少し遅れて運転席と後部座席から同じく護衛のカーネ、シーミャ、ファジャーノの3人組が降り、もう1つの麻袋を運び出す。


「おい、そっちしっかり持て」


「わかってる」


「ったく、あいつオゥルソ、よく1人でこれを持てるよな」


入り口からガラの悪い護衛たちによって、店内に担ぎ込まれる2つの大きな麻袋を見て、店長が「ヒッ」と息を飲む。


「あ、ああああああ…あれ、し、ししし死体ですか?まさか、ここで解体を!?」


「…落ち着け。ちゃんと生きてる。ちょっぴりいつもの場所・・・・・・を借りるだけだ」


おかっぱがグラスにワインを注ぎながら、静かに店長に声をかける。


「なあ?…サンチョ」


「…ああ」


テーブルに座り、ナポリタンで口髭を赤く染めた小柄な中年の男が頷く。


「サンチョ!?この人…いや、この方が…ま、ままままま…まさかあのサンチョ・パッソ!?殺し屋の!?」


店長がサンチョの名を聞き、思わずサンチョの座っているテーブルから離れる。


闇の世界に少しでも交流のある人間なら彼の名前を知らない者などいない。


サンチョは首にかけたナプキンで口を拭い、目の前でチワワのように震える店長の顔をじっと見つめる。


「ヒッ…」


店長はビクッ、と身体を震わせた。


「…おいおい、コイツがここにいることは内緒だぜ?もし誰かに話したら…わかるよな?」


おかっぱが店長の肩に手を置き、ささやく。店長は首を何度も縦に振った。


「さあ、サンチョ、仕事の時間だ」


「その前に…」とサンチョは店長の方を見ながら口を開く。


「乳酸菌飲料水はあるだろうか?」







― グラデーボレ・シティ メインストリート ヴィオ・レ・デ・マーマ 夕方 ―



店の目の前に止まった黒塗りの車の前に部下たちが整列する。


「パパ、どうぞ」


「ぁあ」


ティアーモが車から降り、葉巻をくわえようとして、おかっぱが「パパ…実はここ、禁煙だったそうです」と声をかける。


「…ああ?…そうだったのか」


「そうらしいです。先程店長に確認しました」


ティアーモがチッ、と舌打ちし、部下たちに緊張が走る。


「そうかよ…そりゃぁ、悪いことをした。これまでずっと吸っちまってたじゃねぇか。後で詫び入れとけ」


「は、はい!」


おかっぱが頷いた。店の中にティアーモが入店すると店長がぺこぺこと頭を下げる。


「…で?首尾はどうだ?アッラ=モーダ?」


店長の引いた椅子にドカッと腰掛け、足を組んだティアーモは脇に立つおかっぱに尋ねる。


「防音の扉にも関わらず時々、阿鼻叫喚あびきょうかんが聞こえてきます。---恐ろしい男ですよ、あの男は…」


ごくり、と息を飲みながらおかっぱがティアーモに報告し、関係者のエリアに視線を向ける。






― ヴィオ・レ・デ・マーマ プレイルーム 夕方 ―


「あああああ!!!」


新人の護衛を装ってティアーモを襲った男の殺し屋の悲痛な叫び声がプレイルームに響き渡る。


「やめてー!!!」


ティアーモ・ガールズを装って彼を襲った美女が泣き叫ぶ。


「この異常者!なんでそんな酷いことができるの!?」


「…俺は殺し屋だ。殺し屋は殺しに必要なことは一通りのことはできる。…もちろん、拷問だってな」


サンチョは笑いを含んだ声で2人に対して応答する。




サクッ!サクサクサク…




「「ああああああああ!!!!」」


椅子に縛り付けられ、プレイルームに並べられた男女は涙を流しながら叫んだ。


そこから少し離れた場所にサンチョが椅子に座っていた。彼の横には小机があり、そこには…



焼きたてのピザが置かれていた。



先程、厨房の窯で焼き上げたばかりのピザだ。


うっすらと湯気を立て、チーズがプツプツとカリカリに焼けた生地の上で踊っている。


円形のピザはすでに3枚分、食べられた痕があった。


「あんまりだ!ジェルモーニ(ジェルモ共和国の人)の前で焼きたてのピッツァを食べるなんて!」


「私達、昨日の昼からなにも食べてないのよ!?この鬼畜!」


「ああ…こんなことならあのTボーンステーキ、ひと口でも食べておくべきだった…」


「あたしもよ…」


縄で縛られた2人はサンチョが4枚目のピザに手を伸ばすのを食い入るように見つめる。


「…このアンチョビのピッツァは美味いな。チーズが伸びる伸びる…」


サクッ…


サンチョがアンチョビのピザをかじり、生地を引っ張ると、上に乗ったチーズが糸のように伸びる。


「…食べたいか?」


ぐぅぅぅぅ…、と腹を鳴らす2人にサンチョが尋ねる。


「た、食べたいに決まっている。こんなの耐えられるわけがない」


「…なら話せ」


サンチョが男に見せつけるようにピザを食らう。男はよだれを垂らしながら「ぐぅぅぅぅ`~~~~~」とうなり、そしてゆっくりと首を横に降った。


「…ダメだ。話すわけにはいかない!」


「そうか…」


サンチョは無表情で頷く。そして机の上から小皿に乗った緑色の果実を引き寄せる。


「ああッ、見て。アイツ、オリーブまで…」


カリッ…、と音を立てて大ぶりのグリーンオリーブをサンチョがかじる。


「塩加減が絶妙だ。美味い…」


オリーブの種をそっ、と小皿に乗せながらサンチョは呟く。


「もうやめて…やめてよぉぉぉぉおおおお」


「ああ…なんて美味そうなオリーブなんだ。これをワインと一緒にいただいたら…」


男がそう口にしかけた時、サンチョは足元からワインボトルを持ち上げた。


彼にラベルを見せ、ソムリエナイフで手際よくボトルを開栓する。


そしてビンテージもののオレンジがかった色味のワインをトクトク、とワイングラスに注いでいく。


「そ…それは…86年のコーベルネック!当たり年のヤツだ」


「プレミアムのついているワインじゃないの!」


「クックックッ…」


男女が悲鳴をあげる目の前でサンチョはフルボディのワインの香りをゆっくりと楽しむ。


「うーん…」


「匂い、匂いだけでいい。ひと嗅ぎさせてくれぇ~」


男がよだれを垂らしながら懇願する。それを見てサンチョはおもむろに口を開いた。


「…衝撃の事実を教えてやろうか?」


「この上、なんだってんだ」


「実は俺は酒の味がよくわからない」


男の顔に絶望の色が浮かぶ。それを見てサンチョはニヤリと笑った。


「この人でなしっ!なんてもったいない事を…」


女性が涙を流しながらサンチョをののしる。


サンチョはそれを無視して照明にワイングラスを掲げ、色味を見たり、揺らしてみたりするが、最終的に首を傾げる。


「うーん、よくわからんな」


「そのワインの価値がわからないヤツは頼むから飲まないでくれぇぇぇぇ!!!」


「やめて!86年のコーベルネックはプレミアなのよ!市場にほとんど出回らないの!こんな残酷なこと、よく思いつくわね」


2人は椅子をガタガタと揺らしながら抗議する。しかし、サンチョは涼しい顔をしてワイングラスを2人に掲げた。


「…さ、いただこうか」


「わかったわ、話す!話すから!ワインだけでもひと口頂戴!お願いよぉ~」


女の方が先に根を上げてサンチョに懇願する。


「俺もだ。なんでも話す。だから…」


「クックックッ…物分りのいいヤツは好きだ。特別にピスタチオもつけてやる」


サンチョはそれを見て口の端を歪めて邪悪に笑った。






それから少し経って、サンチョは殺し屋2人から依頼主はコッダルディーア・ファミリーのボス、アヴァーロ・コッダルディーアであったこと、そして彼のアジトの場所とその情報などを聞き出し、部屋から出てきた。


ティアーモがサンチョの去った後のプレイルームを覗くとティアーモを殺そうとした2人が涙を流しながらワインとともにピザとオリーブとピスタチオに舌鼓を打っていた。


そしてティアーモの顔を見ると地面に頭をこすりつけ、暗殺を試みたことを謝る。


―――嘘じゃねぇ。これはマジで心の底から改心してやがる。表情がまるで別人だ。


ティアーモはその姿にぎょっとして扉を閉じ、天井を睨みつけて呟く。




「あんな短時間で殺し屋たちの口を割るとは…一体部屋で何が行われたんだ?―――サンチョ・パッソ。恐ろしい男だ。アイツは本物の悪魔だぜ」





※名前の由来(なんちゃってイタリア語)

 ・コッダルディーア・ファミリー:卑怯・ファミリー

 ・アヴァーロ・コッダルディーア(コッダルディーアのボス):ケチ・卑怯

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