第6話 ピーマン大嫌い同盟とおばあちゃんを大事にする者同盟



「俺はこの世で絶対に許せないものが3つある」


怒りで肩を震わせながら、ティアーモは拳銃をサンチョのこめかみに押し当て、低い声でささやく。


「1つ目は俺のおばあちゃんノンナんでくれたセーターをダセェとバカにするクズ。ノンナがどんな気持ちで俺にセーターを編んでくれてると思ってんだ、クソがッ!!」


昔、祖母からもらったセーターでひと悶着もんちゃくあったのだろう。ティアーモは吐き捨てるように1つ目を言い放つ。


「…」


「2つ目は俺の料理ににんじんを入れるヤツ。―――にんじんはマンマを思い出す。来る日も来る日も来る日も来る日も俺にだけにんじんばっかり食わせやがって! 」


がん、と近くにあった椅子を蹴り飛ばすと、椅子の脚がへし折れる。


この2つだけでもなんとなく複雑そうな家庭が垣間かいま見える。


「そして3つ目ぇぇぇぇぇ…。俺を裏切ること。どいつもこいつも最後には皆、俺から離れていく。だから俺は誰も信じない。誰も信用しない。誰も心から好きにならない!!!」


拳銃の引き金にかけた指をゆっくりと絞っていく。


「非常に…ああ、非常に残念だよ、ポーロ・ウォーヴォ。非常に非常に非常に、残念だ。俺はお前のことを気に入っていた。だが、お前にはあの世行きの観光旅行のチケットをプレゼントしないといけないようだ…なに、片道分なら鉛玉なまりだまで十分さ」


ティアーモはサンチョの顔を覗き込んでニヤリと笑う。


「…」


しかし、眉一つ動かさないサンチョを見て、その笑みを消した。


そして天井に向けてドンッ、と銃声を響かせる。


彼の近くにいた黄人おうじんの美女が小さい悲鳴を上げて目をつぶり、両耳を押さえる。


「…おい、お前はこれがモデルガンにでも見えるか?中に入ってるのはBB弾じゃねぇぞ?」


「フィノアか。ジェルモ・フンゴ戦争でフンゴが使っていた名銃だな。手入れもしっかりしているようだ」


サンチョは自分の頭に向けられている銃をチラリと見る。


ジェルモ・フンゴ戦争とは、十数年前までサンチョたちがいるこのジェルモーリョ・ディ・バンブー 共和国―――通称ジェルモ共和国とフンゴ連邦共和国の間で勃発ぼっぱつした戦争のことだ。


ジェルモーリョ・ディ・バンブー 共和国の名産のタケノコとフンゴ連邦共和国の名産であるキノコの関税問題をきっかけとして発展した戦争で、別名「キノコタケノコ戦争」と呼ばれている。


「…答えろ。なんで俺を裏切った?」


「別に裏切ったつもりはない」


「俺を暗殺しようとした女を守っただろうが」


「…」


サンチョは自分の下で地面に転がっている女に目を落とし、「ふむ…」と頷く。


「そうだな。ついでに言うとその男も、だ」


テーブルに突っ伏した男をあごで指す。


「おい」


ティアーモの一声で部下たちがテーブルに突っ伏した男をひっくり返すと、確かにサンチョの言う通り、彼には傷一つなく、白目をいて昏倒こんとうしていただけだった。


「この床に刺さったナイフ、銃痕じゅうこんがあります」


部下の1人が床に落ちていたひしゃげたナイフに気づき叫ぶ。


「飛んできた弾丸の軌道をナイフでそらしたってことか?それも食器のナイフで!?そんなこと人間にできるのかよ…」


部下の1人が呟く。食器のナイフでなくともそんなことは常人にはできない筈だ。


「撃たれたと思ってびっくりしただけだ。一応、拘束こうそくはしておいた方が良いだろう」


サンチョは淡々と部下たちに声をかけると、彼らはすぐさま男を拘束する。


「…裏切ったんじゃないならなぜ殺さない?理由を教えろ」


ティアーモはなおも引き金に指をかけながらサンチョに尋ねる。


「簡単だ。俺は無駄な殺しは好きじゃない」


「無駄だと?」


ティアーモが眉をピクリと動かす。


「そうだ。コイツらを殺したところで次の殺し屋がお前を殺しに来るだけだ。『雑草を除去したいなら葉っぱではなく、根っこから』だ。葉っぱを取っても意味はない」


「それで逃してコイツらが俺を殺しにきたらどうするんだ。お前が必ず阻止できるっていうのか?ええ?」


「ああ。…恐らくスクランブルエッグを作るよりも簡単に、な」


サンチョは頷く。


「大した自信だな」


「信じられないか?」


ティアーモがサンチョをにらみ、サンチョはその視線に真っ直ぐ応える。この場にいる者が皆、身じろぎ一つすることすらためらうほど張り詰めた空気の中で、おかっぱが恐る恐るティアーモに声をかける。


「パパ…認めたくありませんが、ポーロなら間違いなくできるでしょう。銃を下ろしてください。彼がパパを殺す気ならあの2人からパパを守らないだろうし、そもそもこれまでそのチャンスは無限にあった。とっくにパパを殺して逃げているでしょう」


するとティアーモは、「そういえば…」とおかっぱを睨みつける。


「アッラ=モーダァァァァァア、てめぇがコイツを連れてきたんだったよなぁ。お前もグルかぁ?あぁ?!」


「ち、違います」


ティアーモにドスの効いた声ですごまれておかっぱはぶんぶん、と首を横に振った。


「ポーロ、お前何者だ?ブジャードさんには悪いが…あの人の息子がこんなことをできるとは思えない。引きこもりの息子がマフィアのボスを殺しにやってきた殺し屋を2人も撃退するなんて…」


「…」


サンチョは黙って自分を囲むティアーモの護衛たちとティアーモ、そして2人の殺し屋を見てゆっくりと口を開く。


「サンチョ・パッソだ」


「「「「「!?」」」」」


その場にいる何人かが驚きの表情を浮かべて、サンチョを見る。


「サンチョ・パッソ、だと!?あの…殺し屋の、か?」


ティアーモもサンチョの名前を知っていたのか目を見張り、信じられないと首を振る。


おかっぱと何人かの護衛はその言葉に納得したように頷いた。


食器のナイフでティアーモの銃弾を反らし、さらにフォークで殺し屋の隠し銃を無力化する―――そんな芸当ができる人間がこの世に沢山いてはたまらない。


「まさか…ブジャードさんが…?」


おかっぱは自分の恩人がサンチョを送り込んだのではないかという可能性に気づき、小さく呟く。


「いや…言っておくがブジャード・ウォーヴォという男と俺は何の接点もない。俺はある依頼でここに来た。その際に依頼主が手を回しただけだ」


「そいつの名前は?」


ティアーモの質問にサンチョは首を横に振る。


「悪いがそれは言えない」


銃を突きつけられているにも関わらず、不自然なくらい堂々とした態度だが、あの有名な殺し屋「サンチョ・パッソ」であるというならば誰もが納得だ。


「じゃあ質問を変えてやる。…誰の暗殺が目的だ」


サンチョは首を再度横に振る。


「てめぇ…ッ」


「今回の俺の目的は殺しじゃない。お前が持っている『宝石が咲く花フィオレ・ジョイエッロ』が欲しいんだ」


「アレを?」


ティアーモは目を左上の方に向け、しばらく黙り込む。彼は誰がサンチョの依頼主なのかを考えている様子だった。


「依頼主もお前に恨みがあるわけではないらしい。あるならお前の暗殺も依頼に含まれるだろうからな」


と、サンチョが付け加える。


「それで…サンチョ・パッソが俺たちに素直に依頼内容を話したのは何が目的だ?油断させて実はファミリー全員殺そうってことか?」


後ろに控えていたスーツを着た熊のように大きな男がサンチョに銃を向けて叫ぶ。


護衛試験でサンチョにスタンガンで倒された男―――オゥルソだ。


「残念だぜ、ポーロ。お前とはピーマン大嫌い同盟が組めそうだったのによ」


「…待て」


今にも銃を発砲しそうなオゥルソをティアーモが静かに制止する。


「パパ!でも…」


「待てと言ってんだ。2度も言わせるな」


ティアーモが眉間みけん青筋あおすじを立てながらにらみつけると、大柄なオゥルソは子熊のように縮み上がる。


「…どうしてもわかんねぇことがある。どうして俺の『宝石が咲く花フィオレ・ジョイエッロ』が欲しいのにこの1ヶ月、お前は『宝石が咲く花フィオレ・ジョイエッロ』の話なんか1回もしなかったよな。なぜだ?」


「…………………お前から『宝石が咲く花フィオレ・ジョイエッロ』をゆずってもらう良いアイディアが思いつかなかったからだ」


サンチョは女を押さえつけていない方の手で顔に手をやり、ため息をつく。そう、そうなのだ。とりあえず一緒に過ごしてみたものの、サンチョは本題を切り出すうまい口実を作ることができずにいた。


「??? なんでおどして奪わねぇ?あるいは俺からそれとなく場所を聞き出して盗んだって良いはずだろう?」


ティアーモがサンチョのその様子を見て頭の中に疑問符を大量に浮かべる。


「??? 強盗や盗みはいけないことだろう?」


「なにを言っているんだ?」とばかりにサンチョが首を傾げる。


「「「「「???」」」」」


疑問符はやがてその場にいる全員の頭の中に広がった。


「お前………お前は殺し屋だろうが。殺しは強盗や盗みよりダメなことだろうが…」


ティアーモが全員を代表してサンチョにごくごく当たり前に浮かんだ疑問を投げかけた。


「ああ。だが、殺しは仕事だ。俺は依頼されたターゲット以外は殺さない。殺す理由も納得できなければ殺さないし、子どもと老婆は殺さない」


「い、意味がわからねぇ…………。―――で?まとめると、お前の依頼主は誰の殺害も依頼していないからお前は殺しはしないし、強盗や盗みはいけないことだからしない。でも『宝石が咲く花フィオレ・ジョイエッロ』は欲しいから護衛として俺のファミリーに潜入したはいいが、どうしたらいいか困っている…………そういうことでいいんだな?」


ティアーモがサンチョの状況をまとめると、「そうだ」とサンチョは真顔で頷いた。


「できればこころよゆずってくれるとありがたい」


再びヴィオレンザ・ファミリーのホームに長い沈黙が訪れる。その沈黙をやぶったのは…


「…………………ぷくッ………ぶ…バハハハハ!!!!あーっはっはっはっはっは!!!」


ティアーモはサンチョに向けていた銃を下ろし、銃を持っていない方の手で額に手をやり、爆笑する。


「おいおいおいおい…マジかよ。グラデーボレ、いや、ジェルモ(※ジェルモーリョ・ディ・バンブー 共和国)の闇社会で有名なあのサンチョ・パッソが…………とんだ真面目ちゃんだなぁ、おい」


目に涙を浮かべてティアーモはひとしきり笑った後、テーブルにあった新しいグラスにワインを注ぎ、飲み干す。


「…ここはグラデーボレだぜ?俺はお前に殺されて奪われたって文句は言わねぇ。なのにまさか正面から頼んでくるとはなぁ。『宝石が咲く花フィオレ・ジョイエッロ』か。…いいぜ、お互いおばあちゃんを大事にする者同士、ゆずってやってもいい」


「本当か?」


「…ただし、だ」


ティアーモは部下に命じてサンチョに拘束されている女性をロープで縛り上げる。そして、白目をいた男の殺し屋と縛り上げた女の殺し屋をあごで指す。


「お前がいう『無駄な殺し』を俺にさせないために『雑草の根』とやらをむしってもらおう」


「それはつまり…」






「コイツらに俺の暗殺依頼を出したヤツを特定し、二度と俺に殺し屋を仕向けられないようにしろ。それが交換条件だ」






※名前の由来(なんちゃってイタリア語)

 ・ノンナ:おばあちゃん

 ・フィノア(ティアーモの愛銃):シマウマ

 ・ジェルモーリョ・ディ・バンブー共和国:タケノコ共和国

 ・フンゴ連邦共和国:キノコ

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