第3話 護衛採用試験とサンドバッグを殴るのが趣味のニートな息子
― グラデーボレ・シティ メインストリート ヴィオ・レ・デ・マーマ 正午 ―
「話は聞いている。お前がポーロ・ウォーヴォだな?」
昨日、ベッロ・キャッペライオに言われた通り、「ヴィオ・レ・デ・マーマ」という店でマルガリータのピザを頬張っていると、白いスーツに金髪のおかっぱ頭の男が声をかけてくる。
「?……………そうだ。俺がポーロ・ウォーヴォだ」
「今、なんか少し間があったな。本当に本名か?」
「もちろんだ」
一瞬、事前に伝えられていた偽名を忘れていたサンチョは首を傾げかけたのをおかっぱは見逃さず確かめる。
「…まあいい。お前を紹介したブジャードさんには世話になったしな。しかし、あの人もぶっ飛んでるよな。ニートの息子の働き口がないからってフツー、マフィアのボスの護衛に推薦するか?」
「信じられないな」
「いや、お前のことだよ、ポーロ」
「…ああ、そうか、俺か」
サンチョは一瞬遅れて理解し、ゆっくりと頷く。
「おいおいおい、しっかりしてくれよ?採用試験があるとはいえ、俺は一応、お前を代理で推薦してるんだ。あんまりひどいと俺がパパに殺される」
「酷い父親だな」
「本物の
おかっぱはサンチョの様子を不審に思ったのか、履歴書を確認して実物と見比べる。
「…………なんか太った?」
「?…見せてくれ」
おかっぱから履歴書を受け取ると内容を見る。
履歴書によるとサンチョは、ポーロ・ウォーヴォというブジャード・ウォーヴォの30人いる息子のうちの1人となっている。
年齢は45歳。小卒。中学1年生でいじめにあい、30年以上引きこもっていた。職歴はなし。未婚。
趣味はサンドバッグを殴ることとぬいぐるみを集めること。好きな食べ物はお子様ランチとナポリタン。
…名前以外は概ね事実だ。ニートではないし、サンドバッグを殴る趣味はないが…。
「あ…」
サンチョが履歴書に貼られた写真を見て声を上げる。
「どうした?」
「これ、細いわけだ。30歳の時、写真だ」
「道理で…って馬鹿野郎!履歴書は基本的に半年前までの写真を使うんだよ。本人かどうかわからなくなるからな!これからも就活するならちゃんと覚えとけ」
「………」
サンチョは黙って履歴書をおかっぱに返す。
「まったく…なになに………趣味はサンドバッグを殴ること?変わってるな」
おかっぱはサンチョの履歴書を読んでコメントする。
「らしいな」
「引きこもりのニートが毎日サンドバッグを殴ったところで、パパの護衛が務まるかよ」
「試してみるか?」
「喧嘩っ早いな。だが、それはマフィアの護衛としては大事な資質だ。ボスの邪魔になるやつは片っ端からぶっ飛ばせ」
おかっぱはパンパン、とその場で手を叩く。
「はい、ただ今…」
「ヴィオ・レ・デ・マーマ」の店長がすぐさま奥からおかっぱの前に姿を現す。
「『採用試験』だ。いつもの部屋を借りるぞ」
「かしこまりました。こちらです」
店長に導かれて、おかっぱとサンチョ、そしておかっぱの部下を何人が通されたのは入り口に大きく「レクリエーションルーム」と書かれた部屋だった。
「拷問部屋か?」
「馬鹿野郎、飲食店にそんな物騒な部屋を作るわけがないだろ。店で盛り上がった時にカードをやったり、酒飲んで馬鹿騒ぎする時に使う部屋だ。確かに時々気に入らない野郎をぶちのめす時にも使うがな」
おかっぱが扉を開くとしっかりと防音処理のされた無音の部屋が姿を現す。
「ここならお前がどんなに暴れても店のお客さんたちに迷惑がかかることはない。…オゥルソ、相手をしてやれ」
「いいんですかい?アッラ=モーダの兄貴。こんなチビ、ぺしゃんこにしてしまいますよ」
おかっぱを兄貴と呼ぶ大柄の熊のような男がニヤニヤと笑いながら拳をゴキゴキと鳴らす。
「…合格の条件は?」
サンチョがおかっぱに尋ねる。
「コイツを戦闘不能にすることだ。…オゥルソ、俺が昔世話になったブジャードさんの息子さんだ。無茶はするなよ」
「善処はしますがね。骨折くらいは覚悟してもらうぜ、おチビさん」
オゥルソはクックック…、と笑い、サンチョの目の前に立つ。
小柄なサンチョの倍はありそうな背丈。分厚い筋肉がスーツをパツパツに押し上げている。
彼は上着を部屋の隅に放り投げ、Yシャツの袖をまくり上げる。鍛え上げられた胸筋がサスペンダーを今にも引きちぎりそうな勢いだ。
「あ、そうやって放り投げるとシワになるから誰かちゃんとたたんで持っておいてやれ」
おかっぱがそれを見て、他の部下にオゥルソの服を拾いに行かせる。
「ポーロは服は脱がなくていいか?動くと暑いかもしれないぞ」
「大丈夫だ」
「そうか?無理だったら早めにギブアップしろよ。お前はまだファミリーじゃないから『マフィア保険』が効かないんだからな。じゃあお互い怪我に気をつけて…………始めろ!」
おかっぱの合図とともにオゥルソがのしのしと歩み寄り右の拳を振り上げる。
「ぶっ潰れろ、おチビ!!!」
オゥルソは凶悪な笑みを浮かべながら拳をサンチョに叩きつける。
だが、大きく振りかぶった右腕の軌道をかわすのは、サンチョにはとって容易い。
スルッと左に移動しながら拳をかわすと、ポケットからスタンガンを取り出し…
バチバチバチ!!!
「あばばばばばばばばばばばばばば!?」
オゥルソのむき出しになった腕に高圧電流を流し込む。
身体を激しく痙攣させた後、オゥルソは白目を剥いてバタリ、と地面に大の字で転がった。
ピクピク、となおも身体を痙攣させる彼を見てからサンチョはおかっぱに「終わったぞ」と声をかける。
「………え?」
おかっぱと部下たちはポカンとした顔でサンチョと床に転がったオゥルソを見比べる。
「試験は相手を戦闘不能にすればいい、だったよな?」
「え?いや、そうだが…………こういう場合は普通、殴り合いするんじゃないのか?」
「? 護衛はボスを守れればいいんじゃないのか?要望通り怪我もさせていないが、ダメなのか?」
「…………ブッ!!!」
おかっぱはたまらず吹き出し、大声で笑い転げる。
「はっはっはっはっ、コイツはやられた!………そりゃ違いない!確かに俺は武器を使っちゃいけないとは言わなかったな。まさかオゥルソを倒すとはな。…いいだろう、気に入った。採用だ」
おかっぱは涙を拭きながらサンチョを採用しようとする。
だが…
「いやいや、兄貴、待ってくださいよ!」「そうすよ、納得いかないっすよ」「おい、チビ、だまし討ちでオゥルソさんに勝ったからって調子に乗るなよ」
部下たちが口々に結果について異議を唱える。
「………」
「…だそうだ。う~~~ん、困ったな、部下たちにも認められていないようじゃパパにも推薦し辛い。そのスタンガンは使っていいからこの3人も相手してくれるか?」
「こちらは条件を満たして勝利したわけだが…これを引き受けて俺に旨味はあるのか?」
「…ガタガタ抜かしてんじゃねぇ!!!」
部下の1人が懐から銃を取り出してサンチョに向ける。
「アッラ=モーダの兄貴がそう言ってんだ。お前の返事は「はい」か「YES」か「Si」だけでいいんだよ」
「………」
サンチョはため息をつくと懐から財布を取り出す。
「「「「?」」」」
あまりにも場にそぐわない財布の出現に全員の視線が集まる。
「まさか金で収めようとしてんのか?」と銃を構えた部下が口を開きかけた時、ポーン、とその財布が部下の目の前に放られる。
「?…………あばばばばばばばばばばばばばば!?」
財布の視線を追った部下の脇腹にサンチョがスタンガンを押し当てる。
「こ、コイツ…」
近くにいた部下がサンチョに殴りかかろうとするが、サンチョは素早くおかっぱの背に回り込み、彼を盾にする。
「ぐ…」
部下は上司を殴るわけにいかず、振り上げた拳を止める。その瞬間、おかっぱの股の間からにゅっとスタンガンを持った腕が伸び、部下の太腿に電撃が走る。
「ぎゃっ!?」
「…あと1人」
「ふざけんなよ、てめぇ!!」
おかっぱの股の間から出たサンチョの顔を最後の1人が蹴り上げようとする。
「ちょ、バカッ!やめろ………おぐぅ!?」
おかっぱの制止よりも先にサンチョの顔を狙った蹴りが繰り出される。サンチョは素早くおかっぱの股の間から撤退し、目標を失った部下の蹴りはおかっぱの股ぐらを強打する。
「あ、あああああ兄貴」
「…てめぇ…」
一瞬で自分が大変な失態を犯したことに気づく部下。おかっぱは股を押さえてその場でぴょんぴょんと跳ね回る。
部下はその一瞬の間にサンチョを見失ったことに気づいた。
「あれ…どこにいっ………!?」
膝の裏にサンチョの膝が押し当てられ、部下の身体がカクン、と下に崩れる。その部下の首ににゅるり、とサンチョの左腕が絡み、顔にバチバチと音を立てるスタンガンが突きつけられる。
「…ま、参った…………」
サンチョが護衛試験に合格したのは言うまでもない。
※名前の由来(なんちゃってイタリア語)
・ポーロ・ウォーヴォ(サンチョの偽名):鶏=卵
・ブジャード(ベッロ・キャッペライオの用意した紹介人):嘘つき
・アッラ=モーダ(おかっぱ):オシャレ
・オゥルソ(おかっぱの部下):熊
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