第4話 街一番の乱暴者と街一番の殺し屋
― グラデーボレ・シティ ヴィオレンザ・ファミリー ホーム 昼過ぎ ―
おかっぱの男―――アッラ=モーダに連れられてやってきたヴィオレンザ・ファミリーのホームはキャッペライオ・ファミリーのような高層ビルではなく、有り体に言えば大豪邸だった。
白い岩が積み上げられたような長い塀をくぐると真っ直ぐ石畳の道が広がっている。
門からしばらく石畳の上を歩いて真っ直ぐ進むと、豪邸お約束の白い大理石でできた噴水がある。噴水には幼い少女と少年の姿をした裸の天使の像が立っていた。
石畳の道は中央の道以外にも、噴水を中心に左右対象に半円を描くように大きくカーブした道があり、それ以外は全て天然芝が敷き詰められている。
芝は綺麗に刈り揃えられており、そろそろ夏の日差しが顔を出し始める温かい季節の今、寝転んで日向ぼっこをすると気持ちが良さそうだ。
噴水の後ろには当然の如くそびえ立つ、横にだだっ広い四角い形を複雑に組み合わせたアーティステックな建造物。恐らく高名なデザイナーが設計したのであろう。最早、家ではなく美術作品と言っても過言ではない。
建物の東側にはもう一軒、これまた四角を組み合わせた巨大な建造物があるが、規模や配置から正面が本館、東側は恐らく別館だろう。
そして、建物の西側には50mプールがあり、プールサイドにはピーチパラソル、その下には小さなテーブルとビーチチェアがあった。近くにはなんとヤシの木まで生えている。
「凄いな。マフィアっていうのはどいつもこいつもこんなに儲かってるのか?」
サンチョはヴィオレンザ・ファミリーのホームをきょろきょろと見回しながらボソリと呟く。
「シッ…、黙れ。…パパだ」
ビーチチェアにはトランクスタイプの水着を着た、髭面にオールバックの大柄で筋肉質の黒人が座っていた。彼はウィスキーを片手に水着の美しい女性たちを
彼の後ろではスーツの男たちがズラリと直立不動で休めの姿勢で並んで待機している。
どうやらこの黒人の彼こそがこのマフィアの巣窟グラデーボレ・シティでも名を轟かせる程の乱暴者、ヴィオレンザ・ファミリーの若きボス―――ティアーモ・ヴィオレンザということらしい。
「よぅ、アッラ=モーダ。隣にいるのは…んん?」
黒人の男は美女にウィスキーのお代わりを
「パパ、紹介するよ。新しく護衛に加わるポーロだ」
「あ?このおチビちゃんが?………ブーッ!!!!……はっはっはっ!そいつは面白ぇジョークだ。お前、そんな気の利いた冗談を言うやつだったか?おい、ウィスキーを持ってこい、このバカが面白すぎて中身全部こぼしちまった。コイツにもグラスをやれ。おい、アッラ=モーダ、お前も一杯やれ」
黒人の男はウィスキーを吹き出しながら豪快に笑う。
「いや、パパ、マジだ。俺はこのポーロ・ウォーヴォをパパの護衛に推薦する」
爆笑する黒人の男に対し、おかっぱは顔を引きつらせながら真顔で首を振る。
「ああん!?」
目の前にいる黒人の男のこめかみにビシリ…と血管が浮き出る。
その瞬間、辺りの空気が一瞬で凍りついた。
後ろに控えていたスーツの男たちの顔もボスの
「…ヴィオレンザ・ファミリーのボスの護衛がこの160cmにも満たないおチビちゃんが?この俺の?んん?護衛ぃぃぃぃいい?!…お前本気で言ってるのか?エイプリルフールはとっくに終わってるぞ?」
持っている高そうな分厚いウィスキーグラスにビシビシとひびが入り、粉々に砕け散る。
水着の女性たちも顔を引きつらせ、彼の怒りに震える手から目が離せないでいた。
あと一言でも彼の
「…アッラ=モーダ、俺はお前のことはわりと気に入ってる。てめぇはごろつきにしては頭も良いし、気も利く野郎だ。腕っぷしもまあ悪くねぇ。それに、てめぇのそのふざけた金色の○んこみてぇな髪型も、逆三角形の目つきわりぃ目も、趣味が良いんだか、わりぃんだか、さっぱりわかんねぇムスクの匂いが強ぇ香水も、わりと好きだぜ」
「だがよぉ…」と獣の威嚇のような低く押し殺した声で続ける。
「てめぇの今の冗談はくどいよなぁ…」
黒人の男に凄まれ、おかっぱは緊張のあまり全身が酸欠でしびれるのを感じながら、それでも必死にサンチョのことを伝えようとする。
「パパ………、コイツは試験でオゥルソをぶっ飛ばし、カーネ、シーミャ、ファジャーノの3人も倒したんだ」
「!!」
怒りの限界が来たのか、こめかみに青筋を立てた黒人の男はピーチパラソルの下にあった料理の並ぶテーブルから拳銃を掴み、周りが制止する間もなくおかっぱに向かって発砲する。
パァァァァァァァン………と乾いた破裂音が辺りに響き、
誰も声を上げることができなかった。
「……………ッ!」
おかっぱは目をぎゅっとつぶり、身体を縮める。
この距離だ。銃弾を外すことはまずないだろう。銃弾に撃たれた場所によっては痛みもなく死ぬこともあるという。
「きっと急所を撃ち抜かれ、俺は死ぬんだ」とおかっぱは目をつぶったまま、いつ自分にその時が訪れるのか、と恐怖しながら待つ。
だが…。
「あ………れ?」
いつまで経っても一向にその時がこないため、おかっぱが恐る恐る目を開ける。
ティアーモ・ヴィオレンザは確かに銃口をこちらに向けていた。間違いなく命中する角度。
床を見ると拳銃から排出された
1つはティアーモの足元に彼の愛用する大口径の銃弾の
「え…?」
おかっぱが振り返ると、そこには彼の愛銃を握るサンチョの姿が目に入る。
いつの間に
ティアーモに紹介するまで武器の携帯は許可しておらず、入り口で彼のスタンガンも取り上げた筈だった。
「いつの間に…」
サンチョが自分の手にあるおかっぱの銃に目を落とす。
「ああ、もうボスを紹介してもらったから…銃を持っても問題ない筈だよな?抜き打ちテストはこれで合格か?それともまだあるか?」
「いや、これはテストじゃなくてな…」
先程からなにも喋らないティアーモ・ヴィオレンザの顔をおかっぱは恐る恐る見る。
おかっぱを殺すことを邪魔したこの男に対し、絶対に彼は怒っているだろう。
そう考えたおかっぱの予想を裏切り、ティアーモは目を子どものようにキラキラと輝かせていた。
「え?マジで!?すっげぇ!なにお前、狙ってそれやったのか?」
「
「
ティアーモは大笑いして手を叩く。
すると美女たちがテキーラの入ったショットグラスを3つ持ってくる。
「すげぇな、おい。マジか。撃った弾を空中で撃ち落とすなんてホントにできるんだな。しかもなにがすげぇって、それを土壇場でこのおかっぱ野郎の銃を使ってやってのけるとこだ!おい、子分ども。お前らたまたまでもこれができるヤツがいるか?」
「いたら給料を5倍にしてやる」と近くに立っているスーツの男たちに問うが彼らは一斉に首を横に振る。
「だよな、だよな?すげぇ。おチビちゃんお前の名前をもう一回教えてくれるか?」
「…………あ、ポーロ・ウォーヴォだ」
「アポーロ・ウォーヴォ?」
「ポーロ・ウォーヴォだ」
サンチョは偽名を繰り返す。
「面倒くせぇ、ポーロでいいか?」
「構わない」
「オーケェ、ブラザー。お前は今日から俺のファミリーの一員だ。ヴィオレンザ・ファミリーはお前を歓迎しよう」
ティアーモはニッと笑って白い歯を見せるとサンチョに握手を求める。
サンチョと握手を交わした後、彼は美女からショットグラスを1つ受け取ると、グラスの口の部分に差してあったライムのスライスを絞り、グラスの中に突っ込む。
そしてそれをおかっぱに渡した。
「さっきは銃で撃って悪かったな、アッラ=モーダ。ポーロを紹介してくれてありがとう。やっぱりお前は最高だ」
「パパ…」
アッラ=モーダはホッとした顔でティアーモからライム入りのショットグラスを受け取る。
ティアーモは同じものをサンチョの分も用意して渡そうとする。
「すまない。俺は酒を飲まないんだ」
「ああん!?俺の酒が飲めねぇってか?!ポーロは護衛の
ティアーモは後ろを振り返ってスーツの男たち向かって叫ぶ。
「パパの
後ろでボソリとスーツの男たちのうちの1人が呟く。
「お前らの中にそんな勇気あるやついるか?」
スーツの男たちのうちの1人が小さい声で仲間うちに問いかける。
「ないよ」「まさか」「正気の沙汰じゃない」「自殺願望があってもそんな死に方嫌だね」
それに対して他のスーツの男たちは一斉に首を振った。
「ポーロ、お前、酒がダメならなになら飲める?うちにはジュースも茶も水も色んな種類があるぞ」
「じゃあ乳酸菌飲料水をミルク割りで」
こうしてサンチョ・パッソは無事、ヴィオレンザ・ファミリーのボス―――ティアーモ・ヴィオレンザの護衛として認められたのだった。
※名前の由来(なんちゃってイタリア語):
・カーネ、シーミャ、ファジャーノ(おかっぱの部下):順番に犬・猿・雉
※意外なことにイタリアの長さの単位はメートルでした。インチやらフィートやらにこだわるのはアメリカくらいらしいです。
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