第2話 「宝石が咲く花」とキリンさんのぬいぐるみ
― グラデーボレ・シティ キャッペライオ・ファミリー ホーム 夜 ―
黒塗りの車は10分程できらびやかな高層ビルの前に停車する。
入り口にはスキンヘッドにサングラスの黒スーツの男たちがマシンガンを持って並んでいる。
運転手がサンチョの側の扉を開けると「こっちだ。ついてこい」と高そうなスーツの男が案内する。
入り口の黒く塗られた自動ドアの前でカードキーをかざすと、ドアが開いた。
赤いふかふかの
カードキーを当てるとエレベーターが動き出す。エレベーターの周りには曇り一つない水槽があり、中に色とりどりの魚たちが泳いでいるのが見えた。
35階建てのビルの30階でエレベーターが止まる。
「こっちだ」
「直通じゃないのか?」
サンチョがボソリと素朴な疑問を投げると一緒についてきた5人の部下たちが馬鹿にしたような笑い声を上げる。高そうなスーツの男は彼らの頭を殴って黙らせると肩をすくめ、おどけてみせる。
「…直通だったら簡単に襲撃されちまうだろ」
「…なるほどな」
30階のフロアにも赤い
サンチョはキョロキョロとフロアを見回しながら高そうなスーツの男についていく
「このファミリーは水族館でもやっているのか?」
「ああっ!?ぶち殺すぞ!………だが、魚を褒めるのはいい。パパが喜ぶ」
フロアの端まで行くと、「
高いスーツの男がインターホンのブザーを押し、「ヴェスティートです、パパ。サンチョ・パッソを連れてきました」と報告する。
「…」
プツッ、とインターホンの通信が切れる音がした直後、上階からエレベーターが降下し、サンチョたちの前で扉が開いた。
― グラデーボレ・シティ キャッペライオ・ファミリー ボスの部屋 夜 ―
「やあ、よくきたね、サンチョ・パッソ」
最上階の豪奢な作りの扉を開くと、キックベースができそうな程広い部屋が姿を現す。
床はやはり透明なガラスでできており、下には沢山の
豪華な調度品などが並ぶその部屋の奥にはいかにも、という感じの本皮でできた社長椅子に座り、木の長机に脚を乗せたワインレッドのスーツの男がいた。
頭には茶色の古びた、しかし高そうな帽子をかぶったその男は恐らく40代前半―――マフィアのボスにしては若い。
細身で、髪をやや長めに伸ばし、無精髭を生やした比較的ルックスの良い男だ。
「まさか31階から34階までぶち抜きで鮫の水槽か?」
サンチョは挨拶もなしにまず思ったことを口にする。
「あはは、そうそう。凄いだろう?」
「これがあるせいでセキュリティが台無しだな。まさかメンテナンスは自分でしていないだろう?」
「それがどっこい、俺がしてるんだ」
「鮫の水槽を?それは凄いな」
サンチョは足元を優雅に泳ぐ大きな鮫を見て呟く。
「良ければ一匹あげようか?水槽付きで」
「いや、やめておこう。俺は昔カブトムシさえミイラにしたことがあるからな」
ボスはサンチョの返事を聞いてあっはっはっは、と愉快そうに笑う。
「いや~~~、面白い男だね、君は。改めて、初めましてだね、サンチョ・パッソ。俺はベッロ・キャッペライオ―――『帽子屋』って呼んでくれても良いよ」
ベッロ・キャッペライオは机に脚を乗せたまま、頭に被っていた古びた帽子を持ち上げて挨拶をする。
「…『魚屋』か『館長』の間違いじゃないだろうか?」
「確かに」
ボスはくっくっく、と笑う。
「それで、俺になんの用だ?」
「ああ、そうだそうだ。―――サンチョ・パッソ、君に依頼がある。君は頼まれた依頼を絶対に成功させると聞いた」
ベッロは机から脚を下ろすと両手を組んでその上に顎を乗せ、前に乗り出す。
「死んだ息子を生き返らせてくれとか、不老不死にしてくれというのは無理だ。誰かを殺してくれ、というならば………まあ、今までしくじったことはないな」
「噂によると君の報酬はぬいぐるみだとか」
サンチョはベッロをじっと見つめてからゆっくりと頷く。
「ああ。しかしその辺のおもちゃ屋で売っている奴じゃないぞ」
「ジョカットリ・ボッテガイオの作品、だよね」
ベッロは口元に笑みを浮かべながら世界的に有名なぬいぐるみ作家の名を口にする。
「…よく知ってるな」
「もちろん。この依頼は君にしか頼めないからね。随分下調べをしたよ」
「…それで依頼は?」
「待った。…引き受けてくれるかい?」
話を進めようとするサンチョを制止し、ベッロはこちらをじっと見つめる。
「それは依頼次第だ。俺は子どもと老婆は殺さない」
「ああ、知ってるとも。…だが、今回の依頼は殺しじゃない」
「?」
ベッロは帽子を被り直して笑う。
「ヴィオレンザ・ファミリーのボスが持っている『
ベッロが手元にあるリモコンを操作すると天井からプロジェクターが降りてきて、彼の求める「
それは一見するとただの鉢に植わったただの植物だが、
「なぜ俺が?」
「ヴィオレンザ・ファミリーを知らないとは言わせないよ?」
「ヴィオレンザのことは知っているが…」
ヴィオレンザ・ファミリーはグラデーボレ・シティの中でも有名な武闘派マフィアだ。特に最近ボスになったティアーモ・ヴィオレンザは乱暴者で有名な男だ。前のボスである父親とその後継者になる予定だった腹違いの兄を殺し、ボスになったという噂もある。
「あそこに潜入して無事に戻ってこれるとしたら君しかいないだろう」
「…………ブツは?」
ベッロは机の引き出しからケースに入った可愛らしいキリンさんのぬいぐるみを取り出す。
「…中古品か?」
「もちろん。君、ジョカットリ・ボッテガイオが何十年前の人間か知っているかい?」
ベッロはキリンさんのぬいぐるみを机の上に置きながらサンチョに向かって苦笑する。
「流石に新品は無理だ。これだって豪邸が3軒は建てられる値段がしたんだぜ」
「ああ。…状態を確認させてくれ」
サンチョが近づこうとするとベッロはチッチッチ、と舌を打って首を振る。
「いや、まだだ。…まだ返事を聞いていない」
「だが、これが偽物かもしれないだろう?」
「サンチョ・パッソ相手に偽物を渡せるわけないだろう。バレたら俺どころかファミリーが滅ぶ」
「……………」
サンチョは腕を組み、カールした口髭を触る。ようやく先程から口髭に白くこびりついていた乳酸菌飲料水が落ちる。
「できれば返事は『YES』か『はい』か、『Si』以外は聞きたくないな」
そう言いながらベッロはジッポーで葉巻に火をつけ、煙を吸い込み、深く吐き出す。
彼はジッポーを蓋カチカチと見せつけるように開閉し、「断ればキリンさんのぬいぐるみに火を付けるぞ」とほのめかす。
「そうだろうな。………匂いがつくから葉巻はやめてくれないか?」
「…先に返事だ」
「Si」
「いいだろう」
彼は左手の人差し指にはめた指輪に葉巻を押し付けて火を消すと吸い殻入れに放り込む。
そしてキリンさんのぬいぐるみの入ったケースを持ち上げる。
「交渉成立だ」
「…ああ」
サンチョは頷くとぬいぐるみのケースをベッロから受け取り、そしてケースを開く。
サンチョはその場で入念に縫い目やキリンの目に縫い付けられた黒いボタン、そして生地などを触って質感を確認する。最後にタグを確認し、「確かに」と頷く。
「これは間違いなくジョカットリ・ボッテガイオの作品だな」
そう言って、ぬいぐるみのケースをベッロに返す。
「良かった…一応、鑑定に回して『87%は保証できる』と言われたが………違っていたらどうしようかと思ったよ」
ベッロは「ふぅ~~~………」と息を吐く。
「それで、殺しの依頼じゃないってことはヴィオレンザと揉める気はないってことだな?」
「ああ。あそこを敵に回したら流石にうちも面倒だ。できれば穏便に済ませたい」
ベッロはホッとした顔をしながら頷く。
「じゃあ、正面から『
「おいおいおいおい、それ本気で言ってる?………本気で言ってそうだから君は怖いな。ダメダメ、絶対ダメ。いくらサンチョ・パッソでもそれは殺されるよ。俺が根回ししておくから君はボディーガードとして採用試験を受けるんだ」
「…履歴書なんか書いたことないぞ?職歴は殺し屋って書いて大丈夫か?」
「大丈夫なわけがないだろう!?…………ああ、そういうのも全部こっちがやっておくから…。君は明日の正午にヴィオレンザ・ファミリーがよく使うメインストリートの『ヴィオ・レ・デ・マーマ』の前で待っていれば良いよ」
サンチョが顔をしかめ、本気で悩み始めるのを見て、ベッロは苦笑いした。
※名前の由来(なんちゃってイタリア語)
・ヴェスティート(高そうなスーツの男):スーツ
・ジョカットリ・ボッテガイオ(おもちゃ屋):おもちゃ=店主
・ベッロ・キャッペライオ(キャッペライオのボス):帽子屋=イケメン
・ティアーモ・ヴィオレンザ(ヴィオレンザのボス):暴力=大好き
・ヴィオ・レ・デ・マーマ(レストラン):特に意味はない。弱酸性のアレ
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