第24話 中毒症状
一旦撤退したい、が…
ティアーモの足の筋肉の動く気配を察知し、サンチョは身体を
ほぼ同時にティアーモの身体が動いた。
「一緒にににに、気ン持チ良くなるよぉぉぉぉぉぉォォォオオ」
少し前までサンチョのいた場所に輝くニンジンを突き出す。
「んアレェ?!」
ニンジンを突き出した先にサンチョがいないことに気づいたティアーモが裏返った声を上げる。
「…」
銃口は彼に向けたまま、側面を取ったサンチョは反射的にこめかみに照準を合わせる。
しかし、引き金を引くことはせず、距離を取った。
「皆も一緒
「「「「「ニンジンニンジンニンジンニンジンニンジン…」」」」」
ニンジンを両手に持った失踪者たちが、サンチョに向かってゆっくりと近づいてくる。
絵面はまるでゾンビ映画のワンシーン。
サンチョは暗がりに飛び込み、壁に手を当てて、出口を探りながら、ニンジンゾンビたちから逃げ惑う。
だが、いつまでもこの状態が続くわけではない。
早く出口を見つけなくては、いずれサンチョはこのニンジンゾンビたちに捕まってしまうだろう。
その時、急に目の前が白くなり、頭がくらくらとする感覚に囚われる。
「………?」
自分の身体に起きた異変に戸惑いながらもサンチョは走り続ける。
なぜだかわからないが無性に目の前の畑に生えている宝石ニンジンが魅力的に感じ始めた。
地下に落ちた時から、腐臭しか感じなかったはずなのに、いつの間にか不快な匂いが消え、青臭いニンジンの香りがサンチョを誘惑し始める。
別にニンジンが好きなわけではないし、生で食べたいと思ったことは生まれて一度もない。
だが、目に飛び込んでくる宝石のような輝きを放つニンジンはなぜか至高の食べ物に見えた。
例えるならば、親に連れられてきたデパートにあるレストランで食べるお子様ランチのハンバーグのような…
例えるならば、砂漠をさまよい歩き、ようやくたどり着いたオアシスで飲む一杯の水のような…
例えるならば、死線を乗り越えて帰ってきた直後にバー「デリチオゾ」でマスターに作らせるナポリタンのような…
腹部がくるるるる…と空腹を訴える。途端に口の中いっぱいに唾液の波が押し寄せる。
僅か数秒で溜めてもいないのに口の中が唾液の海で満たされる。
信じがたい飢餓感に支配されたサンチョは、宝石ニンジンから目が離せなくなった。
抗いがたい食欲に飲み込まれないよう、サンチョはなんとか耐えながら僅かに残った思考回路を必死に働かせる。
恐らくこの宝石ニンジンの香りを嗅ぐだけでも、少しずつこのニンジンに含まれるドラッグのような症状に
一刻も早くこの部屋から脱出しなければ、サンチョもあっという間にニンジンゾンビの仲間入りを果たすことになる。
パキッ、ポリポリ、ゴックン…
飢餓感によって聴覚が研ぎ澄まされているのか、ニンジンゾンビたちがサンチョを追いかけながら宝石ニンジンを食らう音がクリアに聞こえる。
食べたい…食べたい食べたい食べたい食べたい食べタイ
気づけばサンチョは出口を探すのをやめて、ニンジン畑に膝をついていた。
「お食べヨウ!落ちマす間違いナクほっぺGA、とっテも!」
宝石ニンジンの光りを背に受けたおかっぱはまるで神話に出てくる神様のように神々しく見える。
パチ…
パチパチパチ…
パチパチパチパチパチパチパチパチパチ!!!!
どこからともなく拍手が起こり、やがてサンチョを祝福するように拍手の雨が降り注ぐ。
「「「「「ルンルンルン!楽しい労働ルンルンルン!ニンジン大好きルンルンルン!ルンルンルン!ルンルンルン!ルンルンルン!」」」」」
ニンジンゾンビたちが一斉に歌い始める。先程は異様に聞こえたこの歌も何故か今は脳に心地よく響く。
「ルンルンルン……………」
気づけばサンチョもその歌を口ずさんでいた。
「サア、さあ、
おかっぱは宝石ニンジンをぐいっ、とサンチョに近づける。
きゅるるるるるる…、と腹の虫が宝石ニンジンを求めて泣きわめく。
サンチョはおかっぱに頷き、宝石ニンジンにゆっくりと手を伸ばした。
そして…
「…目を覚ませ、
ガシッと手首を掴むとそのまま銃を持っている腕をおかっぱの脇の下に差し込み、最短距離で身体を回転させる。
腰を跳ね上げ掴んだ腕を手前に引くとテコの原理でおかっぱの身体が宙を舞った。
ドンッ、と音を立てて地面に背中を打ち付けるおかっぱ。
「「「「「!?」」」」」
突然の一本背負いに周囲のニンジンゾンビたちがざわざわとどよめく。
パンッ!
サンチョは銃を一発撃ち、ぐるりと回りながら周囲に銃を向けて牽制する。
音に驚いたニンジンゾンビたちはどよめきながら後ろに下がる。
ここにこれ以上いるのはマズい。出口はどこだ?
「出口はどこだ?」
思わず心に思っていたことを口にする。
「ん~…アッチ」
すると予想外に1人のニンジンゾンビがのんびりとした声で応える。
「コッチ」
「ソッチ」
次々にニンジンゾンビたちが口を開く。
「…ソッチってどっちだ?」
サンチョは首を傾げる。
「ココですヨ~~~」
「ここニいまスよ~~~」
「馬カめ後ロだ。後ろだ、バカめ」
ふざけているのか、真面目なのか、彼らの回答は要領を得ない。
ティアーモもサンチョを追いかけ回すのに疲れたのか、あるいは空腹に負けたのか、いつの間にか玉座に座って宝石ニンジンをボリボリと食らっていた。
少なくとも今は力ずくでサンチョにニンジンを食べさせに来る様子はない。
もうサンチョが宝石ニンジンに屈するのは時間の問題だと考えているのかもしれない。
「うーん…」
どうしたら彼らから欲しい情報が得られるかを考えたサンチョは頷いて
「…よし、わかった。せーので出口を指差してくれ。せーの」
「「「「「セ!!!!」」」」」
こういうノリが好きなのか、彼らは一斉に部屋のある一点を指差す。
ファジャーノだけは来たばかりで出口を知らないせいか、天井を指差していた。
「すんなり教えてくれるのか…」
罠の可能性もあるが、ニンジンゾンビとなった彼らにはそこまでの知性はないように見えた。
彼らが指し示す場所に向かおうとすると玉座に座っていたティアーモが腰を上げる。
「んん!?ソウはサせマセんんんん」
「!」
攻撃を予期して銃を構えるが、ティアーモはサンチョに背を向けてスタスタとサンチョの向かう先へと歩いていく。
そして壁にあるなにかを操作し始める。
ゴゥゥゥン…
壁の中でなにかの機械が動く音がし始める。
「なにをした?」
サンチョは周囲に警戒しつつ、ティアーモに銃を向けて尋ねる。空腹で脳が悲鳴を上げている。目の前が時々白くなる。
だが、ここで屈するわけにはいかない。歯を食いしばりサンチョはなんとか意識を保つ。
その様子を見て、蝶々のアイマスクをかぶったブリーフ姿のティアーモはゆっくりと微笑んだ。
「オキャクサマだかラねぇん、触らセまいYO」
「む…」
後ろでむくりと起き上がったおかっぱが近づいてくる気配があった。
あえて出口を教え、サンチョの行動を縛った上でおかっぱと挟み撃ちにする気だろうか。
警戒するサンチョを
やがてチーン、と音がして、壁の真ん中に亀裂が走り、亀裂を境に壁の一部がゆっくりと両脇にスライドする。
どうやら隠しエレベーターになっているようだった。
ティアーモがエレベーターのボタンを押し、おかっぱが開いた扉の片方を押さえる。
「ドウゾ」
ティアーモが微笑みながらエレベーターの中へとサンチョを案内する。
「…え?いいのか?」
意外な反応にサンチョは思わず間の抜けた声を上げる。
先程から彼らの行動の意図がさっぱり読めない。
サンチョは警戒しつつもゆっくりと彼らの脇を通り、戸惑いながらエレベーターへと進む。
普段のサンチョならば、エレベーターに見せかけた機械は実はサンチョを閉じ込める
しかし、脳の思考の95%くらいを「ニンジン食べたい」という欲求で占めている今のサンチョにはリスクを検討する余裕はなく、素直にエレベーターの中に入る。
エレベーターの内側に「シャバ」「ニンジン農園♡」と書かれたシールがボタンの横に貼られていた。
…おそらく「シャバ」とは地上のことだろう。
サンチョは思い切って「シャバ」のボタンを押す。
「「…」」
エレベーターに乗るサンチョをティアーモとおかっぱがじっと見つめる。
「…」
「「…」」
おかっぱはエレベーターのドアを押さえて動かない。
「「…」」
「…乗りますか?」
なんとなく雰囲気を察したサンチョが尋ねると、
「「ハイ」」
ティアーモとおかっぱは頷いてエレベーターに乗り込む。
「「「…」」」
エレベーターのかごの中に、巨大なバニーボーイ姿のティアーモとうさ耳カチューシャをつけた白いスーツのおかっぱ、そして夜にも関わらずサングラスにハットの小柄で口髭を生やした中年が並んで立つ。
そしてエレベーターの扉はゆっくりと閉まり、浮上を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます