第15話 盛大な八つ当たり



「チクショウ!一体なにが気に入らねぇんだ。おい、アッラ=モーダ、今すぐクソ共をここに呼べ!!!」


「は、はい!」


激しい剣幕で怒鳴り散らすティアーモにおかっぱは縮み上がり、慌てて部屋から飛び出していく。


「クソが…ッ!せっかくいい気分だったのによ」


ティアーモは砕けたグラスを革靴で踏みしめ、床にペッ、と唾を吐いた。


そして、葉巻の火をバーカウンターに押し付けて消す。


比較的穏やかになったとはいえ、相変わらずスイッチが入ると手をつけられない。


サンチョは彼に叩き落とされる前に避難させた自分のグラスをバーカウンターで洗うと、冷蔵庫から乳酸菌飲料水を取り出し、ゲロマズドリンクで汚染された口内を自主洗浄する。


床に飛び散ったグラスの破片も危ないから少し取り除こうかとサンチョが考えているうちに、ホームにいたファミリーのメンバーたちが真っ青な顔をして娯楽室に駆け込んでくる。


「遅ぇ!!!!!」


ファミリーの2/3のメンバーが集まったところでティアーモが叫ぶ。


「おい、アッラ=モーダ、てめぇ、どうなってやがる」


おかっぱアッラ=モーダの胸ぐらを掴んだティアーモは顔を引き寄せ、睨みつける。


「全力で…声を…かけて回ったよ。これだって皆ぶっ飛んで来てるんだ」


「俺がここに集めろっつって、何分かかったと思ってんだ?!」


「7分だ。前回よりもいいタイムじゃないか?」


サンチョが腕時計を見ながらコメントすると「兄弟ブロは黙ってろ」と一喝され、サンチョは「む…」と口を閉じる。


「おい、お前、ホームで入り口からここまで全力ダッシュならどれくらいで来れる?」


ティアーモはおかっぱを乱暴に突き飛ばすと、近くにいた部下を睨みつけて尋ねる。


「え?ええええ!?…ええと、ええと…ご、5分くらい…でしょうか?」


近くにいた部下は真っ青な顔をしながらしどろもどろに応える。


チッ、とティアーモは舌打ちをし、フーッ…と息を吐いた。


そして「おい、お前」と最後に来た部下に対して低い声で尋ねる。部下は話の流れから自分が叱責されるのを理解し、ビクリ、と身体を震わせた。


「てめぇはここに来るのに何分かかった?」


「え……………」


目を白黒させる部下に対し、ティアーモの苛立ちがピークに達する。


「何分かかったんだぁ!?」


ティアーモが声を荒げて叫んだ。


「な…なななな、7分ですぅぅぅぅうううう。す、すみません、パパ…あ、あの…」


「うるせぇ!!!!なんでここから一番遠い入り口から全力ダッシュで来るよりも時間がかかるんだぁ!?俺のことをなめてんのか!!!」


泣きそうな顔で怯える部下にティアーモは詰め寄っていく。


「パパ、俺のせいだ。敷地が広いせいでスフォルトゥーナは俺の指示が聞こえなかったんだ」


おかっぱがティアーモと部下の間に入って部下をかばう。


「どけ」


「ダメだ、パパ…」


「どけっつってんだろ!!」


おかっぱの髪を掴み、ティアーモは彼を乱暴にどかす。床に叩きつけられたおかっぱは頭を押さえ、うめきながらうずくまる。床には数十本、抜けた彼の髪の毛が散らばっていた。


部下たちはそれを見て蒼白な顔をますます青くして震え上がる。あまりの恐怖に失神したり、失禁するものがいてもおかしくない迫力だ。


「はぁぁぁぁぁ…」とティアーモはその場にいる全員に聞こえるような大きなため息をつく。


「百歩譲って、だ。5分。5分以内には俺の招集に答えろ。少なくともホームにいたらそのくらいで来れて当然だ」


「パパ…パパ…、お、俺、聞いたの3分前で…」


最後に娯楽室に来た部下が震えながらティアーモに許しを乞うが、ティアーモはガン、とビリヤードの台を蹴り飛ばし、彼を黙らせる。


「例え入り口からだって、バイクをぶっ飛ばしゃ1分もかからずここに来れるだろうが!!!てめぇのそれは言い訳だ!!!」


誰が聞いたって滅茶苦茶な理論を振りかざし、ティアーモは泡立った唾を飛ばしながら叫ぶ。


ティアーモは壁にかけてあったキューを掴むと、それで自分の肩をトントンと叩きながら部下たちの周りを回る。


部下たちはキューで突然殴られるのではないか、と頭を縮めて立ちすくむ。


「いいか?てめぇら、最近なんか勘違いしてるかもしれねぇが、ここはヴィオレンザ・ファミリーで、ボスは俺様だ………俺様の言うことは、絶っっっっっっ対だ!!!!!」


叫びながら持っていたキューを、膝を使ってへし折る。「ひっ…」と部下の一人が小さな声を上げる。


「ここ1年くらいか?ポロポロポロポロ、ファミリーを黙って抜けるヤツがいるが…俺ぁ、一度だって許可した覚えはねぇぞ!?ああ!?」


部下たちは皆、直立不動で口を固く結び、地面を見つめる。家でマンマが限界まで怒らせたってこれ程の恐怖は体験する機会はないはずだ。


「今日もオゥルソのクソ野郎が黙って抜け飛びやがった。目をかけてやってたのにあの根性なしが…」


折れたキューをダン、とビリヤード台に突き刺す。


「…5分以上かかったヤツは俺への敬意が足りねぇ。今すぐファミリーを抜けろ」


「ぱ、パパ…」


部下の1人が声を上げるが、「うるせぇ!!!」とビリヤードの球を投げつけ、黙らせる。


「今すぐ出ていけ。二度と俺の前に面を出すんじゃねぇぞ。街で見かけたら殺す」


「ひぃ…」と5分を超えたという自覚のある何人かが後退りしながら娯楽室を飛び出していった。娯楽室の扉が閉まると同時にバンッ!!!とビリヤードの球が扉にぶつかり、扉を凹ませる。


「文句があるやつも抜けていい。ただし、今回だけだ。この後、俺の許可なく抜けたヤツは俺直々に制裁を加える。さあ!抜けたきゃ、この場でさっさと抜けろ!!!」


声だけで人を吹き飛ばしそうな勢いでティアーモが吠える。


しかし、こうした状況で「じゃあやめます」と言える猛者はそうはいない。1人いれば他の者も追従しやすいだろうが、最初に宣言した者を殺しかねない剣幕のティアーモの前で最初の1人が現れることはなかった。




「くそ、どいつもこいつも俺から離れていきやがる」


部下たちを娯楽室から解放した後、ティアーモがボソリと呟くのをサンチョは黙って聞いていた。




※名前の由来(なんちゃってイタリア語)

 ・スフォルトゥーナ:不運

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