第21話 ニンジン農園へようこそ!
身長が2mを超えるオゥルソよりも大きな襲撃者が入れるこの建物の階ごとの天井は約3.5m。
それが5階分なので、おかっぱの部屋の窓から飛び降りたサンチョは少なくとも約17.5mの高さから飛び降りたことになる。
…いや、正確には天井を入れないので15.5~16mくらいだろうか。
人間が飛び降り自殺し、確実な死を選ぶならもう少し高い方が良いだろうが、ともあれ、落ちれば大怪我確定の高さと言える。
水泳選手の高飛込ですら10m。
5階から自分の身体のみで飛び降りた経験がある者は、恐らくほとんどいない筈だ。
いるとすれば、精々、バンジージャンプやスカイダイビング、爆破などから逃れるために一か八か橋から川へダイブを経験した者くらいだろう。
実はサンチョはそれらの例外を全て体験しているが、それらどれもが縄があったり、パラシュートがあったり、川があったり、と命の安全がある程度保証されている。
だが、流石のサンチョも地面に向かってコードレスバンジージャンプをした経験はない。
直感に任せた勢い任せの行為。
「~~~~~~!!!!」
眼下にあっという間に地面が迫る。
一旦、下に降りて植え込みを確認し、確証を得てから試しても良かったかもしれないが、サンチョが見る限り、植え込みはどこからどう見ても本物だった。
下に降りて確認したところで植え込みに仕掛けがあるかどうか判断できないだろう。
あの襲撃者が着ぐるみや鎧を着ているのか、それともあの体型は自前のものなのかはわからないが、あんな体重で5階から飛び降りればただでは済まない筈だ。
少なくとも着地の際、大きな音が出るのは間違いない。
音が出なかったということは、あの植え込みにはなにか仕掛けがある筈だ。
着地の衝撃を殺すなにかの仕組みが…。
4階、3階、2階の壁の目立たない場所に等間隔に埋め込まれたセンサーがピッ…、ピッ…、ピッ…とサンチョが通過するのに合わせごく小さな音を立てる。
サンチョの落下速度と質量を捉えたセンサーは植え込みの内部に信号を送り…
サンチョの足が植え込みに触れるか触れないかというタイミングで、まるで忍者屋敷のどんでん返しのようにくるり、と音もなく回転した。
地面にぶつかる直前、サンチョは自分の判断が間違ったかと思い、肝を冷やしたが、どうやら大丈夫だったようだ。
足元に暗闇が見えた瞬間、サンチョは反射的に右目をつぶり、どんでん返しの中に落ちていく。
直後、足が柔らかいスポンジのような感覚を捉え、浮遊感が消失。そのまま足の先から頭のてっぺんまでズボリ、と柔らかいものに包み込まれた。
「ぐむ!?」
サンチョは泳ぐように身体を動かし、柔らかなスポンジのようなものからすぐに這い出す。
プゥゥゥゥーン…
そのサンチョの目の前をハエが羽音を立てながら横切った。
「!」
直後、この場所がどこか青臭さのある生ゴミのような悪臭に包まれていることに気づく。
「…」
顔をしかめながら乱暴にハエを振り払い、辺りを確認すると、幸い、着地地点にはろうそくの光り程の照明がついていた。
サンチョは落下する時に、閉じていた右目を開ける。外の光りを見ていた左目はまだはっきりとは見えないが、右目は事前につぶっていたおかげで周囲の様子がはっきりとわかった。
どうやら着地地点から先はトンネルのような狭い通路になっているようだ。通路は緩いカーブを描いた一本道になっている。
この先を進むと、位置的には本館の真下あたりだろうか。
着地地点から天井を見上げるとサンチョが落ちた穴は遥か上だった。どんでん返しになっている植え込みは下から見ても隙間一つない。わかってはいたが、やはり、かなり
「…」
サンチョは壁に手をつき、黙って耳をすますと、ハエの羽音に混じって、遠くからなにがボスッ、ボスッ、と突き刺さるような音が聞こえる。手からは僅かだが振動が伝わってきた。
そしてかすかに歌声のようなものも聞こえる。
「!?」
その時、サンチョは自分が手をついている壁が不思議な材質であることに気づいた。
反射的に手を壁から離し、後ろに大きく飛び退く。
ぬるっとした気持ち悪い手触り。匂いを嗅ぐと、部屋中に漂っている匂いと同じく、なにかが腐ったような…
そこまで考えて、それがサンチョのよく知っているものだということに気づく。
ニンジン。
そう。ニンジンだ。よく見れば、葉が丁寧に切り取られたニンジンが壁に所狭し、と埋め込まれている。
それは無秩序に埋め込まれているわけではない。
全てのニンジンは
かなり時間が立っているのか、茎の表面は腐敗しており、ハエが
悪臭の原因はどうやらこれに間違いないようだ。
ニンジンが矢印の形に埋められている壁の正面には、同じく壁に「ニンジン農園へようこそ!」という文字がニンジンによって
はっきり言ってかなり異常な光景だった。
左目も暗闇に慣れてきたところで、改めてトンネルの入り口を見上げると、薄暗いし、色がついているわけでもないので初めは気づかなかったが、そこにもやはり大量のニンジンが埋め込まれていた。
それはピエロのような不気味な顔をしたウサギが大口を開けているようなアート…。
まるでホラーハウスのような不気味な入り口だ。
「なんなんだ…ここは…」とサンチョは呟いた。
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