第20話 Mr.エビフライの追跡
犯人は暗がりでシルエットしか見えなかった。
手がかりが圧倒的に少ないが、サンチョは得られた情報だけで襲撃者の姿を推測してみる。
まず、襲撃者は相当な自信家であろう。
サンチョが襲撃者ならば、腕利きの殺し屋が寝泊まりする部屋に堂々と押し入り、ターゲットを拉致することはしない。もし、サンチョが起きていれば、返り討ちにされるリスクがあるからだ。
…残念ながら、サンチョは寝ていたので、まんまとファジャーノの拉致をゆるしてしまったが…。
しかし、襲撃者はサンチョと対峙するリスクがあるにも関わらず、サンチョの部屋にいるファジャーノを狙った。これはつまり、仮にサンチョが起きていたとしても、一対一で戦闘に勝てると考えた、あるいは、サンチョから逃げ切れる自信があったからに違いない。
そしてサンチョの目撃した襲撃者のシルエットはヴィオレンザ・ファミリーで一番の巨漢のオゥルソよりも大きかった。
襲撃時、サンチョやファジャーノに照明を点けられる可能性もあったことも合わせて考えると、仮に目撃者が出たとしても特定されないように変装していたと考えるべきだろう。
だが、いかに戦闘能力や逃げ足に自信があり、変装していたとしても、サンチョの部屋はアッラ=モーダの下の階―――別館の4階だ。
1階まで逃げようとしても、ファジャーノを担いでいればひと目で襲撃者だとわかるし、深夜だと言っても、少なくともあんな話があった直後だ。警戒して寝ていない者もいるだろう。
それに8発も銃声が聞こえれば、部屋を飛び出した者もいた筈だ。誰も目撃者がいないということは考えにくい。
「………」
サンチョは廊下の窓枠を見る。
ファジャーノは押し込めば下に落とすことができるだろうが、それだと彼はまず助からないだろうし、生け捕りにした意味がない。
そもそも、この窓枠のサイズでは、あの襲撃者の身体をどうねじ込んでもくぐり抜けることはできないだろう。
つまり、外へ窓を伝って降りた可能性は限りなく低い。
「…。誰か他の失踪者の部屋を確認したか?」
エビフライのように縄で全身ぐるぐる巻き状態のサンチョが振り返って護衛に尋ねると、護衛の1人が頷いた。
「一応、アッラ=モーダの兄貴の招集の後、オゥルソやカーネ、シーミャたちの部屋は確認したが、なにも…」
「アイツらの部屋は集金に行くレベルで探したから間違いねぇぜ。壁も剥がした」
近くにいた護衛がその言葉に付け加える。その言葉に周りにいた数人の護衛たちも頷いた。
「一度、金を借りたら最終的に尻の毛までむしり取られる」と名高いヴィオレンザ・ファミリーが手がかりを徹底的に探したのであれば、それは信頼に足るだろう。
本気の彼らなら本当に尻の毛1本見逃すことはなさそうだ。
「…この階には俺の部屋の他に3つ部屋があるが…」
「左からペーコォラ、ヴァッカ、マイアーレの部屋だ。当然アンタが自分の部屋を調べている間に確認したぞ?」
護衛の1人がサンチョの意図を汲み取り、他の3部屋に潜んでいる可能性を否定する。
「例えばこの階に隠し部屋みたいなものはあったりしないか?」
「そんなもの、あったら真っ先に探すだろ」
「むう…」
その指摘は至極真っ当だ。そもそもその辺の下っ端にも知られているような隠し通路は隠し通路とは呼ばない。当然、襲撃者も逃走経路に選ばないだろう。
「もし、アンタのいうようにオゥルソよりもでかいヤツがいるならこの階から逃げるのは無理だぜ?」
その時、上の階からバタバタと足音が聞こえた。
「ポーロ…じゃなかったサンチョ・パッソ!」
「どっちでもいいが、なんだ?」
息を切らし、廊下を走ってきた護衛がサンチョに声をかける。
「アッラ=モーダの兄貴がいない」
その言葉を聞いて護衛たちがどよめく。
「…………。ティアーモは?」
サンチョは冷静に自分の護衛対象であるティアーモの安否を尋ねる。
「今、確認しているところだ。!…もしもし?」
その時、場のシリアスな雰囲気にそぐわないレゲエが流れ、護衛が通信機器の通話ボタンを押す。どうやら相手は、本館にティアーモの安否確認をしに向かったメンバーだったようだ。
彼は通話機器越しに報告を受け、「なんだって…」と絶句して、通信機器を取り落とす。
「どうした?」
「パパもいないみたいだ」
それを聞いた護衛たちは皆、黙って顔を見合わせる。
「…アッラ=モーダの部屋に急ぐぞ」
沈黙を真っ先に破ったサンチョは、縄で縛られた両足でぴょんぴょんと器用に跳ねながら5階へと上がっていく。
「なぜアッラ=モーダの兄貴の部屋に?」
「窓を突き破ったわけでも、隠し通路を使ったわけでもないなら、下に降りるか、上に登るかのどっちかだろう?下に降りてないなら上にいる以外考えられない」
サンチョは追いすがる護衛に答え、ふぅふぅ、と息を吐きながら途中で止まる。長い階段を兎跳びで登るのは流石にキツい。
後ろからついてきた護衛たちを振り返って、「…悪いが、俺の縄、切ってくれないか?」と頼む。
護衛たちは顔を見合わせ、「どうする?」と相談を始める。
「襲撃者を捕まえる気があるなら急いだ方が良い。言っておくが、俺はもう兎跳びで階段を登る体力はないぞ」
「…武器は渡さないぞ」
「構わない」
護衛の1人がナイフでサンチョの縄を切る。
縄を切られたサンチョは手を開閉し、身体中を擦ってから「ン~~~」と伸びをする。
「よし…行こう」
入念にストレッチをした後、サンチョは5階の残りの階段を登り終え、廊下の手前の壁に張り付く。
「この階はアッラ=モーダの部屋以外は?」
「室内プールだ。そっちもすでに調査してある」
「ふむ…」
すでに確認済みだと言われたにも関わらず、サンチョは壁から廊下の様子を伺い、周囲を確認しながら速やかに進む。
「…」
開け放たれている扉の中の様子を探る。数時間前に尋ねたばかりの白黒部屋は先程と心なしか雰囲気が異なる気がした。
「…」
部屋の中に転がり込むと素早く部屋の中に目を通す。今の所、白黒の調度品以外にはなにも見つからない。
サンチョのただならぬ空気に護衛たちも四方に銃を構え、ゆっくりとサンチョの後について部屋を進んだ。
サンチョはリビング、バスルーム、ベッドルーム、クローゼットと順々に扉を開け、中を確認する。そして、部屋の隅々まで見て回った後、ピタリと立ち止まる。
「どうした?」
護衛の問いかけには応えず、無言で白黒のチェック柄のカーテンを見つめる。
カーテンがそよ風で僅かにはためいていた。
サンチョはカーテンに近寄るとぐい、と左右に開け放つと、4階の窓の3倍は大きな窓が開け放たれていた。サンチョはそこから下を覗き込む。
真下は植え込みになっているようだったが特に怪しいものはなにもない。
サンチョの意図を汲み取った護衛が「いやいや…」と首を振る。
「流石にここは5階だぜ?飛び降りはしないだろ。それにアッラ=モーダの兄貴はこの窓をよく開けて…」
「とうっ!!!」
護衛の言葉を聞かず、窓枠を蹴り、植え込みに向かって5階から飛び降りる。
「「「「「えええええええ!?」」」」」
護衛たちが慌てて窓を覗き込むとそこにはサンチョ・パッソの姿はどこにもなかった。
※名前の由来(なんちゃってイタリア語)
・ペーコォラ:羊
・ヴァッカ:牛
・マイアーレ:豚
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