第12話 報酬と警告



「それにしても貴方も私並に運が良いわよね」


ストリィーガは自分と一緒にいても今の所無事でいるサンチョに嬉しそうに話しかける。


「ああ…本当に。今回は危ないところだったが…運に救われた」


サンチョは疲れ切った顔でストリィーガに頷く。


階段を登るとB3のエレベーターを降りた先にあったものと同じく「VIP」ルームと書かれたプレートがついた金色の扉があった。


「…」


サンチョはストリィーガを下がらせて警戒しながら扉に手をかける。


今度は取手に手をかけると扉はあっさりと開いた。


その瞬間…


「伏せろ!!」


サンチョが叫び、ストリィーガをかばいながら地面に腹ばいなる。


パンパンパン!!!


サンチョとストリィーガが地面に伏せたのとほぼ同時に複数の激しい火薬の音が辺りに響いた。


部屋中に火薬の匂いが充満する…が、空薬莢からやっきょうが跳ねる音がしない。


「……………?」


サンチョが恐る恐る部屋を見回すと、部屋の真ん中に「ゲーム突破おめでとう!」と書かれた段幕が天井にかけられており、部屋にいたVIP客と思われる大勢の人間がサンチョたちに喝采かっさいを送る。


「まさかあのゲームを2人とも渡りきっちまうとはな」


「すげーぜ。ぶったまげた」


「いやー、ワンチャンで大穴狙ってみたけど、お前たちのおかげて大分儲けさせてもらったぜ、ありがとよ」


「ストリィーガ、てめぇが絡む賭けだとロクな目に遭わねえ、さっさとくたばってくれ」


「ボディ―ガードの兄ちゃんやるなぁ。俺はアンタがひき肉になるんじゃないかとヒヤヒヤしたぜ」


VIPたちが口々にサンチョたちに声をかける。


想定とは異なるフレンドリーなVIPたちの対応にサンチョは戸惑いながらも身を起こす。


少し遅れて、ストリィーガも「ちょっと~ドレス汚れたじゃない」と文句を言いながらドレスについた埃を払い、立ち上がった。


「おめでとう。君たちの勝ちだ」


その時、スピーカーと同じ声が部屋に響いた。


部屋の奥から現れたのはオレンジ色に染め上げた髪をオールバックにし、白いスーツに黒いシャツを来た40代前半くらいの男だった。


アヴァーロ・コッダルディーア―――コッダルディーア・ファミリーのボスにして、このカジノのオーナー。そして、ティアーモ・ヴィオレンザへ殺し屋を仕向けた張本人だ。


彼はストリィーガに「これを」とカメレオンのぬいぐるみを渡す。


ぬいぐるみの雰囲気や縫い目、使われている素材の年代などを見ると、間違いなくサンチョが集めているジョカットリ・ボッテガイオの作品だとわかる。


「君の景品だよ、ミス・ストリィーガ」


「あら…ありがとう」


ストリィーガはカメレオンを受け取り、サンチョをチラリと見て微笑む。


「いや、まさか真っ直ぐにあのタイルを進んでくるとは思わなかった。美しい君がバルカン砲の餌食えじきになるんじゃないかとヒヤヒヤしたよ」


「そう思うなら最初からVIPルームに入れてくれればいいんじゃない?悪趣味なゲームよ、あれ」


ストリィーガは形の良い眉をひそめてみせる。大喜びでタイルを渡っていったくせに、とサンチョは心の中で思ったが、睨まれるので黙っておく。


「まあまあ…あれはVIPルームに入るための儀式みたいなもんさ。上のカジノルームから叩き上げでVIPルームに来た連中はみーんな、ここに入る前はアヴァーロの坊やに見世物にされたもんさ」


ガハハハハ、とVIPの1人がワインを片手に笑う。


周りのVIPたちの半数がそうだそうだと頷いた。


「なあ、アヴァーロさん、そろそろ種明かししてやってもいいんじゃねぇの?」


「そうそう」


周りのVIPに促され、アヴァーロは「そうだね」と頷く。


「実はあのバルカン砲…中身は大豆だ。豆鉄砲ってヤツさ」


「…最初のタイルを踏んだ後、『アタリを引いたらこうなる』って撃ったヤツは実弾だったぞ?」


サンチョが首を傾げると、アヴァーロは頷く。


「最初のタイルは絶対にハズレを引くようになっていてね…各タイルに設置された2門のバルカン砲のうち1門は実弾を装填してるんだけど、最初に実弾の方を発射するのさ。でもアタリを実際に引いた時は豆鉄砲の方を撃つから実は絶対に挑戦者に実弾が当たることはない。…ただ、豆鉄砲もあの速度であの量を撃ち込まれると当たりどころによっては大怪我するけどね」


アヴァーロはクックック、と笑いながらデス・ゲームの真実を伝える。


「なんで実弾から大豆に切り換えるなんて面倒なことを?」


「そりゃ…ゲームは真剣にやってくれなきゃ俺たちは面白くないじゃない?でも、お客様は別に君たちがひき肉になるところを見たいわけじゃないからね。人がビビりまくっているところを見るのは楽しい。でも、人が血まみれになってるのを見て喜ぶ人なんかいないだろう?」


「………………」


「ともあれ、君たちは合格だ。これからはこのVIPルームに出入りを許そう。上のレートの10倍で楽しめるからかなりスリリングな筈だよ」


「あら…いいの?このお店も潰れちゃうわよ?」


ストリィーガはそれを聞いてクスクスと笑う。


「ああ、是非そうしてくれ。その時はここにいるVIPのメンバーと共に君を負かせるカジノを作るよ。―――それはそうと、君の報酬は俺と話すことだったね、ボディーガード君」


「ああ」


サンチョはアヴァーロの言葉に頷く。


「俺はヴィオレンザ・ファミリーの依頼でここに来た」


その瞬間、アヴァーロの表情が変わる。


「…それは…バルカン砲に実弾を仕込んでおくべきだったかな。もっとも、ここまで辿り着いてしまった以上、実弾にしたところで無駄だったのかもしれないが…」


「安心しろ。別にアンタの殺しを依頼されているわけじゃない。今日は警告しに来ただけだ」


「警告、ね」


アヴァーロが目をすっと細めて呟く。


「今後ヴィオレンザ・ファミリーに手を出すな。でなければ、次は『仕事』で来ることになる」


「ボディーガード君、君の名前は?」


「サンチョ・パッソだ」


「「「「「!?」」」」」


サンチョの言葉にその場にいた全員が驚く。


「サンチョ・パッソだと?」


「あの伝説の殺し屋が目の前に?」


「思ったより強そうじゃないな」


「バカ言え、めちゃくちゃ強そうだろ」


「あの…サイン…もらってもいいかな?」


サンチョはVIPの1人に恐る恐る差し出されたマジックを受け取り、そのVIPのYシャツの背中に「サンチョ・パッソ」と大きくサインを書いてやる。


「君が?到底信じられないが…」


アヴァーロも驚いた顔をしたものの、サンチョの言葉を素直に信じられないようだ。


「信じる信じないはお前の勝手だ。しかし、どちらにせよ、警告を守らなければ結果は同じだ」


「仮に、その話が本当だとして、だ。サンチョ。君はティアーモ・ヴィオレンザがどんな男か知っていて加担しているのか?」


「?」


街一番の乱暴者で、女好き。ノンナおばあちゃんが大好きで、マンマとにんじんが嫌い…くらいのことはサンチョもわかるが、ティアーモがどんな男かを語れる程、サンチョも彼のことは知らない。


問いかけるアヴァーロの表情には明確な怒りと恨みが宿っていた。そしてVIPたちもまた同じような表情を浮かべていた。


街一番の乱暴者はどうやら皆に心底嫌われているらしい。


「何の話だ?」


「…君にも警告だ。サンチョ・パッソ。彼からできるだけ早く離れた方が良い」


「どういうことだ?」


サンチョが尋ねるとアヴァーロは彼の肩にぽん、と手を乗せてささやく。


「…君のファミリーのメンバーは随分出入りが激しいと思わなかったか?」


「?」


「君の『警告』はありがたく受け取っておく。…だが、うちもこれ以上、下の者が手を出されれば抗争も辞さないつもりだ。例え、結果的に俺が君に殺されることになっても、ね」


「…どういうことだ?」


アヴァーロはそれには応えず、にっこり笑うとサンチョから離れる。


「…さて、君の『警告』は受け取ったわけだし、報酬はここまででいいかな?君たちはここで遊んでいくかい?」


「それもいいわね。サンチョ、どうする?」


ストリィーガがサンチョに尋ねる。


「俺は用事が済んだから帰るが…」


「じゃあ私も今日のところはそうするわ」


ストリィーガもVIPルームから去ることを宣言すると、彼女と面識のある何人かのVIPたちが「どうやら今日は破産しなくて済みそうだ」と露骨にほっとした顔をする。


「残念だ。…また遊びに来るといい。君とは『仕事』で再会しないことを祈るよ、サンチョ」


アヴァーロはそう言いながらサンチョとストリィーガにVIPルーム行き来するための金色のカードを渡す。


「俺もアンタの『警告』、覚えておこう」


サンチョはカードを受け取り頷いた。


「それではミス・ストリィーガ。次回はお手柔らかに」


「ええ。お金が必要になったらまた遊びにくるわ」


ストリィーガはウィンクをしてカードを受け取った。






「なあ…ストリィーガ」


「なあに?」


VIP用のエレベーターの中でサンチョはストリィーガに声をかける。


「そのぬいぐるみ、どうするんだ?」


「ああ、これ?」


ストリィーガは手に持っていたぬいぐるみをわざとらしく抱きしめて「…欲しい?」と尋ねる。


「!? くれるのか?」


「やーよ」


顔をぱっと輝かせたサンチョにストリィーガは首を振る。


「お前がジョカットリ・ボッテガイオのぬいぐるみを集めてたなんて知らないが」


「これは今度貴方にお願いするための依頼料代わりにするわ。私を殺してもらうための、ね」


ストリィーガはサンチョに微笑む。


「いくら報酬がそれでもお前を殺してくれ、という依頼は受けたくない」


「じゃあこれはあげられないわ」


ストリィーガはぷい、と首を明後日の方向に向ける。


「できればそれ以外の依頼を頼むよ。心の痛む殺しは嫌だ」


「う~~~~ん…そうね。じゃあ…まあ、使い道を考えておくわ」


カメレオンのぬいぐるみの顔を見つめてストリィーガは呟いた。






「パパ」


2人の乗ったエレベーターが上階に移動していくのを見送った後、部下がアヴァーロに声をかける。


「…原因がわかったか?」


アヴァーロの問いかけに部下は頷く。そして「こちらへ」と部下は彼を階下のデス・ゲームのステージへ案内した。


部下はサンチョの立っていた部屋の端の2門のバルカン砲に駆け寄ると「ここです」とその一部を指差す。


「…これはなんだ?」


バルカン砲の隙間になにかが詰まっている。一部、砲身にも弾丸のようななにかが撃ち込まれた痕跡があり、ヒビが入っていた。


先程のデス・ゲーム。ストリィーガは奇跡的に正解を引き当てた。あの魔女の豪運は噂通りで、それはそれで驚きもしたが…。


あの「サンチョ・パッソ」を名乗る男が踏んだ3番目のタイルは間違いなくアタリだった。


本来、あそこで彼はゲームオーバーになる筈だったのだ。


しかし、なぜかバルカン砲は動かず、彼は運良くゲームを突破した。


そのことを不審に思ったアヴァーロは秘密裏に部下に原因を調査させていたのだが…。


「ちゃんとボディーチェックはさせたよね?」


「もちろんです。武器の類は絶対に持ち込めないはずです」


部下はアヴァーロの問いに頷く。裏の世界の住人たちも利用するこのカジノではボディーチェックは念入りに行う。


例え、体内に隠し持っていても絶対に見つけ出されるはずだ。


「…となるとなにが…」


バルカン砲の軌道装置を切り、万が一にも誤作動しないようにした上で、アヴァーロは部下に隙間を調べさせる。


「…なにか肌色のものが詰まっていますね。凄い速度で撃ち込まれたような…」


部下はバルカン砲の隙間に解体用の工具を差し込み、中に詰まっているなにかをかき出す。


「あ!」


部下が声を上げる。


「なにかわかったか?」


「これは…ナッツです!ピーナッツ!カシューナッツやアーモンド、ピスタチオなんかもあります!」


部下が信じられないと大声でアヴァーロに叫ぶ。


「おい、ふざけてるのか?」


アヴァーロが部下を睨むと部下は「本当です」と顔を青くしながら首を横に振る。


「本当にナッツが詰まってるんですって」


部下がアヴァーロの手に砕けたナッツの破片を乗せる。


「なん…だって!?」


ナッツがバルカン砲の関節部や砲身に詰められていた?


目の前で起こっている現象に、理解が追いつけず、アヴァーロは目を白黒させる。


「どういうことだ?説明して」


「…その…なんと言いますか…恐らく、ですが…あのボディーガードの男が………その………持ち込んだナッツを……バルカン砲に詰めたのだと…」


「そんなわけがあるか!」


アヴァーロが叫ぶ。子どものイタズラじゃあるまいし、そんなふざけたことがあるわけがない。


「し、しかし、ストリィーガは一切あの男の目の前のバルカン砲には触れていません。考えられるのはあの男の仕業としか考えられません。……あの男は…本物のサンチョ・パッソだったんです」


「あの男が本物のサンチョ・パッソだって…………?」


アヴァーロは自分の親指の爪を噛み、バルカン砲に詰められたナッツを睨む。


振り返って思い出してみると、確かにサンチョはストリィーガがゴールした後に紙包みにくるまれたナッツを食べていた。


だが、2粒ほど食べた後、丁寧に紙包みを4つ折りにして…


「!? あの時か…」


アヴァーロは唸る。中にナッツが入っていれば包を4つ折りにできるわけがない。


となると、あの短い間に、彼は誰にも気づかれずにナッツを弾丸のように弾き、正確にバルカン砲の隙間に詰め込んだということになる。


そんな芸当ができる人間がこの世に何人もいるだろうか?


いや…


「あの男が…」


頭の中に先程の彼の「警告」が浮かぶ。




『今後ヴィオレンザ・ファミリーに手を出すな。でなければ、次は『仕事』で来ることになる』


彼はアヴァーロに確かにそう言い放った。




「サンチョ・パッソ、か…」


彼の声を思い出して、アヴァーロは滝のように冷や汗を流す。


「でも、解せませんね。なぜ、彼はそんな早くにバルカン砲を無力化していたのにあんなにビビりまくっていたのでしょうか?」


部下が首を傾げる。


「…大方、詰めたナッツでちゃんとバルカン砲を止められるかの自信がなかったんだろう。―――砲身に弾いたナッツでヒビまで入れておいて、だ」


アヴァーロは先程まで抱いていたサンチョへの印象が、ナッツの一件を境にどんどん変わっていくのを感じ、寒気を覚える。


彼がもし、今日「仕事」でここに来ていたら、間違いなく自分の命はなかった。それだけは間違いない。


アヴァーロは先程までの時点では、サンチョの「警告」を聞き入れるつもりはなかった。


ティアーモ・ヴィオレンザ暗殺のために送り込んだ2人の殺し屋のどちらか、あるいは両方を倒し、口の堅い彼らから情報を引き出してここまでたどり着いたのだろうということは想像ができたが、あの時点でサンチョにそこまでの脅威を感じなかったからだ。


しかし、彼はナッツ1粒あれば、誰にも気づかれずに人を簡単に殺せる。


それがわかってしまうと話は変わってくる。


裏稼業の間で暗黙の了解となっている「サンチョ・パッソを敵に回すな」というルールがどうしてあるのかがよくわかった。


今後、ヴィオレンザ・ファミリーの元に彼がいる以上、うかつに手は出せない。


ヴィオレンザ・ファミリーに同じ恨みを持つ他のファミリーのボスたちとも相談し、今後の対応を検討していく必要がある。


まずは…あの男の情報の共有を…。


そう思い、サンチョの顔を頭に浮かべて、ふと、彼の顔が思い出せないことに気づく。


「…あれ?…なあ、サンチョの顔を覚えているか?」


「え?…………あれ?」






アヴァーロはVIPルームにすぐさま戻り、VIPたちにも先程のサンチョ・パッソと名乗った男の特徴を尋ねるが、不思議なことに誰1人として覚えていなかった。


「そんな筈は…」


アヴァーロは部下とともに慌てて監視カメラを確認したが、なぜかサンチョの映像部分だけが歪んで背格好すらわからなかった。



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