第28話 人類VSニンジン


「パパ!!」


おかっぱが悲鳴のような声を上げる。


自分でこめかみを撃ち抜いたティアーモがその場で地面に崩れ落ちる。


床に血の水たまりがゆっくりと広がっていく。


数多あまたの人間を殺してきたサンチョでなくとも、銃弾を撃ち込んだ位置や出血量からティアーモが即死であったことは明らかだ。


「パパ!パパ!」


血相を変えたおかっぱが駆け寄り、ティアーモの身体を揺する。


「止血…そうだ。止血しないと…」


動転するおかっぱは手を真っ赤に染めながらふらふらと立ち上がり、バーカウンターからタオルを取り出してくる。


その時…




ビチッ…


なにかが床の血溜まりを叩く音が聞こえた。




ビチッ…ビチビチビチッ…ズルルルルルルル…


それは血に染まって赤くなった植物のつたのようなものだった。


つたはまるで生き物のようにティアーモのこめかみに空いた銃創じゅうそうからい出し、ビチビチと跳ねた後、銃創じゅうそうの内側へズルズルと音を立てて引っ込んでいく。


つたが引っ込むことで、左右に空いたティアーモのこめかみの穴がみるみるうちに埋まっていった。


「…!!!」


その異様な光景を目の当たりにし、アッラ=モーダは引きつった顔をして後退る。


「これもニンジンの幻覚か?」


目の前で起こっている超常現象にサンチョも思わず呟いた。


そんな2人の目の前で垂直に近い角度でゆらりとティアーモが身体を起こす。


その動き方がティアーモの奇妙さを際立たせていた。


こめかみの穴にはまだうねうねとしたつたうごめいている。


「…あーァ、ちょっとかけちゃっタ、脳がOh、NO!」


クックック、と笑いながらティアーモは先程の地下で見せたような奇妙な喋り方をする。


筋肉がボコンッ、ボコンッ、とコブのように膨れ、骨がゴキゴキと音を立てながらティアーモの身体が変形していく。


「…ルンルンルン!タノシイ労働ルンルンルン!ニンジンDAISUKIルンRUNルン!ルンルンルン!るんるんルン!ルンルンルん!」


ニンジン農園で歌われていた歌を不思議な発音で口ずさみながら、巨人は出入り口を塞ぐように2人の前に立ちはだかる。


「あ!アリさんミッケ!餅つきペッTANこっ!」


不意にサンチョの顔よりも大きな手の平がせまり、バーカウンターをサンチョごと吹き飛ばそうとする。


「っと!」


帽子を押さえ、サンチョがヘッドスライディングをするかのように頭から前方に跳ぶのとほぼ同時に、後ろのバーカウンターが炸裂する。


ワインやウィスキーなどのボトルがティアーモの化け物じみた平手打ちによって粉々に爆ぜ、木製のバーカウンターの平手に触れた部分はまるでプリンのようにごっそりと削り取られる。


「うわっ!?」


血しぶきのように上から降り注ぐガラスの破片と酒の雨に驚いたおかっぱはタオルを持ったまま身をすくめた。


こめかみを撃ち抜かれても死なず、明らかに人間を逸脱した膂力りょりょくを持つティアーモを見て、サンチョは床に転がったままの姿勢で銃を引き抜く。


「やめろ!!」


それを見たおかっぱがサンチョを制止しようとするが、その時にはすでに銃声が4発鳴り、ティアーモの両肩と両足の付け根に銃弾が命中していた。


「うるルルルン…ったぁいEEEわぁン」


ティアーモは右腕の着弾箇所をポリポリと掻く。


「…駄目か」


無力化することを目的とした弾丸は全て弾頭が潰れた状態で地面に転がっていた。


だが、この結果はファジャーノが拉致された時の痕跡こんせきから予測できていたのでサンチョの表情に動揺はない。


「…!!」


一方のおかっぱは、短い距離とはいえ、一瞬で4発を四肢の関節に撃ち込んだサンチョの絶技に目を見張る。


だが、伝説の殺し屋の早打ちに感動している場合ではなかった。


「サンチョ、頼む。やめてくれ」


「そうだYOゥ!YAMETEクレよお!ボーリョクハンタイ!ノーモアえいGAどろボ?!」


パンッという火薬の爆ぜる音。


直後、バチッ!!!とまるでビー玉同士がぶつかったような音がして、


「んんんブネぇ!BOKUたち、あたしたち、友達ルンルンルンじゃないNO!?」


まるでウィンクをするように右目を閉じたティアーモがサンチョに抗議する。


その右目にはサンチョの発射した弾丸が挟まっていた。


「この裏切り者!浮気者!傾奇者かぶきもの!店屋物!」


ポト、と目から弾丸を落とすと、3mを超える筋肉の塊となったティアーモは頬を可愛らしく膨らませる。


その姿はいつの間にか地下で見たバニーボーイの姿になっていた。


「今、命中したよな?…目ならば、と思ったが、駄目か」


サンチョは銃をティアーモに向けたまま、ドアを背に向ける形で立ち上がり、呟く。


「コロスキか?!コROスKEか?!ゴロツキか?!マロはバニーボーイ」


「そうかい」


サンチョはトリガーに指をかける。


「サンチョ!」


「大丈夫。殺しはしない」


立て続けに3発の銃声。


「GYYYYYYぃッッッッ?!!」


ティアーモが本気の悲鳴を上げ、首を押さえる。


首から先程のこめかみと同じくつたのようなものが飛び出し、ビチビチと跳ねる。


「なにを?!」


「…首は人体の中で最も皮が薄く、重要な神経が通っている部位だ。首の筋肉を鍛えていても傷くらいはつけられると思って3発同じ位置に撃ってみた」


おかっぱにサンチョは淡々と答える。


「殺す気じゃないか!」


「…頭を撃ち抜いても死なない化け物だぞ?このくらいなら大丈夫だ。…………多分」


サンチョはこっそりと付け加える。


「だが参ったな」


つたで首の傷を塞いだティアーモが首を縮めたのを見てサンチョは唸る。


「今ので仕留められなかったのはマズかった」




「いいいいいいいいいEEEEEEEEEEEE痛い、遺体、居たい、ITAIいいいいいいぃぃぃぃ!!!!!!」


バニーボーイの格好をした巨躯の変態は歯ぎしりしながらこちらを睨みつけていた。

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