提案

「――ごちそうさま。今日の料理も美味かった、俺の分も作ってくれてありがとうな」


「誘ったのは私ですから気にしないでください。満足してもらえたのなら、私はそれだけで十分です」


 本日のメインは鯖の味噌煮だった。柔らかい身と濃厚な味噌の味がよく絡み合い、ご飯によく合った。普段あまり魚を食べない陽翔ではあったが、真澄の作った鯖の味噌煮はとても箸が進んだ。


 おかげで今日もお腹はパンパンだ。心地いい満足感が陽翔の心身を満たしてくれている。


 食べ終えた夕食に思いを馳せていると、隣に座って一緒に夕食を食べていた真那が陽翔に無邪気な笑顔を向けた。


「お姉ちゃんの料理美味しかったね、陽翔お兄ちゃん」


「そうだな。こんなに美味いものを毎日食べられる真那が羨ましい」


「ふうん……陽翔お兄ちゃん、そんなにお姉ちゃんのご飯が気に入ったの?」


「ああ、こんなに美味いからな。できることなら毎日食べたいくらいだ」


 つい軽口を叩いてしまう。もちろん本気でそうなるとは思っていないし、陽翔もそこまで図々しい人間ではない。陽翔はすでに今日も含めて二回もごちそうになっている。これ以上を求めるのはワガママというものだ。


 それに真澄だって、家族でもない人間に毎日ご飯を用意するなんて面倒はごめんのはずだ。そんなことを考えつつ、真澄に視線をやる。


 真澄は先程ベランダにいた時と同じように、口元に手を当てて黙り込んでしまっていた。何か考え事でもしているのだろうか。


「……いいですよ」


「え?」


「そんなに気に入ってくれたのなら、毎日食べに来てもいいですよ」


 平坦な声で、黙り込んでいた真澄が突然告げた。


 その言葉に目を剥くのは陽翔だ。まさかただの軽口への返答が、陽翔にとって都合のいいものになるなんて完全に想定外だ。


 冗談のようにしか思えないが、真澄はいつも通りの無表情で何を考えているのか全く読めない。


「……本気で言ってるのか? 毎日三人分作るのって、結構大変じゃないのか?」


「二人分も三人分も作る手間は同じくらいですから、大したことはありません」


 陽翔は料理についてはあまり詳しくないが、真澄の口振りからして一人分増えてもあまり負担にならないことは察せた。


「私は賛成! 陽翔お兄ちゃんが毎日ウチに来てくれるなんて、凄く嬉しい!」


 真那は賛成の声を上げる。年相応の子供らしく、真那は陽翔に毎日会えるという部分に満面の笑みで喜びを露わにしている。


「真那もこう言ってることですし、どうですか? 戸倉君が私の料理が好きではないのでしたら、話は別ですが」


「……その言い方は卑怯じゃないか?」


 あれだけたくさん食べておいて、今更真澄の料理が好みじゃないなんて言っても通用するわけがない。真澄の料理はどれも美味しすぎて、好きじゃないなんて嘘は口が裂けても言えない。


 そもそもこの話は、陽翔にとってメリットしかない。負担があるのは真澄だけで、提案してきたのも彼女だ。陽翔には断る理由がない。


 つまり何が言いたいのかというと、


「じゃあ……お言葉に甘えさせてもらってもいいか?」


 これから先、陽翔の夕食が美少女の手作りになることが決定した瞬間だった。

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