遭遇

 雑貨店で買いものを終えた後。今度は真澄がプレゼントを購入するためにいくつかの店を回った。


 真澄はこれから寒くなるからと、衣料品店で真那へのプレゼントとして厚手のアウターを購入した。桜色が特徴のもので、天真爛漫な真那にはピッタリだろう。


 会計を終えて店を出ると、真澄は開口一番に言った。


「目的のものも買えましたから、そろそろ帰りましょうか」


「……だな」


 まだ時刻は午後三時前。帰るには少し早い気もするが、目的のプレゼント購入を終えた以上、この場に留まる理由はない。


 それに今のところ知った顔には出くわしてないが、油断はできない。もし真澄と一緒に買いものをしていることがバレれば、面倒なことになること請け合いだ。早めに帰宅した方が賢明だ。


「――あれ、もしかして陽翔?」


 真澄と話していると、不意に横から声をかけられた。


 突然のことだったので、名前を呼ばれた陽翔はつい声のした方に振り向いてしまう。するとそこには、


「げ……ッ」


「あ、何その苦虫を嚙み潰したような顔は。普通に傷付くんだけど」


 ムっとした表情で抗議するのは、中学時代からの友人の一人である綾音。隣には同じく友人であり綾音とは恋人関係でもある大地もいた。


(クソ、やらかした)


 自身の失態に頭を抱える。名前を呼ばれたからって、うっかり反応してしまったせいで面倒なことになった。


 まさかこんな場所で綾音たちと遭遇するなんて、偶然にしたって最悪だ。


 友人ということもあり、二人のことは一応信用はしている。故に頼めば吹聴しないと確信しているが、代わりに真澄と一緒にいる理由を根掘り葉掘り聞いてくるだろう。面倒なことこの上ない。


「……何でお前らがここにいるんだよ」


「何でって、付き合ってる男女が休日に二人でいるんだぞ。デートに決まってるだろ? そういう陽翔の方は、何で黒川さんといるんだよ?」


「それは……」


 見られてしまった以上、素直に話すしかない。……ないのだが、どうにかこの場を上手いこと切り抜けられないかと諦めの悪い思考をしてしまう。


 そんな頭を悩ませている陽翔を余所に、大地は陽翔とその隣に立つ真澄を交互に見る。それから顎に手を当てて考えるような素振りを見せたかと思えば、突然二ヤリと笑った。


「……なるほどな、そういうことか。全く、陽翔も隅に置けないな」


「おいこら、何一人で納得してる。言っとくけど、今お前が考えたことは完全に勘違いだからな」


「そんなに気合の入った格好で勘違いはないだろ。安心しろ、学校の奴らには黙っておいてやるからさ」


「だから、勘違いするなって言ってんだろ」


 いい笑顔でサムズアップする大地。それなりのイケメンなので様にはなっているが、今はやられてもイラっとするだけだ。人の目がなかったら、ぶん殴っていただろう。


 どんな邪推をしたのかは知らないが、十中八九ロクなものじゃないだろう。大地の邪推を否定するためにも、素直に事情を説明するしかないようだ。


「とにかく、ちゃんと説明してやるから変な想像はやめろ。……悪いけど、黒川もそれでいいか?」


 ここまで沈黙を保っていた真澄に向き直り、確認してみる。彼女も当事者なので、話は通しておかなければいけない。


「こうなってしまっては、説明しないわけにはいきませんね。私もそれでいいですよ」


「……悪いな、俺のせいで」


「戸倉君一人のせいではありません。気にしないでください」


 真澄は慰めの言葉をかけてくれたが、原因は陽翔が綾音の声に応じたこと。真澄には一切非がない。その事実に、陽翔は拭いようのない罪悪感を抱いた。






 やむなく事情を説明することに決めた後。立ち話もなんだということで、陽翔たちはショッピングモール内の喫茶店に入ることにした。


 店員に案内された四人掛けのテーブルに陽翔と真澄、大地と綾音のペアで向かい合う形で座る。


「さあ陽翔、どうして黒川さんと二人でいたのか洗いざらい吐いてもらうよ。まあ、珍しくオシャレしてる時点で答えは分かってるけどね」


 席についた途端、綾音が好奇心に満ちた瞳で急かしてくる。


 綾音が外見の話題を口にしたことで、ふと一つの疑問が浮かんだ。


「そういえば、さっきはどうして俺だって分かった? 今日は髪をイジってたから、多少は外見も違って見えただろ?」


「確かに見た目は普段よりも全然良かったけど、目はいつも通り死んで三日経った魚みたいだったからすぐに分かったよ」


「何でそんなので人の識別ができるんだよ……」


 親しい仲とはいえ、まさか目だけでバレるなんて予想外だ。これでは、わざわざ慣れないオシャレをした意味がない。


「まあそんなに落ち込まないでよ。顔は結構良かったし、イケメンって言ってもいいかもね。私は嫌いじゃないよ」


「何の慰めにもなってねえよ……」


 変装目的で身だしなみを意識したのに、それが意味を為さなかったのだ。容姿を褒められても虚しいだけだ。


「おいおい綾音、そいつは聞き捨てならねえぞ。綾音は陽翔みたいな顔の奴が好みなのかよ?」


「まさか! もちろん一番カッコいいのは大地だよ」


「綾音……」


「大地……」


 唐突に熱い視線を交わして見つめ合い、自分たちだけの世界を構築する二人。


 周りのことなどお構いなしの二人に陽翔は呆れ、真澄は突然の甘い雰囲気に目を点にする。


「人前でイチャつくんじゃねえ。話を聞く気がないなら帰るぞ」


「ああ、ごめんごめん。ちゃんと話聞くから帰らないでよ」


 見つめ合っていた二人が慌てて姿勢を正し、陽翔たちの方に向き直る。


 陽翔は聞く準備ができた大地たちに、ここ一ヶ月ほど真澄との間に起こったことを話した。


 ざっと十分足らずの短い説明を終えると、まずは綾音が口を開いた。


「ふむふむ。つまり話をまとめると……陽翔と黒川さんは付き合ってるってことでいいのかな?」


「何で今の話を聞いてそんな結論が出るんだよ」


「いやだって……ねえ?」


 同意を求めるように、隣で一緒に話を聞いていた大地を見る。


「陽翔、これは付き合ってるって誤解されても仕方ないと思うぞ。部屋の掃除をしてもらって、夕食限定とはいえ毎日メシを作ってもらってる……これで付き合ってないとか、冗談にしか聞こえないぞ」


「うぐ……ッ」


 痛いところを突かれ、思わず唸る。


 確かに今の陽翔と真澄の関係は、傍から見れば付き合っていると捉えられてもおかしくない。もちろん陽翔たちの間には、恋人と呼べるような甘い展開など皆無だが。


「……言っとくが、俺たちは本当に付き合ってないからな。ただ黒川の好意で、夕食を食べさせてもらってるだけだ」


「つまり黒川さんみたいな可愛い子相手に、疚しいことは何もないって言いたいの? 本当に?」


「ないに決まってるだろ。なあ、黒川?」


「はい、私たちは夕食の件を除けばただの隣人。それ以上でもそれ以下でもありません」


 言外に男として見てないと告げられたが、自分が真澄に釣り合うような人間でないことは重々承知している。なので、男としての自尊心を傷付けられるとか、そういったことはない。


「年頃の男女がそれだけ交流があってお互いのことを意識してないって……それはそれで問題じゃない?」


「ある意味お似合いかもな」


「確かに」


 恋人二人は揃ってクスリと笑う。何となくバカにされた気がするが、あえて何も言わないでおく。


「とにかく、俺たちはあくまで隣人であってお前らの考えるような関係じゃない。けど学校の連中にバレると色々と面倒だから、今日話したことは黙っておけよ」


「もちろん、こんな面白――大事なこと、他人に話したりしないよ。約束する」


「今、面白いって言いかけなかったか?」


「言ってない言ってない。陽翔の気のせいじゃない?」


「…………」


 胡乱な目を向けるが、綾音は素知らぬ顔で受け流す。怪しい発言をしたが、とりあえず黙っておいてはくれるようなので信じていいだろう。


「俺も喋ったりしないから安心しろよ。親友の幸せを奪うつもりはないからな」


「幸せって、お前な……」


 未だに微妙に誤解をしている親友に、陽翔は重い溜息を漏らした。


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