約束
「ねえ、陽翔ってゴールデンウィークの予定とかは決まってるの?」
新学年がスタートしてから二週間ほど経った頃。新しいクラスメイトたちも打ち解け、いくつかのグループが形成された時期の昼休み、綾音は弁当を頬張りながら訊ねてきた。
「何でそんなことを訊くんだよ? それにゴールデンウィークまで、まだ二週間近くあるだろ」
「ゴールデンウィークって長い休みになるじゃん。だから真澄ちゃんとどこに行くのかなって、ちょっと気になってさ」
「待て待て。何で俺がま――黒川と外出すること前提で話を進めてるんだよ」
昼休みの人が多い教室内のため、周りに聞かれる可能性も考慮して真澄のことをあえて苗字の方で呼ぶ。
「え、むしろ何で外出しないって選択があると思ってるの?」
「何でって、わざわざ一緒に外出する理由がないだろ」
「いやいや、あるでしょ。ゴールデンウィークだよ? たくさん休みがあるんだから、デートの一つくらいするでしょ。ねえ大地?」
最愛の恋人に話を振られ、購買で購入した惣菜パンを頬張っていた大地はそれを一気に飲み込むと、話に加わった。
「綾音の言う通りだぞ、陽翔。せっかくのゴールデンウィークなんだ、どこか出かけるくらいしないと、その内愛想尽かされてるぞ?」
「……あのな、俺は別に黒川と付き合ってるわけじゃないんだぞ。愛想を尽かされるも何もないだろ」
どうにもこのバカップルたちは、陽翔と真澄の関係を勘違いしている節がある。あくまで陽翔は真澄の善意で夕食を頂いているだけ。決して二人の想像しているであろう甘い関係ではない。
おかしな誤解をされては、陽翔はともかく真澄はいい気分ではないだろう。
一度厳しく言っておくべきかと、陽翔は本気で思案する。
「でも陽翔、普段から真澄ちゃんのお世話になってるんでしょ? 毎日毎日あんなに美味しいご飯を食べさせてもらって……たまには何かお返しくらいしても、罰は当たらないと思うけどなあ」
「む……」
意外とまともな綾音の一言に、陽翔は押し黙る。
陽翔とて常日頃真澄に感謝はしているが、果たして感謝を形にしたことがどれほどあっただろうか。
「安心しろよ、陽翔。デートプランならについてなら、俺がいつでも相談に乗ってやるからな。こう見えても俺、デートプランを考えるのは得意だからな」
何を勘違いしたのか、口を閉ざした陽翔に大地はニカっといい笑顔でそんなことを言った。
「あれ、今日は真那はいないのか?」
学校での一日を終え、いつも通り黒川家を訪れた陽翔は、普段なら元気いっぱいの笑顔で迎えてくれる少女がいないことに首を傾げた。
しかしその疑問は、台所で夕食の準備を始めていた真澄が答えてくれた。
「今日、真那は友達の家に遊びに行ってます。多分もう少ししたら帰ってくると思いますよ」
「珍しいな、真那がこんな時間まで遊びに行ってるなんて。その友達っていうのは、もしかして最近よく話してる新しいクラスの子か?」
「はい、随分と仲良くなったみたいです。今度ウチにも呼びたいと言ってました」
「そうか。真那が楽しく学校生活を送れてるのなら何よりだ」
陽翔にとっても真那は妹のようなもの。その妹のような少女が学校生活を満喫できていると聞けば、陽翔にとっては我がことのように嬉しい。
「ふふふ」
「何だよ真澄、いきなり笑い出して。俺、何かおかしなことでも言ったか?」
「あ、すいません。別に陽翔君がおかしなことを言ったから笑ったわけじゃないんです。ただ……」
少し間を空けてから、眦を下げて表情を和らげた。
「今の陽翔君は、まるで真那のお父さんみたいだと思ってしまって……ふふふ」
「それ、笑うほど面白いことか?」
「すいません、別にバカにしているわけではないんです。ただ自然と口元が緩んでしまって……」
謝罪しながらも、笑みを絶やすことはない真澄。何が面白いのかいまいち理解できないが、楽しそうにしているのならまあいいかと納得しておくことにした。
「あ、そういえば陽翔君に訊きたいことがありました。陽翔君、ゴールデンウィークは何か予定はありますか?」
「……ッ」
「陽翔君? どうかしましたか?」
「あ、いや何でもない。続けてくれ」
まさか真澄からゴールデンウィークの予定を訊ねられるとは思わなかった驚きと、綾音たちと学校でした話もあってか少し身構えてしまった。
「今度のゴールデンウィーク、真那が水族館に行きたいと言い出しまして。せっかくのゴールデンウィークですから、連れて行ってあげようと思っているんです」
「へえ、せっかくのゴールデンウィークだしいいんじゃないか? けど、水族館に行くことと俺のゴールデンウィーク中の予定を確認することが何か関係あるのか?」
聞いている限りだと、今のところ陽翔に関わりのある話には思えない。
「実はその水族館に行くなら、陽翔君も一緒じゃないと嫌だと駄々をこねてしまって……もし都合が合うのなら、一緒に行っていただけませんか?」
「水族館か……」
予定だけで言えば、陽翔はゴールデンウィーク中は完全に暇だ。水族館に付き合うくらい、全然問題ない。
わざわざ真那が陽翔も一緒がいいと駄々をこねたのも、好意の裏返しと思えば悪い気がしない。
何より、珍しく真澄が頼ってくれたのだ。普段から世話になっている恩人の願いに可能な限り応えてあげたいと思うのは自然なことだろう。
「いいぞ、一緒に行っても」
「え、本当にいいんですか? 誘っておいてなんですが、もし他に予定があるのなら無理しなくても……」
「無理ならちゃんと無理って答えるから安心しろ。ゴールデンウィーク中は特に予定もないから暇なんだよ。綾音と大地はゴールデンウィーク中はデート三昧だから、一緒に遊ぶ予定もないしな」
だから遠慮するなと、自分から誘っておきながら心配そうに見つめてくる真澄に言外に告げる。
「それに真澄が俺に頼み事をすることなんて滅多にないんだ。こういう時ぐらい、遠慮なんかしないでくれ」
「陽翔君……ありがとうございます」
くしゃっと真澄の頬に赤みが差し、表情が綻ぶ。
この表情を見れただけでも行くと答えて良かったと、少しだけ早くなった心音を感じながら思った。
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