謝罪
「……見つからないな」
真那を探し始めてから、一時間ほどが経過した。
陽翔は真澄と二人で真那を探し回っていたが、見つけられずにいた。走りながら真那の名前を呼び、通行人に真那を見かけなかった訊ねて回ったが、成果は挙げられていない。
別行動をしている綾音と大地の方も連絡がないので、恐らく向こうも成果はなしだろう。
しかしそんな状況でも真澄はめげることなく、足を動かしていた。
「真那、いませんか? いるなら返事をしてください! ――あッ」
目を皿のようにして周囲を見回していたせいだろう。足元が疎かになっており、真澄はちょっとした段差に躓いて体勢をグラリと崩れてしまった。
幸いすぐ側に陽翔がいたため、咄嗟に真澄の身体を受け止めて転倒を防ぐことができた。
「……黒川、真那が心配なのは分かるけど少し落ち着け。このままだと、真那が見つかる前に黒川の方がケガする羽目になるぞ」
「心配をかけてしまって、申し訳ありません。ですが、私は大丈夫ですから気にしないでください」
「気にするなって……今目の前で転びかけたばかりなのに、そういうわけにはいかないだろ。少しは休まないと、お前の身がもたないぞ」
「私のことはどうでもいいんです。それよりも、早く真那を見つけないと。もし真那の身に何かあったら……」
我が身すら顧みない真澄の姿は、妹の身を案じる姉だからこそのものだろう。そう考えれば、この必死さも仕方のないものとも言える。
だが陽翔の目には、真澄が何かを恐れているようにも見えた。思い詰めた表情の真澄に、一抹の不安を覚える。
行方の分からない真那のことも心配だが、同じくらい今の真澄は危うい。
「黒川、一度マンションに戻らないか? これだけ探しても見つからないのなら、もしかしたら入れ違いで真那も戻ってるかもしれないぞ」
入れ違いになっているかもしれないというのは方便だ。こうでも言わないと、真澄は当てもなく真那を探し続けるだろう。
「……そうですね。一度戻ってみましょうか」
少し考えるような素振りを見せた後、真澄は頷いてみせた。
それから二人は踵を返し、二十分ほどでマンション近くまで戻ってきた。道中も真那がいないか隈なく探したが、残念ながら成果は得られていない。
「ん……?」
マンション前の信号が変わるのを待っている最中、ふと街灯で薄く照らされた公園を見ると、ベンチに誰かが座っているのが見えた。
随分と小さい。まだ小さな子供だろう。まさかと思い、隣の真澄の方に振り向く。
「黒川、あそこにいるのってもしかして……」
「……はい、間違いありませんね。まさか、本当に戻ってきてるとは思いにも寄りませんでした」
「だな。けどまあ、見つかって良かった」
真澄の横顔をチラリと盗み見れば、先程までの思い詰めたような表情は鳴りを潜めていた。
「これも戸倉君たちが協力してくださったおかげです。――真那!」
真澄が名前を呼ぶと、公園内の小さな影がビクリと震えた。
「そこにいるのは分かっています。出てきなさい!」
真澄の一喝から数秒後。恐る恐るといった足取りで、真那は薄暗い公園から信号機の辺りまで出てきた。
ケンカしてからすぐに家を出たせいだろう、真那の服装は真冬に外出するには随分と薄着だ。注意深く見てみると、寒さのせいで微かに肩を震わしている。見ていて痛々しい姿だ。
信号が青になると同時に、早足で真那の元へ向かう。陽翔もそのあとを追った。
「お、お姉ちゃん……」
真澄が向かい合うようにして立つと、真那はおどおどした様子を見せる。ケンカして家を出た手前、顔を合わせるのはバツが悪いのだろう。
しばらくの沈黙の後、突如パチン! という乾いた音が辺りに響き渡った。遅れて、真澄が真那の頬に平手打ちをしたのだと理解した。
「今のは、こんな時間まで外出していたことに対する罰です」
突然のことに目を丸くした真那。寒さとは別の理由で赤くなった頬に手を当てると、ジワリと真那の瞳が潤む。
見ていて痛々しいが、それを理由に真澄は容赦をするほど甘くはなかった。
「こんな時間まで外出しているなんて、どれだけの人に迷惑をかけたと思っているんですか?」
真澄の問いに、ただでさえ小さな真那の身体が更に縮こまる。
「私と戸倉君だけでなく、磯貝君と天道さんもあなたのことを探してくれたんですよ? 自分のしたことが、どれだけの人を困らせたのか自覚しなさい!」
「……ごめん、なさい」
容赦ない言葉の雨に、真那は堪えるようにして俯きながら絞り出すような声で謝罪の言葉を漏らした。
「あなたはいつだってそうです。いつもいつも私を困らせて……本当に心配したんですよ」
「え……」
俯いていた真那が目を丸くしながら顔を上げた。
「何ですか、その反応は? 私があなたのことを心配したら、おかしいですか?」
「だって、私お姉ちゃんのこと大嫌いって言っちゃったから……お姉ちゃん私のこと嫌いになったんじゃないの?」
「……何をバカなことを言っているんですか。あなたがいくら私のことを嫌いになろうと、私があなたを嫌いになることはありません。あなたは私の大切な妹です」
「でもお姉ちゃん、凄く怒ってるし……」
「当たり前です。真那が帰ってこなくて、私がどれだけ心配したと思っているんですか」
真澄は呆れ混じりに言いながら、膝を折り目線を真那に合わせると、真那を胸元に抱き寄せた。
「……無事で本当に良かった。あなたを探している間、何かあったらと思うだけで私は気が気でなかったんですよ?」
「…………ッ!」
ビクリと大きく肩が揺れ、真那の瞳から堪えていたものが溢れる。次いで、彼女は震える口元で声を発した。
「心配かけて、ごめん……なさい」
「もういいですよ。あなたが無事戻ってきてくれただけで、私は十分ですから」
嗚咽混じりの謝罪を聞きながら、真澄は真那が泣き止むまで抱きしめ続けるのだった。
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