初詣
真澄と年越しをしてから数時間後。朝早くに、陽翔は真澄と真那が暮らす隣室の前に立っていた。
目的と言えるほど大袈裟なものはないが、真澄の様子を一目見ておきたくこの場にいる。
昨日の一件もあり真澄に会うのは気マズさから来る躊躇いを覚えるが、ここまで来て引き返すわけにもいかない。
意を決してインターホンを押し、少し間を空けてからドアが開かれる。次いで開かれたドアの隙間から、真澄が顔を覗かせた。
真澄はやや緊張の面持ちだ。心なしか、顔もほんのり朱に染まっている。
「お、おはようございます……戸倉君」
「お、おう、おはよう。それと昨日は言いそびれたけど……明けましておめでとう、今年もよろしくな」
「あ、はい。こちらこそ、今年もよろしくお願いします。それで……何の用でしょうか?」
「いや、特に用があるってわけじゃないんだ。ただ、ちょっと様子を見に来ただけで……」
言葉が尻すぼみしていく。昨日の件が尾を引いているせいか、真澄を前にすると上手く話せない。
「そういうことですか……それなら安心してください。ご覧の通り、何もありませんから」
「そうか、なら良かった」
そこまで話して、互いに言葉が途切れる。
「「…………」」
心なしか重たい沈黙が、陽翔と真澄の間に流れる。
だが、その沈黙は真澄によって破られた。
「あの、昨日私を部屋まで運んでくれたのは、戸倉君……ですよね?」
「あのまま放っておいたら、風邪引くんじゃないかと思ったからな……何か問題があったか?」
「いえ、問題は何もありませんでした。ただその、私……変なところはありませんでしたか?」
「変なところ?」
変なところと言われても、抽象的でパっと思いつくようなことはない。
(むしろ変なことをしたのは……)
そこまで考えて、昨日のことを思い返しそうになり頭を振る。あれは一時の気の迷いだ、さっさと忘れてしまうに限る。
「戸倉君? やっぱり何か変なところが……」
「少なくとも俺の目から見て、黒川におかしなところはなかったから安心しろ」
「……本当ですか?」
「こんなことで嘘なんか吐かねえよ。そもそも、変なところって具体的にどういうことなんだ? 曖昧だから、よく分からないぞ」
「それは……」
真澄が口籠る。珍しい反応だ。何か口にすることも憚られるような内容なのだろうか?
「ん……?」
不意にポケットに入れていたスマホが震えた。取り出して確認してみると、誰かからの電話のようだ。
電話の相手が表示されたスマホの画面を目にして、陽翔は眉をひそめながらも電話に応じた。
「……もしもし?」
『あ、出た出た。おはよう、陽翔。あと明けましておめでとう、今年もよろしくね』
「おお、明けましておめでとう。こっちの方こそ、今年もよろしくな、綾音」
電話越しに、互いに新年の挨拶を交わす。新年初の電話の主は、大地の恋人である綾音からだった。
「で、何の用だ? わざわざ電話してきたってことは、新年の挨拶がしたいだけじゃないだろ?」
『流石は陽翔、話が早くて助かるよ。実はさ、私と大地で午後に初詣に行くつもりなんだけど、せっかくだから陽翔たちも一緒にどうかなって思って』
「たちってことは、黒川と真那も誘うつもりなのか?」
『もちろん、初詣は大人数の方が楽しいもん。陽翔隣に住んでるんだし、黒川さんに訊いてみてよ』
「……まあ、今丁度黒川と一緒だから訊くのはいいぞ」
『え、今陽翔、黒川さんと一緒にいるの?』
「あ……ッ」
綾音の反応で自身の失策を悔いるが、もう手遅れだ。
電話の向こうの綾音の声音が、からかい混じりのものに変わる。今の彼女はニヤニヤしているに違いないと断言できる。
『へえ、こんな朝早くから黒川さんと一緒にいるんだ……いったい何をしてたのかなあ?』
「おい、変な邪推はやめろ。お前が考えてるようなことじゃないからな」
『別に照れなくてもいいじゃん。誰にも言わないからさ、昨日黒川さんと何してたのか教えてよ』
「照れてないし、お前に教えることは何もない」
電話越しだというのに、新年早々このウザさ。相手にするのが面倒になり、スマホから耳を離して真澄に訊ねた。
「黒川、綾音が初詣一緒に行かないかって誘ってるけど、どうする?」
「天道さんがですか?」
「ああ、俺と黒川と真那、それに大地と綾音の五人で行くつもりらしい。急な話だし、面倒なら断ってもいいぞ」
真澄は少し考えるような素振りを見せる。
「……私たちが同行して、天道さんと磯貝君のお邪魔にならないでしょうか? その、お二人は付き合っているんですよね?」
「大丈夫だろ。誘ってきたのは、向こうの方だし」
「そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらいます。お正月は特に外出の予定はありませんでしたから、きっと真那も喜びます」
真澄が初詣に参加することを告げると、電話の向こうから「やった!」というやかましい歓喜の声が耳に届いた。
昼過ぎに学校近くの駅に集合ということになったので、陽翔は真澄と真那の二人を伴って約束の時間の三十分ほど前にマンションを出た。
「ん? どうした真那、人の顔をジロジロ見て。何か俺の顔に付いてるのか?」
三人で並んで歩きながら、頭一つ分以上下から注がれた視線の主である真那に訊ねる。
ほんの一時間ほど前までは初詣に行くということで大ハシャぎしていたのに、今は不自然なくらい静かだ。
「ううん、そういうわけじゃないよ。けど……本当に陽翔お兄ちゃんなの?」
「どこからどう見ても俺だろ。俺以外の何に見えるっていうんだよ?」
「それはそうなんだけど……」
真那らしくない、歯切れの悪い言葉。どこかおかしなところでもあるのだろうか、という不安に襲われてしまう。
二人のやり取りを見守っていた真澄が、口元に微笑を浮かべた。
「そんなに不安な顔をしなくても大丈夫ですよ、戸倉君。真那は戸倉君の髪型がいつもと違うから、戸惑っているだけですよ。そうですよね、真那?」
訊ねると、真那はコクンと頷いた。
初詣は真澄も一緒ということもあり、陽翔は学校の人間に見られても問題ない格好をするべきだと考えた。
よって本日の陽翔は以前真那の誕生日プレゼントを買いに行った時同様、髪型をイジっていたのだ。
「……そんなに変わったか?」
「うん、いつもと全然違うよ。あ、でも変じゃないからね? いつもより、今の方がずっとカッコいいよ」
真那の口から出た純粋な称賛に、「ありがとうな」と自然と口角が緩む。軽く髪をイジった程度だが、褒められてる悪い気はしない。
「陽翔お兄ちゃん、これからもずっとその髪型にしないの?」
「それはちょっと面倒だから、髪をイジるのは今日みたいに外出の時だけだな」
雑談を交わしながら歩いていると、やがて待ち合わせ場所の駅前に到着した。
駅前はたくさんの人でごった返していた。着物の女性がチラホラ見受けられることから、目的は陽翔たち同様初詣なのだろう。
(……そういえば、黒川は着物じゃないんだな)
別に初詣に着物を着なければいけないなんて義務はない。着物は着るのに手間がかかるというし、普段着が無難だろう。
ただ周りの可愛らしく着飾っている女性たちを目にすると、真澄も着物を着たら……なんて夢想をしてしまう。
ささやかな未練を抱えながら、陽翔は綾音たちが来るのを待った。
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