年が明けて
結局真那が目を覚ますことはなかったので、真澄が呆れながら真那の部屋に運んだ。そのため、現在陽翔は真澄と二人でリビングで年越しの瞬間を待っている。
二人が見ているテレビは大晦日の特番が放送されており、一年の終わりを実感させる。
同時に、真澄と二人だけで年越しを迎えるという状況に言葉にし難い感覚を覚えた。
「……今年もあと一時間もしない内に終わりですね。戸倉君は、今年一年はどうでしたか?」
「今年一年か……そうだな」
今年一年の出来事を思い返す。その中には楽しかったことや悲しかったことなど、数多のことが含まれている。良し悪しを簡単に量ることはできない。
だがそれでも、今年を評する言葉はすんなり溢れた。
「今年はいい一年だったな。こうして黒川のメシを食わせてもらえてるからな」
「そんなことだけで、いい一年だったって言えるんですか?」
「そんなことってな、黒川に世話してもらうまでの俺の生活を思い出してみろよ。酷かっただろ? それが改善されたんだ、十分いい一年だっただろ」
自炊ができないため、栄養など二の次だった不摂生極まりない食生活。家事能力皆無で散らかり放題だった部屋。
真澄のおかげでまともな生活を手にできた今となっては、あの頃の生活を酷いものだったと断言できる。
(あんな生活をよく続けられたよな、俺)
我がことながら、自身の生活力のなさには呆れるしかない。一人暮らしなど、無謀もいいところだ。
「……確かにあの部屋は本当に酷かったですね。あそこまで汚い部屋は、生まれて初めて見ましたよ」
「お前な、そこまで言うか……」
辛辣な物言いに、思わず顔を顰めてしまう。まあ悲しいくらい事実なので、否定のしようもないが。
(けど今はこうして美味いものが食えて、綺麗な部屋で生活できてるのは、黒川のおかげなんだよな)
真澄には感謝しかない。今後陽翔は、彼女に足を向けて寝られない。
「――黒川と一緒にいられるのが、俺の今年一番の幸運なのかもな」
「え……」
目を丸くした真澄。次いで、彼女の純白の肌は朱に彩られていく。
陽翔は陽翔で、数瞬前の自分の発言を思い返し顔に熱が集まるのが自覚できた。
「あ、いや、ええと、今のはだな……」
何か言い繕おうとするが、上手く言葉が見つからない。穴があったら入りたいというのは今のような状況を指すのだと、身を持って思い知らされる。
だが狼狽える陽翔が面白かったのか、真澄は破顔した。
「……私も戸倉君と一緒にいられて良かったと思っていますよ。戸倉君ほどお世話のし甲斐がある人は、中々いませんから」
「……それは褒められてると受け取っていいのか?」
「はい、もちろんです。戸倉君ほど手のかかる人は中々いませんよ、自信を持ってください」
「やっぱり褒めてないよな?」
とてもではないが、褒められてるようには思えない陽翔だった。まあ真澄の世話になっているのは事実なので、仕方ないのだが。
とはいえ、ここまで言われるとムっとならずにいられない。真澄に不服の視線を向けるが、それでも彼女は笑みを絶やすことはない。
「ですから来年もよろしくお願いしますね、戸倉君」
「………こっちの方こそ色々と迷惑をかけるだろうけど来年もよろしくな、黒川」
当たり前のように来年もこの関係を続けるつもりの真澄に、陽翔はすっかり毒気を抜かれてしまった。
それから十分もすると、テレビで新年のカウントダウンが始まる。カウントがゼロになると同時に、「ハッピーニューイヤー!」とテレビから新年を告げる声がする。
早速新年の挨拶をしておこうと隣を振り向こうとしたが、その前に肩に何かが寄りかかってきた。
「……黒川?」
肩に寄りかかっていたものの正体は、瞳を閉ざした真澄だった。
突然のことで一瞬思考停止に陥るが、すぐさま我に返ると真澄を起こしにかかる。だが真澄は規則的に肩を揺らすだけで、一向に目を開ける様子がない。
ここ最近はクリスマスや年末の大掃除で何かと忙しかったから、疲れていたのだろう。まさかこのタイミングで眠るとは、思いも寄らなかったが。
「どうすればいいんだよ、この状況……」
あどけない顔を晒して眠る姿は、姉妹なだけあって少し前に寝落ちしてしまった真那にそっくりだ。しかし陽翔と同じ年頃の女の子であるため、真那と同じような目では見られない。
隙だらけの真澄の姿に、心臓が早鐘を打つもが嫌でも分かってしまう。
その上、真澄の顔が今までにないくらい近い。小さな息遣いすら聞こえてくるほどだ。これは思春期男子にとっては、色々な意味でキツい。
「……そもそも隣に男がいるのに寝るっておかしいだろ」
あまりの無警戒っぷりに、真澄の今後が不安になる。陽翔だって男だ、こうも無防備な姿を晒されたら万が一があるかもしれない。
色々と言ってやりたいことはあるが、寝ているのでそれはまた後日。今はこの状況をどうにかすることが先決だ。
「……とりあえず部屋に運ぶか」
リビングに放置したら、風邪を引いてしまうかもしれない。流石にそれは見過ごせない。
それに今までにないくらいの至近距離にある真澄の顔は、陽翔の理性をゴリゴリ削っていくので早くこの状況をどうにかしたい。
陽翔は眠る真澄の膝裏と背中に手を回し、抱き上げる。
「うお……ッ」
初めて抱き上げる真澄の身体は驚くほど軽く、少し触れただけで壊れてしまうのではないかと思うほど華奢だった。
初めての感触にグっと込み上げてくるものがあったが、理性を総動員して何とか抑え込んで真澄を彼女の自室に運ぶ。
部屋に入り、真澄を奥のベットに寝かせ毛布をかけてあげれば完璧だ。気を遣ってここまで運んだかいもあってか、道中真澄は目を覚ます素振りを見せなかった。
起こさずに運べたことに安堵しつつも、陽翔の葛藤など露知らず安らかに眠る真澄に、多少イラっとさせられる。
「俺が女の寝込みを襲うようなクズだったら、どうするつもりだったんだよ?」
訊ねるが、当然答えは帰ってこない。分かっていたことなので、特に気にしない。
(改めて見ると……黒川って本当に綺麗だな)
サラサラの黒髪と、それに相反するように白い肌のコントラスト。薄暗い室内であっても、真澄の美貌は微塵も曇りはしない。
無防備な姿を晒していることもあってか、気付けば陽翔の手は真澄の艶のある髪に伸びていた。
触れた髪は想像していた以上にサラサラと気持ちのいい触り心地で、ずっと触っていたくなる。きっと、手入れに並々ならぬ労力を割いているんだろう。
「ん……」
「…………ッ!」
小さく漏れた声に、即座に手を引く。真澄が肩に寄りかかっていた時とは別の意味で、心臓が跳び上がった。
「んん……」
再度小さな声が上がったが、それだけだ。どうやら目が覚めたわけではないようで、ほっと安堵する。
(何やってんだよ、俺!)
同時に冷静になり、先程までの自分の行動に頭を抱えた。起きていなかったから良かったものの、髪だけとはいえ寝ている女の子に無許可で触ってしまった。
完全にアウトだ。トチ狂っていたとしか言いようがない。
これ以上この場にいると、真澄が目を覚ましてしまうかもしれない。もう日付けも変わったし、さっさと帰った方がいい。
……決して罪悪感から来る居心地の悪さから逃れるためとか、そういうのではない。
「……おやすみ、黒川」
最後にそれだけ言い残して、陽翔は逃げるように部屋を出た。
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