学校一の美少女
朝の学校の一年B組の教室にて。ホームルーム開始までまだ十分ほどの余裕がある教室では、クラスメイトたちが思い思いに過ごしていた。
一年B組の生徒である陽翔もこの例に漏れず、机に頬杖をついてぼんやりと教室を見ていた。特にやることがなく、暇なのだ。
あてもなく彷徨わせていた陽翔の視線が不意にある一点で止まった。視線の先には、一人の女子生徒――真澄が黙々と机に広げた教科書に向き合っていた。
開いている教科書の科目からして、今日の授業の自習をしているのだろう。優等生の彼女らしい。
普段なら真澄のことなど気にも留めないが、昨日のことがあったせいかつい気になってしまう。
ピンと伸びた背筋、教科書のページをめくる細い指、教科書の内容を追う瞳。些細なことでも、真澄が行うそれは他とは違ってとても綺麗なものに映って見えた。
美少女と呼ばれる者は皆、外見だけでなく所作の一つ一つまで他とは格が違うというのだろうか。
(……って、何やってるんだよ俺は)
ふと我に返り、直前までの自分の行動に呆れる。幸い真澄には気付かれてはいないものの、ジロジロ見て、いったい何がしたかったのか。自分でも理解できない。
「よう、陽翔。何見てるんだよ?」
「……別に何も見てねえよ」
不意に背後から声をかけられたが、驚きはしない。振り向いてみれば、そこにいたのは想像していた通りの人物だった。
目の前に立つ男子生徒の名前は
「いやいや、嘘吐くなよ。今絶対何か見てただろ。別に言い触らしたりはしないから、親友の俺にぐらい教えてくれても……ははあ」
言いながら大地はつい先程まで陽翔が見ていた方向に視線をやり、ニっと口角を吊り上げた。
「なるほどなるほど、そういうことか……陽翔、もし力を借りたくなったら俺に言えよ? 望みは薄いだろうけど、いくらでも力を貸してやるからさ」
「おい待て、お前何か変な誤解をしてるだろ」
「誤解? 俺はてっきり陽翔が学校一の美少女である黒川さんを狙ってるのかと思ったんだけど……違うのか?」
「全然違う。お前の勘違いだ」
なぜそんなバカみたいな勘違いをするのかと、陽翔は呆れてしまう。
「……その割には、黒川さんに熱視線を向けてるように見えたけどな」
「そんなもの向けてねえよ。お前の目の錯覚だ」
「錯覚じゃなかったと思うけどな……」
陽翔が断言したというのに、納得がいかない様子の大地。
「そもそも、俺みたいな冴えない奴が黒川みたいな完璧超人に相手にされるわけないだろ」
「おいおい、恋愛は何が起こるか分からないものなんだぞ? 最初から諦めてどうするんだよ?」
「俺は高望みはしない主義なんだよ」
「はあ……そんなんじゃ、いつまで経っても彼女ができないぞ? 灰色の青春時代を送ることになってもいいのか?」
「余計なお世話だ、この恋愛脳が」
いらぬ心配をする親友に、呆れながら言った。
「そんなこと言うなよ、彼女はいいぞ? 彼女がいるだけで、毎日が楽しくて仕方なくなる。それに陽翔は素材は悪くないんだから、少し髪をイジるだけでモテると思うんだけどな」
「そんな面倒なことをしてまでモテたいとは思わねえよ」
異性に全く興味がないなんて枯れたことを言うつもりはないが、積極的に彼女を探そうと思うほどの興味は今はない。
「素材はいいのにもったいねえな。まあ陽翔の場合、彼女を作るなら外見だけじゃなくて私生活も見直さないといけないよな。あんな汚い部屋じゃ、仮に彼女ができたとしても家にも呼べねえだろ」
「……うるせえな」
親友の痛い指摘を受けて、陽翔はそっぽを向くのだった。
「あー……疲れた」
学校から帰る最中、口をついて出たのは疲労の滲んだ声音だった。今日は大地から変な誤解をされたせいか、疲労もいつもより割増だ。
途中昨日で丁度カップ麺のストックが尽きていたことを思い出し、スーパーに寄って買い足してからマンションに戻る。
階段は疲れるのでエレベーターを使って四階に上がり、自分の部屋まで歩を進める。
しかし見慣れた部屋のドアが見えてきたところで、陽翔はまるで石にでもなったかのように動きを止めた。
「……人の部屋の前で何してるんだ、黒川?」
クラスメイト兼隣人である真澄が、なぜか陽翔の部屋の前に立っていたのだ。
「こんにちは、戸倉君。遅かったですね」
「ちょっとスーパーに寄ってたからな……って、そうじゃなくて、人の部屋の前で何をしてるんだ黒川。お前の部屋は隣だぞ」
「そんなことは分かっています。私がここにいるのは、戸倉君に用があるからなんです」
「俺に?」
思わず聞き返すと、真澄は小さく頷いた。
「昨日妹の真那を保護してくれたお礼をしに来ました」
「……そういえば、お礼がどうこう言ってたな。昨日も言ったけど、別に気にしなくていいんだぞ? あれは俺が好きでやったことだし」
「そういうわけにはいきません」
昨日同様のやり取りをする。これはもう、陽翔が何を言っても聞かないことは明らかだ。
「あー……分かったよ、もう黒川の好きにしてくれ」
埒が開かなかったので、陽翔が折れることにした。お礼とやらが何なのかは知らないが、一回好きにさせれば満足するだろう。
「そうさせてもらいます。陽翔さんは、何か私にしてほしいことはありますか?」
「してほしいことって、いきなり言われてもなあ……」
突然のことだからパっとは思い浮かばない。そもそも、現在は誰かの手を借りなければいけないような困り事はない。
「何でもいいんですよ?」
「……何でも?」
陽翔の肩がピクリと大きく揺れ、ゴクリと喉を鳴らしてしまう。美少女の何でも、今朝大地にあまり恋愛事に興味がない素振りを見せていた陽翔も、これには反応を示さずにはいられなかった。
「……言っておきますけど、あくまで常識的な範囲でですからね?」
「い、言われなくてもそんなことは分かってる」
声が少し上擦ってしまったが、決して他意はない。
真澄が「本当ですか?」と言わんばかりの疑惑に満ちた瞳を向けるが、陽翔は気付かないフリで乗り切る。
「けどなあ、本当にしてほしいこととかないんだよな」
「そういうことなら、私から一つ提案があります。陽翔さんのお部屋の掃除をさせてくれませんか?」
「俺の部屋の掃除?」
思ってもみない提案に、目を丸くする。
「失礼ですが、昨日戸倉君の部屋に入った時とても汚いと感じました」
「本当に失礼だな」
まあ自覚していることではあるので、否定はできないが。
「ですから、お礼として私が掃除をしようと思いますが……どうですか? 悪い話ではないと思いますが」
「確かに悪い話じゃないけど……俺の部屋の掃除って、多分相当大変だぞ?」
「でしょうね。正直、よくあそこまで散らかせたものだと逆に感心してしまいました」
「そ、そこまで言うか」
陽翔の部屋はフローリングが見えないほどものが散らかっている。真澄の言うことは否定しようのない事実だが、ここまで言われると心にクるものがある。
「ですが私は家事は常日頃しているので、あの部屋を綺麗にすることができると思います。どうでしょうか?」
ふと、昨日真那が姉である真澄のことを語っていた時のことを思い出す。確かあの時、真那は真澄が家事を得意だと言っていたはず。
元々、いずれは掃除をしなければいけないと考えていた。ならこの際、任せてみるのもいいかもしれない。
「じゃあ……お願いしていいか?」
「はい、任せてください」
こうして、学校一の美少女に部屋の掃除をしてもらうことが決定した。
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