第11話 特待生

「────アハハハハハッ!!!! ほらほらほらぁ♡ もっと豚みたいに鳴きなさいよォォォ!!!!」


 ブローニング重機関銃を脇に抱え、身体に給弾用のリングベルトを巻き付けた仁菜が、訓練ルーム内を縦横無尽に跳ね回る。


 総重量一〇〇キログラム近い得物を抱えながらも、その動きはまさしく野生の獣そのもの。

 訓練用に投影された鳥型怪獣の攻撃がかすりもしない。

 ものの一分とかからず鉛の暴風雨により引き裂かれた怪獣は青い粒子となって爆散した。


「あ゛ぁ゛っ♡ 硝煙のニオイ……最っ高♡」


 陽炎揺らめく銃口をうっとりと眺める仁菜。

 つい数分前までのオドオドしていた少女の顔はどこへやら。その眼は完全にイッちゃっていた。


 佐々良ささら仁菜にな

 生まれつき抱えていた難病を克服するため全身の機械化手術を受けたサイボーグであり、フルダイブVRMMOガンシューティング『デモンズブレイカー』の世界記録保持者。

 攻略不可能とさえ言われた作中最強のモンスター『デモンズルシファー』にたった一人で挑み、僅か一分で倒したその驚異的記録は今なお破られていない。

 その異常な戦闘能力を買われて探高に推薦入学してきた異色の経歴を持つ。


 そうとは知らず「まずはお試しで自分に合う武器を見つけてみようか」などと剃り込み坊主先輩が声をかけてしまったのが地獄の始まり。

 武器庫にずらりと並んだ訓練用装備の中から迷うことなくブローニング重機関銃を選び、軽々と持ち上げた時点で彼女の性格は一八〇度反転した。


「「こ、怖ぇぇ……っ!」」


 強化ガラス越しに仁菜の戦闘を見ていたチンピラ先輩たちは、豹変した仁菜の悪魔じみた微笑みに怯えてすっかり涙目だった。


「ははっ、いいねぇ! 臆病な子羊ちゃんかと思えば中身は飢えた狼じゃないか」


「内申書にも書かれていたがまさかここまでとは……。きっちり全弾急所に命中させているあたり、極度の狂乱状態トリガーハッピーというわけでもなさそうだな。銃を持った時だけ現れる裏人格といったところか」


 リザ部長と顧問の桧垣は口元を楽しげに歪め、小さな破壊神の分析を続ける。

 標的がいなくなった後も仁菜はまるで銃を愛撫するかのように一発ずつねっとりと引鉄ひきがねを引き、残弾をすべて撃ち尽くしたところで元の臆病で大人しい性格に戻った。


「ぁぁ……すっきりしたぁ……」


「はいはーい! 次ウチの番! ほら仁菜たん、交代や!」


 出すものを出し切って憑き物が落ちたみたくすっきりした顔の仁菜と入れ替わり、今度は沙良が訓練ルームに入る。


「え……? まさかそれでやんのか?」


 沙良が選んだ武器にウニ頭先輩が戸惑いの声を上げる。


「あの中から選べ言われたら、やっぱこれが一番しっくりくるんで」


 足を軽く開き、強く固めた拳を構えてニィっと犬歯を剥く沙良。

 独学で編み出した喧嘩殺法の構え。その両手に握り込む武器はメリケンサック。


 青い粒子が寄り集まって徐々に怪獣の形になっていく。

 やがて現れたのは全身を堅牢な甲殻に覆われた、盾のような形状の腕を持つ甲殻類型怪獣。

 彼我の対格差は目算五倍といったところ。

 素手で相手するには不利な相手にどう立ち向かうか。

 背中に視線が集まるのを感じつつ、沙良が動いた。


「ッシャオラァ────ッ!!!!」


 一撃粉砕。

 裂帛れっぱくの咆哮に乗せて繰り出された拳は盾のような怪獣の甲殻を一撃で爆砕し、堅いガードの上から怪獣に致命傷を与えた。

 これにはチンピラ先輩たちはおろか、リザ部長や大輝さえも開いた口が塞がらなかった。


 方波見沙良。

 常人の数倍の筋力を持って生まれた彼女は、度重なる怪獣被害によりスラム化した大阪で育った。


 二〇五〇年現在、大阪は国が把握していない未管理ゲートが町の至る所に開いたまま放置されており、全域が特級危険区域指定されている。

 それらの未管理ゲートは反社会的勢力の資金源になっており、探索省未登録の能力者スキルホルダーによる犯罪は社会問題になっていた。

 さらには立ち退きを拒否した住民や、ダンジョンを通って不法入国した外国人たちが勝手に町の増改築を繰り返しているため、国も町の全容を把握できていない。


 そんな出所の怪しいダンジョン素材の溢れかえった町で育った沙良は、幼い頃から日常的に食べていたダンジョン食材が生来の強靭な肉体に強く作用し、いつしか細身の身体に成人男性の百倍もの筋力を宿した超人になっていた。


「どや? ウチも中々のもんやろ?」


 と、強化ガラス越しに大輝へウインクを飛ばす沙良。

 実際、沙良は様々な実験に協力することを条件に入学試験を免除された特待生だった。


「……なあ、やっぱ俺ら引き際逃したよな」


「可愛い顔したバケモノが増えただけじゃねぇか。畜生、アオハルなんてどこにもねぇじゃねぇか」


 すっかり希望を失い全身から虚無を漂わせるチンピラ先輩たち。

 一方、そんな先輩たちとは対照的に、大輝と華音は二人の実力に焦りを覚えていた。

 スキル無しでこれなのだ。うかうかしていたらあっという間に追い越される。 

 それぞれ目的は違えど、目指す場所は同じく学内の頂点。

 強力なライバルの出現に焦りを覚えないはずがなかった。


「部長、手合わせお願いします」


「おお? なんだ月見里やまなしィ、えらく燃えてるじゃねぇか」


「負けられないので」


「ハハッ、いいねぇ。第二訓練ルームでやるぞ。ついてこい」


 早速リザ部長に声をかけ行動を開始する華音。

 華音が去り際に大輝へ寄越した視線には「負けないから」という強い意志が宿っていた。

 大輝も早く訓練メニューをよこせとばかり桧垣に視線を向ける。


「そう急かすな。お前用の訓練メニューは考えてある」


 そう言って桧垣が人差し指をすぅっと横にスライドさせると、大輝の前に訓練メニューが表示された。


 訓練メニューレベル2【スキル制御の制度を上げよう!】

 訓練内容:打撃の一瞬だけ武器の質量と、武器が持つ加速度の倍化させる

 大目標:スキルのレベルアップ【倍化】→【???】


「あらゆるスキルに言えることだが、スキルは使い続けるほど成長する。現在は倍化だが、お前のスキルも使い続けている内に強力な上位スキルへと進化するだろう」


「ごくり……っ」


 今でも十分強力なスキルが更に進化する。

 覚醒時に叩き出した驚異的な破壊力を思い出した大輝は背筋にヒヤリと冷たいものを感じつつも、自身に眠る可能性の大きさに胸躍らせた。


「ともあれ今は戦闘中に精度よく確実にスキルを発動できるようにするのが先だ。昨日取ったデータでは発動までに若干の間がある。まずはこれを無くし、息をするようにスキルを使いこなせるようになれ」


「はいっ!!!!」


 かくして大輝の訓練の日々は始まった────








 目まぐるしい日々は解き放たれた矢のように進んでいく。

 気づけば満開の桜は春風に散り、新緑が眩しい初夏へと移り変わる。










 ────五月一日。

 ゴールデンウイーク三日目のこの日、スキルアーツ研究部の一同はRBに搭乗して新熊谷防衛基地内にある巨大なドーム状の建物の前に整列していた。

 一番ゲート。この地球上に初めて開いたゲートであり、最も内部の調査が進んでいるゲートでもある。

 今回は学校側に申請を出しての正式なダンジョンアタックなので全員完全武装だ。


「これより新入部員のスキル覚醒を目的としたダンジョンアタックを開始するッ!」


 一列横隊で整列した部員たちの前に立った顧問の桧垣が声を張り上げる。

 漆黒の装甲に覆われた人狼のようなフォルムの機体だ。

 桧垣のスキル【人狼化】に適合し自立進化した彼の専用機、コードネーム『ブラックドッグ』。

 現役時代はその優れた嗅覚と聴覚による索敵で部隊の生還率一〇〇パーセントを成し遂げた伝説の機体だ。


「今回の目的地は第一ダンジョン基地。佐々良と方波見には基地内の専用施設で一晩過ごしてもらうことになる」


 桧垣の後に続いて三重の金属扉を通ってドーム内へ入ると、空中にぱっくりと開いた時空の裂け目が一同の前に現れる。

 ドームの内壁には無数のレールガンと重火砲が設置されており、その砲門をゲートに向けていた。

 万が一ゲート内の前進基地が破壊され怪獣がこちら側に出てきた場合、これらの砲が火を噴き一切の情け容赦なく怪獣を撃滅する。


「第一基地までは装甲列車が通っている。警戒網も厳重だし安全は確保されているが、飛行型や地中潜航型が来ないとも限らん。何が起きても対処できるよう心の準備をしておくように」


「「「「はいっ!!!!」」」」


「よし、では出発する! 部長と二年生二人も油断するなよ」


「「「了解!」」」


 一年生たちの威勢のいい返事に頷き、桧垣を先頭にして一同はゲートへと足を踏み入れた。

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