第9話 勧誘

『準備完了だ。いつでもいいぞ』


 スピーカーから響く桧垣の声に頷き、白い壁に囲まれた殺風景な部屋の中、大輝が意識を部屋の中央へ向ける。


「────倍化ッ!」


 ぐわんっ!

 大輝が意識を向けた一点から空間が膨張し景色が歪む。

 別室の桧垣が見つめるモニター上の数値も空間の膨張を示していた。


『成功だ。やはり五感で認識できる範囲でなら概念的なものでも倍化できるようだな』


 大輝が細く息を吐きスキルを解除すると、歪んでいた景色がぱっと元に戻る。

 今の検証で桧垣が用意したリストはすべて網羅された。


 ・能力の効果継続時間

 ①最大一時間

 ②任意で解除可能

 ③力を使い切ると精神疲労によりしばらくスキルを使えなくなる

 ④効果継続時間を倍加で伸ばすことはできない


 ・重ね掛けは可能か

 ①可能

 ②重ね掛けするほどに効果継続時間は半減していく


 ・同時並用は可能か

 ①可能

 ②倍化させる対象が一つ増えるごとに継続時間は半減


 ・物体の個数は増やせるか

 ①条件付きで可能

 ②自分より重いものは増やせない

 ③倍化で増えた物体βは元となった物体αと同一の性質を持つ

 ④物体βは一時間で消滅する

 ⑤重ね掛けで増やせるのは最大32倍まで

 ※それ以上増やそうとしても一瞬で消えてしまうため意味が無い


 ・イメージしにくいものや抽象的なものは倍化可能か

 ①五感で認識できる範囲であれば可能



「よし。今日の検証でお前のスキルについてはだいたい分かった。明日までに訓練メニューを組んでおいてやる」


「ありがとうございました」


 最後まで検証につきあってくれた桧垣に頭を下げ、大輝は訓練棟を後にした。



 ◇



「おいそこのデカイの」


「ちょっとツラ貸せや」


 学生寮への帰り道でのことである。

 いかにも怖そうな上級生二人組が大輝の行く手を塞いだ。


 片方は剃り込み入りの坊主頭で、もう一人はウニみたいなトゲトゲ頭。

 二人とも上級生だけあって中々のマッチョだったが、大輝と比べるとやはり二回りほど小さく、傍目に見れば小型犬が大型犬にキャンキャン吠えているようにしか見えない。


 が、心当たりの無い大輝は内心焦りまくっていた。

 大輝は今でこそ並外れたマッチョだが、元々はヒョロガリのもやしっ子。

 養殖モノの陰キャマッチョが怖い先輩に絡まれたときの心得など持ち合わせているはずもなかった。


「……何かご用ですか」


「「っ!?」」


 必然、大輝の目つきにも力が入る。

 前髪の奥でギロリと光る殺人マシンめいた瞳におののく上級生たち。

 が、そこは腐っても探高生。

 日々の訓練で鍛えられたメンタルでどうにか持ちこたえ、口角泡を飛ばす勢いで吠え掛かる。


「い、いいから来いってんだ!」


「おらっ、こっち来い!」


「あっ、あっあ、えっ、その……やめ……っ」


 上級生二人に脇を固められ、あれよあれよと言う間に大輝は校舎裏へ連行されてしまう。

 きっとこれからご指導と言う名の恐ろしい暴力の嵐が吹き荒れるのだと、大輝が涙目になりつつ身構えていると……


「「お前、自分だけの必殺技に興味ねぇか?」」


 突然ニッコニコの笑顔になった先輩たちが声を揃えてくしゃくしゃの入部届を突き付けて迫るものだから、大輝はポカンと固まってしまった。


「おーい? もしもーし?」


「……ダメだ完全に固まってやがる」


「なぁ、やっぱこの勧誘方法ダメだろ。誰がどう見ても俺ら完全に悪者じゃん」


「ンなこと言っても部長命令だしよォ……」


 置物と化した大輝を他所にヒソヒソ小声で話し合う先輩たち。

 そんな三人の背後に迫る一人の少女がいた。


「なーにコソコソ話してんだチンピラ崩れども。全部聞こえてんぞ!」


「「げっ、部長!?」」


 一言で表すならメスライオン。

 大輝よりもさらに頭一つ分背が高く、ウェーブのかかった赤髪がまるで獅子のたてがみのようだった。

 モスグリーンのインナーシャツを押し上げる豊満なバストは中々に魅力的だが、見惚れていたら食い殺されてしまいそうな気迫があった。


「まぁいいさ。言いつけ通りちゃんと一年坊連れてきたんだから」


 チンピラ二人を横にどかせ大輝の正面に立った部長は、大輝の身体を頭のてっぺんから足のつま先まで舐めるように眺め回し……


「……いいねぇ。まだ一年坊だってのにその筋肉。生半可な努力じゃたどり着けなかっただろう」


 ニヤリと肉食獣のように口角を吊り上げた。


「お前、スキルアーツ研究部に入れ。お前はまだまだ強くなれるッ! アタシと一緒に最強の頂を見に行こうッ!!!!」


 ズンッ!!!!

 丸太のような腕が大輝の頬を掠め、背後のコンクリ壁が割れた。

 大輝の顎を部長がグイっと持ち上げ、彼の鋭すぎる目を臆することなく見つめて問う。


「さあ返事を聞こうじゃないか一年坊ッ!」


 大輝が我を取り戻すまで一瞬の間を要した。

 人生初の壁ドンに驚いたのもそうだが、今までの努力の成果を評価してもらえたことが自分でも驚くほど嬉しかったのだ。


「……憧れの人がいるんです」


「ほう」


「その人はおれと先生を庇いながら、十倍以上もデカい怪獣を槍一本で倒しておれの故郷を救ってくれました」


 ギラリ。強い意志の光を湛えた瞳が部長を見つめ返す。

 あの人に追いつきたい。

 叶うなら、あの人と一緒に冒険したい。

 こうしている今も、彼女は自分の想像など及びもしないほど遠くへ進んでいることだろう。

 生半可な努力や強さではダメなのだ。


「追いつけますか。あの人の速度に、世界最強に」


「ああ、アタシと来いッ! お前を憧れの先へ連れて行ってやる!」


 即答だった。

 彼女は信じているのだ。己自身の実力を。心の底から、微塵の疑いもなく。

 家族以外で自分の目を直視しても怯えなかった人と出会ったのは彼女で二人目だった。


 一人目は五年間世話になった格闘道場の先生。

 先生はそれはもうハチャメチャに強い人で、もやしっ子だった大輝がここまで大きくなれたのも彼がいたからこそだ。

 だからきっと、この出会いも人生のターニングポイントなのだろう。

 そんな確信を得た大輝は、部長の言葉にハッキリと頷いてみせた。


「鋼大輝です。よろしくお願いします!」


「よぉし決まりだな! アタシは三年の神々廻ししば利漸りざだ。よろしくなァ鋼!」


 ガハハとワイルドに笑って大輝の頭をくしゃくしゃに撫でまわすリザ部長。


「お前、部長の壁ドンにビビらねぇたぁ、中々根性あるじゃねぇか」


「歓迎するぜ新入生!」


 そこへチンピラ先輩たちも加わり、先輩たちにもみくちゃにされつつ大輝は照れ臭そうに口元を緩めた。


「よーし、この勢いで後二人部員集めんぞ! さもなきゃウチは部員不足で廃部だかんな!」


「「「おー!」」」


 その場のノリに飲まれて皆で拳を高く突き上げたところで、大輝がはたと正気に戻る。

 今何か部長がとんでもないことを口にしなかったか……?


「……え!? 廃部!?」


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