第8話 検証開始

 放課後。

 担任の桧垣から呼び出された大輝は本校舎の横に併設された円筒状の建物、スキル訓練棟へ足を運ぶ。

 ここはその名の通りスキルの訓練場であり、同時にスキルの研究施設も内包しているため建物の大きさは校舎の五倍もある。


「げ……」


 訓練棟のエレベーターホールで華音とばったり出くわし、大輝は思わず固まってしまう。

 今日から一緒に訓練することはすでに承知済みだったが、昼間の更衣室のこともあり微妙に気まずかった。


「試合」


 乗り込んだエレベーターの中、華音が唐突に口を開いた。


「受けてくれてありがとう」


「え? あ、ああ、影信から聞いたのか……。日程は七月十五日で提出したけど予定とか入ってないよな?」


「いつでも構わない。万全のあなたを倒さなければ意味が無いもの」


「あ、そう……」


 まさかお礼を言われるとは思っておらず、気の利いた会話も思いつかないままエレベーターは七階へ到着した。

 エレベーターの扉が開くと強化ガラス張りの訓練ルームが正面にあり、その中で迷彩服姿の桧垣が待っていた。


「よし、二人とも来たな。月見里はいつも通り始めてくれ。鋼は始める前に少し説明がある」


 桧垣が自分の端末を操作して二年生向けの教材画像を大輝の視界内に共有する。


「まずスキルについてだ。スキルはその効果を及ぼす範囲ごとに『身体』『精神』『物質』『現象』『概念』の五種類に分別されている」


 桧垣の視線が華音の方に向く。

 木刀を構えてピリリとした空気を纏った華音が、彼女の十倍はあろうかという牛型怪獣と向かい合っている。

 華音と睨み合っている怪獣は最新技術で投影された訓練用の「実体ある映像」だ。

 彼我のサイズ差はRBに乗ったときと同じになるように設定されている。


 華音と怪獣がじりじりと互いの隙を探り合う。

 肌を焼くような緊張感に大輝が喉を鳴らしたのを合図とばかり、怪獣が華音に猛突進を仕掛ける。

 刹那、華音の身体が消え、迫り来る怪獣の横を一筋の閃光が稲妻のように駆け抜けた。


 いつの間にか怪獣の背後へすり抜けた華音が、切先に残光を宿した木刀を振り払い残心する。

 直後、怪獣の身体がバラバラにズレ落ち、青い粒子となって爆散した。


「あれが月見里のスキル【電光石火】。効果は肉体を電子化させての超高速移動。高速移動中は思考速度も加速するから『身体』と『精神』二つの範囲に効果を及ぼすスキルだな」


「すごい……」


 青い粒子を浴びて煌めく白髪の美しさに、大輝は我を忘れて見惚れてしまった。

 思い返せば昼休みの手品のような早食いも【電光石火】あってのものだったのだろう。


「こら、見惚れてんな」


「すいません」


「スキルはその効果を及ぼす範囲が広いほど応用の幅も広がって訓練も複雑化する。お前のスキルはまだ覚醒したばかりで、何ができて何ができないのかお前自身も分かっていないだろう」


 大輝が首肯で返す。


「そこでだ。今回はお前ができそうなことをいくつかリストアップしてきた。一つずつ試して今自分がどこまでできるのかを正しく把握しろ。それが最初の課題だ」


 桧垣が人差し指を横にスライドさせると、大輝の前にリストが表示される。


 訓練メニューレベル1 【自分の能力を知ろう】

 ・能力の効果継続時間

 ・重ね掛けは可能か

 ・同時並用は可能か

 ・物体の個数は増やせるか ※増やせた場合、時間で消滅するかどうかも要検証

 ・イメージしにくいものや抽象的なもの倍化可能か


「結構ありますね」


「他にも自分で思いついたことがあれば言ってくれ。場所や道具はこちらで用意する」


「わかりました」


 班目に頷き返した大輝は、自身のスキルの検証を開始した。



 ◇



 同時刻 生徒会室


 西側に大きく切り取られた窓から差し込む夕焼けが生徒会室を茜色に染め上げている。

 部屋の正面奥には黒檀の執務机があり、手前には木製のローテーブルと黒革張りの高級ソファーが置いてあった。

 壁には「力こそパワー」と書かれた掛け軸がかけられている。


「会長、これを」


「あらあら」


 夕日を背景に生徒会長の椅子に座る少女が、書記の少女が持ってきた一枚の書類に目を通して僅かに苦笑を漏らす。


「どうされましたか会長」


 副会長から声をかけられ、生徒会長は今時珍しい紙媒体の書類をそっと彼の前に差し出す。

 格闘試合申込書。

 対戦者は生徒会長の妹の月見里華音と、噂の一年生鋼大輝となっている。


「……どうされるおつもりで?」


「どうもなにも、きちんとルールに則って提出されたものですもの。承認するわよ」


「しかし万が一ということも……」


 この申請が正式に受理されれば試合結果は公式記録として永久に保存される。

 副会長が危惧するのは万が一華音が負けた場合、代々続く武家の名に泥を塗ってしまうのではないかということだ。


「じゃあこうしましょう。もし華音が負けたら彼と私で勝負するわ。それなら万が一もないでしょう?」


 だが、そんな心配は杞憂だとばかりに、生徒会長はくすくすと笑み綻ぶ。

 さらりと揺れる射干玉の黒髪。

 夕焼けよりもなお赤い深紅の瞳は、妹のそれと比べるといささか魔性の色が強かった。


 華音が勝てばそれでよし。

 もし負けたなら、自分がその泥を拭ってやればよい。


「大丈夫よ華音。お姉ちゃんがいつまでもあなたを守るから」


 甘い毒のような響きを帯びた言霊と共に、華凛は申請書に判を押した。

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