第7話 負けず嫌い
翌朝、大輝は無事退院した。
検査結果はいたって健康そのもの。
RBは機体とパイロットを神経接続して動かすため、機体が損傷すればそのダメージはパイロットにも痛みとして伝わってしまう。
場合によっては幻痛の治療に数ヵ月を要することもあるが、今回は爆発直後に大輝が気絶して神経接続が切断されたため幻痛も無くすぐに退院できた。
学校の授業には二時限目から復帰し、休み時間の度にクラスメイト一同からの質問攻めにあってしまい、律義に一つ一つ答えていたら昼休みになるころには大輝はすでにヘトヘトになっていた。
「……」
「……えっと」
「なに?」
そんなこんなでようやく訪れた
影信と共に学食へ向かい空いていた席を確保すると、すかさず大輝の真正面に
月光のように煌めく白髪の間から、ルビーの瞳が無言のままじっとこちらを見つめている。
改めて対面すると本当に美しい少女だ。
気の利いたセリフも思い浮かばず、気まずくなった大輝が助けを求めて隣の席に視線を向けるが、隣にいたはずの影信はいつの間にか忽然と姿を消していた。
「……それ、食べきれるの?」
「余裕」
と、大輝が心配そうな視線を向ける先には、スタミナ怪獣丼ギガマックス盛り(総重量一キロ)が二つ。
一つは大輝の分で、もう一つは華音の分だ。
大輝からすればこの量でも腹半分だが、見るからに細い華音ではどう見ても食べきれる量ではなかった。
「私の方が多い」
どこか勝ち誇った顔で互いの丼を比べる華音。
確かに彼女の丼の方が若干肉の山が分厚い気がする。
どうやら知らぬ内にとことんライバル視されてしまったらしい。
ともあれ、食べ盛りの腹はペコペコだ。
「「いただきます」」
唐突に始まったフードファイトに周囲の視線が徐々に集まる中、二人が肉の山を食べ進めていく。
大輝がショベルカーのように山を崩してモリモリ食べ進めるのに対し、華音の所作はテーブルマナーのお手本のように美しかった。
それでいながら食べるスピードは恐ろしく早いので、両者互角の戦いに周囲の熱も徐々に高まっていく。
「おかわり」
食べ終わったのはほぼ同時。
すかさず華音がおかわり宣言をすると、盛り上がった外野が勝手に次のメニューを運んでくる。
今度は怪獣次郎ニンニク野菜アブラマシマシ(総重量一・二キロ)。
これでもかと盛られた野菜と煮豚の山の下に極太ワシワシ麺が待ち受ける強敵だ。
怪獣丼の余韻も消えぬ内に出されたギガ盛り次郎に大輝が若干たじろいでいると、その間に華音は涼しい顔で野菜の山に挑み始める。
細い身体に見合わぬ
「っ、おれもおかわり」
食べ盛りの男子が細身の美少女に大食いで負けたとあっては微妙にプライドが傷つく。
すぐさま怪獣次郎が『ドン!』と大輝の前に運ばれてくる。
「おおーっと、鋼選手、月見里選手に数秒遅れておかわりチャレンジだ!」
などと勝手に実況を始めたのは一年A組出席番号十五番、七三メガネの
「次郎系は野菜の下に麺がありますし、豚もボリューミーですからねぇ。考えて食べ進めないと後で口の中がしょっぱくなりすぎて詰みますよ」
と、知ったような顔で語る解説は一年A組出席番号十六番、糸目おにぎり頭の
実況と解説がついていよいよ大会じみてきた外野を他所に、二人は自分のペースで食べ進めていく。
「しかし、二人とも本当にいい食べっぷりです! すでにギガマックス盛りのスタミナ怪獣丼を平らげているとは思えないほどです!」
「ええ、辛そうな顔一つせず美味しそうに食べてますね。見ていて気持ちがいいですよ」
「鋼選手が重機のようにダイナミックな食べっぷりなのに対して、
「あれで一倍速とかどうなってるんですかね」
「などと言っている間に二人同時に丼に手をかけた! ま、まさか汁まで飲み干そうと言うのでしょうか!?」
「ちなみに自分、あそこにご飯と生卵をぶち込んで食べるのが好きです」
「あ、分かります! 美味しいですよねラーメンライス」
ごくっ、ごくっ、ごく……っ! ドンッ!!!!
「「ごちそうさまでした」」
二人同時に空の丼がテーブルに置かれ、外野から歓声が上がる。
「完食ゥーッ! 二人同時に完食です!」
「素晴らしい食べっぷりでしたね。二人に盛大な拍手を!」
解説の穂波が二人に拍手を送ると、釣られて周囲からもパラパラと拍手が巻き起こる。
すっかり悪目立ちしてしまい大輝としては恥ずかしい限りだが、華音はさして気にした様子もなく、「ふぅ」と一息ついて首をコキコキと鳴らし、
「次は勝つ」
紅玉の瞳を僅かに細め、涼しい顔でそう宣言してそそくさとその場を去っていったのだった。
◇
その日の午後はパイロットスーツを着用しての格闘訓練だった。
昼休みのこともあり若干気まずい思いを抱きつつ大輝が格納庫へ向かうと……。
「ごめんな相棒……」
管制室の窓から華音の機体の隣で修復作業中の自機の姿が見えた。
腕部装甲を外され剥き出しになったグロテスクな筋繊維は、かの機体が半生体兵器であることを静かに物語っている。
「やあ鋼くん。元気そうでなにより」
「班目さん」
背後から声をかけられ振り替えると、班目が大輝の隣に立つ。
彼女の視線を辿ると、ロボットアームの先端に取り付けられた巨大な注射針で機体の脊椎に何かを注入しようとしているところだった。
「あれは何をしてるんですか?」
「陸の王、キミが倒した超巨大陸亀型怪獣から採取された怪獣因子を組み込んでるんだよ」
「怪獣因子?」
「怪獣にはそれぞれ固有の能力があってね。DNA解析でその能力を司る部分を割り出して抽出し、RBに組み込むことで機体性能を底上げできるのさ」
「へぇー」
「因子同士の相性とかもあるから、怪獣のいいとこ全部乗せってわけにはいかないけどね。あと機体性能を上げすぎてパイロットの肉体の操作感から著しく離れてしまうとシンクロ率は下がるから、その辺のバランス調整をするのも私たち整備チームの仕事の一つなのさ」
「なるほど」
「試算では陸の王の因子を組み込めば機体の骨格強度は三〇〇倍向上、さらに高い自己再生能力も獲得できる見込みだ。一発ブン殴るたびに腕がへし折れてたら戦闘にならないからねぇ。これで多少無茶もできるようになるはずさ」
「……腕、あんなふうにしてすみませんでした」
「いいんだ。むしろダメージフィードバックでキミの腕がぐちゃぐちゃにならなくて良かったよ。それより、そろそろ着替えなくていいのかい? 午後から訓練なんだろう?」
「あっ!?」
班目に言われ大輝が慌てて更衣室に飛び込む。
すると折悪く、
「あ」
ちょうどインナースーツを装着した華音とばったり鉢合わせてしまう。
ボディラインが浮き出るピチピチ謎素材のインナースーツは、彼女のほっそりした肢体とツンと尖ったお椀型の胸をくっきりと浮き立たせていた。
「ご、ごめん!」
慌てて後ろを向いて謝る大輝。
想像より胸もお尻も小ぶりだったが、それはそれとして鮮明に脳裏に焼き付くくらいには綺麗だった。
「別に。裸じゃないし平気」
声を聞く限り華音に動揺した様子はなかった。
が、僅かな間を置いて、華音は「けど」と付け加える。
「カーテンは必要。更衣室ここしかないし、着替えてるときに見られるのは流石に恥ずかしい」
「お、おれも居候なのに不注意だった。ホントごめん」
「いい。それより早く着替えないと遅れる」
言うやスタスタと更衣室から華音は出て行き、部屋の奥で扉が閉まる音を聞いてようやく大輝は深々と息を吐いた。
(これじゃおれだけ意識してるみたいじゃないか……)
急いでいたとはいえ初日からこれではこの先が思いやられる。まったく心臓に悪い。
「デュフフ、青春してるねぇ。ご馳走様☆」
「ぅゎ……」
あまりにもばっちい笑顔でこちらを見ていた班目と目が合った。
こういうところが男っ気が無い所以なのだろうなと、割と失礼なことを考えつつハッとなった大輝が口を開く。
「班目さん、ずっとここにいたなら彼女が先に更衣室使ってるの知ってたでしょ!」
「ごめんごめん、作業に集中してて本当に気付かなかったんだ。カーテンは訓練が終わるまでには用意させるから許しておくれよ。それよりほら、早く着替えないと本当に遅れるよ」
「本当に頼みますからね!?」
班目が指差す壁掛け時計を見ると本当に時間ギリギリだったため、言いたかった文句を押し殺して大輝は更衣室のドアを乱暴に閉めたのだった。
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