第6話 目標
「……ふごっ!?」
大きな鼻ちょうちんが『パチンッ!』と割れ、大輝が目を覚ます。
白い天井に薬品のニオイ。どうやらここは病院のようだ。
壁掛けのデジタル時計はちょうど十二時一〇分になったところだ。
なにやら盛大な爆発オチをブチかました気がするが、どうにも記憶が曖昧だった。
「おっ、気付いたか」
「……影信」
いつからそこにいたのか、ベッド脇のパイプ椅子に座っていた迷彩服姿の影信がこちらに視線を向ける。
「おれ、どうなったんだ……?」
「お前が突然開いたゲートに飲み込まれたのが四日前で、一昨日の昼にここに運び込まれた。俺も人伝てに聞いただけだが、お前、ひっくり返った陸亀の甲羅の中から見つかったらしいぜ」
そういえば、と、大輝はあの時のことを思い出した。
爆発の衝撃で床が抜けて、空洞になっていた大樹の中を転がり落ちたのだ。
そのまま亀の内臓に受け止められ、内臓と甲羅の隙間にすっぽり収まる形で気絶していたらしい。
「機体も奇跡的に原型を留めてたってよ。陸亀がひっくり返った衝撃波で補給基地が一つ吹き飛んだらしいけど」
「え゛っ」
「幸い補給基地にいた人は地下シェルターに避難して全員無事だったみたいだけどな。陸亀素材を全部回収できれば基地の再建費用を差し引いても黒字だってさ。なんでも甲羅にレアメタルが大量に含まれてたんだと」
「ほっ……」
「ま、だからと言って完全にお咎めなしってわけにはいかなかったけどねぇ」
「班目さん」
ベッドを覆っていたカーテンが開けられ、げっそりと目の下に隈を作った班目が「よっ」と顔を出す。
班目の作業服に縫い付けられた階級章を見て影信が咄嗟に立ち上がり一〇度の敬礼をすると、班目は「楽にして」と影信を座らせる。
「緊急事態だったとはいえ、投棄された装備の生体認証をオペレーター権限で解除したのがまずかったみたいでねぇ。始末書と報告書たーっぷり書かされちゃったよ」
ぼすん、と班目がベッドに腰かけ「くぁーっ」と大あくび。
この様子だと反省はしていなさそうだ。
「ま、それを差し引いても陸亀討伐の功績が大きかったみたいでね。どうにか減俸は免れたよ。いやはやとんだ大騒ぎだったねアッハハハ!」
「……あの、失礼なこと言ってすみませんでした」
「いいよいいよ。気にしてないから。むしろあれくらい元気な方が張り合いがあるってもんさ」
あっけらかんと笑ってみせる班目。
どうやら本当に気にしていないようだ。
「それにしても、入学して一週間の訓練生がこれだけの大戦果だ。学内ランクも相当上がったんじゃないかな?」
「学内ランク?」
「生徒会が運営してる裏の成績表みたいなものさ。ランクが上がると学内施設の優先使用権とか色々特典が得られるし、なにより強さの証明にもなるからね。ランク上げに熱を上げる生徒は大勢いるよ」
端末にインストールされていた生徒手帳アプリを開き、班目から教えてもらったシリアルコードを入力すると、現在の大輝のランクが目の前に表示された。
50/280
全校生徒280人中50位。
一年生の中では断トツのトップだ。
「あ、そうだ。起きたら大輝に渡してくれって手紙預かってたんだ」
と、影信が可愛らしい便箋をどこからともなく手品のように取り出して大輝に手渡す。
「手紙? 誰から」
「
「な、なんだろ……」
生まれて初めて女子から貰ったお手紙に内心ドキドキしつつ便箋を開ける。
『拝啓、早春の候。
春も麗らかな日和が続きますが、お怪我のほどはいかがでしょうか。
先生からは軽傷と伺いクラスメイト一同、ホッと胸を撫でおろした次第です。
さて、こうして筆を取った理由ですが、単刀直入に申しまして、貴殿に学内ランクをかけた試合を申し込みたく思い立った次第です。
体調が回復次第、同封してある書類に署名し生徒会室横のポストへ投函願います。日程はそちらの都合に合わせますので、ご自由にお決めになってください。
よいお返事を期待しております。敬具』
見れば、便箋の中には『格闘試合申込書』なる申請用紙が同封されていた。
どうやら訓練場を貸し切ってRB同士の格闘試合を行うための申請用紙らしい。
訓練場の使用希望日は空欄になっており、対戦者二名の内、月見里華音の名前は記入済みだった。
早い話が学内ランクをかけた決闘状である。
「ほほう、試合申込書とは随分と気合が入ってるねぇ」
「ある意味熱烈なラブレターだな」
横から手紙を覗き込んだ二人がニヤニヤ笑う。
「おれ、なんか恨まれるようなことしたか……?」
「単純に実力を示したいんじゃないか? 彼女、あの月見里家のご令嬢だし、お姉さんは探索科の生徒会長で文武両道の才媛だ。出来のいい姉と比較されて色々溜め込んでてもおかしくないだろ」
「なるほど……?」
と、頷きはしたものの、あの
「ピンと来てないって顔だな。ちなみに月見里家ってのは旧華族の家柄で、代々警察庁とか防衛省の幹部を輩出してるバリバリの良家な」
「アッハッハ。そりゃまた絵にかいたようなヒロインだねぇ」
「理由はどうあれ、学校側が認めれば公式記録にも残る正式な試合になる。査定にも影響するし、各部隊の隊長クラスも観戦にくるからな。名前も売れるぞ」
「あんまり悪目立ちしたくないんだけど……」
「何を今更。卒業後にどの部隊に配属されるかは各部隊長からの指名次第だ。複数の部隊から指名があればこっちの希望が優先されるらしいし、お前にとっても悪い話じゃないと思うが」
「おや、鋼くんはどこか行きたい部隊でもあるのかい?」
「憧れの人がいるんです」
大輝は班目に憧れの人の話をした。
「ふむ、青いオーラを操る槍使いか。それなら多分、西園寺三佐だろうねぇ」
「ご存じなんですか?」
「ご存じも何も、防衛隊員で彼女の名前を知らない奴はモグリさ。日本最強の探索者部隊、アイギス部隊の隊長。怪獣討伐数でも世界記録を更新し続けている人類最強の一角だよ。ほら、この人だ」
班目が自分の端末で検索した過去の表彰式の画像を大輝の前に表示させる。
大臣から勲章を受け取るその横顔は大輝の想像よりもずっと凛々しく、美しかった。
永遠にも思える数秒の間、大輝は憧れの人の横顔に見惚れた。
────この人に会いたい。
願わくば、この人の隣で、かつての恩を返したい。
刹那、大輝の胸裏に沸き上がった感情は、強い憧れを孕んだ本人さえ自覚しない恋心。
彼女が指揮する部隊は日本最強。
生半可な成績では声すらかけてもらえないだろう。
ならば目指すは学内ランクの頂点。それ以外ありえない。
「……月見里さんからの挑戦、受けるよ」
大輝の纏う気配が変わった。
それを察した影信は「そうか」と苦笑した。
「日程はどうする?」
「七月十五日」
「期末テストの後か。ま、妥当だろうな。書類は俺が提出しといてやるよ」
大輝に記入させた申請用紙をひらりと掠め取った影信は「じゃあ俺はこの辺で」と班目に一礼して退室する。
どうにも上手くのせられた感はあるが、断っても間違いなく角は立つので最初から選択肢など無かった。
「……さて、ここから先は真面目な話。キミのスキルについてだ」
班目は白衣のポケットから大輝のAR端末を取り出し彼に手渡す。
端末の電源を入れると大輝の視界内にウィンドウが開き、腕があらぬ方向へ曲がったRBの無残な姿や、爆散した破砕槌の画像が浮かび上がる。
「戦闘記録から判明した君のスキルは『倍加』。現時点で思考速度の上昇と、インパクトの瞬間に運動エネルギーの爆発的な増大が確認されている。推測だけど、おそらく熱量や質量、物体の大きさなんかも倍化可能だろうね。そしてその能力がRBのスキルアンプで一五〇〇倍まで増幅された結果がこれだ」
「これを、おれが……?」
大輝の問いに班目が首肯で返す。
二倍の一五〇〇倍なので三〇〇〇倍だ。
通常の四〇式破砕槌でさえ厚さ三〇メートルの岩盤を一撃でブチ抜く威力があるのだ。その三〇〇〇倍ともなればその威力は計り知れない。
大輝が自分のスキルの破壊力に
「服部からお前が目を覚ましたと聞いて様子を見に来た。どうだ調子は」
「特に痛みはないです。……あの、すみませんでした」
「なぜ謝る? お前は何も悪いことはしていないだろう?」
「でも、RBの両腕壊してしまったし……」
「それを謝るなら俺でなく整備班の方々にだろう。ともあれ、生きて帰ってきてくれて本当に良かった。よく頑張ったな」
あの自己紹介からは想像もつかないほど優しい声色。
大輝の頭を撫でる手は僅かに震えていて、彼が心底心配してくれていたのが伝わってきた。
この人はきっと、誰よりも優しい。
ただその愛情の表現が少し不器用なだけなのだ。
大輝は檜垣に抱いていた苦手意識が薄れていくのを感じ、むず痒そうに小さく苦笑した。
「……それで、どこまで話されましたか」
「今ちょうど彼のスキルについて画像を交えて説明したところです」
班目の言葉に頷いた桧垣は「ここからは自分が」と説明役を引き継いだ。
「結論から言う。お前が得た力は使い方を誤れば世界を滅ぼしうる危険な力だ」
改めて突き付けられて喉が詰まった。
RBに乗れば実質どんな兵器の威力も三〇〇〇倍にできてしまうのだ。
大輝の手にかかれば一発の砲弾さえも一国を滅ぼす最終兵器になりえてしまう。
「本来なら一年生のカリキュラムは体力錬成とRBの基本操縦訓練がメインになっているんだがな。お前の場合事情が事情だ。よって、鋼にも放課後にスキルの習熟訓練が課されることになった」
「
「一年生でスキルを持ってるのは現時点で鋼と
それはまたなんともタイムリーな取り合わせである。
「やったね鋼くん、美少女と放課後二人きりで秘密特訓だってさ☆」
「茶化さないでくださいよ……」
班目に茶化されて大輝はそっぽを向いてぶすっと不貞腐れる。
鋼大輝、十五歳。
生まれてこの方彼女ナシ。
一方的に宣戦布告してきた女子と放課後二人きりだなんて、気まずくなること請け合いである。
「この後の検査次第だが、おそらく明日には退院できるはずだ。退院したらすぐに訓練を開始するからそのつもりでいろ」
「わかりました」
「詳細は追って端末の方に送る。今はゆっくり休め」
要件を済ませるや桧垣はすぐに部屋から退散していった。
「じゃあ私もそろそろ帰るね」
と、班目も病室を出ていこうとして、
「あ、そうそう大事なこと伝え忘れてた。鋼くんのRBの格納庫、ゲートが開いちゃって使えなくなったから、新しい格納庫が完成するまで別の格納庫の空きスペースを間借りすることになったから! これ鍵ね!」
「えっ!? わっとと!?」
急に投げ渡された鍵をどうにかキャッチする。
鍵番号はB-A20。
Bは地下を現し、Aはクラス、数字は名簿番号を示している。
つまりしばらく格納庫を間借りする相手は……
「月見里さんとこじゃん……」
どうやらつくづく縁のある相手のようだった。
◇
同日 放課後。
「手紙、渡してきましたよ。お嬢」
女子寮へ帰ろうとする月見里華音の背中に、色濃く落ちた校舎の影の中から一人の少年が声をかける。
服部影信。江戸の頃より月見里家に仕えてきた忍びの一族の末裔だ。
「返事は?」
「受けるみたいっすよ。日程は七月十五日。期末テストの後ですね」
「そう」
平坦な声音で短く返した華音に、影信はやれやれと嘆息する。
物心ついた頃から仕えてきたこともあり、影信には華音が大輝に対して内心バチバチに対抗心を燃やしていると手に取るように分かった。
「本当にやるんですかい? 今なら引き返せますよ」
「私が負けるとでも?」
「アイツ、只者じゃないですよ。まず目がカタギのそれじゃない」
「そう? 優しそうな人に見えるけど」
「いいや、あれは確実に二、三人は殺ってる目です。……別に
「嫌。……お姉ちゃんに勝たないと、私は私になれないもの」
きっぱりと。長く伸びた色濃い影に向かって告げた華音は、決然とその場を去った。
幼いころから何でもできた天才の姉。
武家の女子たるものかくあるべしと、両親からは常に「お姉ちゃんのようになりなさい」と言われ育てられてきた。
だが華音がどれだけ努力しても、姉の華凛がいる限り、何事も決して一番にはなれなかった。
いつも褒められるのは一番の姉ばかり。
誰もが華音は姉の残りカスだと陰口を叩き、それが悔しくてならなかった。
いつか姉を超えてやる。
その一心で探高に入学し、そこから学内ランクを駆け上がってやろうと張り切っていた矢先、クラスメイトにいきなり大きく先を越された。
悔しくないわけがない。
そんな華音の心情を察して余りある影信だが、彼の言葉は近すぎるがゆえ華音には届かない。
影とは主人の傍に常に付き従うモノ。そこにいて当たり前の影では、彼女の心は動かせない。
「……ったく、負けず嫌いめ」
濃くなり始めた宵闇を見上げて吐き出された愚痴は、誰の耳にも届かず消えたのだった。
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