第5話 覚醒
次元の裂け目から漏れ出した光に飲まれた大輝。
やがて光が治まり視界が回復すると……
「っ……!」
まず感じたのはびゅうびゅうと耳元を吹き抜ける風の音。
幾重にも重なり広がる枝の隙間に目を凝らせば、そこには雄大な異世界の森が広がっていた。
今、大輝は森の中心に生えた飛びぬけて巨大な樹の上にいる。
突如開いたゲートに吸い込まれ、時空の乱気流に飛ばされてここへ放り出されたのだ。
大輝が立っている枝は、全長五〇メートルの巨体が乗ってもまだたっぷりと余裕があるほど太く、この樹の全長がどれほど大きいのか想像もつかなかった。
『────ザザッ────……えているなら返事してくれ! こちら班目! 応答願う! 鋼准尉!』
「班目さん!?」
『繋がった! 大丈夫かい鋼くん!? 怪我とかしてないよね!?』
耳元でガサつくノイズに大輝が意識を向けると、視界正面に班目の顔がポップアップした。
大輝が頷くと班目はホッと息を吐き、額の冷や汗を白衣の袖で拭った。
『よかった……。まずはそちらの状況を報告してくれないか?』
「気付いたらバカデカい樹の上にいました。周囲は見渡す限り森です。機体の損傷はありません。見える範囲にゲートはありません」
複雑に折り重なり絡み合う枝の回廊は、さながら大自然が生み出した緑の迷宮。
なるほど、これは確かにクソデカダンジョンだ。
初めて足を踏み入れたダンジョンのスケール感に、大輝の額を冷や汗が伝う。
『こちらでも確認できた。機体に損傷が無かったのは不幸中の幸いだね。そちらの座標を特定できたからマップを送るよ』
数秒とかからず大輝の視界右上にエリアマップが表示された。
中心の青い点が現在地、各地に点々と存在するテントのアイコンは探索者たちが建設した補給基地を示している。
『そこから一番近い補給基地は南西一〇〇キロ地点の第九キャンプだね。すぐに救助部隊が派遣されるから、迎えが来るまでそこで待機だ』
班目の指示に大輝が頷いたその直後のことだった。
ズズンッ!!!!
と、巨樹に激震が走り、二階建ての住宅ほどもある木の実がボロボロと頭上から降り注ぐ。
『な、なんだ!? 鋼くんの座標が大きく移動してるぞ!?』
「自分は動いてないです!」
『こちらで状況を確認する。振り落とされないようにしばらく耐えてくれ!』
班目の遠隔操作でRBの背部に格納されていたドローン六機が飛び出していく。
やがてドローンが樹の枝葉の外へ飛び出すと、ようやく激震の理由が判明した。
『やっぱり! 樹が動いてるんだ! 今映像を送る!』
視界の左端にドローンが撮影した映像がポップアップする。
陸亀だ。
甲羅から巨樹を生やした陸亀が移動していたのだ。
推定全長三〇〇キロメートル。
今まで観測された怪獣の中でも最大クラスの化物だ。
すると振動で目を覚ました芋虫たちがボトボト枝の上に落ちてきて、いつの間にか大輝は芋虫の群れに囲まれていた。
芋虫と言ってもRBより二回りほども大きいので、どんなに小さく見積もっても体高八〇メートルはある。
『すまない、前言撤回だ。今すぐそこから逃げてくれ』
「武器は!?」
『訓練生の機体に装備してるわけないだろう。内臓の一二〇ミリバルカンの弾倉も空っぽだよ』
「デスヨネー」
キシャァァァァァッ!!!!
複眼を赤々と攻撃色に染めた巨大芋虫たちが顎を開いて威嚇する。
『ルートはこっちで指示するから、とにかく逃げろ!』
「ッ!!!!」
視界に表示された逃走経路を示す矢印を辿り、大輝は転がるようにその場から逃げ出した。
身体をバネのように縮めて飛びかかってくる芋虫たちの隙間を掻い潜り、枝から枝へ猿のように飛び移って下へ下へと降りていく。
格闘道場の門下生から誘われたパルクール教室での経験がここに来て大いに生きた。
「これっ、どこへっ、向かってるんですかっ!?」
『ポイントA-257だ! 巨大樹の洞の中に五年前放棄された仮設キャンプがある! ひとまずそこに隠れてやり過ごそう!』
大輝の身体能力を加味して班目がコンソールを叩き、仮設キャンプまでの最短ルートを表示する。
枝葉の間を稲妻のように駆けぬける大輝を追い、なりふり構わず突っ込んできた芋虫の群れが雪崩のように降り注ぐ!
『今だッ! 飛べッ!』
「うぉぉぉぉぉっ!!!!」
細い枝を掴み大回転を決めた機体が弧を描いて空を飛んだ。
あちこち枝や葉を掴みながら不格好に減速し、太い枝の上に『ズンッ!』と四つ足着地を決める。
股下からビリビリと突き上げてきた衝撃に大輝の髪がぞわぞわ逆立ち、ふと顔を上げると、眼前にはちょうど樹の洞がぽっかりと開いている。
『目的地周辺です。ナビを終了します。お疲れさまでした☆』
「危うく墜落死ですよ!?」
『キミの身体データを元に算出した最短ルートを示したまでさ。現にキミ、まだ生きてるだろう?」
「くそっ、なんてオペレーターだ」
などと悪態を吐きつつ大輝が洞の中へ入ると、格納庫の百倍はあろうかという大空洞が広がっていた。
天井のあちこちには大きな穴が無数に開いており、腕部に内蔵されたワイヤーアンカーを使って大空洞の下層へと降りていく。
放棄されたキャンプ跡は堆積した大量のおがくずさえどければすぐにでも使えそうだった。
『ここのキャンプは五年前にムカデ型怪獣に襲われて、そこまで重要な拠点でもなかったからそのまま放棄されたんだ』
「その怪獣はどうなったんです」
『五年前の交戦記録を最後に消息不明になってるね。なーに、ドローンで周囲の安全は確認済みだし、各種センサーにも反応は無かったんだ。ここなら安全────』
などと、自信満々の班目の言葉を遮るように。
ズドドドドドォ!!!! と、足元に積もったおがくずを巻き上げ、ムカデ怪獣が登り龍の如く鎌首を
横幅だけでも一〇〇メートル近くあり、その全長がどれほどなのか想像もつかない。
『こんなの絶対おかしいよ!? センサーの数値に異常はなかったはずだ! この五年でステルス機能でも獲得したっていうのか!?』
「だぁぁぁぁっ!!!! もうッ! いいから早くナビしろよ変態女ッ!」
『変態は流石にひどくないかい!? お姉さんプンプンだゾ☆』
「こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際なんだよ真面目にやれッ!」
『そりゃ無理な相談だ。私からおふざけを取ったら天才と美人要素しか残らないじゃないか。没個性だよそんなの』
まるで逃げ道を塞ぐように。
天井に開いていた大穴が大ムカデの腹でみるみる塞がれてゆき、空洞内が暗闇に包まれ視界が暗視モードに切り替わる。
大ムカデはギロチンのような顎を開いてこちらを激しく威嚇している。
どう見てもお友達にはなれそうになかった。
「……で、この場合どうすれば」
『戦うしかないね』
「武器も無いのに!?」
『おがくずの中に未回収のやつが落ちてるかもしれないだろ!? 諦めるな! 諦めたらそこで人生終了だぞ!』
「くっそぉぉぉぉぉっ!!!!」
ギロチン顎を開いた大ムカデが矢のように飛びかかってくる。
大輝がジャンプして躱すと、紙一重のところで『ガキンッ!』とギロチン顎が空を切り裂いた。
勢いそのまま空中で一回転した大輝は、サマーソルトキックで一二〇〇トンの重量を大ムカデの脳天に叩き込む!
ズドンッ!!!!
大量のおがくずが舞い、大ムカデがもんどりうってギィギィと耳障りな悲鳴を上げた。
すると衝撃でおがくずの下に埋もれていた武器が浮き上がり、すかさず班目が武器の在り処に目印のビーコンをつける。
『ひゅぅ! やるぅー!』
「伊達にッ、鍛えてッ、ませんからッ!!!!」
班目がつけたビーコンの下へ駆け寄り、おがくずの中に腕を突っ込んだ大輝は掴んだ武器をそのまま背後に向かって振り抜いた!
ブ厚い怪獣の甲殻を叩き割ることを目的に開発されたRB専用の近接武器だ。
インパクトと同時に射出される内蔵の超電導パイルバンカーは厚さ三〇メートルの岩盤を一撃で粉砕する。
ズガンッ! と横っ面をぶっ叩かれて突進の起動が逸れた大ムカデが大輝の横をすり抜けていく。
『よーしいいぞ、武器ゲット! 生体認証? んなもんオペレーター権限でパスだ! 各種リンク接続、動力供給開始! OKいい子だ流石メイドインジャパン!』
班目がコンソールに指を走らせると、RBの魔力反応炉と接続して動力を得た破砕槌に光が灯る。
が、やはり未整備のまま打ち捨てられていたためか、破損個所から漏電した火花が堆積していたおがくずに引火して周囲は瞬く間に火の海と化した。
炎の光を嫌って暴れる大ムカデを眼前に、大輝は破砕槌を構える。
死なば諸共とばかり、決死の覚悟を決めた大ムカデがギロチン顎を開いて飛びかかってくる。
時間の流れがゆっくりと減速していく中、大輝は自分でも驚くほど落ち着いていた。
あらゆる雑音が消え心臓の鼓動のみが重く響く静寂の中、胸が鼓動を刻む度に身体の奥から力が溢れ出してくる。
【システムメッセージ】
【スキル使用を確認】
【スキルアンプリファイアー起動】
内から湧き出す未知の力が巨人の心臓部で増幅され、振り下ろした槌に宿る破壊力を増大させてゆく。
この一撃にすべてを乗せて。今────
「ブッ潰れろッッ!!!!」
インパクトの瞬間起動した超電磁パイルバンカーが大ムカデの頭殻を貫き穿つ!!!!
直下に伝播した衝撃は直径五〇キロにも及ぶ巨樹の幹に亀裂を走らせ、亀裂は落雷のように天から地へ駆け下り、遥か三〇キロ下にある亀の甲羅にまで達した。
頭を粉砕された大ムカデの巨体がぐらりと揺らぎ、亀裂の入った幹の隙間から外気が轟々と流れ込み……
『あ、ヤバ────』
密室内で発生した火災に大量の酸素を送り込むとどうなるか。
答えは簡単。
────ッッドォォォォォン!!!!
大爆発する。
大量の酸素が一気に流れ込んだことによるバックドラフト現象により巨樹は内側から爆裂。
巨樹の側面に大穴が空き、一気に燃え広がった火災は陸亀の頭上に大量の火の粉と木片を降らせた。
驚いた陸亀はもんどりうってひっくり返り、構造上の欠陥から内臓が莫大な自重に圧迫され即死。
亀がひっくり返った衝撃波で周囲の森はなぎ倒され、直径五〇〇キロに及ぶ範囲の森が吹き飛ぶ大災害となった!
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