第21話 精神潜航:2

 茨の巨人が腕をしならせ前方を大きく薙ぎ払う。

 鞭のようにしなる茨の腕を大跳躍で躱し、巨人の頭に狙いを定めた大輝が空中で無反動砲の引鉄を引く。

 ズドンッ!!!!

 見事巨人の右目に弾着したロケット弾が紅蓮の鉄華を咲かせ、爆発の衝撃に巨人が仰け反る。


『武装変更だ! そいつでズバズバーっとやっちゃえ!』


 班目がキーボードに指を走らせれば、影信の両手のベレッタM76は二振りのビームセイバーへ、大輝の無反動砲は巨大なチェーンソーへと形を変えた。

 影信がスイッチを押すと肌を焦がす熱量がグリップから『ブゥン』と伸び、光の刃を形成する。


 体勢を立て直した茨の巨人が影信たちに両手の指先を向けた。

 すると巨人の指先から鋭く尖った茨の蔓が伸び、二人の脳天目掛けて銃弾のような速度で迫った、それを、


「遅いッ!」


 影信が手首を翻し、太刀筋が光の軌跡を宙に描きだす。

 刹那、二人に迫っていた茨の蔓が細かく輪切りになって宙を舞った。

 自ら切り開いた隙を掻い潜り影信が解き放たれた矢のように巨人の懐へ向け駆け出し、その背中を大輝が追う。


 中々排除できない害虫二人に苛立った巨人が大きく吼えて腕を地面に深々と突き刺す。

 と、次の瞬間、一面の暗黒世界を突き破り前後左右上下あらゆる方向から無数の茨の銛が二人に襲い掛かる。


 移動速度+思考速度四倍化


 大輝がスキルを使う。

 思考速度が急激に引き上げられたことで、二人は世界が一瞬だけ止まったように感じた。

 時の止まった世界から、一歩。四倍速の脚力で二人が前に踏み込み、時の呪縛を打ち破る。

 すると世界が再びゆっくり動き出す。

 針の穴を通すような身のこなしで茨の銛を次々躱し、時には斬り払いながら、少年たちが巨人の懐目掛けて肉薄する。


 後ろから追いついてきた大輝に影信がアイコンタクトを送る。

 友の意図を理解した大輝が頷く。

 三、二、一、タイミングを合わせ、大輝がチェーンソーを真上に放り投げた、直後。


「「今ッ!!!!」」


 大輝が組んだ両手を足場に、影信が跳んだ。

 筋肉カタパルトで打ち出された影信は空中でさらに加速し、弾丸のように華音目掛けてカッ飛んでいく。

 放り投げたチェーンソーを大輝が片手でキャッチし、飛んでいった影信を追いかけチェーンソーを構えて走り出す。


「「うおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」」


 ────斬ッ!!!!────


 二人が放った斬撃がクロスし、茨の巨人に大きな×字を刻み込む。

 華音を横抱きに抱えた影信と、巨大チェーンソーで斬り抜けた大輝が巨人の背後に着地した、次の瞬間!

 ドガァァァァァァン!!!!

 大爆発。茨の巨人は爆炎の中にその身を沈め、少年たちの煤けた顔を逆光が照らし出す。


「……ったく、人の気も知らねぇで呑気のんきなもんだぜ」


「無事でよかった」


 すぅすぅと心地よさそうな寝息を立てる華音の安らかな寝顔を見て、少年たちが苦笑する。

 すると一面の暗黒空間に白い亀裂が走り、割れたガラス窓のようにボロボロと空間が崩壊を始めた。


『まずい! 月見里さんがもうじき目を覚ます! 早く屋敷から脱出するんだ!』


「急ぐぞ大輝!」


「言われなくても!」


 崩れ落ちる暗黒空間から二人が飛び出すと、まるで凸面鏡越しに見える景色みたく、世界そのものが大きく歪んでいた。

 ぐらぐら揺れる不安定な足場に前へ進むどころではなくなった二人に追い打ちをかけるように、ここまでオペレートしてくれていた班目の声が遠ざかっていく。


『なんだ!? どうなって……ザザッ……二人とも今どこに……ザザッ……ザザッ……ザァ────……』


「班目さん!? 班目さん!」


 大輝が耳に手を当て何度も呼びかけるが反応が無い。

 覚醒に向かいつつある華音の意識が無意識領域に干渉し、精神世界が不安定化して通信が途絶えたのだ。

 二人が立ち止まっている間にも壁や天井に亀裂が走り崩壊が始まった。

 すると崩れた壁の隙間に無数の目がギョロリと開き、華音に嘲笑の視線を向ける。


『どうにもあの子は結果を残せませんなぁ』


『きっと姉に才能を奪われたに違いない』


『天才の姉の搾りかす』


 ひそひそ、くすくす。

 華音を嘲笑う声が教室に響き渡る。

 と、影信の腕の中で穏やかな寝息を立てていた華音が悪夢に魘されたように唸り始めた。


「くそっ! 好き放題言いやがっ……おい大輝何するつもりだ」


「黙らせるからちょっと待って」


 ドルン! ドルン! 

 チェーンソーの原動機を噴かせた大輝は、揺れる足場を気合で踏み越え壁の隙間に回転刃を捻じ込み廊下を走り抜ける。


『ぎゃあああああああああああ!?!?』


 壁の隙間から大量の血しぶきが噴き出し、華音を嘲笑う声が断末魔に変わる。

 返り血を浴びて真っ赤に染まったその姿は、前髪の奥で冷たく輝く眼光も相まって殺人鬼そのものだった。


「うん、すっきり」


 断末魔が止み、嫌な視線が消えると大輝は満足そうに頷いた。


「ちょ、おま……。えぇ……?」


「言葉が通じないなら殴って黙らせるしかない」


「殴るってレベルじゃねぇだろどう見ても。血みどろじゃねぇか」


「どうせ見るなら悪夢より爽快な夢のほうがいいだろ?」


 大輝が影信の腕の中で眠り続ける華音に視線を向ける。

 笑っていた。よほど爽快だったのだろう。

 憑き物が落ちたようにスッキリした華音の寝顔。

 すると彼女の心が反映されたのか、ボロボロの月見里邸が綺麗な花畑へと変わっていく。

 強引すぎる解決方法に影信は苦笑するしかなかった。


「……ハハッ、こんなやり方あるかよ」


 自分がどうやっても解決できなかった問題を、こうもあっさりと。

 精神世界でのこの出来事が、華音が目覚めた後にどう作用するかは分からない。

 それでも、きっといい方向へ作用してくれるはずだ。

 幼馴染の安らかな寝顔に、影信はそう強く確信した。


(コイツ、やっぱ只者じゃねぇ)


 入学以来訂正されることのなかった勘違いが微妙に上方修正されたとは露知らず、大輝が握りしめた拳に視線を落とし口を開く。


「圧倒的な暴力はすべてを解決する。……師匠の受け売りだけどね」


「説得力やべぇな」


 自然と、二人の間に和やかな空気が生まれ、笑いが零れた。

 ひとしきり笑い大輝がふと振り返ると、彼らの前にそれまでなかったドアがポツンと現れる。

 出口、と分かりやすく書かれたドアのノブに手をかけ、戸惑い気味に大輝が影信に振り返る。


「……開けていいのかな」


「まあ、あからさまに出口って書いてあるし……」


 二人で頷き合い、大輝がドアを開ける。

 すると開けたドアの隙間から眩い光が溢れ出し────……




 覚醒へと向かうまどろみの中、華音は昔の夢を見た。

 懐かしく、穏やかな記憶だ。


『お姉ちゃん』


『なぁに華音ちゃん』


『お庭にね。かわいいお花が咲いてたの。あげるね』


『まぁ、ありがとう。サクラソウね。でもこのままじゃすぐに枯れちゃうわね』


『お花さんかわいそう……』


『うーん。じゃあ押し花のしおりにしよっか。それならずっと綺麗なままよ』


『私もつくる!』


『じゃあ二人で一緒に作りましょうか』


『うん!』


 温かな記憶をたどり、まどろみの淵から意識が浮上していく。

 もうじき目が覚める。

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