第20話 精神潜航

 目の奥から溢れだした光が徐々に光度を下げ、二人の前に華音の心象風景が実像を結ぶ。


「ここは……」


「月見里のお屋敷だな」


 大輝が辺りを見渡すと、影信がどこか苦々しい顔で言った。

 二人が立っているのは武家屋敷へ続く正門の前。


 だが門はいばらに覆われ朽ち果てており、吹き抜ける隙間風が不気味な風鳴りの音を奏でている。

 あちこちに突き立った頭のない案山子かかしも異様な雰囲気を醸し出していて、ひどく寂しい印象を大輝は受けた。

 気付けばいつの間にか二人の格好もパイロットスーツから防衛隊の制服に変わっていた。


「これって……」


「……誰も私を見てくれないってか。だから案山子にはどれも頭が無い。茨が屋敷を覆ってるのはお嬢の心がまだ家に囚われてることの現れだろうな」


「でもお姉さんは倒したじゃないか」


「そうそう簡単に心の傷が埋まるもんかよ。見てみろ、あちこちボロボロで隙間だらけだろ。しかも空にはほら」


 影信が空を指差し、大輝が上を見上げる。


「っ!?」


 そこにあったのは太陽や月ではなく、巨大な真紅の瞳。

 華音のそれとは微妙に色合いの違うそれは、姉である華凛のものだ。


「冷たい隙間風の吹く茨の牢獄の中、自分を見てくれていたのはお姉ちゃんだけ、か……。寂しいもんだ」


 虚無感に満ちた乾いた笑みを浮かべた影信に、大輝はかけるべき言葉を見つけられず視線を逸らすしかなかった。

 朽ち果てた屋敷に視線を戻し、かつて触れた華音の記憶を思い返してみる。


 確かにこの場所に暖かな思い出は殆どない。

 周りの大人たちは皆、自分を月見里家の令嬢という肩書でしか見ようとせず、その肩書さえも天才の姉と比較されてはただ自分を貶めるだけの呪いでしかなかった。


 そんな中で姉だけが、華音を妹として、家族として見てくれた。

 確かにその愛情は不器用で歪んでいたかもしれないが、華音の温かい記憶を辿れば必ずそこに華凛がいたことに大輝は気付く。


「ま、ともあれこれだけ分かりやすければ探すのは簡単だな」


 常の飄々とした態度に戻った影信が門の中へと歩き出す。


「分かるのか?」


「任せとけって。勝手知ったる他人の家だ。冷蔵庫の中身だって知ってるぜ」


 門を潜り玄関から屋敷へ入ると、迷路のように入り組んだ廊下がどこまでも続いていた。

 傷んだ床板をギシギシ鳴らしながら、薄暗い廊下を影信が先導して進んでいく。

 すると突然天井の板が外れ、全身真っ黒な忍者シルエットが刀を振りかぶって二人に襲い掛かってきた。


「ちょっ!? ま、セイッ!」


 間一髪、袈裟懸けの一刀を躱し、忍者シルエットの懐に踏み込んだ大輝が鋭いアッパーカットで忍者の顎を粉砕する。

 すると大輝たちの背後からもう一人の忍者が音もなく忍び寄り……


「見え見えなんだよ!」


 まるで背中に目がついているかのような動きであった。

 忍者の不意打ちをひらりと躱し、逆に敵の背後を取った影信が忍者の首を『ゴキッ!』とじ切る。

 二人に倒された忍者たちは、スライムのようにグニャグニャと形を崩し、そのまま床に染み込むように消えてしまった。


『────くん。鋼くん、服部くん、聞こえるかい!?』


 まるでラジオのチャンネルを合わせるように、雑音交じりの音声が次第に鮮明になっていく。


「斑目さん!?」


『すまない。キミたちの居場所を特定するのに少し手間取った。何かに襲われたりとかしてないよね?』


「たった今真っ黒な忍者に襲われて二人で撃退したとこです」


『ごめん、ちょっと遅かったみたいだね。とにかく二人とも無事でよかった』


「何なんですかさっきのは」


『月見里さんの精神が生み出した防衛機構だろう。言うなれば今キミたちは他人の心の深い部分に土足で踏み込もうとしてる訳だ。無意識の拒否反応が異物を排除しようとしてもおかしくない』


「それで影の忍者か。ったく、ひでぇ皮肉だぜ」


 影信が悔しげな気配を滲ませ僅かに顔をしかめた。

 華音と影信は幼馴染の友人である以前に、主従の関係でもある。

 忍びの家系に生まれた影信は、母親の胎に命が宿ったそのときから華音を守る影として生きることを定められ、そのように育てられてきたからだ。


 華音にとって影信が自分を守り自分のために動くことは『当たり前』であり、だからこそ主を守る防衛機構として影の忍者が現れた。

 その影信への無意識の信頼が、主を助けようと動いている影信自身へ牙を剥いたのは皮肉としか言いようがないが。


『ともあれ、これで多少は支援もできるようになった。今武器を転送する』


 斑目がキーボードに指を走らせると、二人の前に青く輝く一メートル四方の立方体が現れる。

 最後に斑目がエンターキーを押せば立方体はそれぞれ二挺拳銃と無反動砲に変わり二人の手に収まった。


『クククッ、弾数無限のチート武器だ。存分に暴れてくれたまえ!』


「へぇ、ベレッタM76っすか。シブいとこ突いてきますね」


「待って、武器のチョイスおかしいでしょ!? ここ屋内なんですけど!?」


『昔の人は言いました。大抵の問題は火力が解決してくれるって。大丈夫! ここは精神世界だ、倒壊の心配は多分ない。ドカンとブチかましてやりたまえ!』


「多分!?」


 などと言いあっている間にも新たな忍者たちが天井や床下からぞろぞろ出てきてあっという間に二人は囲まれてしまう。

 背中を預け合い、両手にベレッタを構えた影信が肩越しにこの場を切り抜けるための作戦を打ち明ける。


「強行突破しかなさそうだな」


「どうやって」


「俺が合図したらそいつでドカンだ」


「マジでやるの!?」


「タイミング合わせろよ」


 直後、影忍者たちが投げ放った手裏剣やクナイが二人目掛けて殺到した。


「しゃがめ!」


 その場にしゃがみこんだ大輝の背中を踏み台に、影信が空中へ跳んだ。


 身体能力+速度倍化!


 大輝から強化支援バフを受けた影信が体操選手のように空中で身体をスピンさせ、両手のベレッタを撃ちまくる!

 放たれた弾丸は飛んできたクナイと手裏剣を寸分違わずすべて撃ち落とし、鎖鎌くさりがまを構えていた前列の忍者たちの脳天を貫いた。


「今だ!」


「うおおおおっ!!!!」


 ドガァァァァン!!!!

 無反動砲パンツァーファウストから放たれたロケット弾が行く手を塞いでいた忍者たちを纏めて粉砕した。


「ゲホッゲホッ! 走れ走れ!」


「ゴホッゴホッ! ああもうめちゃくちゃだよ!」


 一発撃ってタガが外れたのか、背後から追ってくる忍者たちに向けもう一発無反動砲をブッ放し、黒煙を突っ切って二人が走り出す。

 まるでゲームのチート武器みたく、どれだけ撃っても次の瞬間にはロケット弾が装填された状態に戻るためリロード不要で撃ち放題だ。


 時折不意打ちを仕掛けてくる忍者たちは影信が始末し、迷路のような廊下を奥へと進んでいくと、無邪気に廊下を走り回る半透明の子供たちとすれ違う。

 今より随分と幼いが、それは間違いなく華音と影信だった。


「今のは……?」


「お嬢の記憶だろうな。そこらじゅうにいるぜ?」


 などと言っている間にも、大輝の脇をすり抜け幼子たちがボロボロの襖をすり抜けて消えていく。

 大輝がそっと襖を開けて中を覗き込むと、畳張りの部屋の奥にも在りし日の二人の幻影がいた。


『ねぇ、影』


 九歳くらいだろうか。

 人形遊びをする手をふと止め、幼い華音が部屋の隅でじっと本を読んでいるかつての影信に問う。


『なんですお嬢』


『どうしてあなたはいつも見てるだけなの?』


『俺がお嬢の護衛だからです』


『いっしょに遊ぼうよ』


『ダメです』


『つまんない。そんなんじゃ女の子にモテないよ』


『モテなくて結構。俺には許嫁がいますから』


『……どんな子?』


『お嬢には関係な────』


 ぴしゃり。

 と、現在の影信が襖を閉める。


「あんまり人の記憶を覗き見るもんじゃないぜ」


「い、許嫁!? え、ホントに!?」


「ああ、俺にはもったいないくらいの美人だぜ。無駄話は終わりだ。先へ進むぞ」


 会話を強引に打ち切り先へ進む影信。

 ルームメイトの許嫁がどんな人か俄然気になったが、聞いてもこれ以上話してくれそうな雰囲気でもなかったので大輝も諦めて後に続いた。


 襲い来る忍者たちを粉砕しながら進むことしばし。

 やがて二人は茨に覆われた両開きの金属扉の前にたどり着く。

 華音は子供の頃から悲しいことがあるといつもこの蔵の中でこっそり泣いていた。

 彼女がいるとすれば恐らくここしかない。


「やれ大輝。多分お嬢はこの中だ」


「ファイヤ!」


 撃ち放題の魔力に憑かれた大輝が金属扉に向けて無反動砲を撃ちまくる。

 連続発射されたロケット弾は分厚い金属製の扉をいともたやすく引き裂き、爆炎が茨の封印を焼き尽くしていく。


『ひゅぅ♪ キミも分かってきたじゃないか鋼くん』


「……ハッ!? よくない。これは絶対によくない!」


 頭をブンブン振ってよくないものを追い出し、影信と共に爆破した扉の中へ侵入する。

 しかし扉の奥に広がっていたのは影信にとってもまったく予想外の光景だった。


「なんだ、これ……!?」


「……ハッ、そりゃ精神世界だもんな。現実の屋敷そのままなワケねぇか」


 ずるずると。

 増殖を繰り返す茨のつるが巨人の姿をかたどっている。

 巨人の胸の中心には華音がいて、すでに半身を茨の中に取り込まれ見えているのは上半身だけだった。

 現実の覚醒状態とリンクしているのか華音に意識は無く、ぐったりと俯いている。


『さあ、ボス戦だ。アイツの中から月見里さんを引きずり出して屋敷から脱出すればミッションコンプリートだ!』


「そりゃなんとも分かりやすい」


「まさかこれを見越して無反動砲を……?」


『いいや、それは一〇〇%私の趣味』


「そこは嘘でもそうだって言ってほしかった!」


「ははっ、いい趣味してますね班目一尉。来るぞ大輝!」


「っ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る