第19話 サルベージ作戦

 月見里姉妹の機体はすぐさま新熊谷基地のドックに運び込まれた。

 姉の華凛は全身に火傷を負い、生きているのが不思議なくらいの重症だったが、医療班のスキルによる治療のおかげで一命は取り留めた。


 だが、妹の華音は……


「結論から言いましょう。月見里華音さんの肉体はすでにこの世界のどこにも存在しません」


「なっ!?」


 機体がドックに運び込まれて一時間弱。

 華音の担当オペレーターを務める柿崎かきざき柊子とうこ三尉が、機体を調べて判明した結果を部員たちに告げた。


「より性格に言うなら、あの機体こそが彼女の身体になった、と言うべきでしょうか」


 管制室のガラス窓越しに見える白亜の機体に視線を向け、柿崎は内心の動揺を押し殺し淡々と事実のみを口に出す。


「シンクロ率がオーバーフローしたのか……。くそっ! アタシがもっとマトモな作戦を練っていれば……ッ!」


 リザ部長が壁を殴りつけ、力なく項垂れる。

 戦闘中の感情の昂ぶりや、機体の進化など、特定の条件下において稀にシンクロ率は一〇〇%を超えることがある。


 数秒程度であれば問題はないが、あまり長い時間高シンクロ率を維持し続けていると、機体と肉体が完全に同化してしまい人として戻ってこれなくなってしまう。

 これをオーバーフローという。


「おれのせいだ……。おれが彼女にスキルを使ったから……!」


「違う! 全部アタシの責任だ……ッ。お前はアタシの指示通り動いただけ。そうだろ!」


「で、でも……!」


「うるせぇ! でもも案山子もねぇ! この件の全責任は作戦立案者のアタシにある! これ以上ウダウダ言いやがったらブン殴るぞテメェ!」


 顔を真っ青にして頭を抱えた大輝の胸倉を掴み、リザ部長が吼えた。

 彼女の瞳に滲む涙を見て取った大輝は、それ以上何も言えなくなってしまう。


「責任の所在なんて今はどうでもええやろ! なんとか元に戻したる方法はないんですか!?」


 大輝と部長の間に割り込み二人を引き離した紗良が柿崎に問うと、柿崎は非常に言いづらそうに言葉を濁して黙り込んだ。


「あるにはあるんだけどね……」


 柿崎の代わりに口を開いたのは斑目だった。


「ホンマですか!?」


「やめろ斑目! あれはまだ実験段階の研究なんだぞ!? 最悪ミイラ取りがミイラになるだけだ!」


「だが可能性が少しでもあるならチャレンジしてみるべきだ。それに、悩んでいる時間もないぞ。このまま彼女の意識が覚醒してしまえば、君の相棒は永遠に巨人のままだ」


「ぐっ……」


 誰よりも華音の帰還を望んでいるのは柿崎自身だ。

 同じオペレーターであり親友同士でもある斑目に内心を見透かされ、柿崎は反論の言葉を失い唇を噛み締め俯く。


「なんや方法があるんですね!? 教えてください! どないすれば華音は戻ってくるんですか!」


「月見里さんの機体を基地のスパコンに繋いで、VR技術で再現した彼女の精神世界にダイブして彼女の意識を機体から分離するんだ。上手くいけばコックピット内で肉体が再構築されてまた人として戻ってこられる」


「……だか人間の精神というのは複雑怪奇で、しかも不安定だ。最悪、連れ戻しに行った者まで取り込まれて戻ってこられなくなる」


 斑目の説明を引き継いだ柿崎が唸るように口を開く。


「送り込めるのはマシンの数の都合で二人だけ。制限時間は彼女が目を覚ますまで。華音が目を覚してしまえば、あの子の意識は機体に定着して二度と分離は不可能になる。……成功率は限りなく低い。危険な賭けだ」


 それでも、と一度言葉を区切り、柿崎は一同に頭を下げた。


「どうかあの子を、華音を連れ戻して欲しい。あの子は、ようやく長年の呪縛から解き放たれたばかりなんだ……! 頼む!」


「お願いしたいのはこっちの方っすよ。柿崎さん。大事な後輩を助けられるってんなら、アタシはなんだってやるッ!」


 後悔の涙に濡れた瞳の奥に光を宿し、リザ部長が啖呵を切る。

 それに同意して部員たちも全員頷いた。

 仲間を取り戻したいという思いは皆同じだった。


「君たち……! すまないっ、本当に、ありがとう……!」


「決まりだね。問題は誰が行くかだ。精神世界では何が起こるかまったく予測不能。メンバーは慎重に選ぶべきだ」


 改めて斑目が問うと部員たちは顔を見合わせ、


「おれが行きます」


 真っ先に名乗りを上げたのは大輝だった。


「正直、危険度で言えば空の王と対峙したときとどっこいどっこいだよ? それでも行くと?」


 斑目が覚悟を問うと、大輝は力強く頷いてみせた。


「何も考えなしって訳じゃないです。この中ならおれの能力が一番応用の幅が広いですし、どんな状況にもある程度対応できますから」


 納得のいく説明と、大輝の覚悟を見て取った斑目は「なら一人目は決まりだね」と頷いた。


「精神世界に入れるのはあと一人。さぁ誰が行く?」


「その二人目、俺に行かせちゃ貰えませんかね」


「影信!?」


 いつからそこにいたのか。

 管制室の隅の暗がりから影信がするりと姿を現し手を挙げた。


「君は確か鋼くんのルームメイトの……」


「服部影信です。病室以来ですね斑目一尉」


「服部貴様、どうやってここに? RB格納庫は部外者は入れないはずだが」


 檜垣が剣呑な視線を向けると、影信はわざとらしく肩を竦め「そこは今は重要じゃないでしょう」とはぐらかした。


「実を言うと俺と彼女は幼馴染でしてね。あの子のことはこの中の誰よりも長く傍で見てきたし、理解してるつもりです」


「なるほどね。だから君が手紙を持ってたって訳かい」


 斑目が得心いったように目を細めると、影信は冗談めかすようにへらりと笑って頷いた。


「ま、そういうことです。……それに、責任の一端は俺にもあるんで」


 誰にも聞こえないくらいの声で影信が小さく独白する。

 彼はここ数ヶ月、華音のために裏で様々な工作を働いてきた。


 剣術部が急遽予定になかった合同遠征に出たのも、影信が裏で動いて剣術部の顧問を唆したからだ。

 犬猿の仲の両部が合宿中にかち合えば喧嘩になることは間違いない。

 怪獣の襲撃は誤算だったが、結果的に彼の狙い通り、スキルアーツ研究部から剣術部へ部活対抗戦という形で挑戦状が叩きつけられた。


 一人で勝てないなら、仲間と力を合わせればいい。

 ずっと姉の背中を追い抜くことに固執していた華音に、彼らはその道を示してくれた。


 だが、その結果華音が人に戻れなくなってしまってはすべてが台無しだ。

 仕掛け人として、幼馴染として、主に仕える影として。

 華音を助けに行くのは影信にとってすでに決定事項だった。


「それに見ての通り、あちこち忍び込むのは得意なんで。役に立たないってことはないと思いますよ」


 あくまで飄々と自分を売り込む影信に、斑目は面白そうに「ふむ」と目を細めた。


「確かに月見里さんへの理解度が高ければ、その分精神世界の最深部に到達できる可能性は上がるだろうね」


「……正直、アタシは反対だ。アタシはテメェがどこの誰なのか知らねぇしな」


 リザ部長が影信をキッと睨みつけて言い放つ。


「けど、テメェが行くのが一番可能性が高いってなら、アタシはそれにかける。……失敗したら殺す。やるならその覚悟で挑め」


「必ず三人で戻ってきます」


 真っ直ぐに見つめ返してくる影信の瞳に彼の覚悟を感じ取ったリザ部長は、それ以上何も言うことはなかった。


「担任として何もできないのは悔しいが、月見里のこと、頼んだぞ。鋼、服部」


「「はい!」」


 檜垣から想いを託された二人が勢い良く返事を返す。


「それと服部は帰ってきたら俺に反省文を提出するように。格納庫への無断侵入の件、忘れてないからな」


「えぇぇ……この流れで言いますか普通」


「帰ってきてからの方が言いにくいだろう。有耶無耶にはしないからな」


「うげぇ……」


「クククッ、見込みが甘かったね服部くん。すぐに準備を整えるから、服部くんもパイロットスーツに着替えて待っていてくれ」


「了解っす」


 パイロットスーツに着替えた影信が再び格納庫に顔を出すと、すてに大輝は精神世界へダイブするための準備を終えていた。

 背もたれ付きの椅子に座らされた大輝の首の後ろには太いケーブルが繋がれており、コードの行く先を目で追うと管制室のコンソールに繋がっている。


 大輝の隣に置かれた椅子に影信が深く腰掛けると、柿崎が彼のパイロットスーツにコードを繋いだ。


「二人とも心の準備はいいかい?」


「「いつでも」」


「頼んだよ二人とも。どうかあの子を連れ戻してきてくれ!」


 斑目の問いかけに二人が頷くと、柿崎は三人の無事を祈りつつコンソールのスイッチを押した。


 瞬間、二人は奇妙な没入感に包まれ、目の奥から光が溢れだし────

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