第22話 休息

 様々な要因が絡み合い一度は機体と完全に同化してしまった華音だったが、大輝と影信の活躍により彼女の精神は無事機体からサルベージされた。

 全身に大火傷を負った姉の華凛もスキルによる治療を受け、試合の翌日には一切の傷跡を残さず快癒し退院している。


 再構築された肉体の検査などで華音も数日入院することになったが、心身共に異状は発見されず、試合から三日目の今日、華音は無事授業に復帰した。

 そんな一難去ってようやく日常の空気感を取り戻した、昼休みのこと。


「あの……月見里さん?」


「なに?」


「その、距離感おかしくない……?」


「そう?」


 食堂へ向かう大輝の真横に、華音がぴったり寄り添い歩く。

 傍目に見れば恋人みたいな距離感だ。

 精神世界での大輝の行動がどう作用したかは不明だが、どう見ても距離感がバグっている。

 食堂でもいつもなら正面に座ってフードファイトを仕掛けてくるはずが、今日はなぜか隣の席だった。

 そしてやっぱり距離が近い。


「おかしい。絶対におかしい」


「どこもおかしくない。私は正常。はい、あーん」


「正常ならキミ絶対こんなことしないでしょ!?」


「あーん」


 いつも通りの涼しい顔のまま、トンカツのザクザク衣で唇を地味に攻撃され仕方なく大輝が口を開ける。


「おいしい?」


「……まあ、トンカツだし」


「そう」


 心なしか嬉しそうな気配を滲ませ、自分のテラ盛りトンカツ定食に視線を戻した華音はそれっきり何も言わずパクパクと超高速で箸を進めていく。

 どう考えても異常だったが元に戻す方法も思いつかず、仕方なく大輝がラーメンを啜り始める。

 と、いつの間にか正面に座っていた影信と目が合った。


「……なるほど。こう転んだか」


「助けて影信。月見里さんがおかしくなってる」


「私は正常。検査結果も異常なし」


「ま、本人がそう言うならそうなんだろ」


 などと口では言いつつ、テーブルの下に出した仮想キーボードに指を走らせた影信は大輝にだけチャットメールを飛ばす。



 影信【多分ヒヨコの刷り込みみたいなものだろうな】


 大輝【刷り込み?】


 影信【お前、精神世界でお嬢のトラウマ切り刻んだろ。多分あれでお嬢は、それまで心の大部分を縛られてた周りからの評価とか、そういうものから解放されたんだと思う。どうでもよくなっちまったんだろうな】


 大輝【それがどうしてこうなる】


 影信【心の一番深い場所に刺さってた棘を抜いたんだ。無意識の内に好意や信頼を抱いてもおかしくねぇだろ】


 大輝【それで刷り込みか。でもそんなのどうしたら】


 影信【責任取れよこの野郎】


 大輝【んわpうぇだ】


 大輝【まて】


 大輝【なんでそうなる!?】


 影信【そりゃ乙女の一番深いところ触っちまったんだ。責任取るのが男ってもんだろ】


 大輝【だったら一緒に行った影信も共犯だろ!?】


 影信【俺は護衛の使命を果たしたまで】


 影信【それに許嫁もいるからな。じゃあ俺はこの辺で】


 大輝【あ、ずるい! にげるな!】



 チャット会話の片手間におにぎり定食を食べ終えた影信が何食わぬ顔で席を立つ。

 大輝が殺人光線じみた眼光を宿して影信を目で追うが、瞬きの間に影信は人混みに紛れてしまいすでにどこにも姿は無かった。


「ひっ!?」


 そして運悪く大輝の殺人光線を浴びて喉を引きつらせたのは、華音を見つけて近づいてきた姉の華凛だった。


「あ……。す、すみません。人違いです」


「え、あ、そ、そうなの」


 びっくりした。と小声で漏らし、華音の正面に華凛が座る。


「随分と仲がいいのね」


「彼は戦友。大事な仲間」


「そう、いいお友達ができたのね」


 どういうことだ。

 華凛から身の毛もよだつほどの冷たい視線でそう問われ、大輝は必死に首を横に振って身の潔白を訴える。

 すると華凛は何かを察したように「ふぅん」と艶めく唇をいたずらっぽく歪めて笑った。


「そういえば、来月の予定であなたたちの試合の申請書が出てたけど。本当にやるつもりなの?」


「当然。お互い手加減無しの約束。今から楽しみ」


 ふんす! と、気合たっぷりに鼻を鳴らし意気込みを語る華音。

 どこかズレた妹の返事にくすっと笑みを深め、華凛は次に大輝へ視線を移した。


「あなたはどう思ってるのかしら」


「彼女のことは良きライバルだと思ってます。だからこそ純粋にどっちが強いか決着をつけたいとも」


「……わかった。そういうことなら私から言うことは何もないわ」


「っ! じゃあ」


 華音が瞳を「ぱぁ!」と輝かせると、華凛は分かりやすい妹の反応にくすっと笑みを深めた。


「何か勘違いしているようだけど、元々申請に不備は無かったし、すでに生徒会の承認印は押してあるわ」


「意外」


「あら、心外ね。私は生徒会長なのよ? 可愛い妹だろうと公平に扱うし、申請に不備が無ければちゃんと承認もするわ」


 元々華音が負けた場合、大輝に試合を申し込み完膚なきまでに叩きのめすつもりだったことは、口には出さずそっと胸の奥に仕舞い込む。

 今回の部活対抗戦で妹と正面からぶつかり、妹を想っての行動が逆に華音を苦しめていたのだと気付かされた。

 お姉ちゃんも少しは反省したのだ。


「とにかくそういうことだから、やるからには悔いの残らないようになさい」


「わかった。ありがとうお姉ちゃん」


「いいのよ」


 と、ここで華凛の端末に呼び出しの着信が入った。


「……そういえば生徒会の仕事がまだ残ってたっけ。サンドイッチにしておいて正解だったわね」


 食べかけのサンドイッチを持って立ち上がった華凛は、「じゃあ私はこれで」と二人に手を振りその場を立ち去ろうとして、


「最後に大事なことを一つ。仲がいいのは結構だけど、華音ちゃんを泣かせたら消すから。それだけは覚えておいてね、鋼大輝くん」


「ヒェッ……」


 大輝の背後に回り込み、耳元で毒蛇のような笑みを浮かべた華凛は、今度こそ人混みの中へ去っていった。

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