第23話 戦友(とも)として

 六月十五日。

 その日の午後はRBに搭乗しての格闘訓練だった。

 基地内の訓練場で二機のRBが向かい合い、静かに闘気を高めながら試合開始の合図を待つ。


 片や純白の装甲に天使の天輪を持つ華音機。

 対するは基本のモスグリーン装甲で全身を鎧った大輝機。

 スキルと武器の使用は禁止。純粋な格闘戦での対決だ。


「始めッ!」


 担任の桧垣の合図と同時、二人が動いた。

 大輝の拳を華音が片手でいなし、反撃の掌底を大輝が腕で円を描き外側へ反らす。


 華音が繰り出したハイキックを片手で掴んだ大輝が彼女を投げ飛ばそうとすれば、華音は体幹を軸に空中で身体を独楽のように回転させ大輝の手を逃れ、拳の連打を叩き込む。


 持ち前のタフネスで拳の連打を受け切り、大輝の裏拳が華音の顎を捉えた。

 フラフラと数歩後ずさった華音に追撃を入れようと大輝が踏み込む。

 が、一瞬早く立ち直った華音に躱され背後へ回り込まれてしまい、首を絞められ頭から血の気が引いていく。


 負けじと大輝が背中で華音を持ち上げ前に倒れ込むようにして華音を投げ飛ばす。

 空中で体制を立て直した華音が素早く着地して油断なく構え、二人の立ち位置が元に戻った。


(……やっぱり早い)


 先程の裏拳も僅かな反応の差で見切られ芯を捉えきれなかった。

 部活対抗戦で機体が進化し、一度は完全に同化したことで、現在の華音のシンクロ率は九六%にも達している。

 大輝も初搭乗で八七%という驚異的な数値を叩きだしてはいる。

 だが二ヵ月程度の訓練ではシンクロ率の上昇値は微々たるものでしかなく、未だに九〇%の壁を越えられずにいた。


 数値で言えばたった九%。

 だがその数%の差が近接格闘戦では大きな壁となる。

 今は徒手格闘の経験値の差でどうにか互角っぽく見せかけているが、努力家の華音ならばこの程度の差はすぐに超えてくるだろう。

 

「なんや華音。最近絶好調やなぁ。動きが前と全然ちゃうやん」


「い、一度機体と完全に同化してシンクロ率が大きく上がったみたい」


「なんせ今や学内ランク四位やもんなぁ。大出世やでホンマ」


 二人の訓練試合を観戦しつつ、沙良と仁菜がここ最近の華音の活躍ぶりを話題に上げる。

 ちなみに部活対抗戦でスキルアーツ研究部が剣術部に勝利したことで、リザ部長も学内ランクが上がり、とうとう念願の一位の座を手にしていた。


「さ、最近、あの二人仲いいけど、つ、付き合ってる……のかな?」


「ん~、どうなんやろ。見とる感じ、華音は鋼くんのこと異性として意識しとるようには見えへんけどなぁ。子犬が飼い主に懐いたっちゅうのが一番しっくりくるわ」


「た、確かに」


 などと言っている間にも大輝の一本背負いが決まった。

 思い切り背中を強打した華音の眼前数ミリの位置に大輝の拳がピタリと止まり、審判の桧垣がジャッジを下す。


「そこまでッ! 鋼の勝ちだ」


「お、鋼くんの勝ちや。これで十五勝十四敗一引き分けやな」


「数えてたんだ……」


 辛勝を納めた大輝が寸止めした拳をどけて華音に手を差し出す。

 差し出された手を取り立ち上がった華音は、悔しげに「むぅ」と唸り、それから僅かに表情を緩めて微笑んだ。


「やっぱりあなたは強い。次は負けない」


「あ、うん……」


 内心の動揺を隠しきれず、大輝が歯切れの悪い返事を返す。

 今回の華音は、前回の格闘訓練とは比較にならないほど強くなっていた。

 華音との試合まで残り一ヶ月。大輝は静かな焦りを覚えていた。



 ◇



 放課後。

 華音との試合に向けて相談があると、班目から呼び出された大輝は格納庫へと向かった。


「結論から言おう。このままだとキミは負ける。確実にね」


 開口一番、班目は結論から告げた。


「なにせ相手は自らを電子化させて雷と同等の速度で攻撃してくるんだ。どれだけ鋼くんが自身を加速させても追いつけないし、追いつく前に機体が速度に耐え切れず自壊してしまうだろう」


 空中に投影された3Dモデルが班目の説明に合わせて動き、粉々に砕け散る。


「……どうにかなりませんか?」


「キミの機体に雷系統の怪獣因子を組み込めば電撃に対する耐性を底上げすることはできる。スキルで耐久力を強化すれば、ほぼ完全な絶縁状態も実現できるだろう」


「おお!」


「とはいえ、それでようやく五分。相手は電子そのもの、言い換えるならエネルギー体だ。物理的に攻撃しても効果が無いし、下手をすれば逆にこちらが感電してしまう」


「彼女に有効な武器とかないんですか?」


「RBの武装は殆どが電子回路で制御されている。回路そのものに干渉されたらどんな武器もガラクタ同然さ」


「あ……」


「ハッキリ言って、彼女の能力は無敵に近い。キミの能力との相性も最悪だ」


 そこでだ。と、一度間を置いて、班目は本題を切り出す。


「試合まで残り一ヵ月。この間にキミのスキルと機体を進化させる。彼女から勝ちをもぎ取るにはこれしかない」


「でもどうやって」


「RBに乗った状態でキミ自身の精神世界にダイブするんだ。上手くいけば通常の何十倍もの訓練効果が得られる」


「それって大丈夫なんですか……?」


「当然危険はある。キミ自身の深層心理にダイブするわけだからね。精神にどんな影響が出るかまったく未知数だ。最悪死ぬか廃人だろうね」


「死!?」


「当然、やらないという選択肢もある。キミはまだ学生、しかも入学したばかりなんだ。焦る必要はどこにもない」


 班目からの提案に大輝は僅かに逡巡し、それからはっきりと首を横に振った。


「……それじゃあ、ダメなんです」


「なぜ?」


「月見里さんは、今度の試合を本気で楽しみにしてくれているんです」


 大輝が強く握りしめた拳に視線を落とし、胸の内を打ち明ける。


「今日の訓練でもあとちょっとで負けそうだった。……一ヵ月もあれば、彼女は今よりもっと強くなってるはず。おれとの試合に向けて頑張っている彼女をがっかりさせたくないんです」


 なにより、と、一息入れて。

 大輝が不器用に笑う。


「おれが彼女に負けたくない」


「……そっか」


「月見里さんはおれのことを戦友と、大事な仲間と言ってくれました。……仲間の想いには応えたいじゃないですか」


 探高に入るまで、大輝には同年代の友達が一人もいなかった。

 道場の兄弟子たちは最年少の大輝をまるで本当の弟のように可愛がってくれたが、それとこれとは話が別だ。

 生まれて初めて結んだ強い絆。

 それは大輝にとって、自分の命以上に大きな価値のあるものだった。


「かぁ~っ、青春だねぇ。眩しすぎてお姉さん灰になりそうだ」


「茶化さないでくださいよ」


「あはは、ごめんごめん。キミの想いは理解した。なら私は相棒としてキミの想いに全力で応えようじゃないか」


「っ! ありがとうございます!」


「任せとけよ相棒」


 差し出された拳に大輝が拳を合わせると、班目はニッといたずらっぽい笑みを浮かべ、早速準備に取り掛かった。


「そうと決まれば早速今から始めよう。善は急げだ。時間は有限、最短最速のルートで行こう」

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