第24話 突破

 深く、深く、暗い水底へ潜っていく。

 さらに深いところまで潜っていくと、やがて一筋の光が見え、大輝が光に手を伸ばす。

 すると細く拙かった光は次第に輝きを増し、暗い世界を白く染め上げる。


「────ここは」


 気が付けば大輝は道場にいた。

 小学四年生の頃から中学卒業まで世話になった格闘道場だ。


「よぉ」


 と、片手を挙げて大輝に声をかけたのは、白髪交じりの短髪の、精悍な顔立ちの男。

 年齢は四〇代半ばほど。

 白い胴衣を黒帯で締めており、飢えた狼のような眼光が独特の色気を放っている。


 堅倉かたくら志熊しぐま

 格闘戦において右に出るものなしとまで謳われ、現代格闘術界を牽引する第一人者。

 かつてRBが無かった時代、単身怪獣の体内へ侵入し、携行火器のみで五〇〇メートル級怪獣を討伐するなど、数々の伝説を持つ現代の英雄。

 大輝が最も尊敬する人物であり、多くを学んだ恩師がそこにいた。


「先生!」


 恩師との予期せぬ再会に大輝が喜びの声を上げる。

 刹那、有無を言わさず懐へ飛び込んできた堅倉の肘が大輝の鳩尾に突き刺さった。


「────がはッ!?」


「構えろ。テメェはなんのためにここへ来た」


 よろけた大輝を前蹴りで蹴り飛ばし、堅倉がゴキリと首を鳴らす。

 ここは大輝の精神世界。

 彼の記憶が生み出した、大輝のためだけに存在する修行の場。

 こうして堅倉が彼の前に現れたのも、大輝自身が堅倉を未だ超えられぬ壁として認識しているからに他ならない。

 口から零れた血を手の甲で拭い、大輝がヨロヨロと立ち上がる。


「自分の限界を超えるためです」


「ならやることは分かるな」


 道場の壁がバタンと外に向かって倒れ、堅倉がふわりと宙へ浮き上がる。

 堅倉が背後に立ち上がった六腕の機体の胸元へと吸い込まれると、まるで魂が宿ったようにRBの瞳が『ギンッ!』と輝いた。

 黄金の装甲を纏った、阿修羅の如きその威容。

 国内で初めて開発製造されたレヴォリューションブレイブ。その初号機。

 その拳で数々の伝説を刻み、この国を護ってきた偉大なる守護神が、まるで祈るようにゆったりとした動作で拳を構えた。


 大輝も薄く目を閉じ、意識を集中させていく。

 ここは自分の精神世界。望めばどんなことでもできる。

 自分の機体を強くイメージして再び目を開ければ、すでに大輝はRBに乗り込んでいた。


 直後、同時に踏み込んだ二人の拳が交差する。

 だが大輝の拳は外側へ大きく逸らされ、ガラ空きの胴に三連続でボディブローが突き刺さる。

 スキルでタフネスを底上げし堅倉の拳を受け切った大輝は、脇腹にめり込んだ拳を小脇に抱え込み、反撃の頭突きを叩き込む!

 が、勢いが乗り切る前に頭突き返され、額を突き合わせた師弟が至近距離で睨み合う。


「どうした、その程度か!?」


「ま、だ、まだァ────ッ!!!!」


 衝撃力一二〇〇〇倍化!

 背中を弓形ゆみなりに反らせ、反動をつけて再び頭突きを叩き込む。

 インパクトの瞬間にスキルを使った特大の一撃は阿修羅の頭蓋を粉砕し、噴水のように脳漿をぶちまけさせた。

 しかし阿修羅は凄まじい再生力ですぐさま傷を修復してしまう。


 掴まれた腕を手刀で切り離した阿修羅が六本腕を生かして大輝に連打を叩き込む。

 拳打の嵐に晒され不格好なマリオネットのように大輝の機体が躍る。


 思考速度+反射速度 三〇〇〇倍!


 歯を食いしばり自身の能力をスキルで底上げし、六腕の手数以上の打撃を叩き返す大輝。

 しかし恩師の幻影は超加速した大輝の速度に追いついてきて、拳と拳の激しい打ち合いになった。


自分おれを超えてみろ! 思い込みの殻をブチ破れ!」


「ま、だ、まだぁ────ッ!!!!」


 六〇〇〇倍

 一二〇〇〇倍

 二四〇〇〇倍

 四八〇〇〇倍

 九六〇〇〇倍


 倍々に超加速していく大輝の拳打に堅倉も際限なくついてくる。

 物理的な制約を受けない精神世界だからこそ到達できた未知の速度域に適応するかの如く、大輝の機体が進化の輝きを放ち始めた。


「うぉぉおおおおおおおおおおおッ!!!!」


 二人以外のすべてが停止した極限の世界で、大輝はさらに一歩、己の限界を超えるべくスキルを重ねた。


 一九二〇〇〇倍、三八四〇〇〇倍、七六八〇〇〇倍……


 機体は際限なく加速し、やがて二五〇億倍を突破したところで堅倉の速度がガクンと落ちた。


(……違う。この感じは。……そうか)


 ピタリと動きを止めた恩師の幻影を前に、大輝は進化した己の力を完全に理解した。

 スキル【倍化半減】

 増やすも減らすも思うがまま。数値で表せる物理的な力は彼の前では無力となった。


「壁を越えたようだな」


「先生」


 いつの間にか周囲の景色は再び道場へ、二人も元の姿に戻っていた。

 堅倉が開かれた道場の入り口を指差す。


「また壁にぶつかったら来い」


 堅倉が無邪気な少年のように笑い、大輝の頭に手を置く。


「はい。ありがとうございました」


「それと、盆と正月くらいは道場に顔出せよ」


「はい。……え? もしかして先生、ほんもn……」


「ほれ、早く行け!」


「あだっ!?」


 恩師に尻を蹴飛ばされ道場から叩きだされると、世界が蜃気楼のように溶けて消え、大輝の夢はそこで途切れた。



 ◇



 大輝が目を覚ます。

 シンクロ率一〇〇%、視界に映るバイタルサインは正常値を示している。

 どうやら能力と機体の進化に伴い、シンクロ率が限界値に達したようだ。

 だがいつもうるさい相棒の声がいつまで経っても聞こえてこない。


「班目さん?」


 呼びかけるが返事はない。

 周囲を見渡すが、いつも足元で作業している整備班の姿も見当たらなかった。


 嫌な予感に駆られ機体から降りた大輝は、キャットウォークを通って管制室へ向かう。

 やはりここも無人だった。


「やっぱり変だ」


 いつもであれば清掃が行き届いているはずの管制室の床に、足跡が残るほど埃が積もっている。

 モニターの電源もすべて落ちており、端末もいつの間にか充電が切れていた。

 エレベーターもボタンを押してもまったく反応しない。基地全体の電源が落ちているようだ。


(……落ち着け。またドッキリかなにかだろ)


 バクバクと嫌な鼓動を繰り返す胸を押さえ、非常階段で地上へ向かう。

 果てしない登り階段をどうにか登りきり、汗だくで非常扉を開けると────



「な……っ!?」



 ────見渡す限りどこまでも荒野が広がっていた。

 地平の先には我が物顔で地上を歩く巨大怪獣の影も見える。


 基地は、人々は、どこへ消えてしまったのか。

 途方に暮れる大輝の汗ばんだ肌を、荒野の乾いた風が撫でた。





 第一部 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る