幕間 大破壊

 二〇五〇年 六月十五日 二三時四〇分

 ~航空自衛隊種子島航空宇宙科連隊観測所~


 その夜、宿直のレーダー番を任された航空宇宙科連隊所属の車谷三曹は、観測所のテラスでぼんやりと星空を眺めつつタバコを蒸かしていた。

 見上げれば六月にしては雲一つない晴天。

 JAXAのロケット発射場を有するこの種子島は、東京の薄汚れた空とは違い夏の大三角も良く見えた。


「……ん? なんだあれ」


 ふと、強い光を放つ見慣れぬ星を見つけ、車谷は眉をひそめた。

 夏の大三角の中央にポツンと輝く赤い星。

 ついさっきまではなかったはずのそれに不審な眼差しを向けていると、同じような赤い星が一つ、また一つと夜空に増えていく。

 瞬く間に夜空は赤い星で埋め尽くされ、しかもそれらは徐々に大きくなっていく。

 明らかに何かが地球へ近づいてきていた。

 慌てて観測室に飛び込むと、中はすでにてんやわんやの大騒ぎだった。


「レーダーに感あり! すごい数だぞ!?」


「宇宙人か!?」


「分かりません!」


「望遠カメラの映像はまだか!」


「画像出ました! か、怪獣です!」


 観測所のモニターに拡大画像が表示され、その場の誰もが喉を引きつらせた。

 推定全長一・五キロメートル。

 サソリとカマキリを足したような見た目の昆虫タイプで、全身に赤いオーラを纏っている。


「宇宙怪獣だと!? ゲートの出現位置は!?」


「軌道から予測して、おそらく月の裏側かと」


「すぐに大臣と防衛隊長官へ連絡を取れ!」


「防衛大臣とお電話繋がりました!」


「こちら種子島航空宇宙科観測所です。緊急事態です! 宇宙怪獣が出現しました! 数は無数! 空を赤い光が埋め尽くしています! 黒が三で赤が七! 黒が三で赤が七です!」



 ◇


 二〇五〇年 六月十五日 二三時五〇分

 ~首相官邸~


「すまないがもう一度言ってくれるか」


 防衛大臣からの緊急連絡で叩き起こされた八釼総理は、あまりに突拍子もない報告に自分の耳を疑った。


「聞き間違いでも私がトチ狂ったわけでもありません! 黒が三で赤が七です総理! 窓の外を見れば分かります!」


「昔のアニメでそんなセリフあったなぁ……」


「言ってる場合ですか! すぐに全国民に第一種避難指示を! もうすぐ地球全土が戦場になります!」


「分かった。現時点を以て総理大臣権限で全国民に第一種避難指示を発令します。対応については事前に作成したマニュアル通りに、現場判断優先で一人でも多くの人命を救うことを最優先してください」


 防衛大臣に指示を出し電話を切った八釼は、窓から見える真っ赤な空を睨みつける。


「人類を無礼なめるなよ、怪獣ども」


 寝起きの頭をすぐさま仕事モードへ切り替え、八釼総理はすぐさま行動を開始した。



 ◇



 二〇五〇年 六月一六日 〇三時〇八分

 ~新熊谷防衛基地~


 全国民の地下シェルターへの避難が急がれる中、探高の学生たちにも出動待機命令が下され、上級生たちはすでに民間人の避難誘導に駆り出されている。

 一年生は各クラスごと教室に集められ、次の指示があるまで待機させられていた。


「……こちら桧垣。……なんですって!? ……了解」


「先生、鋼くんのこと、なんや分かりました?」


 一行に教室にやってこない大輝にクラスメイトたちがざわつく中、基地上層部から連絡を受けた担任の桧垣が奥歯を噛み締め押し黙る。


「……鋼は無期限の休学だそうだ」


「なっ!? 無期限の休学てどういうことです!? そない言われても納得できません!」


「昨日の放課後、機体搭乗中に魔力反応炉が暴走し、機体全体が特殊なフィールドで覆われてしまったそうだ。現状外界からのあらゆる干渉を拒絶しているらしい」


「班目さんは何してるんすか」


 影信が聞くと、桧垣は戸惑い気味に首を横に振る。


「分からん。さっきから端末にコールをかけているが繋がらん」


「わ、私たちに、なにかできることはないんでしょうか……?」


 仁菜がおずおずと訊ねるが、桧垣はやはり首を横に振り悔しげに奥歯を噛み締める。

 できることがあるならとっくにやっていると言いたいのだろう。


『────緊急指令。待機中の一年生は速やかに自機に搭乗し、第一ゲートからダンジョン内へ避難せよ。

 繰り返す、待機中の一年生は速やかに自機に搭乗し、第一ゲートからダンジョン内へ避難せよ。

 全基地要員の避難終了を以て新熊谷防衛基地は放棄する』


 校内放送を使い一年生に指示が下る。


「聞いての通りだ。全員速やかに行動開始」


「なっ!? 基地放棄て、鋼くんはどないするんです!?」


「聞こえなかったのか。速やかに避難だ」


「先生!」


「……っ。奴の機体があらゆる干渉を拒絶している以上、格納庫から運び出すことも不可能だ。俺たちにできることは何もない。避難だ、急げッ!」


 黒板を殴りつけ、桧垣が担任として命令を下す。

 強く握りしめた拳からは血が滲んでいた。


「け、けど……っ」


「沙良、行こう」


 なおも桧垣に食い掛ろうとする沙良を止めたのは華音だった。


「華音!? アンタほんまにそれでええんか!?」


「私は彼を信じてる」


「っ!」


「彼は私の戦友で、ライバル。鋼くんなら大丈夫。彼はきっと約束を守る」


 紅の瞳に宿るのは揺るがぬ信頼。

 共に窮地を乗り越え、勝利を勝ち取ってきたからこそ、彼のことを心の底から信じられる。


「~っだぁ! 分かった! 分かったからそないに綺麗な目で見んといて! なんやガタガタ言っとる自分が恥ずかしなってくるわ。行くで仁菜たん! 避難や避難!」


「わっ!? ちょ、沙良ちゃん!? 引っ張らないでよぉ!」


 横から二人の様子を伺っていた仁菜の手を取り、沙良が教室を飛び出していく。


「ったく何やっとんねん鋼くん! あない健気な子ほっぽって自分はグースカ寝こけとるなんてウチが許さへんぞ! いつか必ず戻ってきて叩き起こしたるわあのアホッ!」


「そうだね。友達……ううん、仲間だもん。いつか皆で助けに来ようね、沙良ちゃん!」


 前を向いたままの親友の背中に仁菜が笑いかけると、何もできない悔しさを飲み込んだ沙良は「当たり前や!」と声を張り上げた。

 今は何もできずとも。いつか必ず。

 この悔しさは生涯決して忘れまい。

 歯を食いしばり、沙良は固く胸に誓った。



 ◇



 空から飛来した怪獣と人類の戦いは七日七晩続いた。


 大地は裂け、海は干上がり、人々が築き上げてきた文明は平らに均され、破壊された。

 しかしそれでも人々が生きている限り、文明の火は途絶えることなく燃え続ける。

 大破壊を生き残った人々はダンジョンに潜り、そこにコロニーを築いた。

 すべての人々がスキルを獲得し、新たな秩序が生まれ、それぞれのコロニーはやがて独立した国家へと姿を変えていく。


 大破壊から四年後、少年は目を覚ます。

 変わり果てた世界に絶望している暇はない。

 果たせなかった戦友ライバルとの約束を果たすため、寂寞たる荒野を彼は彷徨う。




 ────予言された人類絶滅のXデーまで、あと一年。

 

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クソデカダンジョン 梅松竹彦 @kerokero011

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