第15話 乾坤一擲

『作戦自体は単純さ。皆の力を合わせて極音速ミサイルをブチかますだけだからね』


 大輝たちの視界に作戦概要図が表示される。

 まず仁菜が極音速ミサイルを打ち上げ、ブラックギドラの鼻の穴目掛けてミサイルを誘導。

 続いて華音が仮想電磁レールを空中に形成しミサイルをさらに加速させ、最後に大輝のスキルで爆発の威力を増幅させる。


『いくら相手が大きくても魔力反応弾頭が体内で炸裂すればただじゃすまないハズ。あまり威力を強くしすぎると地上のキミたちも危険だから倍化の重ね掛けは無しだ』


 魔力反応弾頭は魔力の融合反応により発生する熱エネルギーを利用した弾頭で、水爆に匹敵する威力を発揮しながらも放射能汚染を引き起こさない性質を持つ。


「問題はどうやってエネルギー雲を突破するかだ。奴の息はそれだけで秒速三〇万キロメートルの脅威だ。奴は雲の中では息を止めているから今のところ我々は無事でいるが、奴が雲から顔を出した時点でこの辺り一帯が消し飛ぶぞ」


 班目の作戦の問題点を桧垣が指摘する。

 空を覆うエネルギー雲はそれ自体が超高温であり、通常の金属では触れただけで蒸発してしまう。

 しかも相手の息吹は一秒とかからずこちらを基地ごと吹き飛ばせるが、こちらは相手の顔が見えてからでないと攻撃できない。

 どれだけ能力で加速させても一〇万キロメートル上空までミサイルを一瞬で飛ばすのは不可能だ。


『なので奴が雲から顔を出す一瞬を狙います。方波見さんのスキルで奴が顔を出すポイントを予知して、ジャストの瞬間にブチ当てる。チャンスは一回きり。ぶっつけ本番になるけど、これが現状実行可能で全員助かる確率のもっとも高い作戦です』


「ちなみに成功確率は……?」


 大輝が声を震わせおそるおそる訊ねると、全員の視界に数字が表示された。


『どれだけ高く見積もっても三〇%ってとこだろうね』


「たった三〇%!?」


『第一基地の量子コンピューターを介して四人の機体をリンクさせれば成功確率は六〇%まで上げられる。後は一人一〇%ずつ勇気で補えば一〇〇%さ!』


「んな無茶な……」


「でもやるしかない。私はこんなところで死ぬつもりもないし、逃げ帰って臆病者と笑われるのも絶対に嫌」


 クールな美貌に強い闘志の色を宿し、華音が言った。

 彼女の言葉は臆病風に吹かれて弱気になっていた大輝の心を強く揺さぶった。


「逃げたければ逃げればいい。私はアイツを倒して先に進むから」


「……っ!」


 まるで横っ面を殴られたような思いだった。

 こんなところで踏み止まっていて何になる。

 学内の頂点に立ち、あのひとの部隊へ入ってあのときの恩を返すと決めたではないか。


「……ああもうっ! やるよ! やってやるっ!」


 視界に映る華音の顔を切り取ったウィンドウに大輝が吼えると、華音は僅かに口元を緩めて「そう」と素っ気なく返した。


「どの道今から逃げても助かる保証もない、か……。わかった。やろう」


『すまない。歳寄りの我儘に付き合わせてしまったな』


 桧垣が作戦実行を決断すると、黒鉄博士が全員に頭を下げた。


「詳しい事情は知りませんが、ここに保管されているS級の研究対象が破壊されたら人類の存亡に関わるのですよね? ならば我々は今できることを精一杯やるだけです」


『君たちの勇気に敬意と感謝を。ミサイルは試作品の五〇式無反動砲を使うといい。あとは全員の機体を量子コンピューターに繋げばいつでも作戦実行可能だ』


「まさかすでにこうなることを予見して準備を?」


『なに、それしか取り柄が無いものでね。頼んだぞ、君たちが人類の希望だ』


「っ!? 来たぞ! アリどもの第二波だ!」


 剃り込み坊主先輩が声を上げる。

 視界に映るマップを見ると、基地南側ゲート前にアリたちの軍勢が集まりつつあった。

 全方位から攻めて突破できなかったので今度は戦力を集中して一点突破の作戦に打って出たようだ。


「ミサイル発射までの時間稼ぎはアタシらに任せなッ! 行くぞ野郎ども!」


「「アイマムッ!」」


「待てお前たち! 勝手に先走るな!」


 舎弟のチンピラコンビを引き連れて駆け出していくリザ部長の後を追い、桧垣も壁の外へ向かう。

 ゲートの前に集まったアリたちが一ヶ所に集まり、超巨大な怪物へと変貌を遂げていく。


「うひぃ!? 俺、ああいうウジャウジャしてるの苦手なんだよ!」


「なんかスイミーみてぇだな」


「ビビってんじゃねぇ! 巨大化は負けフラグって虫けらどもに教えてやれ!」


「あれほどの数が集まっているのに一切統率が乱れない。どうやって……っ! そうかフェロモン!」


 風に漂ってきた独特なニオイを嗅ぎとり、檜垣がハッと目を見開く。


「奴らはある種のフェロモンで統率を取っているんだ! 俺の鼻でフェロモンを出している司令塔を探し出す! 三人は援護を頼む!」


「「「了解!」」」





 壁の外で戦闘が始まった頃、大輝たちは基地の中で作戦実行の準備を進めていく。

 大型トレーラーで運ばれてきた四本の極太リンクケーブルを各々一本ずつ持った大輝たちは、ケーブルを互いの機体の脊椎に繋ぐ。


「「「「っ!」」」」


 刹那、大輝たちは自身の知覚が大きく広がるのを自覚した。

 量子コンピューターを介して、四人の意識が繋がったのだ。

 それぞれのオペレーターたちが遠隔で調整を行うまでの短い間、他人の記憶に触れた四人が眉間にしわを寄せて歯を食いしばる。


『はい調整完了っと。酷い顔だね。何か見えちゃいけないものでも見えたかい?』


「「「「何も」」」」


 お互いの核心に触れてしまった四人は、互いを気遣い声を揃えて首を横に振った。

 気を取り直すように沙良が頭を振り、遥か上空に目を向ける。

 水面に浮かぶ油膜のような色合いの雲の中を泳ぎ回る黒龍の現在の姿に、未来の映像が重なった。


「っ! 見えたで!」


 沙良が見た未来の映像ビジョンは量子コンピューターによりすぐさま電子化され、VR技術の応用で他の三人にも共有された。

 四人の視界にタイムカウンターが表示される。

 ブラックギドラが雲から顔を出すまで残り三〇秒。


 大型トレーラーで運ばれてきた五〇式無反動砲を仁菜が肩に担ぎ、未来の映像に照準を合わせる。

 華音がスキルを使い、固定された砲身から一直線に仮想電磁レールを形成したところで、残り時間は二五秒を切った。


「準備完了、いつでもいける」


「アハハハハッ♡ 無様に鼻血噴いて死に晒せ! ファッキンドラゴンがぁぁぁぁぁッ!!!!」


 無反動砲から発射された極音速ミサイルが炎の尾を引いて飛び上がっていく。

 仮想電磁レールの電磁力も加わり一瞬でマッハ十二にまで加速したミサイルは一〇万キロの距離をグングン縮め、なおも加速する。

 仁菜の【魔弾の射手】により上空に吹き荒れる乱気流を無視してミサイルは一直線に未来の映像ビジョンに向かって突っ込んでゆき……



「「「「いっけぇぇぇぇぇっ!!!!」」」」



 雲の合間から龍の鼻先が僅かに見えた瞬間、大輝は【倍化】を発動させた。

 刹那、『カッ!!!!』と上空で火の玉が炸裂し、


『全員衝撃に備えろ! 衝撃波が来るぞ!』


 班目の指示に四人が地面に伏せた直後、爆発の衝撃波が吹き荒れた。

 熱風が地上を嘗め尽くし、基地のガラスが割れ、燃え上がった植木が根元からなぎ倒されて吹き飛んでいく。

 やがて衝撃波が治まり一同が空を見上げると、エネルギー雲が吹き散らされて雲の中に隠れていたブラックギドラの全容が顕わになっていた。


 推定全長五〇〇〇キロメートル。

 胴の太さだけでも三〇〇キロメートルはあろうかという規格外の巨体。

 首から上は爆発の高熱で発生した水蒸気で覆われており、不気味な沈黙を保っていた。


「や、やったか!?」


『あ、バカ! それ言っちゃいけないやつ!』


 大輝の不用意な発言を班目が咎めると、水蒸気が徐々に晴れてゆき、首から上を完全に失ったブラックギドラの姿が顕わになる。


「や、やった! 倒した!」


『……おかしい。頭を失ったのになんで落ちてこない!? ……っ! まさか!?』


「な、なんやあれ!」


 班目の脳裏に浮かんだ最悪の予想を裏付けるかのように。

 沙良が指差した先、焼け爛れた傷口がボコボコと盛り上がり、失った首が徐々に元の形を取り戻してゆく。


『な、なんてやつだ! 首を失ってもまだ再生するのか!?』


「あ、あかん! このままほっといたら、あと三分もしないでまた元通りや!」


「くそっ! 何か他に手はないのか!?」


 希望から一転、絶望の淵に叩き落とされ、大輝が振り上げた拳を地面に叩きつける。


『あるとも! 鋼大輝くん、キミの力を貸してほしい』


 再び回線に割り込んできた黒鉄博士が力強く言い切った。


『キミたちが時間を稼いでくれたおかげで最低限発射可能な状態まで完成させられた!』


「本当ですか!?」


『ああ、一発撃ったら壊れるだろうがこの際四の五の言ってはおれん! ぶっつけ本番だがやるしかない!』


 黒鉄博士がコンソールのスイッチを押す。

 すると大輝たちの背後でアスファルトの路面が左右に割れ、地下から巨大なアンテナのようなものがせり上がってくる。


『冷凍メーザー砲。絶対零度の冷凍光線を照射して対象物を瞬間凍結させて破壊する。強い再生能力を持つ王たちを殺すために開発した最終兵器だ!』


『ああああっ! Gフォースのやつ! 映画で見たまんまだ!』


『フフフ、何を隠そう、私は大の特撮ファンでね! 実際に怪獣なんてものがいるんだ。ならばこちらも相応の兵器を用意せねば怪獣たちに失礼というものだろう。映画ではゴジラの炉心融解を押さえ込む活躍を見せたがコイツは映画のやつより強力だぞ!』


「オタク談義はいいから早く指示をっ! 具体的におれは何をすればいいんです!?」


『キミの異能ちからでメーザー砲のチャージ時間を早めるんだ! 時間が無いぞ急ぐのだ!』


「わ、分かりましたっ!」


 大輝の視界にメーザー砲のエネルギー充填率が表示される。

 現在〇・一%

 可視化されたエネルギー量に意識を向け、大輝は倍化を使った。


『エネルギー充填率三〇〇%! すごい、こんな一瞬で!?』


『博士! いつでも撃てます!』


『冷凍メーザー発射ッ!!!!』


 周囲でせわしなく動き回る研究員たちのOKサインに力強く頷いた黒鉄博士が強化プラスチック板で保護された発射スイッチに拳を振り下ろす!


 パラボラアンテナに似た砲身の先に薄青の輝きが収束し、一瞬で周囲の気温が氷点下にまで達したことで砲身の表面をパキパキと霜が覆っていく。

 直後、臨界点に達した砲身先端の輝きが弾け、一筋の光芒が空を貫いた。


「再生が……」


『止まった……?』


 結果は一瞬で現れた。

 凄まじい勢いで元の形に戻ろうとしていた首は完全に凍りつき動きを止めている。

 そればかりか、数千キロメートルにも及ぶ身体が尻尾の先までみるみる凍りついてゆき、ものの数秒ほどて空中に巨大な龍の氷像が出来上がった。


「落ちてこない……?」


『やはり殺し切るには至らなかったか』


 空を見上げて大輝が首を傾げると黒鉄博士が悔しげに呻いた。


「あれで死んでないんですか!?」


『だが当面の間は動けまい。一年か二年か、調べてみないことには分からんがな』


 倒せはしなかったようだが、長期封印はできたと分かり、大輝たちはホッと安堵の息を落としかけた、そのときだった。


「────あら、凍っているなら今倒してしまえばよいではありませんか」


「「「「!?」」」」


 突如回線に割り込んできた魔性の響きを帯びた女人の声。

 大輝たちが声の主に視線を向けた、次の瞬間。



分子崩壊斬サウザンドエッジ



 バッ、と。

 凍りついていた空の王が粉々に砕け散った。

 落下するコアの風圧に押されて粉雪がぶわりと空に舞い、一同の頭上にキラキラと降り注ぐ。

 彼らの視線の先で『カチン』と刀の鯉口を鳴らして残心するのは、装甲の曲線美がどこか女性らしさを醸し出す美しい漆黒の機体。


「お姉……ちゃん」


 学内ランク第一位。

 生徒会長、月見里やまなし華凜かりん

 天賦の才と輝く美貌を湛えた怪物が、そこにいた。

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