第16話 結束

 ────あれから巨大アリの猛攻は一昼夜続いた。


 第一波を凌ぎ切り補給のため各部隊が戦線を後退させると、見計らったかのように第二波が襲来。

 戦線を徐々に押し下げられ、あわや決壊寸前にまで追い詰められたところへ現れたのは探高剣術部の一団だった。


 なぜ援軍ではなく探高の剣術部が先だったのか。

 実を言うと剣術部はゴールデンウィーク初日からニ・三年生合同でのダンジョン遠征合宿に出ていた。

 三日に及ぶ探索の末、ゴール地点である第一ダンジョン基地が目前に迫ったところで怪獣襲来の一報を聞きつけ、急遽助太刀に入ったというわけである。

 

 剣術部の部員たちは皆、それまでの疲れを感じさせない獅子奮迅の働きで基地防衛に貢献し、現役探索者たちとの挟撃作戦により巨大アリの第二波を撃滅。


 そこへようやく各地からの援軍も到着し、探索者たちは特別チームを結成し反転攻勢へ出る。


 アリたちが使っていた抜け道を辿り、巣穴の奥にいた女王の下へとたどり着いた特別チームの活躍により女王アリは討伐され、アリの巣穴は完全に破壊された。


 かくして巨大アリによる大攻勢は人類側の勝利で幕を閉じた。




「────よってここに貴君らの奮闘を称え表彰する。二〇五〇年五月五日、第一ダンジョン基地司令、五十嵐真樹夫」


 第一ダンジョン基地司令から学生一同を代表して表彰状を受け取った華凜が堂々たる面持ちで一礼する。


 連休最終日のこの日、ようやく怪獣大襲来の後片付けも一段落がついたこともあり、防衛作戦に参加した探高生一同は表彰を受けた。

 学生ながらも基地防衛に尽力したことと、空の王討伐の大偉業を称えてのことである。


 だが、表彰式に参加したスキルアーツ研究部一同の顔にはありありと不満の色が浮かんでいた。






「────クソッ! 剣術部の奴ら、横から出しゃばってオイシイとこだけ全部持っていきやがった!」


 表彰式が終わり新熊谷基地へ戻る装甲列車の中、RBの回線越しにリザ部長が怒りも露わに悪態をついた。

 本来なら表彰されるべきはスキルアーツ研究部だけのはずだったのだ。

 それを突然出しゃばってきた生徒会長と剣術部に横取りされて面白いはずもない。


「……なにも、言い返せなかった」


 回線を切り忘れた華音の心の声がぽつりと響く。

 空の王と対峙する際、量子コンピュータを通じて華音の記憶に触れた大輝たちは、彼女の気持ちが痛いほど理解できた。


 大人たちは常に優秀な姉と比較するばかりで、華音の努力に見向きもしてくれない。

 姉も姉で、妹を溺愛するあまりあらゆる困難や障害を先んじて排そうと立ち回っており、それがかえって華音の活躍の機会を奪ってしまっている。

 空の王を葬り去った直後の姉妹の会話からもそれが伺えた。




『怪我はないかしら?』


『……どうしてここに』


『剣術部の合宿でね。まったく、だからあれほど剣術部に入りなさいと言ったのに』


『……っ』


『剣術部に入っていればこんな危ない目にも遭わなかったわ。今からでも遅くないから、この件が終わったら転部届を出しなさい』


『わ、わた……し……は…………』


『大丈夫よ華音ちゃん。お姉ちゃんだけは何があってもあなたの味方。私がずーっと守ってあげるから』




 そう言ってのけた華凜の笑みは、一切の悪意なく甘い毒を垂れ流す毒華のようだった。


 大人たちを見返すにはたった一人の味方である姉を倒すしかなく、その姉は妹にチャンスさえ与えてくれない。

 だがいざ面と向かえば、冷たい家族の中で唯一優しくしてくれる姉に嫌われるのが怖くて何も言い返せない始末。

 ここまで拗れた姉妹もそういないだろう。


「っだぁーっ! いつまでもウジウジウジウジ! ええ加減にせんかい!」


「ひうっ!?」


 とうとうお通夜みたいな空気に耐えかね、紗良がキレた。

 突然の大声に涙目になった仁奈には目もくれず、紗良が華音に食いかかる。


「いつまでもウジウジしとってもなんも変わらんやろ! 周りの大人ども見返したい思うならすぐ立ち上がって根性見せたらんかい!」


「……っ」


 紗良の説教に華音は喉を詰まらせる。


 幼い頃から周りは皆敵だらけ。

 父親は酒浸りのロクデナシ。

 母親は物心ついた頃にはいなかった。

 家の外はチンピラと違法入国の外国人ばかりで、怪獣が我が物顔で往来を闊歩するのが当たり前。

 そんな大阪の町で育った紗良に、心の休まる居場所などどこにもなかった。


 だからこそ彼女はその腕っぷしだけで勝ち上がり、自分の居場所を作ってきた。

 味方はできるだけ多い方がいいに決まっている。

 紗良の普段の明るく陽気な振る舞いも、過酷な街を生き抜くための術の一つだ。


 だが、自らの意思で勝利を掴み取り続けてきた紗良の励ましは、今の華音には少し光が強すぎた。


「あなたに、私の気持ちなんてわからない……!」


「ハッ! 生憎育ちが悪いもんでな! そないにウジウジしとるんが好きやったら、ずっと地べたでも舐めてうずくまっとれボケが!」


「さ、紗良ちゃん! なにもそこまで言わなくても……」


「仁奈たんは黙っとり!」


「うぅ……っ」


 にべもなく突っぱねられ、仁奈がしおしおと引き下がる。

 するとここでそれまで沈黙を貫いていた大輝が口を開いた。


「……おれに試合を申し込んだのは、お姉さんに挑む前の踏み台にするためか?」


「ち、違……っ。……ううん。違わない。その通り」


「どっちなのさ」


「……あなたが大戦果をあげたと聞いて、悔しい、負けたくないって思ったのは確か。そしてあなたと過ごす内に全力のあなたと戦いたいと思ったのも本当」


 そこで「でも」と言葉を切った華音は、自分の胸の内を探るようにたどたどしく口を開く。


「たぶん、焦ってたんだと思う」


「焦ってた?」


「お姉ちゃんに挑めるチャンスは今年で最後。けど、お姉ちゃんは昔からああだから、きっと私が素直に勝負を申し込んでも頷いてはくれない」


「まさか衆目監視の中で宣戦布告するつもりだったのか? おれを倒した後に」


「……ごめんなさい。よく考えたらあなたに対してとても失礼だった」


「いや、おれも似たようなものだから……」


 なんなら大輝も憧れの人に近づくために華音からの試合を受け入れたので、そこはお相子である。


「……月見里さんは、自分たちがまだ子供でいられる内に決着を付けたかったんだよな。自分が何者なのか定まる前に」


「でないと、今後の人生にケチがつく」


 大人になってから自分の在り方を変えるのは容易ではない。

 まだ自分が何者か定まっていないモラトリアムな今の内に周囲の評価を覆さねば、自分は一生「天才の姉の絞りカス」のままだ。


「……だったら」


 大輝たちの話を黙って聞いていたリザ部長が口を開く。


「倒すしかねぇだろ。お前が、あの化物みてぇな姉貴をよ」

 

「で、でも、今のままじゃとても……」


「ハッ! なにビビってんだ。あんなもんただの手品じゃねぇか」


「というと?」


 大輝が訊ねるとリザ部長が訳知り顔で答える。


「確かにヤツの分子分解斬サウザンドエッジは物体を分子レベルで分解しちまう恐ろしい技だ。けど、動いてる物体には使えねぇ大きな欠陥がある。しかも学内試合じゃスキルを使った直接攻撃は禁止されてる。恐れるこたぁねぇ」


「それでも相手は学内ランク一位。お姉ちゃんが強いのは私が一番よく知ってます」


「だったら全員で挑めばいい。帰ったらすぐにでも剣術部とスキルアーツ研究部の合同試合を申し込む。これなら勝ちの目も見えてくるだろ。お前はもうウチの一員なんだ。もっと先輩を頼れ!」


「「絶対個人的な恨みだ……」」


 チンピラコンビが声を合わせてボソッと呟くと、肉食獣の眼光がギロリと二人へ向けられる。


「じゃあ何か。テメェらはメンツ潰されたまま黙って負けを認める玉無しなんだな? あ゛ぁん!?」


「「ノーマムッ! あのクソビッチに目にもの見せてやるであります! マムッ!」」


「そうだッ! 奴はアタシの可愛い後輩どもを誑かして引き抜いただけに飽き足らず、アタシらの手柄を横取りしやがった! あの雌犬クソビッチを許すなッ!」


「「イエスマム!」」


「そういうことならば俺の方から剣術部に挑戦状を送っておこう。……やるからには徹底的にだ。負けは認めんぞ」


 それまで聞きに徹していた檜垣がこめかみに青筋を浮かべ拳をポキポキと鳴らす。

 彼がここまで怒っているのは、剣術部顧問から言われた嫌味が原因だった。





『いやー、ハッハッハ! 我が部の部員たちは実に優秀で顧問として鼻が高いですなぁ! どこぞの素行の悪いチンピラ集団とは違って』


『……何が仰りたいので』


『ンッン〜ッ? 別にスキルアーツ研究部とは一言も。おや? 随分と怖い顔をなされておいでだが、何か心当たりでもおありですかな檜垣先生』


『いいえ何も。我が部の生徒たちは皆熱意ある優秀な者ばかりですので。それと顔が怖いのは生まれつきです』


『それはそれは。生徒不足であわや廃部寸前だったとは思えぬ発言ですなぁ。おっと失礼他意はないですよ。今年になってそちらの部から大勢転部してきたことと、今回の我が部の活躍はなーんにも関係ありませんとも』


『……でしょうな』


『私の教えがよかったのでしょうなぁ。まさかあの不良どもがこれほどまでの活躍をしてくれるとは。予定を変更してダンジョン遠征に出て正解でしたな。これは近いうちに学年主任、いや、今回の功績を考えれば次期校長も夢ではないかも! なーんて、ハッハッハ!』







「────あの豚野郎。何が他意は無いだ。部長の才能とカリスマに乗っかっているだけの無能のくせに! 俺の生徒たちを出世の道具扱いしたこと、地獄あの世で後悔させてやる……ッ!」


 いや殺しちゃダメだろ。

 全員が同じことを思ったが、怒った檜垣の顔があんまりにも怖くて誰も口には出さなかった。

 ともあれだ。


「……月見里さんはさ、探索者ウォーカーにとって一番大事な才能って何だと思う?」


 大輝が改めて華音に問う。


「……個人の戦闘力?」


 華音が答えると、大輝は首を横に振った。


「確かにそれも大事だとは思う。けどおれは、どんな状況でも仲間と力を合わせられる連携力だと思う。今回の襲撃だって、皆で力を合わせたから学生のおれたちでも凄い結果を出せたんだ」


「っ!」


「今更聞くまでもないけど、君は何になるためここへ来たのさ」


 大輝の問いに、華音は我が身を振り返る。

 探高に入ろうと思ったのも、姉の背中を追いかけてのことだ。

 思い返せば、ずっと姉に勝ちたいと思いつつも、家族で唯一優しく接してくれる姉への甘えがあったのかもしれない。


 同じ土俵で負け続けてきて十五年。

 探索者にとって最も重要な資質が、連携力、チームの力だというのなら、今回こそは。


探索者ウォーカー


「だったら探索者の流儀で勝てばいい。誰にもケチつけられないくらいの圧勝でさ」


「うん」


「おれたちの試合は全部のケジメがついた後、無粋な思惑抜きでやろう。おれは本気の月見里さんと戦いたい」


 最初は、互いの思惑を達成するための手段でしかなかった約束。

 だが共に困難を乗り越え、互いの記憶に触れたことで、二人の間には信頼と尊敬の念が芽生えていた。


 大人たちからの評価を覆そうと努力してきた華音と、いじめられっ子だった弱い自分を変え、憧れの人に近づこうと努力してきた大輝。

 二人の人生は意外にもお互い共感を得られる部分が多かった。


 すでに大輝は努力の末にいじめっ子たちとの決着を付けている。

 だからこそ華音の努力も報われてほしいと思うし、同じ目線で戦いたいと思った。


「わかった。……ありがとう」


「いいさ」


 大輝の励ましに華音はすっかり元の調子を取り戻した。

 すると紗良がバツが悪そうに唇を噛み、歯切れ悪く謝罪の言葉を口にする。


「あー……なんや、その……ウチも言い過ぎた。ゴメン」


「別にいい。あなたの言ったことは正しいもの。私こそ八つ当たりしてごめんなさい」


「ええよ。ほんならこれでお合い子や。また仲良くしてや」


「うん」


 隣り合うように座っていた二人の機体が握手を交わし、車内に一件落着のムードが漂ったところで、


「ぐすんぐすん……っ、そうだよね。わた、私なんて、いてもいなくても同じだよね……」


 それまでずーーーーっとか細くすすり泣いていた仁奈の声が紗良の耳にようやく届いた。


「あ!? ごめん仁奈たん! ちょーっと強く言い過ぎてもうた。誰も仁奈たんのことそないに思っとらんて」


「ぐすんひっく、ぅぅ……。紗良ちゃんなんてもう知らないっ」


「んなぁ!? ホンマごめん! 帰ったらお詫びにプリン奢ったるから!」


「知らないっ」


 結局、基地に戻るまでの間紗良はずっと仁奈のご機嫌取りに奮闘し、購買のプリン三つでどうにか許してくれたのだった。






 ────あれから一ヶ月。

 


「いよいよ始まります剣術部VSスキルアーツ研究部! 会場はここ、新熊谷基地ダンジョン内第一競技場、通称ギガントコロシアム!

 開校以来の因縁のライバル対決を制するのは果たしてどちらか!? さぁ皆様お待ちかね、選手入場だぁ────ッ!!!!」


 司会進行役の実況を受け選手たちが競技場に入場すると、会場を大歓声が揺るがした。


 新熊谷基地ダンジョン内第一競技場。通称ギガントコロシアム。

 総面積一〇〇〇〇平方メートル。

 自然の地形を利用した広大な戦闘フィールドと、最新のVR機器に対応した観戦設備を備えた国内最大級のRB専用競技場だ。

 会場を囲う観客席は観客も含めてすべて立体映像で、観客たちの本体は遠く離れた場所からVR機器を使い、まるで現地にいるかのような臨場感で試合を観戦している。


 声援を一身に浴びるのはやはり生徒会長にして剣術部部長の月見里華凛。

 実力もさることながら、艶めく美貌と天性のカリスマで生徒会長としても絶大な支持率を誇る怪物。


 そんな華凛率いる剣術部に相対するは、女傑、神々廻ししば利漸りざ率いるスキルアーツ研究部。


「完っ全にアウェーだなこりゃ」


 生徒会長の熱狂的ファンからのヤジが降り注ぐ中、闘志全開のリザ部長が楽しげに口角を吊り上げる。


「これをひっくり返さなきゃ意味がないので」


 珍しく目に見えて熱くなっている華音が気炎を吐くと、他の部員たちも揃って頷いた。


「上等! 行くぞテメェら! 下克上だッ!!!!」


「「「「「「応ッ!!!!」」」」」」

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