第14話 蟻の軍勢

 今回の防衛作戦の概要はこうだ。


 まず基地の周囲に三重の仮想防衛ラインを敷き、要所要所に補給ポイントを設置する。

 戦況が不利になったら後方へ撤退して体勢を立て直しつつ、各部隊の火力を以て敵を撃滅する。


 巨大樹の森内部は数百メートル以上にもなる木々の根が壁のようにあちこち塞いでおり、迷路のように複雑な地形になっている。

 怪獣たちは今のところ道なりに基地へ向かっており、根の壁を迂回して基地へたどり着けるルートは限られているため、こちらに有利な地形を選出してそこで迎撃しようというわけだ。


 RBに乗り込んだ大輝たちは基地を囲う壁の上に展開し戦況を見守っていた。


『どうやら怪獣たちが第一防衛ラインに到達したみたいだね』


 リアルタイムの戦況図を見つめる班目が口を開いた。


「これ以上余計なこと言わないでくださいよ。フラグになるんで」


『信用ないなぁ』


 今のところ順調に敵を減らしている戦況図を見て、大輝があらかじめ班目に釘を刺しておく。

 この女が「この様子ならここまで来ないんじゃないかな」なんて言えば、確実に防衛線は突破されて敵がここまで流れ込んでくるに決まっているのだ。


 マップ上の怪獣を示すアイコンが時間と共に次々と消えていく中、何かに気づいた班目が「ん?」と首を傾げる。


『なんだか敵の減り方が早すぎるような……』


「それだけ前線部隊が頑張ってるってことじゃないんですか?」


『いや、それにしたって早すぎる。……嫌な予感がする。警戒しておいた方がいいかもね』


「いや、警戒って……」


 なにを。と、言いかけた大輝の言葉を、


 ゴゴゴゴゴゴ……!


 激しい地鳴りがかき消した。


「な、なんだ!?」


『ああっ!? くそっ、そんなのアリか!』


 戦況図とは別のデータを見て何かに気付いた班目が大声を上げる。


「寒っ!? よくこんな状況でそんなくっだらないダジャレ言えますね!?」


『ちっがーう! アリはどこに巣を作ると思う?』


「はぁ? ……まさか!」


 班目の意味深な発言で地鳴りの正体を察した大輝が壁の上から地面に目を向ける。

 すると視線の先で地面がボコボコ盛り上がり、顔を出したアリの大群が次々と地上に這い出てくるではないか。


『地上を進んでいた奴らは囮だったんだ! 本隊はセンサーにさえ引っかからないほど地中深くを掘り進んで基地に近づいていたんだ! けどこの基地は超硬質な岩盤の上に建てられているから、岩盤にブチ当たって地上に出てきたに違いない!』


「っ!?」


『敵の減りが早かったのも、戦闘のどさくさに紛れて地上部隊が地下の本隊に合流してたんだ。奴ら、思ったよりもずっと狡猾だよ』


 地上へ出てきたアリたちに反応して、壁の上に設置された自動迎撃砲が火を噴いた。

 四〇センチ砲弾の雨に晒されたアリたちが粉々に消し飛んでいく。

 だが恐れを知らないアリの大群は構うことなく前進を続け、とうとう壁をよじ登り始めた。


「全員散開! スキルの使用も許可する。一匹も中に入れるな!」


「「「「「「「了解!!!!」」」」」」」


 桧垣の号令で等間隔に散開した一同は、それぞれの持ち場を死守すべく押し寄せるアリの大群に向けて己の全力を開放した。


「三〇〇〇倍化砲発射ッ!!!!」


 壁の上で四四式携行狙撃砲を構えた大輝が発射した爆裂弾にスキルを使う。

 刹那、三〇〇〇倍にまで増幅された爆発が基地外縁部にいたアリの群れを巨大樹の森ごと粉砕した。


「……やっぱり威力おかしいでしょこの武器」


『何言ってるんだい。パワーこそ正義だよ。ほらほらまだ敵はわんさか出てくるよ! みーんな汚ぇ花火にしてやろうぜ!』


「くそっ、他人事だと思って!」


「オラオラオラオラァ! 燃え尽きちまいなッ!」


 壁から飛び降りた赤い機体が「轟ォッ!!!!」と吼え、赤熱する大剣をぐおん! と振り回す。

 すると剣から炎の斬撃波が乱れ飛び、灼熱の業火に包まれたアリたちが灰も残さず燃え尽きていく。


 その機体を一言で表すならまさしく全身凶器。

 全身のいたるところから刃を生やした深紅の巨人を駆るのは、スキルアーツ研究部部長、神々廻ししば利漸りざ


 振るった刃から不可視の斬撃波を発生させる彼女の【飛燕斬】スキルは、摂氏三〇〇〇度の刃であらゆるものを両断する四五式熱断剣と組み合わさることで凶悪な性能を発揮する。


 公式試合ではスキルによる相手への直接攻撃が禁止されているため学内ランクは二位に留まっているが、こと実戦に関しては探高最強と噂されるほどの実力者だった。


「ッシャオラァァァッ!!!!」


 そんな学内最強の女傑と肩を並べて戦うのは浪速の喧嘩番長、方波見紗良。

 アリたちの蟻酸攻撃を巧みなステップでヒラヒラ躱し、ひとたび拳を振るえば、拳から発生した衝撃波を浴びたアリたちが粉々に砕け散っていく。


 四八式衝撃拳。

 拳の衝撃を増幅して撃ち出し敵を内側から破壊するこの武器の前にあらゆる装甲は意味を成さない。

 

(……なんや? 敵がダブって視える)


 戦闘の最中、視界の違和感に気付いた紗良が目を細める。

 ダブって見えるアリの幻影を殴ると、数秒後に幻影の後を追ってきたアリが殴ってもいないのに吹き飛んでいく。


(ああ、そっか。これ、少し先の未来なんや)


 更に驚くべきことに、自分の攻撃は未来へ届くらしい。

 相手が見えた未来とは違う行動を取っても、拳から発生した衝撃波に巻き込まれて粉々に砕け散っていく。


「ハハッ! おもろいやん!」


 スキル【予知先制】

 己の力を自覚した紗良が「ニィッ」と牙を剥き、獣のように戦場を駆け回る。

 彼女の驚異的な身体能力に合わせて強化調整された機体の格闘性能と【予知先制】の組み合わせはまさに鬼に金棒だった。


 だがアリたちも馬鹿ではない。

 近づけば殺され、線で攻めても避けられる。

 ならば拳の届かない遠距離から避けようのない面攻撃を仕掛ければいい。


 前を行く仲間たちもろとも蟻酸の雨を浴びせかけようと後方のアリたちが大顎を開いた、そこへ……


「アハハハハッ! 汚い虫汁ブチまけなさいよクソ虫ども!」


 法螺貝のような銃声を響かせ吹き荒れた鉛の暴風雨がアリの軍勢を粉砕した。


 壁の上に陣取った仁菜が戦場をぐるりと見渡し、仲間たちの脅威になりそうな敵を両腕のガトリング砲で排除していく。

 ガトリング砲の弾は本来弾道がばらけるものだが、どういうわけか仁菜が放った弾はすべて敵の急所を正確に貫いていた。


「ふぅん、そういうこと♡」


 死神じみた粘つく笑みを浮かべ、仁菜がさらに引鉄ひきがねを引く。

 スキル【魔弾の射手】

 弾丸の軌道を意のままに操るこのスキルは、本来であれば同時に一発以上の操作はできない。

 だがRBのスキルアンプと思考演算補助を受け、仁菜のスキルは一五〇〇発もの弾丸軌道を同時に操り、確実に標的の急所を撃ち砕く恐るべき異能になっていた。


 獅子奮迅の活躍を見せるスキルアーツ研究部一同。

 とはいえ彼女たちは顧問の桧垣も含めて八人しかおらず、基地の全方位から押し寄せるアリたちを前にしてはどうしても数が足りない。


 次第に一匹、二匹と壁の上に到達したアリたちが異能スキルを駆使して奮闘する大輝たちを尻目に壁の内側へ潜り込み始め……


「させない!」


 刹那、壁上に幾筋もの雷光が降り注ぎ、雷撃に貫かれたアリの死骸が壁の内側へ降り注ぐ。

 スキル【電光石火】

 肉体を電子化させることにより超高速移動を実現するこのスキルは、RBのスキルアンプによってその出力を一五〇〇倍まで拡張されることにより、周囲一帯の電子をも自在に操ることが可能になる。


(いける……!)


 雷神と成った華音が腕を横に振り払う。

 刹那、基地を囲う壁の外側に霹靂の滝が降り注ぐ。

 天から降り注ぐ雷光の眩さが治まると、地を覆いつくしていたアリたちの群れは悉く消し炭と化していた。


 普段とは違うスキルの使い方に気付けたのはほんの偶然。

 基地を守らなければという使命感と、迫り来る敵が与えてくるストレス。それらの要因が奇跡的に彼女自身さえ知らないスキルの使い方を引き出させた。


「お、終わった……のか?」


 神話の一節の如き光景に圧倒された大輝がぽかんとしたまま呟く。


『……っ!? いや、まだだ! 何か来る!』


 様々な数値と格闘していた班目が大輝に警戒を促す。

 すると、アリたちの死骸がふわりと宙に浮かび上がり、空を覆いつくすエネルギー雲の中へと吸い込まれていく。


「来るって何が!?」


『ああ、まずいぞ。なんてこった……!』


 一帯を埋め尽くしていた死骸がすべて雲の中へ吸い込まれると、雲が渦を巻き、雷鳴と共に轟々と風が唸り始める。


「な、なんやアレ……!」


 荒ぶる天を見上げ、沙良が声を震わせたじろぐ。

 見上げれば、渦巻く雲の隙間から超巨大な龍の蛇腹がゆっくりとうねっているのが見えた。


『空の王、ブラックギドラ……! S級研究物に惹かれて現れたか』


 雲から僅かに見える蛇腹の横幅だけでも推定一〇〇キロメートルはあろうかという超規格外の巨体。

 上空を覆いつくすエネルギー雲を巣とする空の王、ブラックギドラ。

 ひとたび雲の合間から顔を覗かせれば、その吐息だけで地上が消し飛ぶほどの怪物。

 未だかの生物に対して人類は傷一つ負わせることすら敵わない、まさに神の如き空の支配者。


「総員退避! 全員とにかく可能な限り地中深くへ逃げろ!」


 今までの努力を無に帰す桧垣の命令にスキルアーツ研究部一同がギョッと目を剥く。


「逃げろって、基地の防衛はどうするんです!?」


「空の王が現れた場合、自らの命を守る行動がなによりも優先される! あれは人類の敵う相手じゃない! 生きた災害そのものだ!」


『すまないが逃げるのはもう少し待ってくれんか』


 オープンチャンネルでその場の全員に待ったをかけてきたのは、基地の地下にいる黒鉄博士だった。


「あなたは黒鉄博士!? まさか基地の中にいらっしゃるのですか!?」


 予想外の人物からの待ったに、桧垣は逃げ出そうとしていた足を止めて問い返す。


「「……誰だこの爺さん」」


「このバカッ! 黒鉄博士って言やぁRB開発者で世界最高頭脳の一人だろうが! 授業で習っただろ!」


 チンピラコンビが首を捻ると、リザ部長がキレ気味にツッコミを入れる。


『詳しい説明は今は省略するが、私はこの状況を見越して空の王に対抗するための兵器を開発していた』


「なんですって!?」


『そいつがもうすぐ完成する。あと三〇分でいい、時間を稼いでくれ! この基地が破壊されてはどの道人類に未来はない!』


「時間を稼ぐったって……」


 あんなの相手どうやって?

 その場の全員が抱いた疑問を大輝が口にすると、部員全員の戦闘データを眺めていた班目が『もしかしたら』と口を開いた。


『……できるかも。キミの力を上手く使えば、だけどね』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る