第12話 巨大樹の森

 裂け目を潜り抜けると視界が大きく開け、一同は巨大樹の森を見下ろす崖の上に出た。

 視界の端に映る高度計の標高は三〇七〇三メートルとなっており、見渡す限りどこまでも森が続いている。

 上を見上げれば油膜のような色合いのエネルギー雲が淀み渦巻いていて、遠い空の向こうに雲の中を悠々と泳ぐ蛇のような影が見えた。

 距離的にはかなり離れているはずだが、ここからでもはっきりと視認できるということは、雲の中に隠れている本体は相当な巨体のはずだ。


 ダンジョン第一層【巨大樹の森】

 地球上に開いているゲートはすべて、この森のどこかと繋がっている。

 総面積は現在確認されている限りで一〇億平方メートル。

 これは地球の総面積の二倍にあたるが広さだが、未探索の領域もまだまだ多く、どこまでこの森が広がっているのかは不明である。


 無人偵察機を飛ばそうにもエネルギー雲が邪魔をして一定の高度より上には侵入できず、長距離飛行可能な大型の飛行物体は雲の中を回遊する黒龍がすべて破壊してしまうため、空の向こうがどうなっているのかも未だに謎のままだ。


「麓の駅まではエレベーターで下る。そこからは装甲列車で半日の長旅だ」


 桧垣が指差した先には物資運搬用の巨大エレベーターがあり、崖の下を覗き込むとそこに鉄道駅があった。

 駅からは扇状に八本のレールが伸びており、巨樹の幹をくり抜いて一直線に通されたレールの上を走る列車の影が枝葉の隙間からちらりと見えた。


 崖の上に設置された巨大な運搬用のエレベーターに乗り、高度三〇〇〇〇メートルから一気に駅まで下りる。

 エレベーターと駅のホームは直結しており、各地から運ばれてきた資源をここで積み替えてゲートまで運べるようになっていた。


「うひゃぁ、近くで見るとホンマでっかいなぁ」


 これから乗り込む装甲列車の巨大さに、沙良が関心の声を漏らす。

 彼我のサイズ差は全長五〇メートルのRBが普通の人間に見えるほどで、離れた場所で軽作業を行っている駅員たちがいい比較対象になっていた。


 武装装甲運搬車両、通称【レールモンスター】

 横幅三〇〇メートル。全長十キロ。

 大型魔力反応炉を搭載した先頭車両は最大五億馬力の牽引力を誇り、荷物を満載した状態での最大時速は二二〇キロメートル。

 メイン武装に一五〇センチ口径のレールガンを搭載した人類史上最大の鉄道車両だ。


 第一基地行きのRB専用格納車両へ乗り込むと、上に大きく上がっていた側面の装甲壁が閉じ、発射ベルが鳴り列車が動き出す。


「全員今のうちに装備の点検をしておけ」


 桧垣に言われ、大輝は出発前に聞いた班目の言葉を思い出しながら装備の点検を始めた。






『鋼くんのスキルはどんな状況でも威力を発揮できるオールラウンダーだからねぇ。武装は遠近両方用意して、どちらも君専用にカスタマイズさせてもらった』


 四〇式破砕槌・改

 持ち手部分とショックアブソーバーに陸亀の素材を組み込んだことで、打撃の際に腕部に跳ね返ってくる衝撃を大きく緩和させ、打撃の威力も四〇%ほど向上している。


『遠距離武器は私の趣味で四四式携行狙撃砲をチョイスさせてもらった。ビーム兵器やレールガンもいいけど、やっぱり炸薬式の安定感は捨てがたいよね。何よりカッコイイし!』


 四四式携行狙撃砲。

 砲口径三〇・五センチ。全長六〇メートル。

 二〇四四年に開発された、炸薬式の携行火砲としては世界最大の口径を誇る装備である。


『狙撃砲の弾種は二種類。爆裂弾と強化徹甲弾だ。強化徹甲弾の炸薬は特製でね、鋼くんのスキルで砲身強度を底上げすることを前提に調合されている。素のまま撃ったら砲身がぶっ壊れるから気を付けたまえ』


 整備科コースの卒業生はRB関連の民間企業に就職する者も多く、学生時代の縁から開発現場にいる同窓生に要望を送ることも多々あるらしい。

 今回用意してもらった専用弾も斑目の学生時代の縁あってのものだ。






(……できれば使わずに帰りたい)


 残弾を確認しつつ、三日前に試し撃ちした強化徹甲弾の破壊力を思い出して大輝は苦い顔をする。

 特殊炸薬による射撃時の反動は凄まじく、試し撃ちのときなど機体強度の倍化を忘れたせいでRBの肩が脱臼し大変な目にあった。

 陸の王の因子で機体を強化していてなおそれなのだ。その破壊力は凄まじいの一言につきる。


 RBは機体とパイロットを神経接続して動かすため、機体がダメージを受ければその痛みはパイロットにもフィードバックされてしまう。

 痛覚を遮断する安全装置もあるにはあるが、作動するとシンクロ率が著しく低下するため、一瞬の動作の遅れが命取りになる実戦では役に立たないと不評だった。


 大輝が装備の確認を終えると、班目から通信が入る。


『やあ鋼くん。二度目のダンジョンはどうだい』


「思ったよりもちゃんと道が整備されてますね」


『そこはRBのスーパーパワーあってこそだね。従来の重機だけじゃここまで開拓するのは到底無理だったさ』


 装甲壁の内側に表示された流れゆく外の景色を見やり大輝が頷く。

 なにせ木々の一本一本が最低でも一〇〇〇〇メートル以上はあるのだ。

 木々の根でさえ数百メートル以上はあり、それらが複雑に折り重なることで森の内部は超巨大な迷宮と化している。

 そんな巨大樹の迷宮に鉄道を敷設できたのも、RBの人型であるがゆえの汎用性と、パイロットたちの異能スキルあってこそだ。


『しかし桧垣先生も心配性だねぇ。基地まで安全な列車移動だっていうのにわざわざ申請まで出して全員完全武装させるなんて』


「誰かさんが安全だと思ってる場所でも突然大ムカデとか出てくるからじゃないすっかね」


『ぐぬぬ……。キミも中々言うじゃないか』


 大輝が白い眼を向けると、班目は苦笑してさらに続ける。


『でも今回ばっかりは絶対安全だよ。なにせこの辺りは第一基地のレーダー圏内だし、地中の監視も万全だ。万が一何か出てもレールガンで一発さ」


「ホントかよ」


 疑わしげな視線を向ける大輝だったが、班目の言う通り基地に着くまで本当に何も出なかった。



 ◇



 カツカツとリノリウムの床を叩く足音が廊下に響き渡る。

 足早に歩を進めるのは白衣姿の老齢の紳士と、防衛隊の制服を着た五〇代半ばの男。第一基地の司令官だ。


「よもや訓練生の手によって陸の王が発見され、しかも偶然にも倒してしまうとはな」


 白衣の紳士が心底愉快そうに口を開いた。


「ええ、まったく予想外でした。陸の王者の正体がまさかあれほど巨大な陸亀だったとは。正攻法では到底倒せなかったでしょうな」


 白衣の紳士の隣を歩く司令官が頷く。

 陸の王。ダンジョン各地に点在する碑文にその名が記されていた伝説の大怪獣だ。


 二人が廊下を突き当りまで進むと、顔認証システムが作動して両開きの自動扉が開く。

 扉の奥はモニタールームで、向かって奥の壁は一面ガラス張りになっており、そこから広大な地下空間を一望できた。


 ダンジョン第一基地地下研究所。

 東京ドーム五〇個分に相当する広さを誇るこの施設は、怪獣が持つコアと呼ばれるエネルギー器官の研究を目的に建設された怪獣研究の最前線である。


「あれが例の」


 白衣の紳士がガラス張りの向こうに見える巨大な球形の発光物に視線を向ける。

 周囲で作業するRBと比較しても、目算七〇メートルはあるだろう。

 薄緑色の光を絶えず発しており、見ただけでそれが莫大なエネルギーを秘めているのだと直感できた。


「はい。巨大陸亀から摘出されたコア。天空への鍵の一つです」


「陸、海、空、三界の王の宝珠揃うとき、天空への道は開かれる、か……」


 この広大なダンジョンの各地には未知の言語で記された碑文が点在している。

 世界中の言語学者とスーパーコンピューターによる解析で解読されたそれらの碑文には、人知を超えた超テクノロジーの技法や怪獣の弱点、ダンジョン世界の謎を解き明かすためのヒントなど、値千金の情報がいくつも記されていた。


「海の王と思われる超巨大海竜はイージス隊と交戦記録がありますが、やはり空の王の黒龍同様、巨大すぎて通常兵器は効果が無いようです」


 司令官の言葉に白衣の紳士は「だろうな」と頷き、薄緑の光を放つコアを見やった。


「海の王や空の王を倒すのにも、陸の王と同じように何か思いもよらない裏技的な方法があるのだろうな」


「いずれにせよ討伐までまだ時間がかかりそうですな」


「急がねばなるまい。予言のXデーまであと五年しかないのだから」


 突如、基地全体にサイレンが鳴り響く。

 怪獣の襲来警報だ。

 すると即座に司令官の視界に詳細な情報が表示され、司令官が驚きに目を見開いた。


「どうした。何があった」


「無数の怪獣がこの基地に向かって押し寄せてきています。私は上に戻りますので黒鉄博士はこのままこちらにいてください」


「死ぬなよ」


 踵を返して部屋を出ていった司令官を横目で見送り、黒鉄くろがねは再び陸の王のコアに視線を戻す。

 コアはドクン、ドクンと、まるで脈打つように発光を繰り返しており、その不吉な輝きを見た黒鉄の脳裏にある一つの仮説が浮上する。


「……っ! まさか、あれが呼び寄せたのか!?」


 黒鉄くろがね達夫たつお

 RB開発にも携わった生物・機械工学の第一人者であり、恒常的に自らの知能を大幅に強化する『賢者』の異能者スキルホルダーでもある、人類最高頭脳の一人だ。


「ああ、まずいぞ! もしそうなら非常によろしくない! このままではこの基地、いや、下手をすれば第一層全土が消し飛びかねん! どうする、どうすれば」


 ウロウロと歩き回りながら考えを纏めていく黒鉄。

 

「やはりアレを完成させるしかないか」


 世界最高の頭脳はものの数秒で成すべきことを導き出し、即座に行動を開始した。

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