第3話 歓迎

 入学式を終えた新入生一同は、クラス担任の指示に従いそれぞれの教室へと移動していく。

 大輝がやってきたのは一年A組の教室。

 机にはそれぞれの名前が書かれたシールが貼られていて、大輝の席は教卓のすぐ目の前だった。

 全員が自分の席に着いたところで、担任の男が教壇に立ち一人一人の顔をぐるりと見渡し口を開く。


「俺がこれから三年間、お前たちの担任を務める桧垣ひがきだ」


 桧垣は四十路過ぎのこざっぱりした男だった。

 ビジネスツーブロックの黒髪をワックスで横に流しており、防衛隊の制服を着ていなければ小洒落こじゃれたビジネスマンといった風体である。


「お前たちは探高に入学した時点で准尉の階級を与えられ、毎月給料の発生する身になったわけだ」


 高校生ながらも、初任給は手取り24万。

 それを目当てにここへ来た者も多いことだろう。


「普通の学生と違い給料を貰っている以上、お前たちには真面目に努力する義務と責任が発生する。落ちこぼれは出さないよう俺も最大限勤めを果たすが、努力を怠るような無責任な奴はあらゆる手を尽して退学にさせるからそのつもりでいろ」


 にっこにこの笑顔で恐ろしいことを言う桧垣。

 この男は本気で言っている。恐ろしく低い声のトーンからクラス全員がそれを悟った。


「お前たちが戦う相手は常識外の化物どもだ。己を高め続けるなんて当たり前、一瞬でも気を抜いた奴から怪獣のクソになる。お前たちが行こうとしているのはそういう戦場だ。……俺はもう生徒の葬式なんざ二度と出たくないんでな。悪いが厳しくいくぞ」


 最後にボソッと放たれた強い後悔を孕んだ呟きに、誰もが息を飲んだ。

 この国の最前線で戦う探索科は防衛隊の中で最も殉職率が高い。

 それでもなお。

 夢のため、金のため、なりたい自分になるため。

 彼らは努力を重ねてここにいる。


「ま、このA組は入試上位者を集めたトップクラスだ。君たちが真面目な優等生なのは知ってるし、それほど心配はしてないがな。はははは」


 と、急に声のトーンを上げて明るく笑ってみせる桧垣だが、誰もその笑いに釣られる者はいなかった。


「それじゃあ名簿順に一人ずつ自己紹介してもらおうか」


 なにやらヒリついた空気のまま自己紹介が始まる。

 全部で二〇人のクラスだが、女子はたった三人だけだった。

 男子とは昨日の時点で顔合わせを済みで名前も把握しているので、大輝は女子の自己紹介にだけ耳を傾けた。


方波見かたばみ沙良さらです。ベンキョーは正直苦手やけど、体力だけはバリバリ自信あります! よろしくお願いします!」


 活発な印象を受ける少女だ。

 言葉のイントネーションから察するに恐らく関西出身なのだろう。

 肩にかかる長さの黒髪をポニーテールにしており、綺麗に日焼けした肌が健康的な美しさを醸し出している。

 すらりと長い手足も相まって、どこかネコ科の肉食獣めいた野性的な魅力があった。


「しゃ、佐々良ささら仁菜にな、です。よ、よろしくおねがいしましゅっ。……ぅぅ、噛んじゃった……」


 随分と小柄な少女だ。

 身長は一四〇センチ程度しかなく、右隣の席に座る大輝と比較すると余計に小さく見える。

 おそらく地毛だろう明るい茶髪を小さめのツインテールにしており、愛らしい顔立ちもあって守ってあげたくなる雰囲気があった。


月見里やまなし華音かのん。よろしく」


 天使のような美貌を湛えた少女だ。

 背中まで流した白髪と、神秘の輝きを秘めたルビー色の瞳は能力者スキルホルダーの親を持つ者の証。

 生まれつき異能スキルを備えた第二世代。新人類ミュータントだ。


 新入生代表として壇上に立っていたこともあり、そっけない挨拶の割に強烈な存在感を残して月見里が席に着き、クラス全員の自己紹介が終わった。


「よし、では今後の流れについて説明する」


 桧垣が教卓に内蔵されたディスプレイを操作すると、黒板型のモニターにオリエンテーション用の映像が映し出された。


「お前たちも知っての通り、この学校のメインはRBの操縦訓練とダンジョン探索のイロハを学ぶことにある。一般教養五科目は訓練の合間にやっていくことになる都合上駆け足になるが、テストはきっちりやるからな。赤点取ったら長期休み全部返上して補習になるから勉強も疎かにするんじゃないぞ」


「先生、質問よろしいでしょうか」


 と、出席番号一番、坊主頭の赤崎が手を挙げる。


「防衛隊の挙手はグーな。探索科が自衛隊だったころの名残だが、郷に入っては郷に従えだ。全員覚えておくように。で、なんだ赤崎」


「万が一赤点になったら留年になってしまうのでしょうか」


「学科で留年は基本無い。赤点取っても補習で埋め合わせするからな。ただし実技を突破できなかった場合は留年だ。実力の伴わない者を卒業させても死ぬだけだしな。ちなみに留年したら進級するまで給料は出ないから注意しろよ」


 と、最後にニヤリと付け加え、桧垣は教室をぐるりと見渡す。


「ほかに質問がある奴は? 無かったら『無し』と大きな声で答えろ」


「「「「無し」」」」


「よろしい。説明を続けるぞ。全員机の中にある端末を出せ」


 大輝が机の中を探ると、イヤホン型のAR端末が入っていた。

 脳に微弱な電気信号を送ることで視界内にデジタル映像を投影する最新モデルだ。


「その端末には教科書が入っている。時間割表や校舎の地図にもアクセスできるし、基地内の設備はそれが無いと入れないから絶対無くすなよ。今から教科書データが全部入っているか確認するから、異常があったら教えるように」


 桧垣の指示に従い電源を入れ、各種機能を確認していく。

 どうやら防衛隊用に作られた特別仕様のようで、基地局を経由しない短距離通信も可能なようだ。

 他にもチャット・通話機能や健康管理アプリ、基地内ネットワークへのアクセスなど、最低限の機能は備わっていた。


「よーし、全員異常ないな。年間予定表は各自で確認するように。以上でホームルームを終了する。赤崎、号令頼む」


「起立ッ、礼ッ」


「「「「ありがとうございました!」」」」


「お疲れ。午後から校庭で基礎教練をやるから飯食ったら迷彩服に着替えておけよ」


 桧垣が教室から出てゆき、クラス全体を包んでいたピリッとした空気が緩んだのを大輝は感じた。

 初対面であんな挨拶をされては誰だって緊張する。


「ありゃ相当な修羅場を潜ってきた目だな」


 と、後ろの席から影信が訳知り顔で大輝に声をかけてくる。


「分かるのか?」


「いーや、ぜんぜん。ちょっと言ってみたかっただけ」


 肩透かしを食らい大輝がずっこける。

 服部影信。どうにも捉えどころのない少年である。


「それより飯食いに行こうぜ。噂じゃここの学食、裏メニューがあるらしい」


「耳が早いな」


「昨日寮でたまたま上級生から聞いたんだ。ほら行こうぜ。裏メニューは数量限定らしいから早く行かないとなくなっちまう」


 と、そんなわけでそそくさと教室を出た大輝たちは、学食へと向かったのだった。



 ◇



 二〇五〇年 四月二〇日


「これより第十六期訓練生へのRB貸与を行うッ!」


 迷彩服を着た校長が格納庫前に用意されたお立ち台の上で声を張り上げる。

 校長の前には各クラスごと、二列縦隊で整列した生徒たちが休めの姿勢で並んでいる。


 入学から二週間が経ち、新入生たちが基礎教練の動作にもようやく慣れてきたこの日、いよいよ川菱重工からRB一二〇機の納品が完了したことで、新入生たちへ貸与される運びとなった。


 RBはパイロットとの神経接続により操縦する半生体兵器だ。

 機体とのシンクロ率は搭乗時間の長さに比例して上がってゆき、機体そのものも戦闘経験値が一定に達するごとにパイロットの個性に合わせて多様に自立進化していく。

 脳の高度な発達段階にある思春期の子供はシンクロ率の伸びが良いと言われており、探高創立の背景にもそういった研究結果に基づいた科学的根拠があった。


 そんな諸々の理由もあり、ここで貸与される機体は現役を退くまで使い続ける彼らの専用機になる。

 自分専用の機体がいよいよ手に入るとあって、生徒たちの顔には高揚の色がありありと浮かんでいた。


「クラス担任が各クラスごとに一人ずつ名前を読み上げていくので、名前を呼ばれた者から前に出て鍵を拝領し、書かれた番号の格納庫へ移動すること。数字の前にBと書かれた鍵は地下格納庫なので迷わないように!」


 校長からの説明が終わり、各クラスの担任が名簿順に名前を読み上げていく。


「次ッ! 名簿番号十番、鋼大輝!」


「はいッ!!!!」


 この日のために練習してきた基礎教練の動作でキビキビと前に出た大輝は、桧垣から鍵を拝領する。

 鍵番号はB-A10。地下格納庫だ。


 端末のナビ機能に従って広い格納庫区画を進み、地上部分に突き出た円筒状のエレベーターに乗りこみ、ボタンの下にある鍵穴に鍵を差し込む。

 するとエレベーターは地下に向かって静かに下りてゆき、しばらく下ると今度は前へ進んでいく。


 チン! と、お決まりの電子音と共に扉が開くと、そこは強化ガラス張りの管制室だった。

 ガラス窓の向こうには格納庫があり、モスグリーンの装甲を纏った巨人が静かに、巨大な存在感を孕んで佇んでいる。


「これが……!」


 ガラス窓に張り付いて食い入るように見つめる大輝。

 その顔は新しいおもちゃを買ってもらった子供のように輝いていた。


「ウ゛ァァァ……」


「ん? なんの声……わぁぁっ!?」


 低く唸る亡者のような声に大輝が振り返ると、そこにいたのはゾンビの群れ。

 今までどこに隠れていたのか全員血まみれで、中には腹から内臓が零れてしまっている者もいる。

 突然のゾンビパニックに大輝が混乱していると、手を彷徨わせたゾンビたちがヒタヒタこちらに近づいてくるではないか。


 ここから脱出するにはゾンビの群れを無傷で突破してエレベーターまでたどり着かねばならない。

 おそらく少しでもかすり傷を負えばアウト。

 絶体絶命のピンチだが、敵は巨大怪獣ではなくゾンビの群れだ。やってやれなくはない。


 突然の超展開に止まりかけた思考をどうにか回して大輝が交戦の意思を見せると、ゾンビたちの歩みがピタリと止まり────


「グッ!? ウボァッ!」


「っ!?」


 突然血反吐を吐き散らして、ゾンビたちがもがき苦しみながらバタバタと倒れていく。

 まったくわけがわからず目を白黒させる大輝。


「……し、死んだ?」


 おそるおそる大輝がゾンビの死骸へにじり寄っていく。

 彼我の距離が徐々に縮み、あと一歩の距離まで近づいた……次の瞬間!


「「「「「ヴァァァァァッ!!!! サプラァァァァァイズ!!!!」」」」」


「!?!?!?!?」


 突然元気いっぱい跳ね起きたゾンビたちが、にっこにこの笑顔でわらわら群がってくる。

 あっという間に囲まれた大輝は、血のりまみれのゾンビたちにもみくちゃにされてしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る