第2話 入学式

 西暦二〇二五年、世界で初めてゲートと怪獣の存在が確認されて以降、人類史は怪獣との戦いの時代へ突入した。

 そして西暦二〇三一年、人類は怪獣の生体構造を解析し、人型巨大兵器レヴォリューションブレイブ(RB)の開発に成功する。

 だがパイロットの異能スキルを一五〇〇倍にも増幅するこの兵器は、一個人が扱うにはあまりにも強すぎた。


 早急な国際ルールの制定が求められる中、西暦二〇三二年、日本で開かれた国連サミットにて、RBの戦争利用を全面的に禁止する法案が賛成多数により可決された。


 これに伴い日本では新たに探索省が設立。

 それまで陸上自衛隊の一兵科だった探索科は、探索省管轄の怪獣防衛隊配下に加わり、RB格納庫のあったすべての駐屯地は防衛基地へと名を変えた。


 探索科高等専門学校は新熊谷防衛基地内にある。

 ここ熊谷は二〇二五年に世界で初めてゲートが開いた始まりの地。

 その際出現した怪獣により、熊谷市からさいたま市北部にかけての広範囲は壊滅の憂き目に遭っている。


 死者行方不明者含めて一〇万人超。

 怪我人と帰宅困難者も合わせれば三三〇万人にも及ぶ被害を出した空前絶後の大災害。通称、熊谷怪獣災。

 その日を境に、ゲートは地球上のいたるところに出現するようになった。


 ゲート監視の名目で政府に接収された旧熊谷市は、現在では全域が探索省管轄の防衛基地になっている。

 かつて同じく壊滅の憂き目に遭った鴻巣こうのす市、桶川市、上尾市一帯も対怪獣兵器関連の企業施設や工場が乱立する一大工業地帯へと様変わりしていた。



 そんな工業地帯を横目に、大輝を乗せたバスは東京方面から新国道を北上していく。

 やがて新熊谷駐屯地をぐるりと囲う高さ二〇〇メートルの巨壁の前へたどり着いた。

 対怪獣用防護壁。

 厚さ十メートルにも及ぶ複合装甲壁だ。


 バスがゲートをくぐり壁の内側へ入ると、装甲壁の巡回点検を行うRBの姿が車窓から見えた。

 旧熊谷市全域を囲う分厚く巨大な壁が僅か二年の内に完成したのは、あの全長五〇メートルの人型兵器の力あればこそだ。


 壁の内側は基地としての機能だけでなく、都市機能や怪獣の研究施設も内包されている。

 思いのほか都市的な内部の有様に感心しつつ大輝がぼんやり窓の外を眺めていると、バスは探高に併設された学生寮前へ到着した。


 バスを降りた大輝は事前に知らされていた自分の部屋へ向かう。

 大輝の部屋は二階の一〇四号室。

 部屋のドアは開けっ放しになっており、二段ベッドが一つと、その向かいにクローゼットがあった。

 窓際に机と椅子が二つ、横並びで置かれていて、そこにルームメイトらしき少年が一人座っていた。


「来たなルームメイト。俺は服部はっとり影信かげのぶ。影信でいいぜ」


 と、挨拶してきたのは、どこか飄々とした雰囲気のある少年だった。

 さっぱりした黒髪の短髪に特徴のない平凡な顔立ち。

 一見どこにでもいそうな普通の少年だが、その立ち居振る舞いに隙は無く、大輝の直感はこの少年が只者ではないと告げていた。


「あ……えっと、おれ、鋼大輝。……何してたんだ?」


「官品に名札縫い付けてたんだ。一五時までに全部縫い付けとけってさ。で、終わったらジャージに着替えて待機だってよ」


 影信が指差す机の上には大輝の迷彩服や防衛隊の制服、ジャージ類がビニールに包まれた状態で置かれていた。

 迷彩服の他にも基本教練や階級など、探索科がかつて自衛隊の一兵科だったころの名残は各所に残っている。


 現在時刻は一三時五六分。

 椅子に腰かけた大輝はジャージのビニールを剥がし、一緒に置いてあった裁縫セットでチクチクと名札を縫い付け始める。


「大輝はなんで探高に?」


 ちくちくちくちく。

 鮮やかな手つきで針仕事を進めながら影信が大輝に話題を振る。


「憧れの人がいるんだ」


 針仕事を進めつつ、大輝は訥々とつとつと小学生の頃の思い出を語った。


「なるほどな。じゃあ分かってるのは女の人ってことと、槍の使い手ってことだけか。いつか会えるといいな」


「か、影信はどうしてここに?」


「金のため。ここなら学生しながら給料も出るだろ? 妹が難病でな、金がいるんだ」


「大変だな……」


「大輝は随分ガタイいいけど、何か格闘技でもやってたん?」


 大輝の肩幅は、同い年の少年とは思えないほど広く逞しかった。

 運動部で鍛えただけでは普通こんな体格にはならない。


「家の近所にマーシャルアーツの道場があって、そこの先生が元防衛隊の格闘教官でさ。その伝手で怪獣肉が手に入りやすかったからよく食わしてもらったんだ」


「道理で」


 怪獣の肉は滋養強壮、筋力増大、骨密度増強、アンチエイジングに内蔵機能向上と、様々な健康効果があると最近の研究で分かってきている。

 だが巨大な怪獣を鮮度を保ったまま解体するには現状個人のスキルに頼らざるを得ず、少なくともスーパーなどで気軽に買えるような代物ではなかった。

 そんなものを成長期の身体に与えられ続ければこうもなろう。


 などと言っている間にも大輝は隣で作業していた影信の分の名札まで縫い付け終わり、腕をぐっと高く上げて身体を伸ばす。

 縫い目はまるでミシンで縫い付けたかのように均一だった。


「あれ、俺の分まで終わってる!? いつの間に……」


 まさか自分の目を抜かれるとは思っておらず、影信が驚きに目を丸くする。

 コイツ、何者……?

 影信が探るような視線を向けると、前髪の奥に隠れた大輝の目と視線が交わり……


「っ!?」


 恐ろしく冷たい目だった。

 人を路傍の石ころ程度にしか思っていない殺人マシンのような目。

 ちなみにこれが大輝の通常であり、別に怒っている訳でも感情がない訳でもない。


「あ、ごめん。つい無意識で」


 大輝の言葉は偽りない本心だったが、影信はこれを「これ以上詮索すれば殺す」と解釈した。

 これ以上探りを入れたら危険だと判断した影信は、芽ばえた恐怖心を笑顔の仮面の下に仕舞いこんだ。


「いやいいよ。ありがとな。おかげで時間もできたしクラスの奴らに挨拶行こうぜ。何事も最初が肝心ってな」


「あ、うん」


 微妙に勘違いしたままジャージに着替えた二人は、隣の部屋から順に挨拶回りに出かけたのだった。



 ◇



 二〇五〇年 四月六日


「これより、第十六期探索科高等専門学校入学式を執り行う。新入生起立ッ! 礼ッ! 着席ッ!」


 教頭の号令が体育館の空気を震わせ、整然と並べられたパイプ椅子に座っていた新入生一二〇名が起立する。

 彼ら彼女らは皆、倍率五〇倍の競争を勝ち抜いてここに立つことを許された俊英たちだ。


「今年は随分数が多いですね」


 校長の月並みな挨拶に耳を傾ける新入生たちをキャットウォークから見下ろし、迷彩服の男が面白そうに呟く。

 虎柄の金髪をツーブロックにした強面こわもての青年だ。

 捲った袖から見える逞しい腕は髪と同様、虎柄の毛皮に覆われている。


 左胸に縫い付けられた巨人の横顔を模した徽章きしょうは、探索科パイロットの証。

 コードネーム【マッドオーガ】

 アイギス部隊所属。「鬼獣化」の能力者スキルホルダーにして打撃格闘戦の鬼と恐れられる男。神崎かんざき弥一やいち三尉。

 スキルに覚醒した者は彼のように外見に変化が現れることがあり、神崎の毛皮もこの変化によるものだ。


「そりゃあ学生の身分でも尉官相当の給料出るしなぁ。部隊配属されれば歩合給も出るし、家族は二等親までなら対怪獣設備の充実した都市への優先移住権が与えられるんだから、送り出す親御さんたちも必死なんだろ」


「世知辛いっすねぇ……」


 神崎の呟きを拾い、隣に立つ真面目そうなメガネの青年が小声で答える。

 黒髪のスポーツ刈りで、厚手の迷彩服さえ押し上げる分厚い胸板と丸太のような二の腕が逞しい。

 コードネーム【デストロイヤー】

 同じくアイギス部隊所属。「神眼」の能力者スキルホルダーで砲撃戦のスペシャリスト。猪俣いのまた淳史あつし二尉。


 昨今ダンジョン素材の需要は高まり続けている。

 企業連からの再三の煽りを受け、前年度の国会でようやくRB三〇〇機の追加建造計画が決定されたばかりだが、世間の需要に対して人も機体も足りていないというのが現状だ。

 探索者家族への優遇策も人材確保に向けた政策の一環だった。


「どうだ。面白そうな新入生は見つかったか」


「あ、隊長。お疲れ様です」


 気を抜いて姿勢を崩していた二人の背後から声がかかる。

 神崎が振り返ると迷彩服を着た凛々しい女性が立っていた。

 ショートの黒髪は僅かに薄青の輝きを帯びており、瞳の奥にも同じ色の輝きを宿している。

 コードネーム【アイギス】

 天下無双の槍使いにして、スキル「女神の盾」を有する能力者スキルホルダー西園寺さいおんじ弥生やよい三佐。

 日本最強の探索者部隊、チームアイギスを率いる隊長である。


「そうですね。ざっと見ただけでも尖ったものを持ってるのが五人」


 猪俣がメガネの位置を直し、黄金の輝きを灯す瞳をギラリと光らせ言った。

 彼の視線の先にいる新入生たちは、いずれも入試で好成績を残した者や特異な能力を評価されて入学を許された者たちだ。

 その中には大輝と影信の姿もある。


「さて、私の部隊には何人来るかな」


「自分的には可愛い女の子だと嬉しいっすね。ウチの隊、女は隊長だけじゃないっすか」


 こちらに気づいた新入生に笑顔で手を振り、神崎がへらりと笑う。


「女子生徒に手出したら殺すからな。溜まってるなら風俗で抜いてもらってこい」


「そういうこと言っちゃうから女として見られないんすよ」


 西園寺から釘を刺され、ぼそっと口を尖らせる神崎。

 せっかく美人で高級取りだというのに、この隊長の浮ついた噂を神崎は入隊以来聞いた試しがなかった。


「ほう、そんなに腕立て伏せがしたいか」


「おっと、自分煙草吸ってきまーす!」


「あ、待て逃げるな! ちっ、後で覚えてろよあの野郎」


 旗色が悪くなりそそくさとその場から退散した神崎の背中に西園寺が悪態をつく。

 現役隊員たちのキャットウォーク上のやり取りを他所に、入学式はつつがなく執り行われたのだった。

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