第22話 存在の価値
スズメが修行している間、館にいることが増えタクミと接する時間も前より多く確保できた。
時々枕を持って一緒に寝てほしいとねだったり、作った剣や小物を見せて嬉しそうな顔をしたり……
だが、タクミは何かをずっと怖がっていることに気づいていた。
「タクミ、入っていい?」
彼の部屋を軽くノックし、スズメは入室した。
宿題の途中だったが、タクミは席から立ちスズメを迎えた。
「お姉ちゃんどうしたの?」
子犬のように目をキラキラさせるタクミに、スズメは彼の頭を撫でベッドを指さした。
「今日は一緒に寝よう」
「うん!」
タクミは嬉しそうに机を片付け始めた。
サラが普段見ていたところ、学校にいれば成績上位者は間違いないと言っていた。
机には教科書とびっしりと暗記するべき単語などが書かれている。
しがみつくように勉強している……そう感じ取れる程タクミは努力を惜しんでいない。
「タクミ、一ついい?」
「うん!」
「……タクミはみんなが怖いの?」
「え…?」
唐突な質問にタクミはきょとんとする。
だが、スズメはタクミの手を取り目線を合わせて話す。
「タクミは怖いんでしょう。みんなに自分が出来ない子だと思われるのが」
「……」
自分の心を見透かしたような言葉に、タクミは言葉を失いうつむく。
豆だらけのこの手も、勉強を頑張っている姿勢も別に悪いことではない。
だが―――
「私は勉強が出来なくても、特質して得意なことがなくても――タクミは私の大切な弟だよ。それは他の人も同じ――サラにとっても、ミーシャもクロトも。村の人にとっても、タクミは特別なの」
「特別……?」
「うん、だって――」
タクミは強く抱きしめたスズメ。
これは自分が言ってほしかった言葉だ。
幼い自分がずっと家族から言ってほしかった無償の愛の言葉。
「タクミはこの世に一人しかいないから」
当たり前のことだ。自分と全く同じ人間など存在しない。
だからこそ、尊い存在であるべきだ。
勉強が得意でなくても、不器用であろうと、苦しくて言葉に出すことさえ憚れる程の過去を持っていても。
タクミの目から涙があふれる。「お姉ちゃん」と抱きしめ返し子供らしく泣きはじめる彼を、スズメはそっと頭を撫でながら受け止めた。
タクミの姉は自分しかいない。だが、同時に自分の弟はタクミしかいないのだ。
「もう少しみんなに素直になって。難しいことだけど…少しずつでもいい。私はタクミをたくさんの人に自慢したいから」
「うん……お姉ちゃん……ありがとう……」
「私もありがとう……私の弟になってくれて」
その日、スズメとタクミは夜遅くまで沢山の話を交わした。
いつもと変わらない話だが――その言葉一つ一つがお互いの励みとなった。
※※※
次の日の朝、タクミが目を覚ますとスズメはもう着替えを済ませていた。
慌てて起きようとするタクミだが、スズメはそれを止めて話をした。
「産業都市ウィルナスっていうところがあるんだけど、そこの領主からタクミに長剣を一本作ってみてほしいって依頼が来てるの」
「僕に…?」
「うん。きっとタクミなら領主に認められて今よりもっといい環境で色々な物を作れるようになる」
村の小さな工房だけでは作れるものも、手に入る資源も限りがある。
だが、ウィルナスに気に入れば、そのどちらも惜しみなく支援するだろう。
でも――スズメはワガママだが、タクミに一つだけ期待していることがあった。
「でも――私はタクミに学校とかに行って沢山友達を作ってほしい。工房とかよりも…村の子供たちと遊んでるタクミの姿をもっとみたい」
スズメは本音を語ったうえで、ウィルナスの手紙をタクミに渡した。
「でも、選択するのはタクミだよ。よく考えて答えを聞かせて」
「……うん」
手紙を大事に受け取ったタクミは、真っ直ぐスズメを見つめて強く頷いた。
その瞳には今まで微かに見えていた迷いや恐怖は見えなかった。
※※※
冒険者組合本部……活動を再開した刀姫パーティーに依頼は多く届き、今まで通り活動していたミーシャとクロトと別行動になることがあった。
本日に依頼は活性化した魔物の討伐……いくつかの冒険者パーティーと一緒に行動するが、指揮をする関係でミーシャは別行動。クロトとスズメそしてもう一組の冒険者パーティーと仕事をすることになった。
「あれが噂の刀姫…」
「2年前の事件から引退したと思ってたのに…」
ひそひそとスズメのことを見る冒険者に、彼女は気にも止めずに刀の手入れをする。
「最近はまた質が戻りましたね」
「…内乱が無くなったからかもね。粗悪品には変わりないけど、以前のものはほとんど使い物にならなかったから」
「完全に鎖国していて、情報が入ってこないので…その部分はいまだ謎ですが」
2年前から状況はうかがっているが、王国としては傍観を続けている。
刀を手にいれる過程で商人たちに探りを入れるも、口を割ろうとはしない。
何らかの縛りが発生しているものだと推察するのみ…内部の状況は依然不明となっている。
「まあ、時がくればわかるよ……口蛇の契約は絶対だから」
「その時は力になりますよ。刀姫」
「…頼りにしてる」
スズメは恥ずかしそうに刀を収めると、しばらくの間合図がくるのを待っていた。
今回討伐する魔物は産卵の時になると人里まで降りてきて村を襲い家畜が人を食う「クインホーク」という大きな鳥だ。
大きい個体では翼を広げると5mに達するものがおり、群れで狩りをする習性があるこの魔物は冒険者の間で「危険だが割のいい仕事」とされている。
羽や皮が上質なため高値で取引され、その肉はかなり美味とのこと……
「合図。遅いね」
近くの切り株に腰かけていたクロトにそう告げたスズメはゆっくりと立ち上がり彼の肩を叩いた。
クロトもスズメも気づいている。この仕事で自分たちのパーティーは邪魔者扱いされている。
クインホークの素材は高値で取引される。そして、この仕事での基本報酬とは別に討伐したクインホークは討伐したパーティーが権利を得る。
詰まる所、一番稼げそうなパーティーに邪魔をしてほしくないのだ。
「スズメどこに?」
持ち場を離れるスズメを見て、他のパーティーがそれを止めようとする素振りが見える。
その前にクロトが声をかけると、スズメは手を振って答えた。
「指定時間に合図がないってことは大丈夫ってことでしょう。私帰る」
刀姫の気まぐれなことは他冒険者にも知れ渡る程有名……クロトは仕方ない風を装って他のパーティーに頭を下げスズメの後に続いた。
「刀姫も演技派になりましたね」
「邪魔してほしくないならさっさと退場するのが時間も節約出来ていいでしょう?」
「でも、あとで責任問題になりかねませんよ」
「本当に帰るわけないでしょう?少し離れた位置で待機するだけだから」
「ほんと大人になりましたね」
待機場所を変え残ったパーティーの動きも観察しつつ、クロトはミーシャと連絡を取った。
ミーシャの指揮で複数のパーティーでクインホークを追い込んでいるらしく問題はないとのこと。
『確かに群れの数が例年より多いから私たちに依頼が来たのはわかるけど――まあ、敵対視されてるぐらい警戒してるよね。だから手は出さない方向で』
「貴重な収入源ですからね。目の色変えるのも理解できます。こちらも少し場所を変えて待機していますので、何かあれば合図を」
概ねミーシャの方も似たような状況なのか確認できたところで、スズメは木陰に座り一息ついた。
「何か飲みますか?」
「うん……ちょっと気疲れした」
「成長している証ですよ。はいハーブティーです」
「ありがとう」
クロトから木製の水筒を受け取ったスズメは喉を潤して、空を見つめた。
クインホークが活発に動いている時期のため、野生動物や他魔物の気配も薄い。
皆身を潜めているのか、ミーシャがいる方向の戦闘音がやけに大きく聞こえる。
「あっちは順調そう?」
「概ね片付いているかと…ミーシャの指揮ですので。このまま予定時間には終わるはずです」
木に登っているクロトは遠くの状況を視認出来ているらしく、相も変わらず目がいい。
エルフは視力がずば抜けていいことは知られているが…クロトはエルフの中でも「千里眼」と呼ばれる才能を持っている数少ないエルフだという。
遠くを見渡せるのはもちろん、ある程度の視界内であれば遮蔽物などがあっても目標を捕捉することが出来るらしい。
そのため、森の中で木々に遮られていても敵や味方の状況を目視できる強さがある。
「暇になっちゃったな…」
「それも予定通りですよ。私たちは保険ですので」
「まあ、そうだけど」
色々と目まぐるしく日々の中で、仕事でこういう時間を持て余すことは少なかったため、スズメとしては新鮮な体験だった。
以前の自分だったら他の冒険者のことなど気にせずクインホークを殲滅していただろう。
依頼としてそれは間違っていない……だが、それは利益を独占してしまうため、現状のように冒険者たちに酷く警戒されるのも無理ないだろう。
「しばらく休まれては?昨日もあまり寝ていないのでしょう」
「ちょっとね…タクミのこととか考えたら寝付けなくて」
彼の不安を取り除けただろうか。
クエストに来る前、タクミは何か決心したような表情をしていた。
姉として自分のつたない言葉を精一杯口にしたが、それでも未来を決めるのはタクミ自身。
どんな形であろうと応援はしたいが、しかし年頃の友達と一緒に普通の生活を送るタクミの姿を夢見ずにはいられない。
「少し休む…何かあったら起こして」
「ええ、お休みなさい。刀姫」
クロトは笑顔でそう告げるとスズメの近くに立ち弓を片手に持ったまま警備に入った。
しばらくしてミーシャから合図が来てクエスト完了の知らせが届く。
その合図を見てもクロトは少し遅くなると返事し、スズメを休ませてあげた。
「さて…」
クエストが終わったことで一息つき、カバンからあまりの水筒を手にしようとした時――
一つの手紙に手が触れ彼の表情が少し曇る。
それは、2年前の検問所での事件で聞いた「ユグドラシル」その眷属である「カラクラ」の話――赤き申し子を探す木々たちの話をそのままエルフの村に手紙として報告し質問した。
「……」
手紙を手にとりもう一度読むクロト。
報告に関しての感謝の言葉はあるものの、ユグドラシルとカラクラに関しての回答はなし。
だが、その解答をしたのはいつもの村長ではなく。エルフの集落全体を統治しているハイエルフ…それもそのトップからの直々の返答がなされていた。
「内容がハイエルフまで伝わっているということは――やはりユグドラシルの眷属は何かを知っているということでしょうね」
ユグドラシルの眷属である「カラクラ」そして、同じくユグドラシルの眷属である「ハイエルフ」双方が関わっているこの事件…やはりただ事ではない。
だが、今何かを知る術がないのは確かなため…クロトはため息をつきながら空を見上げた。
「一体この世界で何が起ころうとしているのですか…全知の神獣ユグドラシルよ」
その答えが返ってくることはないが…クロトは強く拳を握り仲間を守る決意を固めた。
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