第8話 はじめて

大猪の討伐から2日後……予定より少し遅くクロトたちはヤマネコ村へと戻っていた。

 クロトが馬車を引き、後ろではスズメが静かに目を閉じ瞑想をしていた。

 そして…顔色が明らかに悪いミーシャが時々唸り声をあげながら横になっていた。


「く、クロト…もう少しゆっくり…」

「もう十分ゆっくりですよ。このままだと日が暮れてしまいます」


普段優しいクロトが今回ばかりはミーシャの行動に怒っている様子。

 二人の会話にスズメはため息をつきつつ、ミーシャを介抱する。


「はい、ちょっとだけ起きて。水飲まないとまた吐くよ」

「ご、ごめん…スズメ……」


流石に本人も反省しているのか、涙目になりつつ少しずつ水を飲む。

 ヤマネコ村へ向けて出発する日がズレてしまったのも、数件の酒場の樽を空にしたミーシャが帰ってきた日から酷い二日酔いに悩まされ仕方なく街にもう一泊することになった。

 タクミの元へ早く帰りたいはずのスズメが提案したこともあり、温厚なクロトが怒り、スズメが呆れている状況にミーシャはひたすら謝ることしか出来なかった。


「まあ、村に戻ったらしっかりして…パーティーのリーダーなんだから」

「ご、ごめんなさい…」


正論がミーシャの心を突き刺し、しばらくまた禁酒を誓う。

 普段よりゆっくり走る馬車は夕暮れぐらいにやっとヤマネコ村がある森へ立ち入った。


「少し遅くなってしまいましたね」

「仕方ない。ミーシャ、そろそろ村だよ」

「うっ…了解」


ミーシャがゆっくり体を起こして明かりが灯る村を見つめる。

 その時、馬車がドン!と揺れミーシャは慌てて口を抑える。


「ううっ…」

「この気配は……ヤマネコ様?」


クロトが馬車を止め屋根を見ると丸々と太った猫……神獣ヤマネコが鎮座していた。

 しばらく毛づくろいをしていたヤマネコだが、どこからともなくよく熟れた果実をスズメに向けて投げた。


「にゃーぁー」


スズメがその果実を受け取ったことを確認すると、ヤマネコは馬車から降り、颯爽と森の中へ消えて行った。


「な、なにあれ……わざわざ果実届けに来たの?」

「……」


クロトとミーシャだけがポカーンとしていると、スズメはその果実を食べ種を森に投げた。


「貸にしてもらってもいいよ」


スズメの言葉に答えるようにヤマネコの声が森に鳴り響く。

 その不思議な光景にクロトはスズメに近づいて確認した。


「ヤマネコ様と何か約束でもされたんですか?」

「…留守の間タクミをお願いしてた。あいつ熟れてない果実を好むから。それを持って交渉しに行った」

「熟れてない果実…?変わった猫だね。やっぱ」


ミーシャが不思議そうにしていると、クロトはヤマネコが消えて行った方向を見て一礼しスズメを見つめた。


「不思議ですね。神獣は基本的に人と関わりを持たないことが多いですが…ヤマネコ様にとって刀姫…そしてタクミ君は特別なのでしょう」

「まあ…感謝はしてるよ。時々腹立つけど」


スズメはため息交じりで馬車に乗り込んだ。

 クロトとミーシャはお互い視線を向けると少し嬉しそうに笑顔を浮かべ村へと再び馬車を走らせた。


※※※


馬車がスズメの館に到着した時には既に日が暮れており、他の使用人は各々家に戻っており、住み込みで働いているサラが出迎えてくれた。


「お帰り、ご主人様」

「……ちょっとそれ嫌かも」


複雑そうな表情を浮かべるスズメに足して、サラはいたずらのように笑う。


「契約上で刀姫様は私のご主人様なのですよ。私はそれを納得して働いていますし、感謝もしています。ここで働いている使用人の多くもそう思ってます。刀姫様もしっくりご主人様として自覚を持ってください」

「……」


サラの言葉にスズメはまだ難しい表情を浮かべるが、ミーシャがサラの肩に手を置いて首を横に振る。


「うちのお姫様をからかうのはその辺にしてよ。お風呂先に入っていい?スズメ」

「いい。サラさんお湯の準備をお願いしても――」

「もう出来てますよ。ご主人様はご飯にされますか?」

「また後でいい…タクミは?」


スズメの問にサラは困ったようにスズメを玄関から先に続いている大広間へ案内する。

 そこにはサバイバルナイフを抱きしめたまま寝てしまっているタクミの姿が見えた。

 布団はサラがかけたものだろうか…それにしてもこんなところで寝てしまっているタクミを何故サラは部屋に連れていかなかったのだろう?

 そんな疑問がスズメの顔に出ていたのか、サラはタクミに近づきポンポンと手を添える。


「タクミさん、スズメ様が戻りましたよ」

「おねえ……ちゃん……」


かなり眠いのかふらふらの状態で立ち上がったタクミは、サラの手助けでゆっくりとスズメに近づく。

 すると、抱えていたサバイバルナイフをスズメに渡して笑顔を見せる。


「できたよ……おねえちゃん」


睡魔と戦いつつフラフラの状態でスズメにナイフを渡したタクミはこと切れたようにスズメによりかかり、そのまま眠ってしまった。


「タクミ……」


スズメはしっかりとタクミを抱きしめもらったナイフを大事にしまう。


「ごめんなさい、お部屋に連れていこうとしたのですが…ご主人様が帰るまで待つと聞かなくて……」

「うんん…弟のわがままを聞いてくれてありがとう。ちょっと荷物よろしく」


眠ってしまったタクミを軽々と抱きかかえスズメは彼の部屋へと向かった。

その様子をみたクロトとサラは優しく微笑み。


「誰がみても姉弟ですね」

「サラさんもそう見えますか。私もそうです。刀姫はタクミと出会ってすごく成長しましたよ」


スズメと過ごしてきた時間はとても長い。

東方から西方へ来たスズメと出会った時。

パーティーを組むことを提案し、一緒に祝杯をあげた時。

3人ではじめて任務を受けた時…スズメが刀姫の称号を授与された時、はじめて対人任務に参加した時。

 パーティー刀姫の3人は多く転換点と喜怒哀楽を一緒に共有してきた。

 でも…その中で今のスズメが一番輝いている。今のスズメをずっと守りたい…そう強く思うクロトであった。


※※※


タクミの部屋に到着したスズメは、ゆっくり彼をベッドにおろして頭を撫でた。

 小さな寝息が聞こえる静かな部屋……知らない間にノートや本が増え、工房で作った試作品などが机に並んでいた。


「タクミ……頑張ってるね」


任務で村を空けていた数週間……タクミは大きく変わった。

 自分も…そんな風に思いつつ一度広間へ戻ろうとした時。


「…!」


いつの間にか自分の服を掴んでいたタクミ…簡単に離れなれるが、スズメはタクミのそばに座りおでこを重ねて目を閉じる。


「お姉ちゃんはどこにもいかないから…」


そう言葉にしなから自分の服を握っていたタクミの手を取り小指を結ぶ。


「起きたらまた教えてあげるね…これ、指切りっていうんだ。東方では口蛇の契約にこれを使うの…東方では口蛇が契約を保証してくれる。でも、私たちの約束は誰も保証してくれない…それでも約束するよ。私はずっとタクミのそばにいる」


静かな部屋に月明りだけが二人を包む。

柔らかな表情で笑うスズメと、彼女の声を聞いて安心したのか、寝ているタクミの表情もどこか嬉しそうに見えた。


※※※


各々荷解きやお風呂…食事を終えた三人は、客室の一つであるクロトの部屋にて集まり会議を行っていた。

 サラが紅茶を入れる中…ミーシャが任務中に届いた手紙をクロトと分担して確認していく。

 そして、スズメはそれを静かに待ちながらタクミが作った新しいサバイバルナイフの柄を握りしめた。


「さて、サラにも参加してもらった理由はビギルが中央大陸に逃れようとしていることもあるけど…まあ、悩むなら頭数があった方が柔軟な意見が出せるかなって思ったから。昔から頭の回転早いからね。サラは」

「お褒めに預かり光栄だけど、私は今学者でもなんでもないただのメイドだよ。刀姫パーティーは冒険者協会でトップ…機密な情報とか私が聞いても本当にいいの?」


ミーシャとサラは昔からの友人のようだが、スズメとクロトは彼女がメイドとして村に来てからの初対面だった。

 出会って数週間の人物にパーティーの情報をはじめとした各種機密事項を話すことに抵抗がないか…そう心配するサラであったが――


「ミーシャが大丈夫と判断したなら賛成。私考えるの得意じゃあないし」

「私も刀姫と同意見ですね。ミーシャがいつも正しいとは言いませんが、信頼してますから」


二人の言葉に得意げなミーシャを見て感心するサラ。


「意外、中央大陸に居た頃のアルコール依存症は治ったの?」

「酒飲んだミーシャは信じないから」「お酒が入った彼女は信じません」


サラの言葉に同時に正論が飛ばされ、ミーシャはさっきまでの自信に溢れた表情は消え、一気に萎縮して下を向いた。


「相変わらずのようね…素敵な仲間を落胆させないためにもお酒は控えることをすすめるよ」

「い、今はその話いいから…ごほん。脱線したけど、ここにある情報とこの前街によった時に裏側の組織に探りを入れてたのもあって今までにない情報も多く出てきてるわ」


ミーシャが話を戻そうとした時、街でただ飲み歩いていただけではないことを知った3人は驚きを隠せず…疑いの目でミーシャを見つめる。


「ちなみにお酒飲む前だからね!全く…分かったよ…ちょっとは酒量減らすから今は話聞いて」


ミーシャは資料を広げ、ビギルの行動が検問突破のため大規模に動き始めていることが分かった。

 今までも検問に探りを入れるように突破を試みていたようだが…今回王国側が検問強化に乗り切ったことで、人員配置が完了する前に突破をしようと考えている様子。


「王国側が重い腰を上げましたね」


クロトの言葉に全員が同意していると、ミーシャは続けて説明する。


「今回王国が動き出したのも理由があるの。もちろん前代未聞の大事件ってこともあるけど。今まで反対していた王族派閥、貴族派閥の一部を剣星ロイアスが黙らせてたの」


ヴィクトリア王国には二つの王族が存在する。

 一つは王政に積極的に参加し、王位継承権を保持しているアルトリア家。

 一つは10歳の誕生日に王位継承権を放棄し、騎士団として王国を守るアルトリアニア家。

 剣星ロイアスは、本名ロイアス・アルトリアニア。

 王族でありつつも、王国騎士団長であり、スズメと同じ剣星を授与された王国でもトップクラスの実力者である。


「剣星ロイアスが表立って行動できたのもスズメのおかげだよ」

「?」


ミーシャの言葉に疑問を浮かべるスズメに、クロトが説明する。


「副次的な効果ですね…刀姫。天ノスズメが名前を出してまで解決しようとしているのに、王国は何をしているんだ!という声が最近上がるようになったんです。特に王国の守護を任されている剣星ロイアスは同じ剣星であるスズメが動いているのに、民を守るべき剣が足踏みしている状況でしたからね」

「そういうこと。スズメが表、裏に圧力をかけたことによって剣星ロイアスも動きやすくなった。だから今回反発を押し切って検問強化とビギル捕縛への動きが強まった」


本人は全くその気がない…ただタクミのためだけに動いているので、二人の言葉にとても微妙な表情をする。


「まあ…正直ここまでなるとは思っていなかったけど。いい方向ならよかった」

「ええ、私もロイアスが動くのはあわよくば。と思ってたけど。いい状況になってきたわ」


ビギルの行動が大きくなったことによって、情報も掴みやすくなった。

 そして検問に増員が来る前の時期と裏で手にした情報…それらを組み合わせビギル捕縛に向けた時期が明確となった。


「検問に大規模な襲撃が予想されるのはおよそ15日後。その前にやらないといけないことは山ほどある」

「冒険者協会にも人員を手配が必要ですが…事件が事件なので、また騎士団と共闘することになりそうですね」

「ロイアスが検問…国境付近に移動するのは難しいと思うけど、本人とコンタクトをとってどれぐらい手を借りれるかも確認したいところね」


冒険者協会と協議し人員を手配することはクロトが請け負うこととなった。

 だが、問題はロイアス本人とのコネクションが刀姫パーティーにはないことだった。


「王国側の人間とはあまり関わりないからね…まあ、やろうと思えば連絡出来るからちょっと時間はかかるけど私が――」


ミーシャが渋々伝手を辿ることになりそうだった時……サラがニッコリと笑顔を見せ一枚の封筒を差し出した。


「ここに、直通の伝手がありますよ」


それはアルトリアニア家の三女、マリア・アルトリアニアの誕生日パーティーの招待状だった。

 そこでアルトリアニア家は王位継承権を放棄し騎士となるか、継承権を維持したまま王室に入るか選択することとなる。

 当日までその選択は伏せられているが、今回誕生日を迎えるマリアは王室入りが有力視されている。


「もちろん当日は剣星ロイアスも参加します。ご本人の家で開かれることもあって密会などはしやすいかと」


パーティーの招待状を確認しミーシャはサラに向け親指を立てる。


「流石ね、サラ。これは助かるわ。返答期限過ぎてるけど…まあ任務ってことで何とか参加させてもらえるかな…?パーティー用のドレスどこにしまったっけ――」


ミーシャがドレスに心配などをしている最中、その手に持っていた招待状をスズメが手に取り宣言する。


「私も行く」

「え…?」「はい?!」


こういう社交的な場は大体ミーシャとクロトが参加することになっている。

 今までパーティーにスズメが参加したことはなく、本人の刀姫授与後のパーティーですら顔を出さなかった。

 そんなスズメが自発的にパーティーに参加することに驚きを隠せないミーシャとクロト。

 その二人を他所にスズメは招待状に参加者欄に自分とミーシャの名前を書いてサラに渡した。


「あとで一筆書いたものと一緒に速達で出して。お願い出来る?」

「かしこまりました。すぐ手配します」


招待状を手に一旦退室するサラ…未だに信じられないといった顔をする二人にスズメは申し訳なさそうにするが、すぐに顔を叩いて持ち直す。


「ほら、時間ないから…ミーシャ明日ウィルナスに至急で用意出来るか聞いてみて」

「あ…う、うん。和服だよね…多分前に本人が面白がって手に入れた布があるって言ってたから仕立て屋紹介してもらうよ…と、とりあえずサイズだけ図ろう」


ミーシャはまだ現実を受け止められないようだったが、スズメに引っ張られるように退室した。

 残されたクロトもまだ少し動揺している様子だが、ふと我に返り冒険者協会に連絡する準備に取り掛かった。


不安しかない…そんな誕生日パーティーが刻一刻と迫ってくる。

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