第13話 隠された血(2)
「いって!あの男余計な真似しやがって」
数年前、ビギルの盗賊団が全盛期かつ、まだタクミが名前の無いただの雑用係だった頃。
女性たちを攫ってきた盗賊たちは少なからず抵抗を受け怪我をするものが多数いたが…盗賊たちは翌日も変わらず女性たちを攫ってきた。
その時タクミが何気なく目にし、気にも留めなかった彼の異常さ。
記憶を覗いていたヤマネコはそれを見逃すことはなかった。
「にゃぁ」
記憶の中の男の肩にのり傷口をよく観察する。
昨日、刃物で受けたらしき傷が完全に塞がっており、カサブタすら薄くなっている。
明らかに人間の治癒力を超えたその体の秘密……ヤマネコは記憶の中から抜け出し、ゆっくりとタクミの部屋に向かった。
「うっ……」
突然発熱したタクミは苦しそうに息をしていた。
世話をしていたサラはちょうどタオルを取りに行ったのか不在……ヤマネコは静かにタクミの側にいくとゆっくり手を乗せる。
「おねえ……ちゃん?」
意識が朦朧としているのか、タクミは苦しそうにヤマネコに手を伸ばす。
「にゃぁー」
ヤマネコは頭に乗せた手をポンポンと叩く。
するとタクミは糸が切れた操り人形のようにぱたりと眠りについた。
その側で窓の外をみるヤマネコの姿は、気がたっていて何かに備えているような気がした。
※※※
魔法障壁が引きちぎられたと同時にミーシャの杖を掴んだビギル。
ミーシャは咄嗟に杖を捨てビギルに後ろ回し蹴りをお見舞いする。
「っ!?」
ダメージがあるようには見えない。
確かにミーシャの身体能力はスズメ、クロトと比べると子供のように見えるだろう。
だが冒険者として対人戦も少なからず経験している彼女の蹴りをまともに食らってなお少しの距離しか稼げない異様なタフさ。
明らかな異変にミーシャは瞬時に移動魔法を繰り出す。
「ブリンク!」
移動魔法として確立されているのは二つ、鏡をアンカーとした長距離を転送する魔法。
そして…予めマーキングをした移置に自分を転送するブリンク。
だが今ミーシャが行った魔法は三つ事前に仕込んでいた詠唱が発動した。
一つはスズメのところに自分を転送させる。
二つはスズメを自分が居た場所に転送させる。
三つは予めマーキングした検問付近に自分を転送する。
わずか3秒ほどで行われた見事な離れ技は一瞬でこの混乱した戦場に終止符を打つ存在を招き入れた。
「!!」
転送されたスズメは瞬時に刀を抜き伸ばしていたビギルの手を切断。
そして膝を切り体制を大きく崩したところに蹴りを加え後退している兵士から遠ざけた。
「ミーシャ、大丈夫?」
「ええ、こんな形で呼ぶことになるとは思わなかったけどね…」
刀を収めたスズメはミーシャの心配をしつつ、ビギルの方に視線を向ける。
重度の火傷、切断された腕でもがき続け、足をバタバタとさせている異様な光景…確かにある程度手加減はした。
だが…スズメの蹴りでもダメージはなく、足の方は再生しているようにも見えた。
「ミーシャ、もうあれ生捕はないよ」
スズメは残念そうに刀を抜く。
生捕して聞きたいことは山ほどある。
だがしかし…スズメとミーシャの冒険者としての直感が教えていた。
あれを生かして置いてはいけないと。
「クロト?どうしたの」
検問での異常事態で通信魔法が途切れていたが、ひと段落した時――クロトが抑えていた魔物らしきものがそちらに向かっているとの知らせ。
嫌な予感がしたその時――子供ぐらいの大きさの人型のそれは、既にビギルに近づき何やら唸っていた。
そして、ビギルの片腕が再生しそれを掴み食い始めた。
「あっ…」
刀を構えていたスズメは飛び出すことを躊躇した。
それは人としての恐怖、根源的な何かを感じた。
誰に教わるでもなく暗闇を怖がる…そんな深淵を覗くかのような躊躇が事態を悪化させた。
「ウオオオ!!」
それを食い尽くしたビギルは立ち上がりみるみるうちに体が膨張をはじめた。
筋肉なのかすら分からない肉の塊が片腕を異状に発達させ、その巨大な腕で周りを殴り圧倒的な力で地面がひび割れた。
「ミーシャ他の人下がらせて、守りながら戦えない」
「あなた一人で――っ…分かった。すぐに加勢するから」
スズメ一人に任せることは出来ないが、今この場で被害が拡大するのは望ましくない。
ミーシャは迷いつつも兵士たちを後退させた。
そしてスズメは刀を強く握り――
「天ノ流……時雨!」
眼で追う事が出来ないほどのスピードで繰り出された刀は正確にビギルの首を捉えた。
このまま断ちきればいくらなんでも動かないはず……だが、期待は虚しく、スズメの刀はビギルの皮膚数センチを切ったところで完全に止まった。
「?!」
堅い、人間の肉体とは思えない頑丈さ。
鉄でさえも柔らかいと感じてしまうほどの皮膚にスズメは素早く刀を引き体制を立て直す。
「オオオ!!」
スズメを認識したビギルは乱暴に腕を振り下ろし彼女に近づく。
動き自体は単調……ただ力任せに腕を振るっているだけのため、その攻撃がスズメに当たることは決してない。
だが、スズメの攻撃もまたビギルに通じない耐久戦。
「天ノ流…村雨!」
攻撃をかわし様に無数の斬撃を腕、足に集中させるスズメ。
腕は軽々と斬撃を弾くが…足にはまだ柔らかい感触があることに気が付いた。
「(体制から崩すしかないか)」
刀を収め再び抜刀の構えを取るスズメ。
単調に振り下ろされる腕を紙一重で交わし、瞬時に斬撃を入れる。
「天ノ流、時雨!」
後退していた兵士の一人の視点から語ろう。
その刀速はすさまじく、スズメが攻撃を交わした時には既にビギルの片足は吹き飛んでいた。
常人なら何が起きたか理解できない程……だが、そこに立っているビギルは既に人間ではなかった。
「ウオオォォ!!」
片足を切られたにも関わらず激しく動きまわり、先ほどより早く、そして強い力でスズメを攻撃する。
腕は段々と膨張し、攻撃範囲も広くなる。
流石にスズメも距離を取ろうとした正にその時だった。
「あ!!!」
至近に居たスズメは腕に気を取られてしまっていたが、遠くから見ていた兵士の多くが気づいた。
ビギルの片足が既に再生を終えていたことを。
「?!」
斬られた足を薙ぎ払うかのように繰り出したビギル、スズメは回避が間に合わず刀を使って瞬時に3回斬撃を与えた。
だが…その斬撃は首に刀を切れ込んだ時のような堅さの肉体によって全て弾かれ、スズメを刀ごと検問の壁まで吹き飛ばした。
「あ……」
後退していた兵士たちは思わず足を止め検問に出来た巨大なひび、そして突き刺さるかのように叩きつけられたスズメの姿を見た。
片腕は骨折し、皮膚から骨が突き出ている程…内臓も酷く損傷したのか口から大量の吐血し、力なくその場で固まっている姿に誰もが恐怖した。
あの刀姫が、あの刀姫の斬撃を、あの刀姫身体能力をもってしても……
誰もが絶望する中、真っ先に飛び出したのはミーシャだった。
「何止まってんの!早く下がりなさい!!」
ミーシャは詠唱を終えたと同時に大量の炎をビギルに叩きこむ。
そして砦にいたメイジ部隊お呼びクロトにスズメが負傷した旨を伝えビギルの足止めをしている間に治療をするように命令した。
『2分で行きます。補足次第援護射撃を――』
「いらない!早くスズメを!!」
ミーシャは歯を食いしばり、涙をこらえながら答えた。
任せるべきではなかった?自分も一緒に居ればよかった?
違う……そもそもの間違いは――
「うおおお!!!」
目の前で燃えつつも抵抗を続けるこのバケモノの力を侮るべきではなかった。
後悔しても仕方ないとミーシャは魔力を振り絞り絶えずビギルを燃やし続けた。
その威力はすさまじく、遠く……遠征という名目で待機していた騎士団のところに火柱が見えるほどだった。
「副団長、いかが致します?」
騎士団の一人が火柱を観測している副隊長に問う。
すると、副隊長は馬にのりつつ答えた。
「我々遠征訓練中だ。だが多くの志願者が募った…他国からみると進軍としてみえかねん。だがあの火柱は異状だ。私を含めて部隊のいくつかが様子を見にいっても説明はつくだろう」
その言葉に騎士は笑顔で部隊声をかけにいった。
だが副団長の顔は険しいものだった。
「(直前、何か吹き飛ばされたように見えた…まさか…まさかな)」
火に薪がくべられるかのように苛烈さをましていくビギル逮捕作戦。
メイジ部隊によって治療を受けているスズメは折れた刀をまだ握ったまま、意識の奥深くで幼い自分を見ているのであった。
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