第10話 誕生日会(後半)
ヤマネコ村から転移魔法で移動した先は、王都にある冒険者協会の一室だった。
転移の出口からゆっくりと出た二人は久しぶりの王都に少し緊張している様子だった。
「うっー疲れた…」
「お疲れ、無理させてごめん」
「いいよ、いいよ。馬車じゃあ間に合わないし…元々スズメの家には設備を整えようって話になってたから。テストにはちょうどよかった」
ミーシャは背伸びしながらドアを開け事前に連絡して用意してもらった部屋へと向かう。
スズメはしばらく設置された鏡を見つめたのち、自分の頬を軽く叩きミーシャのあとに続いた。
※※※
夜が明けいよいよパーティー当日となった。
夕方から行われるパーティーに向けて準備は整っているため、冒険者協会から出ることはない。
特にミーシャは魔力を大量に消耗したせいか、正午になっても起きる気配がない。
そんな中、昼食を済ませたスズメはそろそろミーシャを起こすことを考えながら部屋に戻っていると――何やら受付の方が騒がしいことに気付く。
寄り道感覚で様子を見にいったところ、数人の貴族と受付の人で少し言い争いになっている様子だった。
「なんでこの依頼が出せないんだ!」
「申し訳ございません。今は別の任務で着いておりまして…依頼は受けていない状態です」
貴族たちは依頼を出したい様子だが、受付ではそれを拒否している。
現在冒険者協会からも多くの人員を出してビギル逮捕に向けて動いている途中。
そのため通常の依頼などが滞っている状態なのは確か…だが貴族たちも少し言い過ぎている部分もあるため、仲裁に出ようとした時…後ろからスズメの肩をそっと叩き受付に向かう男性が居た。
「まあまあ…とりあえず予約として受付しますので、別任務が片付き次第取り組むことで納得いただけませんか?」
その男はリューク、冒険者協会の別支部を任されている人物だった。
仲裁を終えた彼は再びスズメのところに戻ると、挨拶をする。
「久しぶり、刀姫」
「久しぶり、リューク。本部に何か用事?」
「ああ、私もビギル逮捕に向けて色々準備していてね……彼が活動していたところが私の管轄であったこともあって最近は色んなところから聞き取りされて参ってるよ」
リュークは困ったように笑うと、先ほどの貴族たちについて話す。
「あの貴族たちは貴族派閥の人間たちだね…まあ、今抱えている件にそれなりの地位をもった人が関わっていると推測しているが、ビギル逮捕に向けて大きく進んで以来…こうして依頼を無理やり通そうとしてくるんだ」
「……貴族たちを一掃できないの?」
「繋がりが不透明だし、何より証拠がない。依頼内容は正当なものだから…攻撃する材料が少ないからどうしようもない感じだ」
自分はただ今まで任務を受け討伐対象の魔物を一刀両断してきた。
王族、貴族…組合……人の繋がりは無視してただひたすらに刀を振るってきた。
自分がそんな夢中でいられたのは…ミーシャとクロトが苦労したからではないか?
スズメは暗い表情でリュークに尋ねる。
「私…今からでも間に合うかな」
唐突な言葉であったが、リュークはスズメの表情と今回パーティーに参加することを踏まえ状況を察した。
「それは刀姫次第だな。でも…大きく一歩踏み出している。その一歩は決して無駄にはならないさ」
「……うん。ありがとう」
スズメはリュークに会釈して自室へと戻って行った。
その後ろ姿にリュークは大きくため息をついた。
「娘ぐらいの年齢の子が人のいざこざに巻き込まれるのは…大人として見てられないさ刀姫……でも君は前よりとても強くなっている…不甲斐ない大人たちを助けてくれ」
※※※
パーティーの招待客が次々と来訪する会場……ロイアスの屋敷の一部が今回の会場となっているらしいが、一部でもその広さは驚くものであった。
王族、貴族、組合のお偉いさんなどなど、かなり豪華な顔ぶれたちが集まる中…赤いドレスを身にまとったミーシャとバラの柄が入った和を感じさせるパーティーコーデに身を包んだスズメが会場に足を踏み入れた。
スズメに気付いた周りの人達は会話を止め一斉にスズメに注目する。
「私たちの席は前側ね。スズメ大丈夫?」
「問題ない」
ミーシャは今回のパーティーにスズメが参戦することをとても心配していた。
だが、予想以上にスズメは落ち着いており…向けられる視線にも、微かに聞こえてくる自分たちの話にも見向きもせず堂々としていた。
「おや、これはこれはミーシャではありませんか」
用意された席に向けて歩いていると、一人の男性が声をかけてきた。
黒い髪にメガネをつけたとても大人しそうな若い男性……ミーシャは彼をみると、足を止め笑顔で声をかけた。
「ミリス辺境伯!お久しぶりです」
ミーシャの反応からして知り合いの様子。
二人はしばらく会話していたが、すぐにスズメに視線を移した。
「ミリス辺境伯、紹介します。こちらうちのパーティーのお姫様。天ノスズメです」
「天ノスズメ…なんと、刀姫殿!お会い出来て光栄です。私、エイマン・ミリスです。陛下よりエルフの森に近い地域を任されております」
エルフの森……その単語にスズメは昔聞いたことを思い出した。
クロトは元々エルフの森の使者で、代々ミリス家がその使者を出迎えていた。
当時ミーシャはミリス家で雇われていたらしく…そこでクロトと出会いパーティーを結成するきっかけとなったと。
「はじめましてミリス辺境伯…天ノスズメです」
軽く会釈をしてミリス辺境伯に握手を求めるスズメ。
その様子にミーシャはかなり驚いているようだったが、ミリス辺境伯は嬉しそうに手を取り握手を交わした。
「気難しい方だと聞いていましたが、どうやらミーシャの言いすぎのようですね」
「えっと……まあ、そういう年頃ですから。あはは」
困惑するミーシャだが、スズメは不服そうな感じでミーシャの腰を肘で突く。
その様子を見たミリス辺境伯はクスッと笑いミーシャに視線を向けた。
「ミーシャもすっかり丸くなりましたし。刀姫殿にもお会い出来たので、遠くから来たかいがありました」
「ミリス辺境伯の領地は王都からかなり離れていますからね……馬車で数日はかかるのに…やはり今回王室入りが有力視されているマリア様を見に?」
「ええ、王室の勢力図が変わるとエルフの森との関係性も多少なりとも変化しますから。私はよりよい方向にいくことを願うばかりです」
エルフは基本的に他種族とは関わりが少なく、神獣ユグドラシルの根本にある精霊の森で住んでいる。
数百年に一度使者を出して他の種族の動向などを探りに行くが……クロトの活躍により、現在は王国とごくわずかだが交流が存在している。
そんな精霊の森の入口でもある森林地帯を任されているのがミリス辺境伯。
せっかくのエルフたちとの交流も王国の意思が変わってしまえば無くなるかもしれない……彼はそれを恐れつつ、王室入りすることで大きな影響を与えるマリアを見極めにきたのだろう。
「……」
スズメはミリス辺境伯を見て色々なことを考えた。
自分が今までしてこなかった人との繋がり……一人で何でもできると思っていた頃には想像も出来なかった複雑な世界。
刀を振るえば解決する問題は多かった……でも、世界はそんな単純ではない。
「そうだ、ミーシャ、刀姫殿。いつかクロトも連れて遊びに来てください。みんな喜びますよ」
「ええ、是非」
「はい、その時はお世話になります」
こうしてミリス辺境伯と会話を終えた二人は、用意されたテーブルに座った。
何故か椅子ず3つ用意されていたが、二人は特に気にすることなく席についた。
「スズメ意外と大丈夫そうね」
「……まあ、礼儀作法は一応頭に入ってるよ。あんまりしたくはないけど」
ため息をつきながらそう答えるスズメに、ミーシャは近くのメイドに飲み物を頼んだ。
「ジュースでも飲んで落ち着いて、あと軽く何か食べる?始まるまで少し時間があるから」
「食欲はあまりないけど、任せるよ」
「うん、ちょっと待ってて」
席を立ったミーシャは食べ物を取りに向かった。
一人残されたスズメだが……周りの人達の視線は少し痛い。
気が休まらない…ミーシャとクロトはパーティーから帰ってきたら口を揃えてそう言っていた。
今回は少し特別だが…それは今まで二人が参加してきたいたものと大きく変わらないだろう。
と、再びため息が漏れ出す手前…スズメは背筋がビリ着く気配を感じた。
周りのざわざわが激しくなり、スズメはゆっくり視線を後ろに向ける。
「はじめまして…で大丈夫ですかな。刀姫」
「…ロイアス騎士団長」
ロイアス・アルトリアニア、彼は優しい笑顔でスズメを見つめていたが、彼から漂う強者の香りにスズメは思わず視線が鋭くなっていた。
だが、すぐにこの場がパーティー会場であることを思い出し席を立ってロイアスに握手を求める。
「刀姫、天ノスズメです。こうして挨拶するのははじめてですね」
「ええ、お会い出来て光栄です」
握手を交わした二人だが……お互いのごつごつとした手の感触に二人は同時に目を見開く。
それと同時にロイアスはもう片方の手でスズメの手を覆うように握手した。
「…今こうして手を取って分かりました。ほんとにあなたに会えて嬉しい。いや、これは父親として少し嫉妬する部分もあります。ははは」
「?」
ロイアスの言葉に少し困惑するスズメであったが、彼はスズメに座るようにすすめ自分も空いてる席に腰かけた。
ここで何故椅子が3つ用意されていたのかスズメはなんとなく理解した。
「さて、色々話したいことはあると思いますが……まず私からのお願いを聞いて頂いてもよいですか?」
「ええ、私が出来ることなら」
「ははは、ありがとうございます。実はどうしてもあなたに会いたいと言われましてね。何せあなたの大ファンですから」
「そうですか…その方とは?」
「まあ、まあ。とりあえず式を見てから説明します。そのあとミーシャさんも交えて色々お話しましょう」
「ロイアス団長は色々お見通しのようですね」
二人が会話している最中、料理を手に戻ってきたミーシャは、危うくその皿を落としそうになった。
そしてスズメからコッソリと話の全容を聞かされなんとか三人で当たり障りのない会話をしているところ……
『お待たせいたしました。されでは本日10歳の誕生日を迎えます。マリア・アルトリアニア様からお言葉と、王位継承権について語らせて頂きます』
アナウンスとともに会場の光が薄暗くなり、用意された壇上に光が灯る。
そして淡い青のドレスに身を包んだマリアが壇上にたちドレスを少し持ち挨拶した。
「いや…もう10歳だなんで信じられませんよ。子供の成長は早いものですね」
ロイアスは目に少し涙を浮かべつつも喜んでいる様子だった。
10歳……タクミと同じ歳の子、どうしてもタクミと重なって見えてしまうところがあり、スズメは複雑ながらも。
「だからこそ見逃したくないですよね。成長の瞬間は」
と、答えロイアスの目頭をさらに熱くした。
壇上ではマリアが感謝の言葉を述べたのち、いよいよ王位継承権について語られる。
この場の全員がその見届け人と証人となり、マリアは王室入りする―――
「私、マリア・アルトリアニアは剣に誓い、盾を掲げます。暗闇の中でも剣の誓いと盾を手に――」
誰もがそう思い、王室への思いを語ると思われた。
だが、マリアは片膝をつき代々王国に伝わる騎士の誓いを口にした。
会場はざわつき衝撃が走る。だが――その誓いの言葉を誰も止めることは出来ない。
「私、マリア・アルトリアニアは王位継承権を放棄致します」
誓いの言葉を終えたマリアはそう口にして深く頭を下げた。
誰もが予想しなかった事態……会場が唖然とする中、ロイアスは拍手を送った。
そしてその隣にいたスズメも拍手を始め会場全体が拍手の音でいっぱいとなった。
壇上を降りたマリアは真っ直ぐに父ロイアスに向かってくる……と思いきや隣にいたスズメの前に立ち挨拶をする。
「は、はじめまして!刀姫天ノスズメ様……わ、私マリア・アルトリアニアです!本日は誕生日パーティーにお越し頂き誠にありがとうございます」
壇上でのはきはきとした喋り方はいずこや……緊張で固まった体を震わせながらスズメに挨拶する彼女。
その様子にスズメはロイアスに少し視線を送るが、彼は優しく微笑んだまま小さく頷いた。
「はじめまして、マリア様。壇上でのお姿、目を離すことが出来ないほど輝いておりました」
「あ、ありがとうございます!私…刀姫様に憧れております!絶対……絶対に私はあなたと肩を並べる……いえ、それ以上の剣士になってみせます…!ですので…その……その!!」
興奮した様子でスズメの手を取り話した。
「わ、私が最年少で騎士団の試験に合格した暁には……私に稽古をつけていただけますでしょうか?!」
熱意が溢れる視線でスズメを見つめるマリア……こんな姿普段の彼女から想像できない程。
周りはさらにざわつくが、スズメはお構いなしにマリアの手を握り返しそして小指を繋ぐ。
「東方の約束事の際に行われる習慣です。もちろん喜んで。その代わりと言ってはなんですが…私のお願いも聞いてください」
「はい!!何なりとお申し付けください!」
「私にはマリア様と同じ歳の弟がいます。もし縁があれば…仲良くしてあげてください」
「刀姫様の……弟?」
刀姫の妹弟がいると聞いたことのないマリアはもちろん、ロイアスは驚いていた。
だが、マリアは迷うことなく答える。
「はい!!こちらこそ仲良くさせて頂きたいです!」
その答えを聞いてスズメは満足そうに指を切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます