第9話 誕生日会(前半)

王族、アルトリアニア家の三女であるマリア・アルトリアニアの誕生日会まであと1日。

 急ピッチで準備を進めたスズメとミーシャは、魔法でウィルナスから送られてきた服の情報をミーシャが魔法でスズメに投影してサイズなどを確認していた。


「うん、パッチリね。色合いとかもよく似合ってると思うけど」


白色をベースとした布に大きな赤いバラの模様が施された着物、そしてシンプルな長けが眺めの黒のスカート。

 スズメの要望に応えた東方の着物を交えたドレスコードとなっている特性の服は、ウィルナスが紹介した仕立て屋が1日で仕上げ現品は当日の宿に送っているとのこと。


「ありがとうミーシャ。仕立て屋さんとウィルナスにもよろしく」

「分かったわ。私のドレスも宿に送ってるし、あとは今夜出発するだけねー王都は久しぶりだわ」


投影魔法を終えたミーシャはベッドに寝転び天井を見上げる。

 そして、ずっと疑問に思っていたことを質問する。


「ねえ、今回の参加を決めたのもタクミくんのため?」

「…まあ、それもある。剣星ロイアスと顔見知りになっておくのもいいし、あわよくば色々伝手があれば…とか思っているのが一つ」

「もう一つが本音かな?」


スズメはミーシャの隣に座ると大きく頷いた。


「タクミは頑張って変わろうとしてる。姉である私がいつまでもイヤイヤしてたら示しがつかないでしょう」

「……ふふ。最近のスズメはホントに可愛いなー!」


飛び起きたミーシャはスズメを抱きしめるとそのまま押し倒して頬を摺り寄せた。

 少し嫌そうなスズメであったが、特に抵抗はせずミーシャの背中をポンポンと叩いていた。


「クロトに相談してたみたいだね。闘い方とか色々」

「うん」

「スズメが満足いく答えを見つけるのは難しいと思うけど、近いうち辿り着けると私は思うよ。昔のスズメじゃあなく、今のスズメなら特に」

「…よく分からない」

「大丈夫、私もクロトもそばにいるから。安心して」


ミーシャは優しくスズメの頭を撫で、起き上がると思い出したかのように質問する。


「そういえば…スズメアクセサリーは?」

「…ない」

「いや、流石にダメだからね…?貴族も王族も集まる場だから…それなりの飾りは必要だよ?」

「そう言われても…」

「はあ…分かった私の貸してあげるから…せめて指輪とかイアリングぐらいは付けよう」

「…うん」


そう言ってミーシャはアクセサリー箱を取り出し、スズメを鏡の前に座らせた。


「うーんこっち…いや、あの服と合うのこっちかな…」


ミーシャが悩んでいる途中、スズメは鏡越しにミーシャと視線を合わせ質問する。


「タクミとサラさんは?」

「今日は授業ないから、朝から工房に行ってるよ。作りたいものがあるんだって。あ、スズメこれ付けてみて」

「…そう」


イアリングの一つを受け取ったスズメはゆっくりと耳につけ残念そうな表情をした。

 するとミーシャはスズメの口角を指であげ…


「またタクミが帰ってきたら投影で服見せてあげるから、そう落胆しないの」

「…ありがとう」

「どういたしまして、あー…流石に指輪は合わないから首飾りとかにしようかな…スズメ好きな形は?」

「刀」

「そんなものあるわけないでしょう」


悩んで末、スズメのネックレスは服の柄と合わせてバラの形をしたものになった。


※※※


王都、ヴィクトリア。

 中心部からかなり離れた場所に剣星ロイアスの屋敷は存在した。

 迷いそうなほどの大きな庭園に、屋敷の中では多くの使用人が働く。

 そんな中、庭園の一角で木剣がぶつかる音が聞こえる。


「はあぁ!」


素早く剣を振るい、自分より遥かに背丈のある青年と稽古をしている一人の少女。

 透き通るような銀色の髪と同じ年代の子たちと比べ恵まれた体格をしている少女は、明日行われる誕生日パーティーの主役。マリア・アルトリアニアだった。


「うっ!」


青年に軽々と攻撃を防がれ、カウンターの攻撃を盾で防いだが…衝撃を上手く受け流すことが出来ずそのまま体制が崩れてしまう。

 再び起き上がろうとした頃には、青年の木剣が自分の喉付近に近づいていた。


「ここまでにしよう。マリア」

「い、いえお兄様!もう一本お願いします!」

「ダメだ。焦るのも分かるが。明日は誕生日パーティーだ。もし怪我でもしたらお父様にも迷惑がかかるぞ」

「……はい」


兄の言葉にマリアは不服そうにも木剣をしまい深く一礼する。

 そのタイミングで軽く拍手をしながら屈強な男性が近づいた。

 年齢は40代程度にみえる若い男性……鍛え上げた肉体はまるで鎧のような筋肉に覆われ、190cmはあるだろう大柄の男は、みかけによらずとても優しい表情で二人に声をかける。


「二人ともお疲れ。お茶が入ってる。少し話さないか?」

「はい、お父様」

「すぐ片付けて参ります。お父様」


この男こそが、王国騎士団長…ロイアス・アルトリアニア。

 スズメの刀姫授与を進めた人間でもあり、彼女と同じ剣聖を授与されている王国最高戦力…人呼んで王国の盾。

 二人が片付けを終え席につくと、ロイアスは自らゆっくりお茶を入れ二人に振舞った。


「マリアの調子はどうだ?アリアス」

「はい、優秀…その言葉でも足りないぐらいです。新参兵5人掛かりでもマリアには敵わないでしょう」

「はは、それは乙女にとっていいことなのか、父としては少し悩ましいところだな」


そういいつつも、ロイアスはとても嬉しそうに話し、マリアの頭を撫でる。


「今日も頑張ったな。でも明日は大事な日だ。無理はダメだぞ」

「はい、お父様…」


先ほどの練習試合が余程悔しかったのか、マリアは少し涙を飲み込み答える。

 すると、アリアスは父ロイアスに視線を向ける。


「お父様…やはりマリアは――」

「アリアス。それは言ってはならない。王位継承権を維持するも放棄するも全てはマリアが選択することだ。このことに対して誰も口出ししてはいけない。それは父である私も、兄であるアリアスも同じことだ」

「はい……分かっております。ですが、私は悔しいのですお父様」


アリアスは少し興奮気味で席を立ち話した。


「マリアは信念を持って剣を振るっています…私は騎士として…武人としてマリアの願いが叶わなくなってしまうことだけがどうしても…」


王位継承権を維持、放棄することは本人に決定に委ねられている。

 だが、現在マリアは女王としての継承権が第3位となっている。

 そのため王室に入ることが有力視されており、王族派、貴族派はここ数ヶ月マリアをどう自分たちの勢力に取り入れるかの話題で持ち切り。

マリアの女王としての継承権がここまで高いことは王室入りしている女性陣に難があるためだった。

 第1位であるアルトリア家長女は病弱であり、2ヶ月前に病に倒れ現在も闘病中である。

 第2位であるアルトリア家次女は実力こそとてもいいが、性格に癖があり貴族派閥を徹底的に嫌っていることから度々彼女に対して反発が起きている。

そんな中…また幼いが頭脳明晰、容姿端麗で将来に期待が持てるマリアに第3位の継承権が与えられたのであった。


「アリアス。それは私も同じ気持ちだ。それでも選択するのはマリアであり私でもアリアスでもない。全ては明日分かる。家族としてその決定を応援してあげるのが責務だ」

「……はい、お父様。すみません…言い過ぎてしまいました」


アリアスは一礼をしてゆっくりと着席した。

 そしてマリアの様子を伺いつつも、少し気まずい空気が流れる。

 そんな中…ロイアスはマリアに視線を向け手紙と名簿を差し出した。


「アリアスにもマリアにも明日言おうとしていたが、私も楽しみでね。少し早めだが参加者名簿と個人的に気に入った手紙を見てくれ」


アリアスは参加者名簿を、そしてマリアは手紙を手に取り読み始めた。

 参加者名簿は綺麗にまとめられており、どこに所属している人が来るのか一目瞭然…アリアスがパラパラとページをめくり、リストを確認する中。

冒険者協会から参加するリストにミーシャ・クロイツ、そして天ノスズメの名前を目にして飛び上がった。


「あ、天ノスズメ?!け、刀姫が参加するのですか?!」


思わず声を上げてしまったアリアスは周囲を見渡し恥ずかしそうに着席した。


「いや、やっぱりその反応だよね。私も冒険者協会から送れて返信が来た時には見間違いかと思って部下に4回は読ませてしまったよ」


ロイアスが笑う中、手紙を読み終えたマリアが席を立つ。


「お父様、お兄様。明日のドレスの準備を確認して参ります!」

「ま、マリア?!」


かなり急いだ様子で普段あまり走らない彼女が大急ぎでメイドを連れ自室に戻る。

 その様子にアリアスは驚き、ロイアスは声を出して笑う。


「ははは、予想はしてたけど。二人ともいい反応をしてくれる」

「お父様…誰だって驚きますよ。刀姫は自身の授与式後のパーティーですら欠席した人ですよ。それに性格にかなり難がある人と聞きます……正直、不安でしかありません」

「まあ、マリアを祝ってくれるというならいいじゃあないか。私も刀姫に会えるのは楽しみだ。何せ授与式で顔を見たぐらいで一度も話したことはないからな」


ロイアスが楽しそうに笑う中、アリアスは大きくため息をつく。

 そしてマリアはスズメが送ってきた手紙を大事そうに抱え自室へと急ぐのであった。


※※※


ヤマネコ村に少しずつ明かりが灯る頃、スズメとミーシャはパーティーに参加する準備を終え、出発の時刻までのんびりと過ごしていた。

 するとそこへ慌てた様子でタクミが工房から戻ってくる。


「ただいま!お姉ちゃんまだいる?!」


息を切らせて部屋に入ってきたタクミに、スズメは心配そうに近づく。


「どうしたの?何かあった?」


スズメの言葉にタクミはブンブンと首を横に振り否定する。

 そして一つの箱を渡して満面の笑みを浮かべた。


「これ!作ったの!パーティーにつけていってほしくて…」


受け取った箱を開けるとそこには葉っぱの形をしたブローチが入っていた。

 シンブルで、少し形がアンバランスではあるが…ブローチを手に取ったスズメはしばらくそれを見つめた。

 そして次の瞬間には思いっ切りタクミを抱きしめる。


「ありがとう…タクミ」


はじめて参加するパーティー…正直不安しかなく、ミーシャがいるとはいえ心細く思っていた。

 そんなスズメにこれ以上にない後押しをしてくれたタクミ。 

 その後、出発準備をしていたミーシャにねだり魔法で投影したドレスにブローチを合わせる二人。


「私、このあともたんまり魔力使うんだけど」


喜ぶ二人の姿をみながら、笑ってそう呟くミーシャ。

 その言葉に横に居たサラは仕方ないと言わんばかりにミーシャの頭を撫でた。


「はいはい、今度美味しいお酒取り寄せておきますから」

「その言葉忘れないでね…まあ、でも。スズメもタクミくんも喜んでくれて何よりかな」


二人の姿をしばらく見ていたミーシャだが、時間が迫ってきていることもあり手を叩いて二人に終了のお知らせをする。

 そして、館の一室に全員で移動すると、部屋の中央に置かれた大きな鏡……その近くで作業をしていたクロトの姿が見えた。


「お疲れクロト。ごめんね、急に呼び戻して…」

「いえ、転移に必要な設備の設置は前々から考えていたことですし。二人を見送れて嬉しいですよ」


クロトが作業していたのは転移に必要な特別な鏡だった。

 この鏡と同じものが転移先…王都ヴィクトリアにある冒険者協会の一室に設置されている。

 転移魔法の発動はミーシャが担当するが、その正確な位置と魔法を安定化するための言わばアンカーのような装置である。


「ちょっと離れててね」


術者のミーシャ以外が鏡から離れた場所でミーシャの詠唱終了を待つ。

 部屋にはミーシャの魔力が可視化出来るほど濃く充満する。

 小さな赤い光が無数にミーシャの周りを囲う姿は、まるで雪に包まれているような光景だった。


「さて、ここで少し座学といきますか」


不思議そうにミーシャの魔法を見つめていたタクミに、クロトは微笑みながら提案する。


「魔法使い(メイジ)は魔力を使い魔法という奇跡を発動することはよく知られています。では問題です。戦士、つまり魔法使い以外が使う特別な能力はなんというでしょう?」

「え…えっと…お姉ちゃんが使ってる……?」


タクミはスズメ、サラ、クロトの顔を十番に見つめつつ答えを考える…そして数秒後、閃いたように手を上げる。


「闘気!」

「正解ー!魔法使い以外は基本的に魔法が発動できる程の魔力は有していません。ですが、闘気…言わば生命エネルギーは誰もが等しく有しており、魔力同様訓練などで底上げすることが出来ます。簡単にいうと体力を使って使うちょっとした魔法という感じですね」

「お姉ちゃんが使うとすごく早くなる!」

「ええ、闘気は身体能力の向上に使われることが多いですが。それ以外でも多種多様な使い方があります。ほとんどの人が一部の身体強化を得意としますが……刀姫は全身を同時に強化して尚且つ武器にまとうなど、特質した才能がありますよ。タクミ君のお姉さんはそれゆえ最強なのです」

「やめてクロト…恥ずかしいから」


クロトの説明に目を輝かせるタクミだが……スズメは照れ臭いようで、目を逸らしてため息をつく。


「タクミは魔力が少ない方だから、もし冒険者になるなら戦士がおすすめだよ」


と、いつの間にか詠唱を終えたミーシャが近づきタクミの頭を撫でる。


「ミーシャ…」


しかし、スズメは少し怒ったように彼女を睨みつける。


「冗談、冗談。タクミくんは鍛冶師の方が圧倒的に才能あるからね。せっかく王都までいくから、参考になりそうな本とか武器とか買ってきてあげるから」


一瞬不味いと言わんばかりの表情をしたが、慌ててタクミにそう言い聞かせた。

 当の本人は何も気にしていないみたいで、お土産のお話に期待を膨らませつつスズメに近づいて手を掴む。


「気を付けて…お姉ちゃん」

「うん、お土産期待してて。何か欲しいものはある?」


ミーシャから素敵な提案を受けているが、念のため聞くスズメ。

 すると彼は迷うことなくすぐに答える。


「チョコレート!」


外の世界を知ったタクミがはじめて口にした食べ物…

 その味を気に入っているのか、お土産にねだることが多い。

 だが、スズメは知っている。彼がチョコレートをねだる理由は――自分とまた一緒に食べたいから…

チョコレートを半分にして食べたあの時から、タクミはチョコレートをもらうと半分残してスズメとわけようとする。


「うん、それじゃあ明後日には帰ってくるから」


スズメはタクミに小指を出して指切りをする。

 そしてミーシャが展開した転移魔法の入口に入りそのまま魔法はゆっくりと消えていった。


「今のは?」


サラは二人の謎の動作に疑問を浮かべる。

 すると、タクミは嬉しそうに小指を見せながら微笑む。


「お姉ちゃんが教えてくれた東方の約束方法!こうやって小指を出して――」


クロトとサラはその姿を見て嬉しそうに話す彼の話を親身に聞いた。

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