第4話 宣告

人の記憶は曖昧で、不確かなもの…自分の都合のいいように改変されてしまう場合もあるため、確かとは到底言いにくい。

 それでも、記憶は事実でありそのものが感じた時間である。

 深く眠っているタクミは、まるで水の中にいるような感覚とともに静かに流れる記憶の砂を眺めていた。


『今月また調達量が増えたぞ』

『またかよ…いい加減飽きてきたんだが』

『新しい女を捕まえりゃいい。その気にもなるさ』


アジトでの山賊たちの会話…泣き叫ぶ女性の声。

 運ばれていく謎の箱……定期的に来る謎の集団。


『なんでこいつはダメなんだよ』

『血がダメらしい、こんなケースは稀みたいだと上も大騒ぎだ』

『ガキの面倒なんてみれないぞ』

『産ませた女にやらせればいいさ。こいつ他のガキと違って大人しいさ』


母親に始めて会った日の記憶……自分を見つめる獣のように鋭い憎悪の目。

 全ての記憶が砂となって何処かへ流れていく。


『にゃぁぁー』


ゆっくり目を覚ましたタクミは、ふかふかのベッドに違和感を覚える。

 ずっと床で寝ていた彼にとっては不思議な感覚でもあったのだろう。

 しばらくベッドを手で触り不思議そうにしていたが…自分のお腹に何か重さを感じ視線を向ける。


「にゃああ」


丸々と太った猫がタクミに挨拶するかのように鳴くと彼はペコリと頭を下げて体を起こす。


「は、はじめまして……」

「にゃあああ」


タクミはヤマネコと意思疎通が出来ている…というか会話が成立している様子だった。

 言語が全く違うにもかかわらず、ヤマネコの鳴き声で意思を理解し言葉を述べる。


「助けてくれてありがとうございます……」

「にゃあ」


ヤマネコはタクミの言葉にタクミの体をしっぽでぺちぺちと叩き、窓際に向かった。

 そして器用に窓を開け外へと飛び降りそのまま森へと消えて行った。

 タクミはぼんやりとその姿を眺めヤマネコが見えなくなったのち、周りを見渡す。

 お屋敷の一室…それはタクミが見たこともない綺麗な部屋だった。

 床に敷かれたカーペット……どこかの草原を描いた絵画。

 机と空っぽの本棚……木目が綺麗なタンス。

 困惑しつつ、まわりに誰もいないことに不安を感じていると……


「タクミ…」


丁度様子をみにきたスズメが起きている彼の姿をみて驚き、素早く駆け寄った。

 熱を確かめ体を触って他に異状がないか確かめる。

 何事もなかったように元気になっている彼の様子と開いた窓……そしていなくなったヤマネコ…状況をみてヤマネコに一つ借りが出来たとスズメは認識した。


「……大丈夫?」


スズメはタクミに近づくとゆっくり手を握りしめた。

 タクミはその手をギュッと握り返し不安そうにスズメを見つめる。


「ここは…?」

「私の家……大丈夫、ミーシャとクロトもいるから」


スズメはタクミの手を離さず見様見真似でタクミの頭を撫でた。

 ミーシャが自分にやっていた時と同じようには出来ないが……不器用ながらも彼を安心させることが出来た。

 姉になる……それについてずっと考えている。

 何度考えても答えは出ない。

 手を掴む意味も、頭を撫でる意味も見いだせない……でも――


「うん!」


嬉しそうに笑うタクミの姿を見ていると、心の中で何か溶けていくような感覚がある。

 それは自分が失くしたもの、失くしてしまったもの……そして、タクミには失くしてほしくないものだった。


「ちょっと待てってね。ミーシャにご飯をお願い――」


席を立とうとした自分の手を力いっぱい掴むタクミ。

 それを見てスズメは少し表情がほぐれその場に座った。


「わかった。しばらくお話しよう」


不器用でも、失ってしまっていても……自分はこの子の姉なんだ。

 そう強く思うスズメであった。


※※※


一方、ミーシャとクロトは村の人たちに一通り挨拶を終え今後の方針を決めていた。


「村の人は流石に協力的だったね」

「ヤマネコが縄張りとしている森で取れる薬草は貴重で、長年他の領地から採取権の譲渡を迫られて困ってましたからね。この村にとって刀姫は救世主……そして何よりも――」

「まさかとは思ってたけど、税を最低限……ほぼないようなものになってたなんてね」


ヤマネコ村の実質的な運営は村長に委ねられていて、税などは必要最低限…それも他領地と比べると破格過ぎるものだった。

 いくら人口が少ない村とはいえ…これでやっていけるのか?

そう疑問に思った二人はこの際徹底的に村について調べた。

 すると――スズメは自身の報酬の半分を村に収めていたことが明らかになった。

 税を取るどこか逆に村に報酬を収めている。

 おかげで村の施設は盤石に維持され、特産物の薬草のおかげで村の収入は十分。

 いつしかスズメの報酬を必要としなくなった村は、もらった報酬を預かって返す日を待っていたとかなんとか……


「スズメが報酬を何に使っているかは気になったけど、まさかこんな領主がいたなんてね」

「他の貴族が聞いたら腰を抜かすに違いありません。流石は刀姫……ですかね」

「っというより面倒だから投げているだけの気がするけどね」

「それもそうですね……」


二人はため息交じりで笑いながらも、これからスズメに勉強してもらうことが多くなったと喜ぶのであった。


「さて、スズメの人望もあって村人の何人かが使用人に立候補してくれたし。あとは家庭教師の連絡待ちでいいかな」

「そうですね。一先ずは一件落着……と言いたいところですが」


クロトはミーシャの前に一枚の手紙を置く。

 それは冒険者協会の印が押された速達の手紙だった。


「ええ……」


嫌な予感がするミーシャは嫌がりながらも手紙を読む。

 しばらくしたあと、手紙を置いて大きく息を吸う。

 内容が相当ややこしいのだろうか……いや、そうではない。

 ミーシャは静かに怒っていたのだ。


「山賊たち裏があと思ったら…同じ人間としてあり得ないわ」

「言葉は悪いですが……完全に牧場と言えるでしょう」


タクミを含めた大勢の女性を救い出した山賊たちのアジト。

 そこで行われていたのは想像を絶するほど外道なこと……

 人間を家畜か何かとして扱い、ずっと子供を産ませ続けていた。

 子供が産めなくなった人は次々に殺され、生まれた子供はどこかへ消えて行く。

 痕跡は少ないが、全てを知るものが幸いにも生きている。


「逃げてるんでしょう。山賊のリーダ。ビギルは」

「はい、情報によると中央大陸に逃れようとしていますが…逃走ルートに手間取っているのだと」

「関所の警戒レベルも上がっているし、絶対に捕まえみせる」


ミーシャは拳を握りしめ、鋭い目でそう宣言した。

 クロトもミーシャと同じ気持ちなのか、強く頷く。

 だが、クロトは一つの疑問を提示する。


「ミーシャ、この事件…貴族並みの権力を持つものが絡んでいると思いませんか?」

「……というと?」

「山賊のアジトをみたところ、ざっと数十年は同じ場所にいると思いました。何故今になって見つかったのでしょうか?」

「裏で手を貸していた人がわざと山賊たちを売ったってこと?」

「ええ、そして消えた子供たち……アジトにはタクミ以外子供の姿はありませんでした。そして……情報となるものも」


意図的に尻尾切りをしたとしか思えないこの状態……つまり冒険者協会も踊らされている可能性が非常に高い。


「……しばらくは踊ってあげましょう。タクミのこともあるけど、まず情報が足りない。変に行動するよりもいい手があるわ」

「ビギルを私たちのパーティーがいち早く捕えれるということですね」

「ええ、引き渡される前に。何者かに始末されないうちに早く捕えてしまえばいいわ。私たちにはそれぐらいの力がある」


ミーシャはそう口にすると、杖を持って席を立った。


「さて、ちょっとだけ探りを入れてくるわ。留守は任せてもいいかしら?」

「ええ、問題ありません。何かあれば連絡します」


こうして、ミーシャは一度ヤマネコ村を離れることとなった。

 残されたクロトは時間を見て一度タクミの様子を見にスズメの屋敷へと向かうのであった。


※※※


『コンコンコン』


スズメとタクミがいる部屋に軽いノック音が響く。

 そっとドアを開けてお粥を片手にクロトが入室した。


「簡単ですが、お粥を作ってきました。タクミ君、食べれますか?」


恐らく二人の会話は入室前に気付いてお粥を作ってから戻ってきたと予想したスズメは少しクロトに厳しい視線を向ける。


「私の仕事」

「まあまあ、レシピは次教えますから。タクミ君熱はもうないんですよね?」

「地獄耳」

「これでもエルフですから、あはは」


タクミがきょとんとしている中、クロトはスズメにお粥を渡して食べさせるように促した。


「…はい」


スズメはお粥をスプーンの半分ぐらいの量をとってタクミの口に運んだ。

 彼ははじめての食べ物に疑問を抱きつつもお粥を一口食べて目を輝かせた。


「おいしい……」


その言葉にスズメとクロトは安心した様子で視線を交わした。


「ゆっくり食べてさせてください。お腹がびっくりしちゃうので」

「うん、タクミ。食べれるまででいいから」


スズメはゆっくりとタクミにお粥を食べさせた。

 その姿は風邪をひいた弟を看病する姉そのもの……クロトは懐かしさに浸りながらタクミがお粥を食べ終わるまで近くの椅子に座って待っていた。


「全部食べれたね。お腹は大丈夫?」

「うん…」


お粥を食べ終えたタクミは目をこすりながらスズメの手を掴んだ。


「薬草も少し混ぜたので落ち着いて眠くなったのでしょう。少し横になるといいですよ」


クロトの言葉にタクミはこくりと頷きつつも、スズメの手を離さなかった。


「大丈夫、私はここにいるから」


タクミの頭を優しく撫でたスズメの言葉に安心したのか、彼はすんなりと眠りについた。


「で、クロト。話があるんでしょう」

「ええ…ミーシャと今回の山賊たちについて考えたのですが」


クロトはミーシャと会話した内容をスズメにも伝えた。

 話を終えるまでスズメは表情一つ変えずに坦々とクロトの言葉を聞いていた。


「うん、それがいいと思う」


話を終えたクロトにスズメは深く頷いた。

 そして――


「ビギル……」


表情は変わっていない……声色も、何もかも冷静としか言えない。

 だが…クロトにはスズメが怒っていることが分かった。

 スズメの静かな怒りは、鋭い殺気に似ている……不必要な感情と思いを切り離し、確実に相手に対して牙を剥く。

 ここまで怒っているスズメを見たことがないクロトは戸惑いつつも話を続ける。


「ミーシャは少し別行動中です。冒険者協会に探りを入れに行ったのかと」

「…じゃあ、クロト。ミーシャに伝えて」


今までタクミを見ていたスズメは、クロトに視線を向けて冷たく言い放つ。


「刀姫がビギルを追っているって。宣言してきて」

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